メルヘンラーメン【1話完結】

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メルヘンラーメン【1話完結】

 私はラーメンを愛してやまない女子大生。  今日も今日とてラーメン巡り。先週訪れた家系ラーメン屋の新メニューが評判だと耳にしたので、大学帰りに夜な夜な小道を歩いているのだ。 「道重さん、ここの道薄暗くて怖いです。やっぱり帰りませんか?」  道重、私の名前だ。普段はいつも一人でラーメン屋を訪れているものの、今日は珍しく、友人で後輩でもある相笠を連れて来ている。 「この道が一番の近道なんだ。私がついているからには不審者は寄り付かない、どんと胸を張って歩くんだな!」  私にとって一日に一杯ラーメンを食すことは日課、デイリー任務をこなさなければゲームオーバーで死んだのも当然。  ここで引いてはいけないのだ。 「男気がありすぎです。それに、不審者じゃなくて夜道が単純に怖いんです」  なるほど?  相笠の肩を思いっきり叩きながら。 「わッ!」 「うあああああッ!? ……もうやめてくださいよ!」  もうもうと言いながら私の背中を叩く相笠。驚かしがいがあるのがいけないのだ。  要するにお化けが怖いということだろう。  相笠はお化けとか怪奇現象系は信じていなそうだけど、信じてませんよ~と言ってる人程怖がるものだ。  叩きやんで涙目になっている相笠。そんな彼女の後方に、さらに暗くなった道が続いていた。 「ここの道、すんごい暗いね」 「……え? この道にラーメン屋があるんですか?」 「いや、私もここに道がある事すら知らなかったし……」  今目指していたラーメン屋は、ポツポツと続く街灯の道をまっすぐ歩いた先にある。  普段通る訳では無いけど、先週ここを通った時にこんな暗い道があっただろうか。  ……少し興味はある。 「行くか」 「ええ!? ラーメン屋に行くんじゃないんですか!?」 「ちょこっと寄るだけだから」 「ちょこっとは信用出来ません、私は辞退します」  来た道をスタスタ戻ろうとする相笠の肩を、片手でバシッと握って止める。  振り返った相笠は不機嫌な顔で言う。 「離してください、行きませんよ」 「これでも?」  と言って掲げる一枚の写真。これはとある男の腹筋が写った激写だ。 「こ、これはッ蓮の腹筋写真!?」  そう、相笠が密かに思いを寄せている男の腹筋写真である。  この女、腹筋しか写ってない写真から好きな男の腹筋だと判別出来る異常者。(好きな男の)腹筋マニアなのだ! 「彼が寝ている隙をついて、友人に撮ってもらったんだ。しかもこの時は体育の講義の後、ホッカホカな腹筋が……」 「行きまーす!」 「よしよしいい子だ」  写真を受け取った相笠は、何時でも持ち歩いている写真ケースの一ページに即しまって大事そうに抱える。もちろん、写真は全て彼と彼の腹筋だ。  こんな調子で誘拐とかされないのかと頭を過ぎったが、  まあいっか!  肝試しバンザイ!  真っ暗な道をスマホのライトで照らしながらゆっくり進んでいく。危ない、少し下り坂になってる所為で転ぶところだった。 「……本当に暗いな、先が何も見えない」 「へへ……蓮の、腹筋……!」  ダメだ、相笠は腹筋で脳を犯され恐怖を感じなくなっている。  私が行こうと言った手前、相笠の怯え怖がってる姿を見たかっただけで帰ろうなんて言いづらいしな…… 「あ、壁?」  ライトの先に行き止まりのような壁が佇む。ジャストタイミングだな、引き返す理由が出来た。 「行き止まりだから戻るよ、なんもなかったな~」 「いや道続いてますよ、ほら右に曲がっています」 「何!?」  ライトで右方向に照らすと、そこには道が続いていた。こんな曲がりくねった道があるんだなあ。  ってちょっと待て。 「ライトで照らさずに何故わかった? めちゃ怖なんだけど」 「え、普通に見えてますけど」  普通に、見えてる?  相笠は猫みたく夜道が見える動物なんだろうか。相笠って怒る時猫目に見えるしなあ。  とりあえず、相笠について行きながら進むことになった。  ライトでほぼ前方が見えないのに、ずいずいと相笠は迷いなく曲がりくねった道を進む。全て予想通りかのようだ。  そんな相笠がニヤつきながら後ろを振り向く。 「私の背中にベッタリくっついて~実は道重さんの方が怖いんじゃないですか?」 「いや……別に怖くなんて」 「わッ!」 「うあああああッ!? ……もうやめてよ相笠あ!」  相笠はスマホのライトを顔の下から当てて驚かして来た。あの時はごめんて、腹筋の写真またあげるから。 「これで仕返し完了ですね」  ふんっと笑顔で言い放ちまた進んで行く相笠。そんな相笠が横を曲がると、少しビクッと後ろに下がる。 「びっくりしました……こんなところにラーメン屋がありますよ、ん、ラーメン屋ですよねこれ?」  ラーメン屋!?  私はここ周辺のラーメン屋の場所は全て熟知しているはずだ。こんな場所にあるはずが無い。  相笠が見る方向に身体をよじると、私の目に飛び込んんで来たラーメン屋は…… 「メ、メルヘンだ!」  ラーメン屋も予想外だったが、その風貌もまた予想外。  女性層を狙った客引きなのか、このラーメン屋は洋風な城のような見た目をしており、綺麗にライトアップされている。中華とは一体何だったのか、という疑問さえ埋もれるほどに眩しい。  メルヘンチックな、女心くすぐられるラーメン屋だ!  いやくすぐられないだろ!  怖いよ!  曲がりくねった道の所為で、この明るさが外に漏れる事は決して無い。雲の中から空飛ぶ島が出て来たような感覚。  そんな異常感満載なメルヘンラーメン屋は、一際目立っているはずなのに、人の気配が感じられないのがまた怖い。 「道重さん、待ち望んでいたラーメン屋ですよ。せっかくですし入りませんか? なんか女心くすぐられます」  あ、本当にくすぐられてる奴がいたわ……え?  ここに入るの?  腹筋好きな相笠はメルヘンに興味が無いかと思ってたけど……それにほら和風っ子だったじゃん、柔道とか将棋とかさ。  それに、私はどちらかと言えば、もっと殺風景、それでいて渋い感じの男気溢れるラーメン屋の雰囲気が好きだ。  偏見な気もするが、四十代後半のサラリーマンが集うような、窮屈だけど個々の暖かみがある場所ってことだな。  つまり私は、こんな装飾たっぷり女心もりもりなラーメン屋はどうかと思うのだ。 「まあ入るか!」  でも気になるには気になるな!!  メルヘンラーメン食いたーい!!!  怖いという思いが一周したのだろうか、予想外の連続で、私の判断能力は低下していた私は、好奇心のみで行動していた。  そんな私に微笑みを返しながら、ドアに手をかける相笠。 「ふふ、目をキラキラさせて子供みたいですね」 「別にいいでしょ」  メルヘンチックなラーメン屋の重いドアが、今開く。  ドアを引いたその先の光景。  外観とそう変わらず、お城のようなメルヘン内観。天井も壁も床も白統一。ラーメンを零したら只では済まされなさそうな、店感のない清潔さがあった。 「メルヘンだなあ」 「うわ~凄いラーメン屋ですね、なかなかこれ作りが凝ってますよ。あ、あの人形が特に可愛いですね」  感激している相笠が、目を輝かせながら言葉を弾ませる。相笠の視線の先にはフランス人形のようなものが縁に飾られている。  ……本当にラーメン屋なのだろうか? 「いらっしゃいませ~!」  と私達が訪れてから、若干遅れて聞こえてくる店員の声。  食券の販売機も見当たらないし、とりあえず椅子に座ろうかな。  そういえば、外はあんな静かだったのに、客は以外と来ているんだな。見た感じ四、五人はいそうだ。  ターゲットが狙い通りってところなのか、全員女性だ。皆しておかっぱ頭なのが少し気になる。 「相笠さん、ここのカウンター席座ろ」 「……うん、そうですね」  ん?  さっきの可愛い発言から静かだなと思ってたけど、相笠さんは何かあったのだろうか。女性の客の方をジッと見つめている。  おかっぱが珍しいからって知らない人をずっと見つめるのは良くないぞ。 「ご注文がお決まり次第お呼びください」  店員が笑顔でそう答えると、せっせと支度に入った。  席にあるメニュー表を相笠と手に取る。 「ラーメンも面白いものばかりですね」 「……何だこれ」  メニュー表に並ぶ異質な文字、そこには。  伝統ラーメン 塩  新型ラーメン 豚骨  創作ラーメン 塩  小豆ラーメン 小豆  カニラーメン 醤油  おでこラーメン 家系  カエデラーメン 醤油  キナキナラーメン ?  相笠が言う通り、女性層に向けたラーメンなのか、変なラーメンばかり。写真が無いのは予想をあえてさせてから提供するからだろうか。  ……いやこれ女性ターゲットなのか?  小豆って。  ラーメンに混ぜちゃダメな具材ランキング一位だよ。  お菓子でも限定味の小豆って美味しいか不味いかで一極端になりがちだし。  おでこの響きは可愛いけどさ、普通に怖いよ。  それにキナキナってなんだよ。 「私はとりあえず伝統ラーメンにします。おすすめっぽいですし」  相笠は迷いなく決めたみたいだ。変なラーメンばかりだと、やっぱり伝統ラーメンっていう如何にも普通なラーメン選びたいよね…… 「私は逆にキナキナラーメンにしようかな」  キナキナってなんかいい響きだし、変なラーメン屋に来たんだから、変なラーメン食いたい。  それに、?マークも気になるしな。 「キナキナ道重さんですね」 「どゆこと」  私達は店員に声をかけそれぞれ注文、代金はラーメン屋にしては高めの千五百円。  冒険し過ぎたかな……伝統にしとけば良かったかも。  ……ラーメンを頼んだとは良いとしても、この店落ち着かないな。  メルヘンな雰囲気もそうなんだけど、客がいるのに妙に静かだし、店員がピーラーで何かをスリスリ削っているのか、シューって音が凄いするし。  隣に座る相笠が、私の表情を伺うようにしながら話す。 「ここに置いてあるの、全部店員さんが作られたんですかね?」 「そうなんじゃない?」  チェーン店じゃなさそうだし。  この変なラーメン屋の変なラーメンが別のラーメン屋にもあったら、話題に上がって私が食してる可能性も高い。  そもそもここが話題に上がらないが不思議だ。  広告とか打たずに、最近ひっそり出来た店だからだろうか?  場所が悪くて、美味しいラーメン屋なのに人が来ないっていう事例もあるし、ここのラーメンが楽しみだな。 「こちら伝統ラーメンとキナキナラーメンです」  お、ラーメン来るの早いな。  店員がラーメンを両手でカウンターテーブルに置く。  私達の前に置かれたそのラーメンは。 「このピンクのは……菊ですか?」  菊の花弁がいっぱいに詰め込まれたラーメン!  ……これが女心くすぐられるラーメン?  頭お花畑なんじゃないか?  物理的にラーメンもお花畑だよ!  しかも伝統もキナキナも対して違いがない! 「大丈夫ですかねこれ……」 「まあ、食用の菊もあるぐらいだからな、これはもってのほかか」  そうだ、黄色い方も刺身によくついて来るじゃないか。正直パセリよりも残されてるイメージしかないけども。 「確かにもってのほかですよね……まあ食べてみなくては分かりません。頂きます」  あ、もってのほかっていう菊の名称なんだけど……まいっか。  私達は麺さえ埋もれるほどに積もった菊ラーメンを食べると。 「「……美味しい!」」  お互いに顔を見合わせて、驚きながらもまた箸を運ぶ。  シャキシャキした菊の食感、この系統大量のもやしラーメンに似通ったところがある。  あ、これがキナキナってこと?  キナキナ食感美味い!  隠れていたまさかのめかぶと菊の相性が抜群に良い。  菊で見えなかったが塩ラーメンのようだな、ラーメンでありながらさっぱりした味わいも女性受けが良さそうだ。  ?にする意味があるのかという疑問は置いといて……美味いなあ。  これが……メルヘンの味……! 「この優しい味わいが癖になりますね。シャキシャキ食感も相まって満足度が高いです。菊、チャーシュー、めかぶで植物、動物、海鮮を網羅しているところもまた面白いです」 「そうそうめちゃウマだな! メルヘンだな!」  残念なことに、私より相笠の方が食レポが上手だ。  体育系で推薦された私とはまた違うもんな、学部も文系だし。しかもその文系相笠は柔道超強いらしいし、私は全てにおいて負けているのでは……?  そんなネガティブ思考な私に相笠は声をかける。 「道重さん? なんか顔色悪いですよ?」 「あ、いやいや大丈夫」 「道重さんのラーメンは菊大盛りの代わりに、チャーシューが入ってないみたいなので一枚あげますよ」 「あ、ありがと相笠!」  顔色に出てしまっていた……チャーシューまでもらってしまって、本当に申し訳ない。追加でさらに腹筋の激写を後であげよう。  うん、チャーシューもとても美味しい。  チャーシューチャーシュー。 「……本当に大丈夫ですか? ほら、自分の顔みてください」  そんなに顔色悪い?  昨日寝不足気味だったからかも。  それにしても相笠、手鏡常備してるとか女子力高いなあ。  相笠が渡した手鏡に映る私の顔は、顔色が悪いなんてものじゃなかった。 「うわぁ!? 誰誰ッえ、私!?」  鏡に映っていた顔は真っ白に染まり、目や鼻、眉毛等あらゆるパーツが小さく細くなっていた。まるでこれは……人形じゃないか。  何が起きているんだ?  これを顔色悪いって冗談じゃないぞ!?  ……このラーメンを食べたからか?  背筋が凍る。  静かなラーメン屋の店内で、驚く私を心配する人間と、うっすら微笑む人間が一人。  前者が相笠、後者が店員だ。 「わわっ道重さん!?」  私は相笠の手を引き、一目散に走り出しその場から逃げる。  この不気味な異変、このラーメン屋が原因に違いない。  ガタッと動いた衝撃で落ちた人形が転がり、ドアを開けてラーメン屋から出る私の足に滑り込んだ。 「うわッ!?」  足を滑らした私は、何処かに勢い良く頭をぶつける。ダメだ、このまま気を失っては───  ◇◇◇ 「───大丈夫ですか、大丈夫ですか道重さん!」  目を覚ますと、私はあの曲がりくねった道に入っていった手間の場所、元の薄暗い夜道に居た。  あ、夢? 「ふう、いきなり走り出して転ぶなんてついてないですよ。それにどうしたんですか? ラーメン残すなんて珍しいですよ? しかもあの菊ラーメン美味しかったですし」  あ~夢じゃねえこれ。  菊ラーメン美味かったけど、それどころじゃないんだ。 「相笠、私の顔って元に戻ってるか? 変になってないか?」  相笠が不思議そうな顔をして。 「顔色は良くなりましたけど、元から変じゃありませんでしたよ? なんか変なのを見ちゃいましたか?」  そう言いながら渡された手鏡。恐る恐る見るも、確かにいつも通りの私だ。  やはり寝不足気味で幻覚でも見ていたのかもしれない。  壁にもたれかかっていた私は起き上がり言う。 「なんか大丈夫っぽい……体調が悪かったのかもな。慣れない変なラーメン屋だったし」  そんな私に安心した表情を浮かべる相笠。 「そうですね、変なラーメンといえば、私は腹筋から出汁を取った腹筋ラーメンが食べたいですね」 「はあ!? 腹筋から出汁!? ハハハハッ! ひぃーバカみて~」 「な、バカとは何ですか」  腹を抱えて笑う私を、本日二度目の背中叩きをお見舞いする相笠。その労力はおじおばの肩たたきに持ってけ。  ふ……相笠のちょっと頭のねじが外れた感じが心地よい。  早く彼とくっついてランデブーすればいいのにな、出汁飲み放題だぞ。 「それに、道重さんって漢気だけじゃなくて、可愛いらしい女心もあるなんて、新発見でしたよ」 「女心?」  相笠は笑顔で私に振り向き、手に握りしめていたあるものを見せた。  その時、私はあの不気味な店員の笑顔が脳裏を過ぎる。 「だって、あの古びた【こけしラーメン】ってラーメン屋さんをメルヘン呼ばわりするんですからね。棚に留まらず、テーブルや椅子にまでこけしが並んでる光景は不思議でしたが、私の予想外な道重さんが見れて満足ですよ。はい、店員さんから記念に貰ったこけしです」  渡されたこけしは、手鏡で見た顔色悪い私と同じ顔をしていた。
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