シーズン1

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 後から、蓮水監査部長の行動は新人に対する試験であったと知らされた。大抵の新人が、そのままセキュリティカードを渡そうとして始末書を書かされる。警備会社の社員の間で、密かに、蓮水監査部長の洗礼と呼ばれていた。  系列会社の平社員からみれば雲の上の存在である蓮水監査部長とは、会話を交わす機会がない。しかし、凡子には、通りすがる姿を横目に見るくらいがちょうど良かった。あまりに近くに来られると鼻血を噴きかねない。  何をするにも、凡子の頭の中は五十嵐室長で一杯だった。  毎週月曜十一時からの定例会議に出席するため、蓮水監査部長は本社ビルにやってくる。  間もなく、到着する頃だった。  凡子は、興奮を隠すのに必死で、いつも、無表情になってしまう。  一緒に受付ブースにいる同僚が「蓮水さんだわ」と、呟いた。凡子は、何気ないそぶりで、入り口の方へ視線を向ける。  蓮水監査部長の今日の装いは、濃いグレーの三つ揃いスーツだ。ネクタイは赤みがかった焦げ茶を合わせている。 ――五十嵐様……もとい、蓮水監査部長は何色でもお似合いになる。  ついつい、蓮水監査部長のことを五十嵐様だと思ってしまう。しかし、凡子から蓮水監査部長に話しかけることはないので、呼び間違う心配はない。  颯爽とこちらへ向かってくる蓮水監査部長の隣には、いつも通り、補佐的役割をしている、泉堂隆也がいた。  
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