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「嘘……そんなの、嘘よ……」 「もしかしたら、あなた自身も薄々感づいていたんじゃないですか? ……自分が平凡であるということに」 「……ッ! いやああああああ!!」  グレースの絶叫が室内に響く。わんわんと泣き喚きながらも、「嘘だ嘘だ」と繰り返す彼女にアベルが容赦なく言った。 「外見が美しかったり、可愛かったりしても性格が良い人はいます。あなたのように自分は世界一可愛いからと驕って他人のものを横取りする浅ましさを持った人間は、残念ながらどう贔屓目に見ても可愛げの欠片もありません。外見以前の問題ですよ」  アベルにきっぱりとそう言われ、グレースは最早反論する気力もなくなったのか泣き叫びながら部屋から飛び出していってしまった。  両親は、呆然とした表情のまま固まっている。様子から察するに、もしかしたらようやく自分たちが犯した過ちに気づいたのかもしれない。  後日。結局、グレースとカルロの婚約は破談になったと聞いた。  なんでも、グレースがアベルにちょっかいをかけていたことがカルロに伝わり、怒った彼が父に苦情を言いにきたそうだ。  今、両親はグレースの新しい結婚相手を探すことに奔走しているのだという。  しかし、カルロがグレースの悪口を吹聴しているせいか、縁談が全くまとまらないようでほとほと困っているのだとか。  その仕返しなのか、今度はグレースがカルロの悪口をあちこちで言いふらしているらしい。  互いに潰し合っている状態のようだが、私には関係ないことなので最早どうでも良かった。  そして、五年の歳月が流れ。  私とアベルは結婚し、子宝にも恵まれ幸せに暮らしていた。 「そう言えば……噂で聞いたけど、君の妹はまだ結婚出来ていないらしいね。しかも、ようやく縁談がまとまりかけた年上の貴族に暴言を浴びせたとかで、ますます社交界での評判が悪くなったらしいよ」  不意に、アベルがそんな話題を口にした。  なんでも、三十歳ほど年上の貴族との縁談に我慢できなかったらしく、「こんな年寄り、私に相応しくない!」と啖呵を切ったそうだ。 「はぁ……相変わらずね」  苦笑混じりに呟くと、アベルが思い出したように言った。 「ああ、そうそう。前から言おうと思ってたいたんだけど……君は君で、自分のことを過小評価しているよね。グレースとは正反対だ」 「どういうこと?」 「君は自分が凡人だと思い込んでいるようだけど、とんでもないよ。学園に在籍している頃から、僕の目には華やかに映っていたんだから」  アベル曰く、私は成績優秀で非の打ちどころがない美人でまさに高嶺の花という印象だったらしい。  流石に褒めすぎだし、そんな自覚もなかったから何だかむず痒くなってくる。 「まあ、姉妹なのにあまり似ていないのも君たちが異母姉妹だってことを考えれば納得できるかな」 「えっ」  アベルの口から飛び出した衝撃的な言葉に、私は驚いて目を見開く。 「何、その話。初耳なんだけど……?」 「あれ? もしかして、知らなかった?」  アベルの話によると、グレースは父と過去に邸で雇っていたメイドとの間に生まれた子供らしい。  社交界では周知の事実らしいが、私自身は初耳だった。もしかしたら、周りが気を遣って言わないでいてくれただけなのかもしれないが。 「君たちは顔は似ていないけど、自己評価と周囲の評価がずれているところなんかはよく似ているのかもしれないな」  アベルはそう言いながら肩をすくめる。  そう言えば、どこかで能力の高い人ほど自己評価が低く、逆に能力が低い人ほど自信に溢れているという話を聞いたことがある。  自覚がないので、アベルの言うように私自身が有能な人間かどうかはわからないが……いずれにせよ、これから先も決して驕らずいつも周りの人たちに感謝しながら生きることが大切だと改めて思わされたのだった。
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