降雪

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 そうわかっているくせに、彼を嫌いになれなかった。  あたしは彼との思い出、彼の好きなところ、これから彼と過ごしたかった時間について、ひたすらに語り続けた。いくらブレーキを踏んでも氷の上を車がずるずる滑ってゆくような感覚が伝わってきて、そんな話をしたところで今更彼のことを繋ぎ止められる気はしなかったが、そのまま黙って別れを受け入れることはできなかった。  本当に好きだったから。  間違っていたり足りていないところがあるのなら直したいと思ったから。  そうすることで彼の気持ちをもう一度引き戻すことができるかもしれない……という、なんとも心許ない僅かな望みに懸けようと思った。  話しながら、ふと彼の表情へ視線を移したとき、彼の視線はあたしではなく、窓の外で降り続く雪のほうを眺めていた。  彼にとっては唯一の存在であったはずの自分ではなく、冬になるとうんざりするほど落ちてくる雪の粒にすら勝つことができない。その事実に胸を突き刺されて、さっきまで勝手に動いていた唇が閉じて、そのまま動かなくなる。  長い沈黙が流れて、やがて耐えられなくなったあたしは無言で鞄をつかむと玄関に向かい、彼の部屋を出た。二年間も一緒の時間を過ごした重みなど一切感じない、考え得る限り最低最悪の別れ方。  でも、それはあたしにとって最低なだけで、彼にとっては計画通りだったに違いない。最後の最後までただ自分だけが踊らされたという事実に唇を割られて、少し泣いた。
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