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街並みが朝焼けに染まるなか、憔悴し切った顔で帰宅した俺を、両親や捜索願を受けて駆け付けていたお巡りが迎えた。
『ユキナの事が心配で一晩中探し回っていた』
そんな安直な嘘を聞かされた両親は、表面上は怒りながらも激しく安堵し、やがて感傷にとらわれて泣き出した。
大好きな幼馴染を失った少年の、純な暴走。
俺の行動は、そういう恋愛映画じみた文脈で、大人たちの脳裏で美談へと書き換えられたらしい。
その幼馴染の内臓の1つ1つ、ライトを照り返す子宮の艶めきまで、たった今この目で鑑賞してきた。そんな事、彼らには想像すら及ばない。
その日以来、言葉がつっかえて、上手く発語できなくなった俺の異変も、大人たちは幼馴染を心配するあまりのショック症状だと受け止めたようだ。
失語状態になった俺の姿が、また彼らの憐れみを誘ったのか、両親は盛大にむせび泣いていた。
◆◆
晴れ渡った空。どこまでも澄み渡っている。
どれだけの罪を重ねようと、それを裁く者などこの世界には存在しない。そう告げているかのように。澄み渡った空には一転の曇りも無い。
俺とリトは手を繋ぎながら、学校の屋上に佇んでいる。
自分でも信じれない事に、俺はまだリトに対して深い愛情を感じていた。
リトが、少女の姿をした怪物であることを知ったはずなのに。
軽蔑して、幻滅して、激しく嫌悪するのが正常な反応のはずなのに。
俺は、リトのことをまるで嫌いになることが出来なかった。
30人以上の女性を惨殺した殺人鬼のテッド・バンディにも、600万人以上のユダヤ人を虐殺したアドルフ・ヒトラーにも、死ぬ間際まで彼らを心底愛する恋人がいたという。
人間の倫理観なんてつくづく曖昧なものだと思う。
少なくとも、人間の本能には、脳髄の深い部分には、教科書にあるような道徳観なんて刻まれていないって事だ。
条件さえ整えば、俺たちは大量殺人鬼とだって深く愛し合うことが出来る。
「マサムネ、この世界はね、壊れた肉人形で溢れかえっているんだよ」
「………」
「世界から与えられた役割を逸脱して、狂態を演じている肉人形がたくさんたくさんこの世界には溢れかえっている」
「………う、あ………」
「無理に喋らなくてだいじょぶだよ?」
リトの優しい声に、胸のなかが甘く掻きむしられる。
後ろめたさをともなった甘い痛み。
なぜ、リトはその優しさを被害者たちに向けることが出来ないのだろう?
「たとえば、あそこにいる、アレ」
体育の授業が行われいる校庭を指さすリト。
クラスメイトたちが正方形に整えられた土のうえで調教中の競走馬みたいに肉体を躍動させている。
リトが指さした先にいるのは、一見マジメそうな女子生徒。彼女は同級生の女子を脅迫して、出会い系サイトに登録させ、売春を強要しているという。教師たちには優等生として通っていて、誰よりも内申点が高い。
「あそこにもいる」
リトが指さした先にいるのは飛びぬけてイケメンの男子生徒。
彼は付き合った女子を全員、薬物漬けにして、薬物中毒者になったところで、所属するギャングチームの先輩格に上納しているのだそうだ。
「アレなんか、誰がどう見ても壊れているよね♪」
校庭でホイッスルを吹いている体育教師を指さして、リトは楽しげに笑った。
脂ぎった肥満顔で、女子生徒の方にばかり視線を送っている中年男。
軽度の知的障害を抱えた生徒や、母子家庭の女子生徒ばかりを狙って、性加害を繰り返しているという黒い噂があった。
『女は子宮でしかモノを考えられない動物』というのがヤツの口癖。
「ちゃんと修理してあげなくちゃいけないよね、ああいう壊れた人形たちは」
リトは目を輝かせている。
リトは、リトなりの正義感をもって行動しているのだ。彼女なりの、筋を通しながら。
狂った彼女をこんなにも愛し続けている俺こそが、この世界で一番、壊れているんじゃないかと思った。
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