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第2章 先祖探し
太郎さんは父親から聞いたと記憶する「優曇華の花」の家紋をインターネットで調べてみました。しかし該当する家紋は見つかりませんでした。
次に太郎さんは国会図書館に足を運んで、家紋の専門書に当たりました。ところが専門書にも、太郎さんの家の家紋は見つからなかったのです。
そこで太郎さんは最後の望みをかけて専門書の著者を直接訪ねてみることにしたのです。弟の二郎さんが撮った荒川の墓に刻まれた家紋の写真を直に見てもらえば何かわかると思ったからです。
その著者は大学教授でした。その大学が太郎さんの出身校だったことから、その先生にメールを送り、話を聞く機会を設けていただいたのです。
大学は太郎さんの自宅の近くでしたが、卒業して以来、40年近く足を向けたことがありませんでした。それが、このような経緯で久しぶりに訪れる母校は、何か過去の記憶を辿るようで、太郎さんをワクワクさせました。太郎さんは懐かしい白亜の校舎をすり抜けると、井川教授と約束をした学生食堂の4階に向かいました。
「ここもあいつらとよく来たな」
そこでは、太郎さんの後輩たちがたくさん集まって何やら楽しそうに談話をしていました。その姿に太郎さんはかつての自分と仲間たちの姿を見ていたのです。すると太郎さんに向かって、スーツ姿の男性が会釈をする姿が目に留まりました。若い世代の中にその人と、そして太郎さんは目立ちました。太郎さんはインターネットで容姿を拝見していただけですが、その男性が井川教授だとすぐにわかりました。太郎さんは急いでその男性に歩み寄り、自分も会釈をすると正面の席に座りました。そして実際に家紋の専門家を目の前にすると、急に緊張してきました。これであの家紋の正体がわかると思ったからです。
「申し訳ありませんが、このような家紋は初めて拝見します」
しかし結果は残念なものでした。太郎さんが差し出した写真を難しい顔をして凝視しながら教授はそう答えました。
「亀甲を三つ重ねたものを丸で囲っていますから、『丸に三つ盛亀甲』とまでは申し上げることが出来ます。しかし、亀甲の中に何が刻まれているのか、この写真では正確に判断できません。経年劣化しているのでしょうか。或いは、もしこれが正確にオリジナル通りに刻まれているとしたら、残念ながら私は見たことが無い家紋だとしか申し上げられません」
太郎さんは最後通牒を受けた気持ちになりました。そして二郎さんにどう説明をしようかと悩みました。二郎さんにも残念な思いをさせてしまうからです。
「ただ、この家紋がどんなものであるのか、それを知る方法が無いわけではありません」
「え?」
「しかし、手間はかかります。もしかしたらずっと遠い道のりを歩むことになるかもしれません」
その時太郎さんはその先生の言葉に首の皮一枚が繋がる思いをしました。ですから、それがどんなに苦しい道のりでもやるしかないと思ったのです。
「先生、その方法を是非教えてください!」
「それは、先祖探しをすることです」
「先祖探し?」
「はい。あなたの先祖が誰だったのか、どんな職業で、どのような身分で、どこに住んでいたのか、それを見極めることです。そうすれば、きっと家紋の由来も知ることになると思います。そして同時に家紋の正体も判明すると思います」
「でも先生、家紋は江戸時代の武家だけが持っていたものではないのですか?」
「吉田さんの先祖は武家ですか?」
「それがわからないのです。父からは武家だったという話は聞いていません。どこかのお殿様の側近だったらしいのですが、戦に負けて浪人になったという話は聞いたことがあります」
「すると先祖は戦国時代に戦に負けて帰農したということでしょうか?」
「おそらくそうだろうと思います。すると私の家は江戸時代の武家ではないので家紋が無いということになりますよね?」
「しかしお墓には家紋が刻まれているのでしょう?」
「はい。すると今思い付いたことなのですが、あの家紋は墓を建てた祖父がいい加減に付けたものではないのでしょうか?」
「いい加減に、ですか」
「はい。というのもあのような家紋は先生も見たことが無いとおっしゃるわけですし、江戸時代に武家ではなかったのであれば、そもそもうちには家紋がなかったわけです」
「吉田さん、一つ訂正をしたいのですが、家紋は江戸時代の武家だけが用いたものではありません。戦国時代の武家も持っていたものですし、そもそも家紋の発祥は平安時代まで遡るのです。それにいい加減に付けた家紋は一つもありません。先祖が必ず意味を持たせて付けたものなのです」
「わかりました。すると私の家が武家だったかもしれない戦国時代に用いた家紋があの墓に刻まれた可能性もあるのですね?」
「はい」
「すると先生がおっしゃるように戦国時代まで遡って先祖の正体を見極めれば、あの家紋がどのようなものだったのか明らかになるかもしれないというわけですね?」
「そう思います」
「先生、ありがとうございます。希望の光が見えてきました。早速先祖探しを始めてみます」
このようにして太郎さんは二郎さんのために家紋の正体を探るべく先祖探しを始めることになったのです。
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