致死量の氷砂糖をわけあって。

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「……ぅ、」 眩しい、と感じて目をひらく。白いカーテンからおひさまの光が漏れていた。 「……起きた?おはよう、香澄」 「……ぁ、お、……ん、けほっ、」 ひどく喉が渇いていて、思わず咳き込んでしまう。透はだいじょうぶ?と背中をさすりながら、ペットボトルの水を差し出してくれた。  蓋は開けてあって、そのままこくこくと喉に通していく。用意してくれていたんだな。  おれの体にはちゃんとパジャマが着せられている。首にはひんやりとした感触がある、湿布か何か貼ってくれたんだろう。なかに残っているような感じもない。おれ自身になにかした記憶はない。全部やってくれたんだ。 「…ん、おはよう透。あのあとぜんぶ任せちゃった、ごめん」 「ん。いや全然いい。…身体、きつくないか?どこか痛くないか。……昨日はやりすぎた気がするんだ、なんか、抑えられなくて…」  そう言って申し訳なさそうに眉をさげる。かわいい。子犬みたいだ、体は大きいけれど。 「ふふ、どこも痛くないからだいじょうぶ。  確かにいつもより激しかった気がする、力もちょっと強かったし。溜まってたの?」 「…まあ…ひさしぶりだったし…。やっぱ力入ってたか?悪い、ほんとに…」 「いいってば。気持ちよかったもん、前したときより」  素直に言うと、透は少しだけ頬を染めたあと、湿布越しに、申し訳なさげにおれの首に触れた。 「…おまえ、やってる最中なにも言わないけどさ。嫌だったら言えよ。壊してしまうかもしれないんだから」  いつもなら言わないこと。そのくらい危険なことやってるんだからなと、言外にそう伝えるような声色。おれだって、それはわかってるんだけど。いつも強請ってしまうし、あの息苦しさがないと物足りない。 「…首絞めるのはおれから頼んだことだし、透のしたいことしてほしいし……」 「……そういう問題じゃないって。俺だって香澄の嫌なことしたくないんだよ」 「透にしてもらえるならどんなことでも嫌じゃないんだよ。……それこそ別におれはいいよ。透になら、壊されたって」  そう言うと、透は呆れるように息をついた後で、おれをくっと抱き寄せた。 「…どうしたの」 「…昨日は少し怖かったんだよ。香澄が気絶したの最初以来だったし。やってしまったんじゃないかと」 「あはは。気持ち良すぎて飛んじゃっただけだよ、たぶん。…珍しいこと言うなと思ってたけど、不安になってくれてたの。かわいい、とおる。嬉しい」 「う、るさい。かわいくはない」 「ふふ」 昨晩の余韻が残ってふわふわしてるのか、照れてる透が愛おしいからか、おれもらしくなく、笑みがこぼれた。 「……ねえ」 「うん?」 「もしさ、透、おれを殺しちゃったらさ。…どうするの」 ちょっといじわるをしたくなって、そんなことを聞いた。  困ってしまうかと思っていたのだけど、透は割とあっさりとこう答えた。 「俺も死ぬ」 ありがちなもので、そんな答えを出してくれたら嬉しいかななんて、薄く思っていたけれど。悩みなく、前から考えていたかのように答える様は、予想していなかった。 「……………」 「な、んだよ。引いたか?」 「……いや、ふふっ。重いなって」 「どの口が言うんだよ、お互い様だろ」 「うん、ふふふ。そっかあ、おれが死んだら、追いかけてくれるんだ。一緒に死んでくれるんだ」 我慢できなくて声に出ていた。口角が上がるのを抑えられない。ああいまのおれ、傍からみたらすっごく気持ち悪いんだろうなあ。 「…俺のせいならいいけど、自分では死ぬなよ。頼むから」 もうずいぶん薄くなった左腕の傷跡を撫でながら言う声は、さっきにもまして不安そう。怖がらせちゃったかと思って、今度はおれから、透を抱きしめ返して言う。 「しないよ。おれ、まだまだ透といたいから」 厚い胸板越しに、とくとくと心音が聞こえる。透のいのちの音。おれのものと重なるのが、きっと透にも聴こえてるだろう。  おれがまだこの音を鳴らしていたいと思うのは、透がいるからなんだから。透が、そう思わせてくれたんだから。そんな思いをこめて、きゅっと抱きしめる腕を強めた。 「…香澄」 ぽふ、と手のひらが頭に触れる。やさしく何度か撫でてくれた。 「こうしてると安心するな」 「…おれも。あったかい」 「ああ。…もうすこしこのままでいていいか?」 愛おしい言葉に頷く。 この感じが永遠に続けばいいのに。 お互いにお互いしかいない、互いに穴を埋め合うような、こんな時間が、ずっとずっと。  
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