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今どき許嫁だなんて、古臭くて笑っちゃうでしょう?
***
私、藤堂佳弥子は、14歳。全寮制の、お嬢様向けの学校で学んでいる。クラスメイトは、ほとんどが旧家の子女。私はというと、父の父、つまり、父方のおじい様が一代で財を成した、いわゆる“成金”の家の出なんだけどね。
クラスメイトのほとんどは、驚くほどに互いの家柄なんかを知っていて、密かにマウントを取り合っているの。絶対に、表には出さないけれどね。知っているのよ、陰で一部の口さがないクラスメイトがなんて言っているか。
「藤堂さんって、いいところのお嬢様ぶっているけれど、所詮はにわか金持ちの家の子よね」
「品性っていうの? なんかねえ、ちょっと違うのよね」
でも、私だって、生まれた時から”お嬢様たれ”と育てられた身。ただの成り上がりなんて呼ばせない! そうよ、女形は女性より女らしいって言うじゃない? 意識的にお嬢様を目指して生きてきた私は、あなたたち『本物のお嬢様』よりもお嬢様のはずよ。
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おじいさまが財を成して、いわゆる上流階級になって。金が入れば名誉が欲しくなるものなんてよく言うけれど、我が家もまさにそれだった。
そうなるとどうすればいい? そう、べたな方法、高貴な家柄の人と婚姻関係を結ぶこと。
跡継ぎの男児を希望されながら生まれてしまった女の孫に、おじい様は、それならそれで使い道がある、と言って許婚を決めたんだって。
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あの人、私の許婚殿に初めて会ったのは、9年前。あの人は、17歳だった。
一目で、恋に落ちたの。まだ5歳だったけれど、優しい声が私の名前を呼んだ時、そうね、確かにあれは恋に落ちた瞬間だったと思う。彼が私の未来の結婚相手。有頂天って、ああいうことを言うのね。普段から、早く次の子を、男の子を、と母が責められているのを聞いて、うっすらとそれが自分のせいだと心苦しく思っていたあのころ。そんな私には、あの瞬間、世界中が、ぱあっと明るくなったように感じられた。
そう。本当に、嬉しかったのよ。
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でもね。
彼には、好きな人がいたの。当然よね、17歳だもの。5歳の子どもを本気で恋愛対象に見ていたら、かなり怖いわ(笑)。許婚は、周囲が決めたこと。彼の心は別の女にあったのだけれど、我が家の金が彼の家には必要だった。だから、彼のほうから結婚は断れなかった。
あの人は、別の誰かを愛している。そう気づいたのは12歳のとき。もうすぐ全寮制の女学校に行くという、立春を少し過ぎたころに開かれた集いでのこと。偶然、見てしまった、彼が庭の片隅で、誰かと通話しているのを。初めて見る、嬉しさに溢れた、優しく幸せそうな顔。そして、みやこさん、ごめんなさい、無理なんだよ、僕のほうからは婚約破棄はできないんだ、という、哀しそうな声。息を殺して、その場をそっと離れた。
そう、本当はわかっていた。あの人には、好きな人がいると知ったときから。
あの人が、妹のような私ではなくて、女性として愛する誰かと一緒になるには、私が結婚を拒んで破談にする必要がある。そしてそれこそが、彼にとっては一番の幸せだって。
だけど、私にはそうできなかった。だって、だってね、私は彼に恋していたんだもの。
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そうして私は寮に入り、2度の季節が巡って。
今 朝、私に届いた手紙には、彼が突然の病で亡くなった、と綴られていた。だけど、同じタイミングで、ある旧家のご令嬢もまた病で亡くなったという記事を目にして、私はすべてを悟った。
ご令嬢の名前は、美哉子さん。あの人の声が耳のうちに蘇る。
『無理だよ、みやこさん』
美哉子さん。彼女は、一度嫁いで離縁して実家に身を寄せていた、彼より1つ年上の女性だった。2人は、恐らく自ら命を絶ったのだ、それも、同時に。
つまり、あの人を、そして美哉子さんを、私が死に追いやったも同然なんだ ―。
手紙を持つ手の震えが止まらない。初めてあの人に会った日に灯った明かりすべてが、一度に消えた。あの人にもう永遠に会えないこと、そう追い詰めたのが外ならぬこの自分であること、その事実に頭がぐるぐると揺れた ― そのまま私は、何日も床に伏した。周囲は、お可哀そう、ショックよね、婚約者が亡くなるなんて、と同情を見せていたけれど。
私を打ちのめしたのは、後悔の念だった。なんて、なんて莫迦だったの。私があの人の手を放しさえすれば、誰も死ななかったし、2人は幸せになれたのに。
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私は、14歳で寡婦になった。いえ、それは適切じゃない、だって、まだ結婚していなかったんだから。でも、あの人は死んだ。私の心も死んだ。何を見ても、何を聴いても、心は動かなくなったから。
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「だから、僕たちは―」
そうして何日も魂が抜けたように伏せっていたある晩、どこからともなく謎の少年2人が部屋に現れて『Soul Saver』だか『Shaver』だかを名乗った。怪しさ満点だけど、大声で人を呼ぼうと思わなかったのは、君には、人生のやり直したい点を一度だけやり直せる権利が与えられた、と告げられたから。
もしも人生をやり直せるなら。何度考えたことだろう。そのチャンスが与えられるというのなら、試してみない手はないわよね。
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「わかった。やり直したい点を、いつのどこに戻りたいか言えばいいのね?」
そう言うと、説明を続けていた彼らは言葉を止め、驚いた顔をした。
「そ、そんなにあっさり、信じちゃうの?」
背の低いほうの少年が、目を丸くして言う。
「なぁに? 疑ってほしいの? そんなことになったら、あなたたちの仕事に余計な手間が増えるんじゃなくて?」
そう言うと、まあそうだけど、と背の高いほうの少年が頭を掻きながらもごもごとしていたので、ちょっとイラっとして言い放った。
「私、まどろっこしいのは好きじゃないわ。さっさと話を進めましょう」
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私は彼らに言った。やり直したいのは、そこなの。彼と結婚はしたくないと、言えるタイミングに戻りたい。でも、これって。
「ねえ、私が婚約破棄したら、あの2人は心中しないわよね。それって、あなたたちが言っていた、人の生き死にに関わる変更はNGというルールに違反することは無いの?」
気になってそう尋ねたら、2人はうーん、と呻いて、それから、背の高いほうに
「まあ、婚約破棄が受け入れられるかは現段階ではわからないし、だから、2人が確実に死なないと決まるわけじゃないし。ぎり、セーフだろ」
と言われた。
ならよかった、あなたたちがルール違反で困った立場になっても、後味悪いしね。
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じゃあ、始めるよ、と背の低い少年が言い、気が付いたら、12歳の2月、梅見の会の日に戻っていた。あの人と“みやこさん”の話をこっそりと聞いてしまった、もうすぐ学校の寮に入る、春とは名ばかりの、あの寒い日のあの場所に。
あの日と同じように、優しく哀しい顔で話すあの人を見つめ、それから顔を伏せた。あの時のように立ち去ることはせず、ただじっと佇んでいた。話を終えたあの人は、少し離れたところで俯いている私に気づいて、少し屈みこみ、優しく、どうしました? と尋ねた。
「ここはお寒いでしょう? さあ、みんなのところに、一緒に行きましょう」
なおも立ち尽くす私に、手を差し伸べた。優しい人、大好きな、人。その手を取って歩き出す。これが最後と自分に言い聞かせながら。
***
そして元の世界に戻って、私はあの人が、そして美哉子さんが、今も元気で生きてあると知った。2人一緒に、人生を送っていると。
あの後、私は皆が集まる前で、この方との結婚は嫌、と宣言した。おじいさまは怒って、お父様とお母様は狼狽えて、でも、私は意思を曲げなかった。あの人は啞然として、同時に、僅かに安堵した顔で。安堵。そう、私との結婚は、あの人には痛みを伴うものだったんだわ、ずっと。だって、あの人が婚約破棄について異議を唱えることは、ついになかった。
「昔から、言い出したら聞かないからな」
最後に、ついにおじいさまが頭を抱えて呻くように言い、次いで、申し訳ありません、と頭を下げるあの人に、いや、君のせいじゃない、と、意外なほど穏やかな声で告げた。
美哉子さんは、優しく穏やかそうな人だった。あの人と一緒になるにあたっては相当揉めたみたいだけれど、おじいさまが、お似合じゃないかね、そう言って後押しして何とか決着したらしい。どういう風の吹き回しで2人を応援したのかはわからないけれど、孫娘の元許婚が、変な女に引っかかるよりはいいとでも思ったのかしらね。
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とにもかくにも、あの人たちは、死なずに済んだ。代りに、私の初恋が死んだ。その死を悼んで、今日だけは、私、涙を流してもいいわよね。
Fin
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