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この足の震えは昨日食べた、いつから冷蔵庫に入っていたか分からない、あの卵のせいだ。私はそう断定する。
思えば、その黄身は少し緑がかっていて、白身に乳色の何かが混じり、濁っていた。なぜそれを食べたかというと、それが私の冷蔵庫に入っていた、唯一の食べれそうなものだったから。家から徒歩5分のスーパーに行く気にもならなかったし、仕方がない、と思うのは、それは昨日の私の論理だろう。
今朝、起きてから足の震えが止まらない。起きた時は冬の寒さにやられたか、とベッド脇の電気ストーブのスイッチをつけて、オレンジ色の光をふくらはぎに当てた。ガスの熱とは違う、線の暖かさを感じた。
10分ほど経っても足の震えが止まらなかった時、どうやら寒さが原因ではないらしい、と電気ストーブのスイッチを切って、立ち上がった。別の理由なんてあるだろうか、と考え、昨日食べた卵が脳裏を掠めたが、あれを食べたからといってここまで震えるだろうか、と否定した。支度を済ませるうちに震えも止まるだろうと思っていた。
顔を洗って、歯を磨いて、寝巻きをベッドの上に放り投げて、シャツの袖に腕を通して、それでも震えが止まらず、寧ろ時間が経つに連れてひどくなっていった。ずっと地震が起きているようだった。
朝食を食べ終わる頃には、私は立っていられなくなり、よろよろとベッドの上に身を落とした。足の揺れが全身に伝わって、胃液が喉の上部まで迫り上がった。私はずっと、波に揉まれながら溺れている。
掛け布団で足を何重にも包んで、震えを止めようとしたが、そんなことでは止まらなかった。足と接した布団はその震えを可視化させ、陸に上がって痙攣する人魚がいたら、このような感じなのだろうと思った。
私は原因を考えた。やはり、昨日食べた卵ではないか、と思った。今日から足が震え出したのなら、原因は昨日にあるはずで、昨日起きたことでその原因らしいものは何かあるのか、と聞かれたら、思い当たるのは卵ぐらいだった。
布団にくるまり、柔らかい布で体を締め付け、安心感を得る。私はふと、これが幸せなのかと思ったが、迫り上がった胃液が下の上に乗って、その味が口の中に広がるのを感じ、即座に否定した。寧ろ、最低だ、と思った。
枕元に置いてあったスマホを手に取る。通知は来ていない。社会人になってから本当に人付き合いが減った。それを残念に思わなくなったのはいつからだろうか。震えないスマホに慣れてしまった。
しかし、長年染みついた習慣は消えない。通知が来ていないのにも関わらず、スマホを開くとまず最初にメール、チャットを確認する。何か見落としているものはないか、実は誰かから来ているのではないか、と期待してしまう。今日も、来ていない。
上司にチャットを送る。会社用のチャット。そこに通知が来ても心は踊らない。上司との会話を開き、体調が悪いので休みます、と病院にも行く旨を、震える指にいだ立ちながら、送る。学校はもっと気軽に休めたのに、と思う。もう、学校じゃないのだから、と叱ってもらえる年齢は過ぎて、今度は自分が叱る番になった。私はつまらない人間なのだろうか。
ストレスが、振動が、日常に疑問を持たせ不安を加速させる。私はこのままでいいのだろうか。これまで何を学んできたのだろうか。足が震える。脳が揺れる。今、私に足りない刺激を、本能が感じ取ったから足が震えるのだろうか。私に足りないのはこの足の震えだったのか?自問自答を繰り返す。足の震えはますますひどくなる。
男が欲しくなった。その後、すぐに性欲は萎れ、布団から足を抜いた。一瞬の欲は突風だった。足に激しい痛みが、脛を引き裂くような痛みを感じた。足の内側に、何か別の生き物がいた。
私はあまりの痛みに涙を流した。私はうめきながら、左の壁に当たり散らした。私はあんまりだと思った。私が何かしたのか、何もしていないことへの罰なのか。誰も、誰も教えてくれなかったではないか。こうなることなど、誰も教えてくれなかったではないか。恵まれることが悪いなんて、思わなかったのに。もう少し上手く生きれると思っていたのに。私は脈絡なく、思いつく言葉で不満をこぼした。
激痛が頂点に達した時、右の脛が縦に裂け、中から青白い手が伸びた。それが視界に入った途端、彼女は気絶してしまった。そのまま全身が現れるかと思いきや、出てきたのは指から肘までの、前腕だった。右前腕だった。やがて左の脛が裂け、左前腕が出てきた。二つの腕は彼女の体を這うと、彼女の首を絞めた。
水の流れによって地面が侵食され、川幅が広がるようにゆっくりと、腕は彼女の首を絞めた。そして、動かなくなった彼女から手を離し、くるりと方向を変え、脛に戻った。腕が彼女の中に入り、姿を完全に隠した時、いつのまにか、傷口も消えていた。
彼女の死因は、誰も知らない。
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