最終話 大切なものを引寄せ

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最終話 大切なものを引寄せ

♢♦♢ ~某所~  スタンピードの騒動から数日後――。 「もう少しかな」 「ジーク様、私なんだか緊張してきました」 「ハハハ。大丈夫だよ」  僕とレベッカはそんな会話をしながら王国の最東部にある街へと向かっている。理由はずっと探していたレベッカの家族の情報が入ったからだ。  その情報を知った時には当然驚いたが、僕はそれ以上に“情報提供者”に驚かされた。  そう。それは他でもないグレイ――。  スタンピードとそれ以前の騒動で、悪の陰謀であるゲノムと手を組んでいたグレイは地下牢に幽閉されたが、事態が落ち着いた後に面会が出来るとなって僕は会いに行った。  久々に見たグレイは少し瘦せていたが、その表情と雰囲気は以前よりも丸く穏やかな印象。 「……って事だ。もうその辛気臭い顔を見せに来るなよ。暗い地下牢が余計暗くなる」  態度と口調は相変わらずだったけど、グレイはその面会で僕がずっと探していたレベッカの家族の情報を教えてくれたんだ。どういう風の吹き回しか定かじゃない。けれど僕はこの好意を有り難く受け取ってグレイにお礼を告げた。  その後王国では色々と変化が起こった。  レイモンド様は今回の件で、全ての腕輪やスキルに関して今後一切優劣をつける事を禁じた。事の発端は言わずもがなゲノム。平和で豊かな国を築くのに、腕輪やスキルの上下は必要ないとレイモンド様は判断したのだ。  それとこれは余談だけど、この新たな取り決めの流れで父上とレオハルト家の名は貴族から除外されたらしい……。  一応自分の家の事でもあったけど、僕には最早どうでもよかった。  更にレイモンド様は僕達とエミリさんが壊滅させたシュケナージ商会の一件で、新たに得た奴隷商や人身売買の記録から、彼らと裏で取引していた貴族や権力のある名家などを父上同様に除外したとの事。  数はそこまで多くは無かったらしいのだが、これは「そういう問題ではない」と人の道を外れた行為を断じて許さないレイモンド様の強い信念を改めて民が認識した瞬間でもあった。  一部の身寄りのない人達は、心優しきエミリさんが率いるエスペランズ商会で保護される事になったそうだ。  そして。  僕とレベッカはグレイの情報を頼りに2人で街に向かっているのだが、2人になるのはエスペランズ商会の部屋で話した時以来。一瞬僕は勝手に変な緊張に包まれていたけど、道中は久しぶりに2人でゆっくりとした時間が流れていた。  他愛もない会話をしながら馬車に揺られていると、僕とレベッカは遂に目的であった最東部の街に着いた――。 ♢♦♢ 「え……。その髪色もしかして……レベッカ……⁉」 「貴方は……ジャック⁉」  実に数年ぶりの再会か。  グレイの情報通り、この街には確かに当時のレベッカの家族達がいた。  お互いに驚きと感動が相まって感情がぐしゃぐしゃになっているのだろう。次々に集まってきたレベッカの家族は皆涙を流しながら嬉しそうに笑っている。  グレイが「俺も詳細は知らねぇ」と前置きしながら言っていたが、どうやらレベッカが連れ去られてしまったあの日、孤児院の他の人達は運良く逃げ延びていたらしい。レベッカと皆の会話から察するに、誰1人として欠ける事なく今日まで生きていたみたいだ。 「ありがとう。貴方がレベッカを救ってくれたのですね」  皆の輪を抜け出し、1人のお婆さんが僕の元に来た。  きっとレベッカが僕の話をしたのだろう。 「いえ、僕は特に何も。寧ろレベッカに助けてもらっているのは僕ですから」 「まさかレベッカに生きて会えるなんて……! 本当にありがとうございます。あの日からずっと探していたんですが、全く手掛かりが掴めなくて……」  そう言いながらお婆さんは何度も何度も僕にお礼を言ってくれた。  お婆さんや他の人達もレベッカの事を本当に心配していたんだと伝わってくる。  レベッカ達は久々の再会でかなり会話が弾んでいる様子。それを見た僕はお婆さんに「レベッカとゆっくり話して下さい」と伝えて1人で暫し街を散歩する事にした。 「それにしても、本当に良かったな~。レベッカも皆も凄い嬉しそうだった。思わず僕が泣くところだったよ」  そんな独り言を呟きながら街を散歩していると、突如あるお店の主人に声を掛けられた。 「あれ、君は確かジーク・レオハルトさんでは?」 「え、ええ、そうですけど……」 「やっぱり! この間のモンスター討伐会を私も観戦していまして、危ない所を助けていただき本当にありがとうございました」  お店の主人は僕にそうお礼を言うと、「こっちへ来てください」と何故か店の中へ案内された。 「実は私、もう歳が歳なものでこのお店を閉じるんですよ」 「そうだったんですか」  お店の主人は確かにご高齢。アクセサリー関係のお店だったのだろうか、中は綺麗なネックレスやブローチや腕輪などが置かれていた。 「大したお礼は出来ませんが、もし宜しければお好きな物を持って行って下さい。とても由緒あるレオハルト家様にお渡しするのには恥ずかしい物ばかりですが……。一応50年以上私が錬金で作り続けてきた物です」  主人はそう言って謙遜していたが、どれもお世辞ではなく本当に素敵な物ばかりだった。 「これ全部お爺さんが作られたんですか?」 「ええ。大した錬金のスキルではありませんが、唯一作れる小さなアクセサリーです」 「凄いですね」 「あ、これは申し訳ない。無理な押し付けはかえってご迷惑でしたな」 「いえいえ、とんでもないですよ! コレ本当に頂いてもいいんですか?」 「こんな物で宜しかったら是非」  僕はお店にある沢山のアクセサリーの中で不意に“指輪”に目が留まり、レベッカの顔が思い浮かんだ。 「おや、ジークさん。もしかして――」  少し口角を上げながら僕の顔を覗き込んできたお爺さん。  その表情を見た僕はお爺さんが言おうとしていた事が直ぐに分かった。そして急に恥ずかしくなってしまった。 「い、いや……これはその……! 全然そういう意味じゃないんです!」 「ホッホッホッ。今思い浮かんだ人がいるのなら、その思いはきっと伝えた方がいいですよ。年寄りの戯言ですが、一応ジークさんより長く生きおりますからねぇ。 私の経験上“いい女に待ったは無し”です。 貴方が惚れたという事は、当然他の男も彼女の魅力に惚れてしまいますから――」  この瞬間、感じた事のない衝撃が僕の全身を襲った。  今のお爺さんの言葉で僕は確信してしまったんだ。  いつも当たり前のように僕の傍にいてくれたレベッカが、いつからか僕の中で特別な存在になっていたという事に。  これまでのレベッカとの思い出が走馬灯の如く頭に流れる。  そうか。  僕はレベッカの事が“好き”なんだ――。  レベッカの屈託のない笑顔が思い浮かぶ。  それと同時に、お爺さんの言葉が何度も僕の中でこだましていた。    “いい女に待ったは無し”。 「あ、あのぉ、お爺さん!」  改め言葉にするのがとても恥ずかしかったが、僕は人生の先輩であるお爺さんに尋ねた。 「え~と、その……ほ、本当に頂いてもいいんですよね? それと、こういうのを渡す時は何て言えば……」 「そんなに意識することはない。格好ばかり付けようとすると必ず失敗する生き物なんだ男は。だから何もしなくていい。ただ君の気持ちを正直に彼女に伝えるだけでね。 それでもまだ緊張する様なら、シンプルに彼女に“ありがとう”と感謝を伝えればいいんだよ。ただそれだけの事だ――」 ♢♦♢  お爺さんと別れを済ませた僕は再びレベッカの元へと戻った。 「あ、ジーク様!」  夕焼けに照らされ街がオレンジ色に染まった頃、道の向こうからレベッカがやってきた。どうやら僕を探しに来てくれた様子。  他の人達はパーティの準備をしてくれているらしく、皆のご厚意で是非僕にもとパーティに招待された。 「何処に行かれてたのですか?」 「ん……ちょっとね」  変に意識しているせいか、返事も態度もぎこちなくなってしまう。    皆がいる家まではもう数十メートル。  何気なく見たレベッカの顔は夕日に照らされとても綺麗だ。  ――ドクン。  胸の鼓動を抑えて必死に平静を保つ。  そして。 「あ、あのさレベッカ……!」  意を決した僕は口を開いた。 「どうなさいました?」 「えーと、これをレベッカに」  僕はそう言いながら小さな1つの紙袋を渡した。  中身は勿論お爺さんのお店で頂いた指輪。  でもこの指輪はお店にあった物ではなく、お爺さんが僕の為に特別に作ってくれた指輪だ。 「え、これは……」 「いや! 別にそんな深い意味はなくて……その、何て言うか……レベッカには本当に助けてもらってきたから、その感謝を込めて」 「……」  レベッカは指輪に視線を落としたまま無言でいる。  なんだこの間は……。  もしかして迷惑だったか?  それともやっぱり僕だけがなんか舞い上がって勘違いな行動をしているんじゃッ……『――ギュ』  色んな事が頭を過っていた次の瞬間、突如レベッカが僕に抱きついてきた。 「レ、レベッカ⁉」 「嬉しいです……。ありがとうございます、ジーク様」  やばい。  そんなに密着されると緊張がバレる。 「よ、喜んでもらえて良かった。ずっと一緒にいたのに、レベッカがどういう物が好きか分からなかったから少し心配していたんだ」 「ジーク様に頂けるのならなんでも嬉しいです。それに……」  レベッカは顔を上げてふと僕を見つめる。 「この指輪に“深い意味”があったとしたら……私は一生ジーク様と一緒にいたいです――」  恥ずかしそうな表情でそう口にしたレベッカを見て、僕は遂に理性が吹っ飛んだ。そして、次の瞬間僕は自分でも驚くぐらい自然に言葉が零れた。 「レベッカ。君の事が好きだ。僕と結婚してほしい」 「……!」  数秒の沈黙が永遠にも感じた直後、僕とレベッカは静かに瞳を閉じて口づけを交わした――。 【完】
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