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結城と結婚する、と聞かされたのは、そこから1か月程経った日のことだった。
例のごとく母から「祥子ちゃんが帰ってきてるみたいよ」と聞かされた夕方過ぎ、祥子が俺のものを訪ねてきたのだ。
「どうしたんだよ」
「ちょっとだけ外、出れる?」
片想いの相手からの呼び出しというシチュエーションに、俺はドキドキとしながら外へ出る。「ちょっと出てくる」と母親に告げると、「帰りに牛乳買ってきてよ」と色気もへったくれもないオーダーが返ってきて、少々萎えた気持ちのまま、自宅をあとにした。
俺たちの家の近くには公園があって、小学生の頃にはいつもそこで遊んでいた。
9月半ば、18時を過ぎたところ。日は落ちたばかりで、夕やみに街灯がぽつんと明るんでいた。子どもたちはすでに帰宅したのだろう、人のいない公園で、俺と祥子はブランコに揺られた。
甘い青春の一幕。俺の胸はドキドキで今にも打ち破られそうだった。
「この間は、突然泣いてごめんね」
「いや、別に」
祥子はぽつり、謝罪から入った。やっぱり、あの日の続きなのだ。
もう一度結城との関係を思い直す中で、周りを見てみたら、俺の存在に気づいた、とか?
あんなふうに、素直に涙を見せられる存在に。
「それでね」
「うん」
「卒業したら、結婚することにしたの」
「え?」
強めの驚きが出てしまった。
一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。
“結婚する”? 誰が? 祥子が?
動悸が激しく、嫌な汗が流れた。
「圭祐に言われて、改めて考え直したの。今自分がなにがほしくて、どうしたいのかって。それでね、今この数年は、物理的には離れてしまうけど、でも、私にとって結城くんが大事なことはきっとずっと変わらないって思ったの」
まさか、俺の一言が余計だったのか?
なにか言わなくては。こんな間、変に思われる。幼馴染としては、祝うのが正解か?
『おめでとう』ってそれだけ言えばいい。
そう思っていたのに、俺の口から出たのは、「ちょっと待ってよ」という、なんとも情けない言葉だった。
祥子はきょとんとして俺を見つめる。
「じゃあ、結城はアメリカに行かないってこと?」
「ううん、希望通り、アメリカに行くことにしたよ。まあ、これから試験だし、通るかはわからないけど、教授の推薦もあるし八割がたいけるだろうって」
「じゃあ、祥子はアメリカについていくのか? せっかく受かった会社は?」
「私は日本にいるよ。そのまま就職する、もちろん。だから、しばらくは別居婚?っていうのかな。籍は入れるけど、離れて暮らすことになると思う」
「そ、それって結婚する意味あるのか?」
「うーん、まあ、人によっては、意味ないってなるよね。でも、離れてるからこそ、ちゃんとしておきたいって思ったの」
「意味わかんねえ……」
「そうだよねえ……」
へらっと笑う祥子に、俺は焦りを通り越していらだちを覚えていた。なんでそうなるんだよ。やっと、俺にチャンスが回ってきたと思ったのに。
「もっとよく考えてからでもいいんじゃないのか? 社会人になって、慣れない仕事のうえに結婚までして。おまけに別居で?」
内心焦っていたのもある。だけど、社会人1年目で結婚なんて、俺だったら考えられない。その思考がないことは確かだった。
「結城だってまだ学生で、収入もないんだろ。アメリカに行って新しい出会いだっていろいろあるだろうし、そもそも昼夜逆転で、生活スタイルだって違う。今までは遠距離とはいえ国内で、学生同士で、まだ関係を保てたかもしれないけど、これからすれ違いだって出てくるかもしれないし。もっと様子を見て、ちゃんと準備してからだって――」
「圭祐って、いつも準備してるよね。それっていつまで続くの?」
祥子は、本当に、素朴な疑問という感じでさらっとその言葉を放った。
「そんなに準備万端にして、そのあいだにチャンスを逃したらどうするの?」
たぶん俺は、その時相当に目が泳いでいたと思う。
『準備』が『いつまでか』だなんて、考えたこともなかった。
きょとんとした顔で、祥子はしばし、俺の目を見つめて、それからにっこり笑った。
「心配してくれてありがとう。圭祐のいう通り、私たちこれからきっと、バラバラになるから。だからせめて、結婚することにしたの。ずっと一緒にいられるように」
目の前の祥子には迷いはなかった。
俺は、もう自分にチャンスがないことを悟った。きっともう、数年も前からずっと。
一度もバッターボックスに立つことなく、俺の初恋は終わったのだ。
祥子は、そのまま、さらに目を細めてほほ笑んだ。
「あんなに泣いてた私が言える義理じゃないけど、圭祐が考えてるより、たぶん物事ってずっとシンプルだよ」
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