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春が近づいているが、カーディガンではまだ肌寒い。それでも凡子はSNSの写真をアップするのに、少々無理をしておしゃれな女子を演出する。顔の手入れは最低限だが、手指は念入りにケアしている。凡子は、仕事に役立てるために合気道を習っているから爪は伸ばさない。それでも常に淡い色のマニキュアを塗っている。
本社ビルから、東京駅の八重洲口に向かってしばらく歩くと、様々なアパレルショップとレストランが入った商業ビルがある。目当てのフレンチレストランは六階だ。
凡子は予約時間の五分前にたどりついた。
予約してあったので、店の入り口で名前を告げた。店員に案内され、席へと向かう。凡子の背後で、次に来た男性が、満席だと告げられていた。
凡子は内心、「予約しておいて正解」と、ガッツポーズをきめた。
その時、「浅香さん」と、男性から呼び止められた。
振り返ると、泉堂がいた。
凡子は、泉堂から名前を覚えられていたことにまず驚いた。
店の入り口で、泉堂が手招きをしている。案内役の店員に「少しお待ちいただいても?」と、声をかけて、凡子は仕方なく、泉堂の元に戻った。案内役も凡子についてきた。
「何かご用でしょうか?」
凡子の質問には答えずに、泉堂が店員に「予約席、二人は座れるでしょう。彼女が相席を了承してくれたら、構わないよね?」と言い出した。
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