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野菜を切る。肉を切る。そして鍋で煮込む。今回はカレー故にそう複雑な調理工程はないものの、こうして何かを料理している時間は、アスカにとって嫌いではない。
なんなら、料理自体ひとつの趣味としてかなり好んでやっている節がある。
そんな楽しみに水を刺すような、電話の着信音がアスカのスマホから鳴り響く。
「ごめんリン、ちょっと火ぃ見といてくれる?」
「えー? 今いいとこなのにー」
「文句言わないでさっさとこっち来る!」
「はぁーい、わかったよぉ」
しぶしぶながらもきちんと言ったことはやってくれるので、リンのわがままなんてかわいいものだ。
とは言え、あまり妹の手を煩わせるのは本意ではないので、さっさと電話を済ませることにする。
「もしもし……うん、今ごはん作ってるとこ。ああ、大丈夫、気にしないで。……そう、わかった。……大丈夫だって、いつものことだし。……シン? 知らない、あんなやつ。別にどうでもいいし……うん、わかった。じゃ、またね」
特に問題ないとは思いつつ、念のため廊下へ出て通話したものの、やはり何かあるわけでもなく。その通話相手も内容も、アスカの予想していたものと完全に一致していた。
そして再びキッチンへ戻ってくると。
「ねぇね、今のママ? 今日帰ってこないって?」
「うん。よくわかったね」
「そりゃわかるって。このパターン何回目だと思ってんの?」
「そうだよね。わかるよね、普通に」
妹にも全てお見通しのようであった。だから何が不都合というわけでもないのだが、なんとなく心苦しいというか、申し訳なさがある。
「変なねぇね……ね、いいから早くカレー食べようよ。もうそろそろいいんじゃない?」
「あー……そうね。リン、お皿用意してくれる?」
「えぇー、リンがやるのぉ?」
「働かざる者食うべからず。ねぇねのお手伝いくらい、ちゃんとできるでしょ?」
「ねぇねはすぐ妹を働かせようとするんだからー」
「いつまでも甘えてばっかじゃダメって言ってんの」
どんなにリンがなまけようとしても、食器の用意と皿洗いだけは手伝わせさせることにしている。もうそのくらいのことはやって当然、と考えているからだ。
もちろん、リンのことを思ってそうさせている。永遠に自分が世話を焼いてあげられるわけではないのだから。
「いただきまーす」
「どうぞ、召し上がれ……味はどう?」
「おいしいよ。ねぇね、腕上げたねぇ」
「生意気」
広々としたテーブルに、今は二人。ほんの数年前まで当たり前にあった、一家全員の団欒とは程遠い食事風景だけれども。
それでも妹と過ごすこの時が、アスカにとってはかけがえのないものだった。
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