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式場からの帰り道。俺は電車に揺られながら、ぼんやりと車窓に流れる街のあかりを眺めていた。
実家に立ち寄って、独り身には大きすぎる引き出物のバームクーヘンや滅多に着ることのない慶弔用のスーツやらを置いていこうと思っていたけれど、どうにも今はあの母のマシンガントークを聞く気にはなれなくて、急遽【そのまま家に帰ります】とメッセージを打って、アパートに向かっていた。
土曜日の夜。これから飲みに繰り出す若者たちやカップルで、電車はそれなりに混んでいた。
「今日の合コン、どんな子なん? 可愛い?」
「いや、幹事の子は可愛い。で、その子が可愛い子そろえたって言ってたから期待できるはず」
「ほんとかよ、お前こないだもそんなこと言って結局ハズレ引かされてたよな~」
「女子の“可愛い”は信用できないってやつ」
公共機関にしては無遠慮な会話が耳に入ってきて、俺は鞄からヘッドフォンを取り出し音楽を流す。シャッフル再生で流れてきたのは、中学の時に流行っていた男性アイドルグループのヒット曲だった。
――よりによって、これ。
中学3年の卒業式の後。クラスでお別れ会をしようと、数人が集まってカラオケに行ったことがあった。祥子と仲の良かった数人の男女グループ、いわゆる一軍グループたちが音頭をとって誘っていて、一軍に程遠い身だった俺としては、声もかけられないだろうと思っていたら、祥子が声をかけてきて、つい、つられて参加すると言ってしまった。
のこのことついてきた俺を、一軍たちはどう思っているんだろう、と一抹の不安を覚えながらいたけれど、蓋を開けてみたら、クラスの半数以上は参加をしていて、一室に収まらず、数人ずつ部屋をわかれて騒ぐくらいには、盛り上がっていた。
「圭祐、歌わないの?」
学年トップ10に入ると噂される女子たちが流行りのアイドルグループの曲を歌うさなか、祥子がそそっと俺の横に座ってきて、ささやいた。
「いや、俺は……」
「あ、ねえじゃあさ、これ一緒に歌おうよ!」
デンモクを手に祥子が言ってきたのが、この曲だった。
大ヒットしたポップなナンバーは、カラオケにはもってこいの一曲。でも、祥子と二人で歌うなんて恥ずかしすぎた。
流れているアイドルソングが終わりを迎え、拍手やタンバリンの音が部屋に響く。
「いやだよ、俺はいいから祥子、誰かと――」
「はーい! 次、私と圭祐でこれ歌います!」
俺が否定するのも聞かず、祥子はそう宣言すると、俺の手を引き、立ち上がる。マイクが回ってきて、流れ始めるイントロに、周りが「これ好き~」「選曲最高!」とやたらハイテンションで叫ぶ声が聞こえた。大音響で響くメロディ。薄暗い中、チカチカと場を盛り上げるように点滅するカラフルなライトが俺の鼓動を早めた。
もう、逃げられない……!
覚悟を決めてマイクを握りしめると、俺は叫ぶように歌い始める。祥子と二人、歌っている間は記憶がない。
気づけば歌い切っていて、場は盛り下がることもなく、次は誰がなにを歌うかに話題が移っていた。呆然としたまま、肩で息をしながら祥子を見ると、ライトに照らされた彼女は満足そうに笑っていた。
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