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59 終結。共存。新たな世界。【最終話】
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「ハァ……ハァ……倒した……んだよね?」
自分がした事。
だがエレンはどこかその実感が湧かずにいた。
目の前のアビスに全神経を集中させていたエレンは、いつの間にか呼吸をするのも忘れていたのだろうか、息遣いが荒くなっていた。
「ええ。アビスは完全に消滅したわ。『終焉の大火災』は止まった。エレン、貴方の強い思いによってね」
母親のその言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が切れたエレンはその場に崩れるように座り込む。
「はぁ~、良かった……」
肩の荷が下りたと言わんばかりに安堵の溜息を吐くエレン。
母親はそんなエレンを横目に、うっすらと笑みを浮かべていた。
「エレェェン!」
「あ、アッシュ。それにエドさんとローゼン総帥も」
アビスが消え去った事により、これまで薄暗かった空が嘘であったかのように快晴へと変わっている。怒涛であった展開も遂に一段落。アッシュがエレンの元へと急いで駆け寄ると、彼に続いてエドとローゼン総帥もエレンの心配をして駆け寄って来た。
「大丈夫か? エレン」
「うん、大丈夫だよ。アッシュ達は?」
「バカ野郎。お前が人の心配なんてしてんじゃねぇよ」
「その言い方は良くないですねアッシュ。エレン君がいなければ、私達は愚かこの世界がどうなっていた事か」
「そうよ王子様。貴方そんなんじゃ愛想つかされるわよ」
言葉や表現が違えど、皆エレンの心配をしている事に変わりはない。アッシュ達の顔を見たエレンは改めて安堵すると共に、この何気ない会話がとても心地良く、どこか懐かしさすら感じる程であった。
「貴方の周りにはもう素敵な人達がいるようね。ママも安心したわ」
「うん。皆私の大切な人達なの」
「そう言えばエレン、お前さっきからずっと誰と話してるんだ?」
アッシュの言葉でふと我に返ったエレン。
そう。母親の姿はエレンにしか見えていない。母親の声もずっとエレンにしか聞こえていなかったのだ。
「そろそろお別れねエレン。貴方は私のかけがえのない子供よ。エレン、この先また辛く大変な事があったとしても、私はいつも貴方の傍で見ているからね。エレンは1人じゃない。空にはパパもママもいるから。
それに今の貴方の傍にはこんなにも頼れる仲間達が、大切だと思える人達がいる事を忘れないで。それじゃあ、またねエレン――」
「ママ……!」
最後の別れを告げた母親の体がどんどんと消えてゆく。
「ママ……?」
「きっとエレンには母親の姿が見えているんだわ。エレンの視線の先に、彼女とよく似た魔力の波長を僅かに感じるわ」
アッシュ、エド、ローゼン総帥にはエレンの母親の姿は見えない。だが“そこ”に目には見えない何かが存在がする。それだけは感じ取る事が出来た。
「ママありがとう! 私はこれからも絶対に生きる事を諦めない! だからパパと一緒に見守っててね! 出来るならお爺ちゃんにも元気だよって伝えてほしいな」
エレンもまた母親にそう別れを告げると、母親は最後に優しい笑顔を見せ、フッとこの世から姿を消し去ったのだった――。
(ありがとう。パパ、ママ)
**
「まさか本当にアレを止めるとはな。ヒャハハハ」
「笑い事じゃ済まないぞラグナ。俺達は取り返しのつかない事をしてしまったんだから……」
エレン達が談笑する光景を見ながら、ジャックとラグナはそんな言葉を交わしていた。
そして、ふと実の父親――ユナダス国王へと視線を向けたジャックは妙な違和感を覚えた。
「父上……?」
ジャックの言葉に釣らたラグナも自然とユナダス国王へと視線を移す。そんな2人の視線の先にはユナダス国王が立っていた。
だが。
「……ぐ……ぐぼァ……!」
「父上!?」
次の瞬間、ユナダス国王が突如血を吐くと、そのまま国王は苦しそうに地面へと倒れ込んでしまった。
「父上……!」
ジャックとラグナが急いで国王に駆け寄る。
どうやらアビスが撃破された瞬間、運悪く飛散したアビスの炎が直撃して胸を貫いてしまったらしい。ユナダス国王の胸はぽっかりと穴が空き、その穴から夥しい量の血が溢れ出ていた。
「……ダメだジャック。もう死んでる――」
「!?」
医学や人体の事などジャックは詳しい専門知識など持っていない。だがラグナの言う通り、ユナダス国王……父親の生死は誰がどう見ても一目瞭然。国王は命を落としてしまった。
「ち、父上……」
♢♦♢
~リューティス王国~
『終焉の大火災』から半年後――。
「あ、エレンお姉ちゃん!」
「遅いぞ! 腹減ったよ!」
「ごめんごめん。任務の報告書を書くのに時間が掛かっちゃって」
リューティス王国とユナダス王国の長きに渡る戦争が半年前に遂に終結した。
『終焉の大火災』を食い止めたエレン達とジャック達は、それまでに色々な事が起こっていた複雑な関係性であったが、今回の事をきっかけに正式に和解。勿論ラグナがした事が全て許される訳でもなければ、両国の戦争がなかった事にもならない。
しかし、憎しみや恨み、そして復讐や支配は争いしか生まないと身を持って経験したエレン達は、互いに0から友好関係を築いていける未来にしたいという結論に至った。当然、国の事をエレン達に決める決定権などないが、少なくともエレン達の間では確かで新しい関係性がここに誕生していたのだった。
アッシュに関してはラグナに対してのわだかまりが残ってもいたが、「いつでも俺を殺しに来い」とラグナが悪戯な笑みを浮かべてアッシュに伝えると、「だったら毎日殺しに行ってやるよ」とラグナの言葉を本気で受け取ったアッシュはひとまずこの和解を受け入れる事にしていた。
そこからは両国でも忙しないバタバタとした日々が続いていた。
戦争終結後、まず両国の民全員が注目したのはリューティス王国のレイモンド・ヴァン・リューティス国王、そして新たにユナダス王国の“王”となった“ジャック・ジョー・ユナダス国王”の会合であった。
前ユナダス国王の死により、新たにその座に就いた息子のジャック。まだ若い彼が一国の王となるの「流石に早過ぎるのでは――」と、前国王の家来や側近、他の王族達からも訝しい視線や意見を受けたが、最終的にジャックが「どこよりも平和で豊かな国を築いてみせる」と、若いながらに王の品格と素質を皆に見せつけ、晴れて正式な王となったのだった。
レイモンド国王とジャック国王の話し合いはとても緊迫した中で行われたが、話が終わる頃には互いに友好的となっていたそうだ――。
無事に戦争が終結し、リューティス王国内は暫く復興や難民の保護、そしてこれから先の未来の為に、多くの者が新しい日常へと足を踏み出していた。
全てが終わり、アッシュとエドが改めて自分達の事をレイモンド国王に告げると、国王は「もう全て分かっている。ご苦労だった」と何とも深い懐で2人を労った。更に国王は「王子というガラではなさそうだが……」と、アッシュとエドを、王子兼騎士団員という特殊な待遇で団員に迎え入れる事を提案。
流石のアッシュも一瞬戸惑ったが、エドと目を合わせたアッシュは直後にもうレイモンド国王からの提案を「受ける」と返事をしていたらしい――。
ローゼン総帥は今回の戦争をきっかけに、新たに世界の本当の歴史、そして魔法や魔道師としての知識や技量を次の世代に正しく伝えるという任務をし始めたそうだ。だが任務とはいっても、国からの命ではなく“自分”で決めて動き始めた事。勿論レイモンド国王はそんなローゼン総帥の気持ちに大変感服し、彼女の活動を全面的にバックアップしている。
「そちらはどうですか? そろそろ落ち着いてきました?」
「ああ、そうだな。まぁようやく……って感じだけど。ヒャハハハ――」
慣れた感じで言葉を交わすローゼン総帥とラグナ。
そう。ローゼン総帥はリューティス王国は勿論、ユナダス王国も自身の活動範囲へと含んで動いていた。当然ラグナも了承済み。ローゼン総帥は自分の新たな活動を思い立った一番最初にラグナの元へと訪れたらしい。
少し前は対立していた2人であったが、互いに実力ある魔導師。
きっとその意志や思いはここから何世代にも渡って継がれていくだろう――。
そして。
エレンはというと。
**
「お疲れ様、エレンちゃん」
「今日も可愛いねぇエレンちゃんは!」
「止めなよ、セクハラだよ」
「エレン、おかわりおかわり!」
今回の事でレイモンド国王より“世界の英雄”と言われるまでに大称賛されたエレンは、国が落ち着いてきたら戦争の終結祝いに国中で大宴会をしようと国王に言われた。
しかし、まだ世界中の人は本当の歴史を知らない。だから人間とエルフ族と竜族の混血などという稀な存在の自分が人々に知られるのが怖いとエレンは言った。自分自身でもまだ心の整理が出来ていないというのに。
このエレンの意見にはローゼン総帥やアッシュ、それにジャックやラグナも賛同していた。例え互いに理解し合って友好関係築いていきたいと思っていたとしても、それは容易な事でない。知る人が知ればエレンの存在は脅威そのものになってしまう。今回の戦争のように。
レイモンド国王はエレンの意志を勿論尊重すると言ったが、誰よりも国や民を愛する国王は、今回のエレンの活躍に絶対何かしらの感謝を示したいとエレンに懇願。当初、レイモンド国王はエレンに莫大な富と地位を与えると申し出たが、エレンはそれも丁重に断った。
「レイモンド国王、それでは私に“仕事”を頂けないでしょうか――」
エレンのその一言によって、彼女もまた正式な一騎士団員となったのだった。
必要なお金は自分で稼ぎたい。それに彼女は莫大な富や地位を手に入れて、今の自分が変わってしまうんじゃないかと怖くもなってしまった。自分に扱い切れないものよりも、手の届く今あるものを一生大事にしていきたい。エレンはそう思った。
そして、騎士団員としての記念すべき最初の任務が国の復興――。
今回の戦争で破壊された街や村、そして難民となってしまった人々をリューティス王国一丸となって復興する事。
それがエレンに……いや、騎士団員や傭兵、それに全ての民へ向けたレイモンド国王からの願いであった。
「おい。全員に足りてるか?」
「あ、アッシュ。エドさん」
「お疲れ様です」
エレンは騎士団員として、自分が生活していた地区の復興と保護と担当。日々多くの人達と共に、今出来る事を少しづつこなしていた。
アッシュとエドは各地に食料や物資や資材を配達、管理する班の担当を行っている為、エレン達は今でもこうして顔を合わせていた。
「ここらへんもだいぶ落ち着いてきましたね」
「そうですね。まだ半年しか経っていないのに、あの時の事がもう何年も前の様に感じます……」
エレンとエドはふと『終焉の大火災』の日の事を思い返した。
今となっては嘘のような光景。こうして穏やかな生活が送れている。そんな当たり前に感謝せずにはいられなかった。
たった1人、エレンの眼前にいる青髪の男を除いては――。
「ボケっとしてる暇なんてねぇぞ。まだやらなきゃいけない事が山積みだ」
「そんな事分かってるよ」
「どうだかな。この間の事で少しは変わったかと思いきや、お前は出会った頃とまるで変わってねぇ。
いや、寧ろ前より酷くなってねぇか? だから“エレンちゃん”なんて呼ばれるだぞお前。せめてもっと男らしく見えるように筋肉でも付けたらどうだ」
アッシュのいつも通りの言葉に、思わずエレンとエドが目を合わせる。
そう。
アッシュは未だにエレンが本当に女であるとは思ってもいなかった――。
鈍感というのか、ある意味素直というべきか。流石のエドもこればかりは苦笑い。アッシュがここまで信じ切っていると、些かエレンも心が痛む。いつ本当の事を告げようかと。
そして。
エレンはそのタイミングが“今”だろうと思った。
この平和な日常の、何気ない光景を見て。
「アッシュ」
「あぁ?」
アッシュを呼びながら、エレンは結んでいた髪を解く。
綺麗な金色の長い髪が風に靡き、ほのかに甘い香りが漂った。
「アッシュ……。実は僕さ――」
【完結】
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