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対象者の部屋。
それは、部屋と呼ぶにはあまりに殺風景で……死人である私も少し退いてしまう位に生活感のない部屋だった。
白く塗られただけの壁に、メタリックで無機質な机や椅子。
部屋の隅には、同じく金属で出来た本棚やテーブル等があるだけで、テレビやラジオ等は一切ない。
(もしかして、琴線が弱っている影響で共感が出来ないからテレビを見ない、とか?)
まぁ、それもあり得ない話ではない。
だが、ならば尚更、琴線を修復してしまえば済む話だ。
私はこっそりと――極力足音を立てない様にして、対象者の眠るベッドに向かった。
白く分厚い天蓋で覆われたそこからは、確かに静かな寝息が聞こえている。
何枚ものレースの天蓋を潜り抜け、そっと中に入っていく私。
すると、そこには――肩ほどまである黒髪が印象的な、大変美しい男性が眠っていた。
年の頃は、30代前半位だろうか。
本を読んでいる最中にそのまま眠ってしまったのか、顔には眼鏡をかけたままで、手には本を握り締めた状態で寝息を立てている。
(なんかちょっと可愛い人だな)
年上の男性にこんなことを感じるのは失礼かもしれないけれど。
それでも、何故だかほんの少しだけ微笑ましい様な気持ちを感じて、思わず笑みを浮かべる私。
かなり長い時間眼鏡をかけたまま眠ってしまっているのか、男性の鼻のやや上、眼鏡の鼻あてが当たる部分は赤くなり、跡になってしまっている。
何だか、その跡が――男性のそんなところが、無性に愛しく思えて、私は無意識に手を伸ばすと、彼の前髪に触れてみた。
サラサラとした絹の様な手触りの黒髪をかきわけ、そっと人差し指で赤くなってしまっている眼鏡の跡に触れてみる私。
と、不意に強い力で私の手が掴まれる。
同時に、いつから起きていたのか――しっかりと目を覚まし、私を真っすぐに見つめる男性の漆黒の瞳と視線がぶつかった。
「有栖……」
甘く優しいテノールで私の名前を呼ぶその声。
何故だか、その声が――私を見つめる男性の瞳が、すごく懐かしくて。
私は、視線を外す事も……その場を動く事すらも、出来なかった。
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