英雄の娘

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 心が落ち着くと、視野の広さも取り戻してきた。改めて息を長めに吸い込んだ後、ゆっくり吐き出したリンは、少し申し訳なさそうに言う。 「最初に言っとくけど、これは相談じゃない。誰かに言ったところで解決しないってわかってるから。だから、リンがただ一方的に言葉を投げつけるだけ。それでも聞いてくれる?」 「もちろん。キミの気が済むまで受け止めよう」  そんな前置きすら全く気にしないのは、まさに名の通り器の広さの現れか。  リンはリンで、ソラが拒まないことを知って、わざわざ意地の悪い断りを入れていた。ただ自分に罪悪感を残さないためだけに。  自身の性格の悪さに自嘲的になりつつ、それでもなお話すのはやめない。 「ソラも知ってると思うけど、うちのねぇねはすごいんだ。勉強も、運動も、料理も、魔法も……ぜんぶできちゃう人」 「そうだね。アスカちゃんは類稀なる傑物だ。ボクたち後に続く後輩なら、誰でも憧れるような」 「だからこそ、全部ひとりで抱え込もうとするの」  ソラの言ったような〝憧れ〟を、リンがアスカに抱いていないわけではない。  だが、その全てを肯定できるほど狂信してもいない。身近だからこそ、姉妹だからこそ、気に食わない部分だって当然ある。 「なんて言うんだろ、こういうの……わかんないけど、ねぇねは勝手だよ。全部自分でやろうとするし、何かあったら全部自分のせいだって言う。違うじゃん、それは。そういうのは……納得いかないよ」  要するに、リンはアスカの〝強者故の傲慢〟が許せない、ということであった。  しかしこれは、考え方や視点の違いで起きるスレ違い。どちらかが正しく、もう一方が間違っているなどということはない。そのことを、心のどこかではリンもわかっていた。 「……リンちゃんは、アスカちゃんにどうしてほしかった?」 「……ちょっとくらい、頼ってほしかった。少しくらい、弱いところを見せてくれてもいいと思った。でも……それは無理なんだよ」 「無理? どうして?」 「リンには、才能がないから」  そこにあるのは、ただひとつだけ。諦観。  まだ8歳の少女とは思えない虚げな雰囲気で、投げやりのようにも見える。  可能性も夢も、無限大に広がっているはずの年頃であるにも関わらず、それを自ら閉ざしている。そういう態度が、表に出ていた。
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