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 数ヶ月後。私は良縁に恵まれ、無事に別の相手と婚約することとなった。  相手は、貴族学園に通っていた頃の同級生。名前はアベルという。元々顔見知りだったこともあって、彼とはすぐ打ち解けられた。  とはいえ、好きな人に捨てられた直後なので複雑な気分ではある。  そんな気持ちを察してくれた彼は、私の気を紛らわすために色々な場所に連れて行ってくれた。  私の傷ついた心は、アベルの気遣いのお陰ですっかり癒やされたのだった。  ある時、アベルがこんなことを尋ねてきた。 「君の妹のことなんだけど……やたらとご両親に可愛がられているね。君との待遇の違いは一体何なんだ? 何か、理由があるのか?」 「ああ、それは……」  実は、グレースが特別扱いをされているのには理由がある。  というのも、彼女は幼い頃に両親の不注意で足に怪我を負ってしまったのだ。  幸い傷跡は残らなかったのだが、その負い目もあって、両親は彼女に甘いのである。  お陰で、自分は放任されて育ったと──そう説明した。  私が事の顛末を話すと、アベルは少し怪訝そうな顔をして呟いた。 「なるほど……しかし、それにしたって甘やかしすぎじゃないか? しかも、事あるごとに彼女のことを『可愛い』と褒め称えているだろう? 流石に、行き過ぎのような気がするけど。それに、こう言ったらなんだけど、正直グレースは……」  そこまで言うと、アベルは言い淀んだ。そのまま言葉に詰まってしまったので、私は口を開く。 「ええ。それに関しては、私も困っていたところなの」 「よし。それなら、僕にいい考えがある」  何やら考えが浮かんだらしいアベルは、私を見てにっこり微笑んだのだった。  数週間後。  アベルが「君のご両親と妹に大事な話がある」と言って邸を訪ねてきた。  首を傾げる私に向かって、彼は頻りに目配せをしてくる。それを見て、何となく意図を汲み取った私は彼と共に応接間へと入った。  私とアベルが並んでソファに腰掛けると、向かい側に両親とグレースの三人が座る。 「それで、今日は何の用かな? アベル君」  先に口を開いたのは、父だ。いつもと変わらない穏やかな微笑を顔に浮かべているものの、二人の間にはどことなく冷え冷えとした空気が流れる。  そんな空気をものともせず、アベルは話を切り出した。 「実は、少し前からグレース嬢から執拗に言い寄られていまして。僕は、ドロシーと婚約を結んでいる身なのではっきりとお断りしているのです。でも、彼女はそれに納得できていないようでして……」 「えっ!?」  初耳だったので、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。父と母は眉根を寄せて訝しげな表情を浮かべ、グレースに至っては目を泳がせている。  アベルは以前、「いい考えがある」と言っていた。だから、最初は作戦のためについた嘘なのかもしれないと思ったのだが……グレースの態度を見る限り、どうやら本当らしい。  戸惑う私をよそに、アベルが話を進める。 「それに、グレース嬢自身も他の方と婚約をされている身ですよね? それなのに、人目も憚らず何度も僕に声をかけてくるのは正直どうかと思うのですが」  アベルがきっぱりとそう告げると、グレースは顔を真っ赤にしながら彼を睨んだ。  それは、気恥ずかしさが原因ではなく怒り心頭といった様子に見える。  このままだと二人の喧嘩が始まりかねない。私が止めに入ろうとしたその時、グレースが怒声を上げた。 「だって、仕方ないじゃない! アベル様みたいな美しい人、お姉様には相応しくないんだもの! だから、私、アベル様に提案したの! 『私と婚約を結び直しましょう。お姉様みたいな平凡な女より、世界一可愛い私と結婚できたほうがあなたも嬉しいでしょ?』って! それなのに、この人はそれを断ったのよ! せっかく、この私が今の婚約者を捨ててあなたを選ぶって言ってあげたのに!」  まくし立てるように言うと、グレースはアベルを指さした。  すると、両親は困惑しながら顔を見合わせる。アベルはというと、何やら笑いを堪えるように肩を震わせていた。 「……っ! 何がおかしいのよ!?」 「いや、何というか……本当に、予想通りの反応をするなぁと……」 「はぁ!?」  アベルの返しに、グレースが信じられないといった顔になる。  対する彼は、思わず噴き出すところだったのか口元に手を当てて顔を隠した。  グレースはそんなアベルの態度に気分を害したようだったが、まだ彼の話は終わっていないようだ。 「いいでしょう。この際だから、真実を突きつけてあげますよ。……グレース嬢。あなたは、ご自分のことを『世界一可愛い』と思われているようですが、それは勘違いです。あなたの容姿は十人並み──平凡の一言に尽きます。あまり、自分の容姿を過大評価しないようにしてくださいね」 「は……? 何言ってるの? そんなわけが……だって、お父様もお母様も小さい頃から私のことを可愛いって褒めてくださっていたし、それに、中等部の頃の友人たちだって『グレースは本当に可愛くて羨ましいわ』っていつも言っていたのよ!」  アベルの発言に面食らったグレースは、甲高い声で反論する。すると、アベルは彼女を宥めるように話した。 「あなたは、幼い頃足に怪我を負ったそうですね。それ以来、ご両親はあなたに対して過保護になり、また異常に甘やかすようになったと聞きました。きっと、ご両親は負い目を感じていたんでしょう。だからこそ、傍から見たら平凡な容姿であるあなたのことを可愛いと褒め続けてきたし、周りの人に協力を仰いでまであなたを特別扱いするよう仕向けたんです」 「……!」 「よく考えてみてください。あなたの言うように、本当に世界一可愛かったり能力が高かったりすれば高等部に進学しても扱いはもっと良かったはずですよね? 過去にクラスで演劇を行うことになった際、ヒロイン役に選ばれなかったことに随分と憤慨されていたようですが、ご自身の容姿や演技力が大した事ないと考えれば選ばれないことにも合点がいくと思いませんか?」  アベルの話に、グレースの顔がどんどん青ざめていく。
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