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ベジタブール王国、王都ラディシュ。英雄のお膝元たるこの街は、今日も明日も平和そのもの。穏やかな日常が流れていた。
ただし、光あるところに影もある。日の当たらぬ暗き場所には、皆が目を逸らす〝爪弾き者〟共が吹き溜まる。
そんな所に、たった一人足を踏み入れたのは紫がかった黒髪の少年。
「あ? なんだこのガキ。おい、怪我したくなきゃ財布置いてさっさと帰んな」
「まさか金がないってわきゃあねェよな? 迷い込んだんだが知らねーが、運がなかったと思って諦めるこった」
案の定、ガラの悪い男たち数名に囲まれる。が、少年は相変わらずポケットに手を入れたまま俯き、まるで動揺した様子を見せない。
「おいてめぇ、聞いてん……ぎゃああ⁉︎」
そのうちの一人が痺れを切らして少年の肩を乱暴に掴みかかった、その瞬間。黒の雷が男の全身を走り、そのまま彼の意識を奪っていった。
仲間の一人が何をされたかもわからず、残りのメンバー間に緊張が走る。
「汚ぇ手で俺に触んな、三下ども。次同じことしたら、そいつ程度じゃ済まさねぇ。全身炭化するまで電熱で焼いてやる」
明らかに自分たちより年下で、体格もあくまで標準の域を出ない、そんなごく普通の少年から発せられる凄味は、彼らの本能を震え上がらせるのには過剰なほどであった。
視覚で捉えた情報と、本能が感じ取った恐怖の大きさが、あまりにも不一致すぎる。
全身の震えと冷や汗が止まらぬ中、誰かが何かを察し、声を上げた。
「黒い雷に、そ、その制服……まさかお前、この王都最強の不良と呼び声高い、〝英雄の息子〟か⁉︎」
それはここ一、二年の間に王都中のアウトローの間で有名になった、ある人物の通り名である。
その名の示す通り、世界を救った英雄の息子にして、当代一の戦闘センスを持つと言われる天才。そんな天才は、何故か気まぐれにアウトローの溜まり場に姿を見せては、一方的に叩きのめして帰っていくという。
「……は? 今、俺のこと不良っつったのか?」
その少年の目付きが一変する。どうやら地雷を踏んだらしい。
「おいおいおい、俺をお前らと一緒にするなよ。俺のどこが不良なんだ? 言ってみろよ」
「あ、いや、その……」
少年は自身より背の高い男の首を右手で鷲掴み、ギュっと力を込めて絞めていく。
本当に首の骨が砕けるのではないか、とさえ感じてしまうほどのパワー。
そしてそれを実行する少年の目と怒気は、決して冗談でないと肌で確信した。
「俺が不良ならテメェらはなんだ⁉︎ ミジンコのクソみてーな雑魚の分際でよォ! 思い上がってんじゃねェよ不愉快だ!」
首を掴んでいた男を怒りのままに投げつける。数名巻き込んで倒したことで、場の緊張感が更に増していく。
「わ、悪かった! 気に食わなかったのなら訂正するし、お前には逆らわない! 頼むから暴れるのだけは……!」
「はッ、クソカスが俺に指図すんなよなァ! 今の俺は機嫌が悪ぃからよォ、てめーらが謝っても逆らっても殺すことにしたぜ。覚悟キメとけェ!」
その後、不良たちの悲鳴が薄暗い路地裏に響き渡ったのは言うまでもない。
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