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1-1 呪いのスキルと追放
「おいジーク。呪いのスキルを授かった貴様など一族の恥晒しだ! 直ちに出て行け!」
「そ、そんな……待って下さいッ! お願いします父上!」
まるでゴミでも見るかの如く冷酷な目つきで僕を見下しているのは、僕の実の父であるキャバル・レオハルト。
何故こんな事になってしまったんだろう。
いや、そんなの考えなくても分かる。
全ては昨日の洗礼の儀が始まりだ――。
♢♦♢
~大聖堂・洗礼の儀~
「次、ジーク・レオハルト。 前へ!」
「はい!」
多くの人が大聖堂に集まる中、僕の名前が呼ばれた。
「おめでとう。君にも“スキル”を授ける――」
スキル――。
これは全人類が当たり前に手にするもの。
スキルの種類は数えられない程存在し、与えられた“腕輪の色”によってランク分けされる。
一般的にスキルを与えられた人の8割がブロンズの腕輪であり、その上のシルバーの腕輪が約1割半。そして真の選ばれし者に与えられるのがゴールドの腕輪となっている。
この腕輪の色によって授かるスキルも大きく変わり、その後の人生を決定づけると言っても過言ではない。
僕が狙っているのは勿論ゴールドの腕輪。そして『勇者』のスキルを授かるんだ。
「お、遂にレオハルト家のご子息の番だぞ。何のスキルを授かるかな?」
「そりゃ勿論ゴールドの腕輪で『勇者』スキルだろうが!」
「そうですね。これまでにも幾度となく『勇者』のスキルを授かったレオハルト一族ですから、間違いなく出るでしょう」
「名家だからと現を抜かさず、毎日厳しい鍛錬を行っていたとも聞いた。ご縁があればウチの倅でもジーク君のパーティに入れてもらいたいものだ」
名のあるレオハルト家の名前が呼ばれた事により、自然と皆の注目が僕に集まっていた。余り目立つの様な場所は得意じゃないんだよな……。
「もっと胸を張れジークよ。我がレオハルト家の跡継ぎであるお前ならば『勇者』に間違いない。他のも者達とは違うという事を証明してやれ。この瞬間からお前の存在は世界に轟くのだ。期待しているぞ」
「分かりました。レオハルト家の名に恥じぬ様使命を果たします」
「ジーク様ならきっと大丈夫ですよ」
「ありがとう、レベッカ」
最後に父上と僕の使用人であるレベッカと言葉を交わし、いざスキルを授かるべく1歩前へ踏み出した僕は遂に洗礼の儀を受けた。
今日まで毎日必死に特訓をしてきた。
全ては勇者のスキルを授かり多くの人を救う為。世界を平和にする為。
僕の人生はここから新たな幕を上げる。
……と、思っていたのに――。
「ジーク・レオハルト。こちらが貴方に与えられしスキルとなります」
洗練の儀はまさに一瞬。
目の前に用意された大きな水晶に触れるだけ。
水晶に手をかざした瞬間パッと光が輝き、次の瞬間、僕の手首には“ブロンズ色の腕輪”が付いていた。
しかも腕輪には『引寄せ』というスキルを示す文字が確かに刻まれており、自分に起きている事がまるで理解出来なかった僕はただただ呆然とした。
狙っていたゴールドでもなければ勇者のスキルでもない。それどころか1番下のブロンズ。挙句の果てにはまだ自分でも目を疑ってしまう『引寄せ』というスキルの文字。
これは何時か書物で見た事があったブロンズの腕輪の中でも最弱のスキル……いや、世界に災いをもたらすとまで語られる“呪いのスキル”だ――。
「なッ、なんだと! こんな事は有り得ないッ!」
無音に包まれた大聖堂の静寂を打ち破ったのは父上の叫び。
父上は目を見開き驚愕の表情を浮かべながら僕を見ていたが、その表情は驚きや失望というよりも憎悪と怒り。何よりも名声や肩書を1番に考える父上らしい答えが顔に出ていた。
息子の僕にはよく分かる。
「おいおい、まさかレオハルト家の跡継ぎがブロンズの腕輪なんて……」
「しかもあの『引寄せ』ってスキルは確か……!」
「ああ、そうだ! ブロンズの腕輪の中でも最弱にして最低。モンスターや災いを引寄せるという呪いのスキルだぞ!」
数秒前の状況が嘘だったかの様に、大聖堂は全く間に混乱と動揺に包まれた。
「無様だな“兄さん”。終わったなら早くどいてくれ。次は俺の番だ――」
そう言って水晶の元まで寄って来たのは僕の弟であるグレイ・レオハルト。
「貴方の洗練の儀は終了しましたジーク・レオハルト。次の者の儀を行うのでお下がりください」
洗練の儀を行っている神官に促され、僕は頭が真っ白になりながら場を後にする。
頭がボーっとしている。呼吸もしづらい。体だって自分のものじゃないみたいに重い。
「次、グレイ・レオハルト。 前へ!」
「はい!」
整理がつかない僕なんかを他所に、洗練の儀は次々と進んでいく。弟の番なのに僕はグレイを見る余裕がない。
「私に恥をかかせるとは、貴様何をしているのだ!」
「も、申し訳ありません……父上」
やはり父上は怒っていた。それはそうか。
「ジーク様ッ……! 大丈夫ですよ、そう気を落とさッ……「おー! 出たぞ! アレは紛れもなくゴールドの腕輪だ!」
使用人のレベッカが心配そうに僕に声を掛けてきたが、その彼女の言葉を掻き消す様に再び大聖堂が湧いた。
反射的に水晶の方へ振り返った僕の視線の先には、金色に煌めくゴールドの腕輪が付いた腕を高々と掲げるグレイの姿が。
「流石レオハルト家のご子息!」
「やはりゴールドの腕輪を引き当てたか。しかもアレは『勇者』スキルだぞ!」
「凄い! レオハルト家の血統は本物であったか。さっきのは例外だろうな、可哀想に」
「キャー! グレイ様ぁ! どうか私を同じパーティに!」
「よしよしよし! でかしたぞグレイよ! それでこそレオハルト家の一族だ!」
弟のグレイが『勇者』のスキルを授かった事で大聖堂は異様な盛り上がりを見せている。
そもそもゴールドが出る事自体稀の確率である上に、ゴールドの腕輪の中でも『ヒーラー』、『魔法使い』、『賢者』、『剣聖』と限られた最強スキルの中でも最も名誉ある『勇者』を引き当てたのだから当然の事だろう。
「クッハッハッハッ! 当たり前ですよ父上。レオハルト家の者がゴールド以外なんて考えられない。なるべくしてなったのですよ。俺が勇者に――!」
大歓声に包まれるグレイを横目に、僕のこれからの運命を左右する大事な1日が静かに終わった。
♢♦♢
~レオハルト家~
「おいジーク。呪いのスキルを授かった貴様など一族の恥晒しだ! 直ちに出て行け!」
洗礼の儀の翌日――。
顔を合わせた父上の第一声がこれだった。
「そ、そんな……待って下さいッ! お願いします父上!」
父上が怒っている理由は明確。でも幾らなんでもあんまりじゃないか。緊迫した空気の中、何故かグレイだけが金色の髪を靡かせ愉快に笑い声を発していた。
「クハハハ、マジで笑える。やっちまったな兄さん。レオハルト家の跡継ぎ本命のアンタがまさかブロンズの腕輪を出すとはな! しかもよりによって勇者よりも確率が低い呪いのスキルなんて普通引き当てねぇだろ。クッハッハッハッ!」
「た、確かにそう呼ばれているかもしれないけど、まだこの力が本当に呪われているかなんて分からないだろ! 今まで以上にもっと特訓だってすればッ……「はぁ? この期に及んで何言ってんだよ」
グレイはそう言いながら僕に近付くと、ブロンズの腕輪が付いた腕をガッと握った。
「見ろ! コレが現実だ!」
「で、でもッ……」
「でもじゃねぇ! これまでの歴史でブロンズの腕輪で大成した奴なんて1人もいない! 落ちこぼれの証明と変わらねぇんだよ。分かったか?
それに引き替え俺は文句なしのゴールドの腕輪。しかも勇者だ! それに早くも俺は“ファイアスラッシュ”と言う強力なスキルも授かった。これから俺は次々に最強のスキルを習得して最強の勇者になる事はもう確実!
落ちこぼれの呪いスキルに選ばれたお前はもう終わりなんだよ。一族の恥晒しがッ!」
言いたい事を言い切ったのか、グレイは鼻で笑いながら僕を突き飛ばした。不意な事でバランスを崩し床に膝を着くと、次は父上が。
「グレイの言う通りだ。まだ何か言いたい事が?」
僕をこれでもかと見下す父上。悔しい反面、事実なのも確か。言い返せない僕の姿を見て、次に口を開いたのは使用人のレベッカだった。
「お言葉ですがキャバル様! ジーク様はこれまで毎日厳しい訓練を行っておりました。少しでもレオハルト家の名に恥じぬようにと。困っている人を1人でも多く救える様にと。
それなのに、与えられたスキルが少し違ったからと言ってあんまりではッ……「使用人の分際で偉そうな口を利くなッ!」
一層険しい表情を浮かべた父上の怒号が響く。
「由緒あるレオハルト家の一族にこんな落ちこぼれを置いておける訳がなかろう! 昨日あれだけの民衆の前で恥をかかせた上に、更にこの先レオハルト家の面を汚す気つもりか? 貴様も使用人だからと図に乗るなよ奴隷の小娘が!」
吐き捨てる様に俺とレベッカに罵声を浴びせた父上。
今の言葉は許せない。
僕はそう思いながらも何とか怒りを抑えつけた。
成程、これが父上の本音か――。
「路頭に迷われてこれ以上恥を晒されたら敵わん。この金で王都から出て行け」
「……分かりました」
この人は何よりも面子や世間体が大事。もう言い返すの馬鹿らしい。確かに僕は期待に応えられなかったかもしれないし、呪いのスキルなんかを授かってしまった。
だけど僕は与えられた力を、僕だけは最後まで自分の力を信じてみたい。
父上から渡された袋を握り締め、僕はそのままレオハルト家を後にした――。
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