5 エピローグ

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5 エピローグ

 季節は深まり、すっかり木枯らしが身に染みるようになっていた。いつものたぬき蕎麦屋から出て、噴水のある都心のオアシスへ向かって歩いていると、香苗がなにやら神妙な面持ちで話しかけてきた。 「真琴さん、三宅さんに聞いたんだけど」 「なにをだよ」 「婚約してた人を交通事故で亡くしたってホント?」  わたしはため息を吐いた。「あのおっさんもおしゃべりだな」 「違うの。ほら、夏ごろに一生分泣いたとか言ってたでしょ。あれがどうしても気になって誰彼かまわず聞いて回ってたの」 「4年も前のことだよ。32歳、俺も若かった」 「でもまだ忘れられないんだね」  わたしは答えなかった。最愛の人だった。連日連夜わたしは泣き暮れ、強制空売り注文が多数積み上がった。皮肉なのはその後オリンピックが開催されたのがきっかけで涙価は急落、わたしは多額の利益を得たのだった。婚約者の死と引き換えに。  その金は自棄酒に消えた。下戸のくせに毎日飲み歩き、急性アルコール中毒で搬送されたのも一度や二度ではなかった。 「忘れたよ。どんな名前だったかも覚えてない」  そう言った矢先、わたしは自分が泣いていることに気づいた。なお悪いことに止まる気配もない。誰だ、あの娘のことで金輪際泣かないと誓ったやつは?  香苗は男が人前で泣くというショッキングな場面に出くわしたにもかかわらず、黙って見守ってくれていた。ようやく発作が治まってきたのを見計らって、「真琴さん、その後彼女とかは……?」 「そんな気になれなくてな」 「いまもそんな気になれない?」 「わからん」 「あたし、真琴さんのこと好きです」  とっさに反応できなかった。 「あたし、もっと真琴さんに泣いてほしい。こんな悲しい涙じゃなくて、映画観たりご来光観たりして出てくる、もっと別の涙を流してほしいんです。――あたしと一緒に」  まだ言葉が出てこない。言うべきことはわかり切っているのだが。 「ダメ……ですか」  代わりに涙があふれてきた。 「あれ、真琴さんまた泣いてる」 「佐伯のせいだぞ」 「どうしてあたしのせいなの?」 「俺はいま、死んでもいいくらいに嬉しい」息を吸い込んだ。「俺も佐伯のことが好きだ」  香苗も泣いている。化粧が落ちて二目と見られた顔ではない。けれどもそんな彼女が、誰よりも愛おしく感じるから不思議だ。 「ねえ真琴さん、こんなに泣いちゃってどうするの。ストックないんでしょ」 「心配するな。来月オリンピックがある。お祝いムードで涙価は下がるさ」
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