奥州安部一族の正体

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第15章 伊達政宗公の弓術指南役  吉田重政の後、吉田流宗家は重高、重綱(出雲守)を経て、曾孫の吉田豊隆の代になりました。すると、慶長5年(1600年)に懇願されて、伊達政宗公の弓術指南役に就いたのです。陸奥・奥州を余儀なく離れることになった安部一族の末裔は、538年の時を経て、再びその地に帰還することになったのです。  吉田豊隆は仙台藩に4000石という破格の家禄で迎えられました。4000石というと幕府では上位の旗本クラス。仙台藩では一門(伊達氏から養子を迎えた家、伊達氏の分家)、あるいは一家(伊達氏の古くからの家臣、伊達氏から古くに分かれた家)の中でも上位者の家禄と同等になります。 「確かにこのような家の武士が建てる墓であれば福島のあの墓域にあったような墓こそ相応しいのだろうな」  太郎さんは、その論文に目を通しながらそう思いました。しかし、このような武士が祖父の口伝にあった、「争いごとがあって浪人になった」という話とはどうも結び付く気配がありません。そこで太郎さんはもう少し、その「日置流吉田流の伝播と伝承」という論文を読み進めることにしました。すると、遂にそれらしき一節が登場したのです。それは、こういうことでした。 「ところが宗家5代目の吉田豊隆は、宗家を争った葛巻(かずらまき)源八郎が印西派という一派を新たに立てて、その二男の久米之助が3代将軍徳川家光の弓術指南役に就いたことを聞き、公儀に異議を訴えるために仙台藩弓術指南役を辞して江戸に出てしまったのです」  この史実に太郎さんは驚きました。懇願されて仙台に呼ばれて、しかも四千石という破格の家禄をもらったにも関わらず、それをドブに捨てるようなことを先祖はしたのです。 「きっと大藩とはいっても宗家が一大名の指南役で、庶家が将軍家指南役というのはどうしても納得出来なかったのだろうな」  吉田豊隆が仙台を出て江戸に向かったのは、寛永4年(1627年)とありました。それは太郎さんの祖父が生まれた明治10年(1877年)のちょうど250年前です。 「仙台藩弓術指南役を辞めたということは浪人になったということだよな」  それはまさに太郎さんの祖父が太郎さんの父に語った先祖の顛末と合致します。太郎さんは段々と核心に迫って来た先祖の話に思わず熱くなり、その先も読み進めることにしました。 「きっと先祖の異議申し立ては却下されたんだ。そうでなければ浪人にはならずに、幕末まで由緒正しい武家として続くことになって、明治維新後もそれなりの役職に就くことが出来たはずだ」 太郎さんはそう思ったのです。 「その後、5代目宗家吉田豊隆は、当時の大坂城代で武蔵岩槻藩藩主の阿部正次に仲介を頼み、且つ阿部家に500石で身を寄せました」  ところが太郎さんの予想が外れました。太郎さんの先祖は岩槻藩に500石で身を寄せることになったのです。それが仕官に当たるのかどうかは別にして、500石という家禄が与えられたのですから、浪人とは言い切れないでしょう。しかし事態は二転、三転とします。 「旗本の大半は吉田豊隆の弟子になったが、将軍家弓術指南役への仕官は進まず、吉田豊隆は志半ばで正保2年(1645年)に亡くなりました。そして吉田豊隆の死後、嫡子の吉田豊綱が将軍家弓術指南役仕官の志を継ぐことになったのです」  吉田豊隆の死によって吉田流弓術宗家は断絶し、その嫡子は浪人になったのかと太郎さんは一瞬、思いました。しかし、その志を嫡子の吉田豊綱が受け継いだことで、浪人にはならずに済んだのです。 「このまま大坂城代の弓術指南役を続けていれば浪人とは言えない身分だし、ましてや将軍家弓術指南役になれたら、祖父が父に話したという口伝とは合致しなくなってしまう。そうなるとここに書かれている吉田家はうちの先祖ではないということになってしまうな」  太郎さんはそう思いました。しかしまだその論文には続きがありました。そこで先を読み進めることにしました。 「しかし、吉田豊綱の努力も大坂城代阿部正次の死をもって終わってしまったのです。阿部家からは弓術指南役に留まるように強く引き留められましたが、吉田豊綱はどこにも仕官せずに浪人になったのでした」 「あ、やっぱり浪人になっちゃった」  それはあっけない終わり方でした。そしてここで遂に太郎さんの家に伝わる話と一致するのです。 それはこういうことです。太郎さんの先祖は伊達政宗という殿様の弓術指南役(側近)だったが、太郎さんの祖父が生まれる250年前に将軍家弓術指南役就任の件で争いごとがあり、その後浪人になってしまった、ということです。  大坂城代阿部正次は正保4年(1647年)に亡くなっています。その後、吉田豊綱が延宝3年(1675年)に他界すると、吉田流宗家も断絶してしまったとありました。
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