雪にとける

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   足跡さえ消し去っていくような雪の降り方を、初めて見た。  大学の冬休み。その間札幌へ帰る、というきみに、僕は無理矢理ついて来てしまった。  雪が見たいと、そんな理由を口にして。 「すごいな…」  一面に広がる雪景色。思わず感嘆のため息と共に漏らす言葉に、 「うん、見慣れてたはずなのにびっくりした。で、びっくりしてる自分にびっくりした」  そう言って、きみは笑った。 「え?」 「ちょっと前まではね、『戻った』って感じだったのに、今は『来た』って感じで」  あぁ…。  僕も帰省したとき、同じように感じたことがあった。  それは、今の大切な生活を心に留めながらも、離れてしまった地元を遠く感じてしまう、寂しさに似た気持ちだった。  何かを失わずには、前に進めないのだ、と。  でも、何を失ったって、きみと居られたらいいと思った。  出会った頃は、毎日どきどきして。けれどそんな緊張が減っていくにつれ、共有できる思い出が増えていって。  それがもっと増えるように、これからもずっと一緒にいたい。  だけど。  例えば僕の気持ちが、この雪のようにきれいなままではきみに向かわないとしても、それでもそばにいていいんだろうか。  黙っている僕へと振り向くきみを抱きしめて、ぱふっという音と共に倒れこむ、積もった雪の上。  冷たく凍える空の下で温めあう僕たちだけが、世界の忘れ物みたいだ。  …とけていきたい、このまま、ひとつに。  僕のまつ毛に積もった雪は、そっと頬を滑って、きみの頬へと落ちる。  いや、それは雪なんかじゃなかったのかもしれない。  きみは少し驚いたように僕を見上げ、色をなくしそうな唇を小さく開いた。 「このあたりの雪はね、春過ぎまでとけないんだ」  重なり合った僕たちの上にも、雪はただ降り積もって。 「じゃあ、埋もれてしまおうか」  雪景色の一部となって、このまま消えてしまってもいい。  そんなことさえ思う僕の気持と、きみの気持ちが同じならいいと、僕は静かに祈っていた。
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