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ざわめく会場に、入場を知らせる音楽が流れてくる。
もし。
もしも高校2年のあの日、俺が祥子に傘を渡していたら?
もしも初めて祥子の涙を見た日、「結城なんかやめて俺を見ろよ」ってドラマみたいに強引にでも抱き締めていたら?
そんなこと考えても仕方がないのはわかっている。きっと、それでも結果は変わらなかったであろうことも。
それでも思わずにはいられなかった。
チャペルの扉が開き、祥子の姿が見える。
純白のドレスをまとう祥子は美しい。ベールで見えるはずがない。だけど確かに、祥子はうっすら微笑を口元に湛えて、真っすぐに前を見据えている。
その視線は、同じく柔らかな笑みを浮かべ花嫁を待つ結城に注がれ揺るぐことがない。
その様子に、俺は心臓が絞られるような、息苦しさを覚えた。
俺はずっと知っていたんだ。祥子の視線が誰に向いているのか。
だって俺はずっと祥子を見てきたんだから。
祥子の涙を見たあの日、涙を見た俺に勝利なんてなかった。だって祥子は、“結城のために泣いていたんだから”。
そして、「俺側の人間だ」と思っていた結城は、俺と全然違っていた。
結城は、誰の視線も気にしない。結城はただ、彼女の視線を受け止めていただけ。
俺と祥子の視線が交わることは一度だってなかった。
滞りなく式は終わり、涙の中で披露宴は解散した。
二次会組が、三々五々、時間つぶしに散っていく。それを横目に、俺はロビーのソファーに腰かけていた。なにをしたわけではないけれど、体力の消耗が激しすぎる。
頭痛が再発してきたのを感じていた。
「ほら、荷物。あと、水」
影が差し、目の前に立つ椎葉が、クロークに預けた俺の荷物と、ペットボトルを渡してくれた。
「さんきゅ」
こいつのこういうところはありがたい。さっきの祥子のこともそうだけど、椎葉はいつも、見ていないようで見ているのだ。
「さっきの話、蒸し返して悪いけどさ」
「え?」
椎葉が隣に腰かける。
そして、真剣な顔で、俺に向き直った。
「圭祐。俺はお前が好きだ」
「は?」
なに言ってるんだこいつは。
長年の友の突然の告白に、俺は若干腰を引いて眉を顰めた。
そんな俺に構うことなく、椎葉は続ける。
「お前は、俺のこと、センスのかけらもないどうしようもないやつだって思ってるのか?」
「は? 意味わかんねえよ」
「いいから答えろ」
真剣に見据えられ、困惑する。
「……どうしようもないやつだなんて思ってねえよ。ゲームばっかりのやつとは思うけど、芯がしっかりしてるし、迷いがない。それはすごいって思ってるよ」
勢いにのせられて言わされているが、俺はなにを言ってるんだと、冷静に恥ずかしくなってくる。
「だろ」
椎葉は満足したように頷く。
「マジでなんなんだよ、お前……」
真意が探り切れなくて、きまり悪さをごまかすように、俺は正面に向き直って手にした水をぐいっとあおった。
「お前は、『俺なんか』って言ってばっかで自分に自信がないみたいだからさ」
椎葉はそんな俺の様子を見ながら、ゆっくりと、言葉を並べていく。
「お前はそうやって、自分のことが嫌いだっていう。でも、俺は好きだ。お前が自分を嫌いだっていうたびに、お前は、お前が『どうしようもないやつ』って評価してる、お前自身のことを好きだって言ってる俺のことも否定してるんだぞ。意味わかるか?」
なにも言えなかった。
「自信を持つんならいい。でも、お前がお前自身で、自分をヘンに評価するな」
椎葉は二次会に行かずに、帰っていった。
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