英雄の娘

3/13
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
 野菜を切る。肉を切る。そして鍋で煮込む。今回はカレー故にそう複雑な調理工程はないものの、こうして何かを料理している時間は、アスカにとって嫌いではない。  なんなら、料理自体ひとつの趣味としてかなり好んでやっている節がある。  そんな楽しみに水を刺すような、電話の着信音がアスカのスマホから鳴り響く。 「ごめんリン、ちょっと火ぃ見といてくれる?」 「えー? 今いいとこなのにー」 「文句言わないでさっさとこっち来る!」 「はぁーい、わかったよぉ」  しぶしぶながらもきちんと言ったことはやってくれるので、リンのわがままなんてかわいいものだ。  とは言え、あまり妹の手を煩わせるのは本意ではないので、さっさと電話を済ませることにする。 「もしもし……うん、今ごはん作ってるとこ。ああ、大丈夫、気にしないで。……そう、わかった。……大丈夫だって、いつものことだし。……シン? 知らない、あんなやつ。別にどうでもいいし……うん、わかった。じゃ、またね」  特に問題ないとは思いつつ、念のため廊下へ出て通話したものの、やはり何かあるわけでもなく。その通話相手も内容も、アスカの予想していたものと完全に一致していた。  そして再びキッチンへ戻ってくると。 「ねぇね、今のママ? 今日帰ってこないって?」 「うん。よくわかったね」 「そりゃわかるって。このパターン何回目だと思ってんの?」 「そうだよね。わかるよね、普通に」  妹にも全てお見通しのようであった。だから何が不都合というわけでもないのだが、なんとなく心苦しいというか、申し訳なさがある。 「変なねぇね……ね、いいから早くカレー食べようよ。もうそろそろいいんじゃない?」 「あー……そうね。リン、お皿用意してくれる?」 「えぇー、リンがやるのぉ?」 「働かざる者食うべからず。ねぇねのお手伝いくらい、ちゃんとできるでしょ?」 「ねぇねはすぐ妹を働かせようとするんだからー」 「いつまでも甘えてばっかじゃダメって言ってんの」  どんなにリンがなまけようとしても、食器の用意と皿洗いだけは手伝わせさせることにしている。もうそのくらいのことはやって当然、と考えているからだ。  もちろん、リンのことを思ってそうさせている。永遠に自分が世話を焼いてあげられるわけではないのだから。 「いただきまーす」 「どうぞ、召し上がれ……味はどう?」 「おいしいよ。ねぇね、腕上げたねぇ」 「生意気」  広々としたテーブルに、今は二人。ほんの数年前まで当たり前にあった、一家全員の団欒とは程遠い食事風景だけれども。  それでも妹と過ごすこの時が、アスカにとってはかけがえのないものだった。
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!