第十話 私の趣向品

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第十話 私の趣向品

「最近はよく出かけるようになったね」  ある朝、蒼汰が嬉しそうに私に微笑む。  彼のいう通り、獅子堂さんのところでしこたま服を購入してからというもの、彼女とプライベートでも会う回数が増えていた。  今日だって一緒に夏祭りに出かける約束だ。 「俺はアリサがどんどん人間らしくなっていくのが嬉しいよ」 「本当に? 私が獅子堂さんに取られちゃうかもよ? 最近仕事が忙しいのか、夜ぐらいしか一緒にいないし」  私はちょっと揶揄ってみる。  流石に三〇代男性、こんなことでは揺さぶられはしないだろう。 「……え!?」  蒼汰は思いっきり狼狽える。  しっかりしてくれ三〇代男性!   「冗談だよ蒼汰! 私の中では君の変態性に勝てる者などいないから」 「全然慰めになってないぞ?」 「まあいいじゃない。それより最近大丈夫なの? 疲れているように見えるけど」 「大丈夫さ。いまちょうど仕事が山場を迎えているだけだから。アリサは俺のことなんて気にせず、せっかくできた友人と楽しんできて」  蒼汰はそう言って手を振りながら出かけてしまった。  時計を見るとまだ午前八時。  サラリーマンなら普通の出勤時間なのかもしれないけど、彼の場合は……あれ? 私、彼が毎日どこで何をやっているのか知らない。  自殺防止プログラムでそこそこの地位にいることは分かっているし、そのおかげで私に人権が認められているのは分かっている。  だけど実際、彼がどこで何をしているのかを知らないままだ。  前に私は蒼汰のことを知りたいと宣言した。  それが私の新しい仕事だと宣言した。そのはずなのに……。  彼から人間らしく生きることを求められて、それを必死に追っているうちに、いつの間にか彼のことを知る努力をおろそかにしてしまっていた。   「これじゃあニートね」  私は一人で笑う。  面白くはない。  こんな自分に呆れているのだ。  私は彼の後について回ると決めていたのに、いつの間にか獅子堂さんと会ったり街をぶらぶらすることばかりしている。  それに彼については調べなくてはならないこともあったではないか。  やりたいことはないのかと尋ねた際、彼は復讐と語った。  てっきり私とイチャイチャしたいとかそんなことかと思っていたのだけれど、あの時の復讐と語る彼の冷たい目は忘れられない。 「一〇年前から復讐したいってなんなのかな?」    彼は一〇年前からと言っていた。  何があったのだろうか?  自殺防止プログラムだって、彼が私を生み出すために半分利用して参加したようなものだし、彼女の自殺だってどうしようもない。  もしかしたら彼には私に隠しているだけで、何か言えない過去でもあるのかもしれない。 「まあでも、なんとなくうまい具合に意識を逸らされてる気もするのよね」  私はコップにルイボスティーを注いで一気に飲み干す。  オイルボトル以外でのエネルギー補給にも慣れてきた。  まだ好きな食べ物は決まっていないけど、いつか見つかるといいな。    現状は考えても仕方ない。獅子堂さんと夏祭り用に浴衣を買いに行く予定だし……蒼汰の謎探しはまた今度。  私はアリサの店で購入した服を着て家を出た。 「お待たせ~」  獅子堂さんの働くお店、グレークロースのとなりにある喫茶店で待ち合わせ。  一足先にお店に入り、最近はまっているルイボスティーを注文して待っていた。 「獅子堂さん! なに頼む?」  彼女が着席するなり、私はメニュー表を渡す。   「えっと、それより私のことは朱里って呼んでくれる?」 「下の名前で呼んでも良いの?」 「もちろん!」 「分かったよ朱里!」  苗字ではなく名で呼ぶのは、蒼汰を除けば初めてのことだ。   「じゃあ朱里、なに頼む?」 「そうね~じゃあパンケーキ!」  朱里はそう言って、店員さんを呼んでパンケーキと紅茶を注文する。  パンケーキか……知ってはいるけど食べたことないな。 「このあと浴衣買いに行くんだよね?」 「そうそう! 本当はうちの店で用意できれば良かったんだけど、古着屋なもんで浴衣なんて置いて無くてね」  グレークロースのスペースでは、あれ以上品目は増やせないだろう。  むしろ浴衣にまで手を出してしまったら、いよいよあの店の通路は無くなってしまう。   「お待たせしました」  数分お喋りをしたあたりで、朱里の注文したパンケーキが紅茶とセットで運ばれてきた。  二段に重ねられたパンケーキの中央にはアイスクリーム、その周囲には様々な種類のベリーがトッピングされている。  甘い臭いがこっちまで届く。 「アリサはパンケーキ食べないの?」 「実は食べたことないんだよね」 「嘘!? じゃあ食べてみなよ! ほら!」  そう言って朱里はフォークに刺さったパンケーキを私の口に近づける。  これがあーんというやつか。  朱里の可愛らしいルックスだったら、彼女にあーんして欲しい男性は、山のようにいただろうにもったいない。   「あーん」  大きく開いた口に放り込まれたパンケーキの一欠けらは、私の想像の何倍も美味しい食べ物だった。  バニラエッセンスの香りと、シロップの甘みにベリーの酸味が重なり、口が蕩けそうになる。  こんなの食べたことない! 「なにこれ美味しい!」 「なら良かった。まだ食べる?」 「ううん。自分で注文する!」    私はそう言って店員さんを呼んで、彼女と同じものを注文したのだ。
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