弟子

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弟子

「パパ、この人は?」 メリアは帰ってくるや否や、俺の顔を見て疑惑の表情を浮かべた。 眩しさすら感じる銀色の長髪を後ろで束ねた彼女は、しっかりとした鼻筋に、健康な色をした唇、そして陶器のような白い肌をしていた。 かなり凛々しく感じられたが、それはおそらく父親譲りの眉毛の形だろう。 「あぁ、さっき森で知り合った凄腕の魔法使いだ」 「魔法使い…?」 サリオはメリアを手招きし、食卓につかせ、その横にサリオが座った。 俺は二人の向かい側に座る。 「ほら、お前、昔から魔法使いになりたいってずっと言ってただろ?」 「パパ、私に先生とかいらないから」 メリアの毅然とした態度に、サリオは困ったような表情を浮かべた。 「魔法は私自身で勉強するし!」 「…ま、まあそう言わずにだな」 メリアは文句を言いながらフォークで魚肉をグッと一刺しし、もぐもぐと食べ始める。 「ヴァルも、遠慮せず食べてくれ」 「ああ、いただこう」 親子らしい二人のやりとりを見ていたら、気まずそうなサリオに食事を促される。 「それに、私知らない人から魔法を教えてもらうことになるの? しかも私とそう歳が変わらないこの人に?」 「こ、こら、フォークで人を指すな!」 「だってしょうがないでしょ!? この人全然喋らないし!」 二人の会話がどんどんと盛り上がっていく中、俺は先に炒めた野菜を食べてみる。 うむ、美味しい。 胡麻と豚の油を混ぜた調味料の匂いが、無味乾燥とした野菜を豊富で味わい深いものにしている。目を瞑るとその香りが尚更引き立てられる。 「パパっていっつもそう! 私に必要のないことばかりしてこようとするじゃん!」 「メリア! 俺はお前のためを思ってだなっ───」 「だったらもう少し気を遣えることをしてよ!!!!」 じっくりと料理を味わっていたら、知らぬ間に親子喧嘩が始まっていた。 「もういいっ!」 メリアはバンっと机を叩いて立ち上がり、食卓上の肉と野菜をさっと自分の皿に盛り付けると外へ出ていった。 腹は減っているのか。実はだいぶ余裕があるんじゃないか、あの子は。 「すまんな…いきなり見苦しいところを見せてしまって」 「いや、気にするな。 それよりも追いかけなくて良いのか?」 「今は一人にさせてあげたほうが良いだろうな…」 サリオは頭を抱える。 「俺が妻と別れてから、あいつはあんなふうになってな」 「…そうか」 「俺は魔法が使えないし、ろくな稼ぎもないから頼りない思いをさせてきたんだ、ダメな父親だよな…」 自嘲気味に笑うサリオに、俺は黙ったままでいた。 魔族だった頃の俺は、生みの親こそいたが、ずっと疎遠で生きてきた。だからこそ、こういう時にどうすれば良いのかは俺にもわからない。 「外はもう暗い、メリアを連れて帰ってくる」 重い空気感から逃げるためか、サリオやメリアのことを思ってかは自分でもわからないが、とりあえずそう一言声をかけて俺は外へ出た。 見上げると夜空にはポツポツと星が輝き、肌寒い微風が顔を掠める。 一度深呼吸して俺は目を瞑り、魔力と気配の流れに集中してみる。 「やはり、まだ難しいか」 人間の体でできる限界を試してみるも、なかなか特定の魔力や気配を掴み取るのは難しい。しかし、俺が目覚めた場所の近くに、微かに感じるものがあったため、そちらに向かうことにした。 しばらく森を進み続けると、徐々に川のせせらぎが聞こえてくる。 川辺には、一つの影があった。 後ろから見ているため、あまりはっきりとしているわけではないが、俺にはメリアだとすぐにわかった。 彼女は地面に座り込み、流れる水面を見つめているようだった。 背後から近づいてくる気配に気がついたのか、メリアは一度振り返った。 「なんだ、あんたね」 ポツリと呟いた後、相変わらず川を見つめるメリアは続けた。 「ヴァルってパパが呼んでたよね」 「ああ」 「パパに雇われたかどうか知らないけど、私は自分でなんとかできるから」 メリアは地面に転がる石を拾って、不機嫌気味に川に投げ込んだ。 「それに、あんた私とそんな歳変わらないでしょ。 学べるものなんて何もないわ」 「そうか…」 それから、しばらく沈黙が続く。 「川で泳ぐ魚を、魔法で獲ってみろ」 「え?」 突然の俺の言葉に、メリアは意味がわからないというふうに振り返る。 「いいから、魔法で魚を獲ってみろ」 「い、今ここで?」 「そうだ」 「嫌だ」 「自分でなんとかできるんだろ? なら実力で納得させてみろ」 「わ、私はまだそこまで魔法が使えるわけじゃっ」 「なら、今自分ができる最大限を見せてみろ。 十分な力があると証明できたら俺はここを去る」 俺の言葉に負けたのか、メリアは口を紡ぎ、迷う様子を見せ始めた。 意外にも、押しには弱いようだ。 「わ、わかった…」 意を決した彼女は、おもむろに手を前に突き出し、一匹の川魚に狙いを定め、集中し始める。 周囲の魔力の流れが変わる。空気も重くなり、暖かくなっていくのを感じた。 炎魔法か。 そう思うのと同時に、メリアの掌の先から炎が出現し、 「ファイヤーボール!」 掛け声と共に炎が一直線に魚へ向かって飛んでいく。 ボォオオオオ!! 重苦しい音が響き、炎が直撃する───しかし、川魚にはなんらダメージを与えた様子はなかった。 「無理よ…私、今炎魔法しか勉強してないんだもん…」 たった今攻撃されたのにも関わらず、それに気づかず悠々と泳ぐ魚を見てメリアは拗ねる。 「見てろ」 そう言って、俺は一本の指を立てる。 すると、みるみるうちに指先から透明な液体が集い、変形し、小さな槍を作り上げる。 「何をっ」 ヒュンッ! メリアが音に気付くより先に、その槍はすでに魚の腹部を貫いていた。 そして、俺は立てた指を曲げると、それに呼応するように水面が荒立ち、川水が魚を包んで盛り上がり、勢いよく魚が俺の手に飛び込んできた。 「ど、どうやってそんな細かい技を…!」 目を輝かせるメリアだったが、はたと客観的になったのか、慌てて口を塞いだ。 「訓練だ。 これくらいは誰でもできるようになる」 「そ、そう…あんた、すごいわね」 「魔法を、学びたくないか?」 「…うん」 俺の言葉に、彼女は躊躇しながらも頷く。 「俺はサリオに、娘に魔法を教えると約束した。 だから、今度はメリアに、一人前の魔法使いに育てることを約束しよう」 手を差し出し、握手を求める。 メリアは、認めざるを得ないと感じたのか、小さくため息をついて俺の手を握る。 「わかったわよ…」 「まずは、父と仲直りだな」 「あのねえ、子供扱いしないでくれる? それくらい言われなくてもわかってるわ!」 メリアは相変わらず不機嫌そうだが、どこか期待が籠っている声音でそういうと、立ち上がって家の方へ歩いて行く。 「それと、気安くメリアって呼ばないで」 「わかった、メリア」 「ねえ! 人の話聞いてた?!」 「ちゃんと聞いてる」 「はあ、もういい!」 呆れながらも、なんだか楽しそうなメリアを見て、俺も心が少し和らぐ。 魔王だった頃は、こんな子守りみたいなことをしてこなかったが、これもなかなか新鮮で楽しいものだ。 「いつから魔法を教えてくれるの?」 メリアが先を歩きながら聞いてくる。 「俺はいつでも構わない」 「じゃあさ、明日、私が学校から帰ってきたら教えてよ!」 「もちろんだ」 「約束ね!」 どうやら俺は、本格的に弟子を持つことになったらしい。 それよりも、学校か…人間の学校がどんなものか、少し見てみたい気持ちも湧いてきたな。
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