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第十一話 朱里の過去
「アリサさん! ほらこっち!」
朱里は私の手を引っ張る。
やって来たのは約束の夏祭り、喫茶店でパンケーキを平らげた後、お互いに浴衣を購入して今に至る。
朱里は名前の通り、赤とオレンジが混じった明るい色の浴衣だ。
「アリサさんやっぱり綺麗だな~」
朱里は私を見つめてうっとりしている。
そんなに綺麗なの? 私って?
「浴衣、その色で良かった。本当に似合う!」
朱里の言う通り、私が躊躇なく選んだこの浴衣はすごくしっくりくる。
彼女のような明るくて可愛らしい色ではなく、淡い水色を基調とした寒色系の浴衣。
私には彼女のような可愛らしくて明るい色よりも青系の色が似合うと思って選んだのだが、朱里の目にもそう映っていたらしく、異様な絶賛ぶりである。
「ちょっと……そこまで言われると照れるんだけど」
これが照れるという感情か。
少しだけ体内が熱く感じる。
これは夏の暑さとは違う気がする。
私は周囲に目を凝らす。
なぜだか夏祭りに誘われた時、心が踊って即答で参加を決めたのだが、あれはなぜなのだろう?
ここの夏祭りはそんなに大きな規模のものではない。
出店も数えられる程度しかない。
綿あめに金魚すくい、それにリンゴ飴に焼きそばなど……。実に代表的なラインナップで、特別珍しいものでもない。
なのにこの胸の高まりはなんだろう?
なんの機能なんだろう?
「どうしたのアリサさん?」
「え、いやなんでもないよ。行こう!」
私は誤魔化すように彼女の手を引いて走りだす。
下駄に浴衣なんて初めて身に着けたため、足元が覚束ない。
こんなに動きにくい服装で出歩くなんて、人間って不思議。
「花火の時間までまだ時間あるから、リンゴ飴買って食べようよ!」
「良いよ」
朱里の提案にのって、私たちはリンゴ飴を買って近くのベンチに腰掛ける。
花火までもうまもなくだ。
「なんかアリサさんを見てると思い出しちゃうんだよな~」
「私を見て思い出す?」
「そうそう」
朱里が唐突にそんなことを言い出した。
「何を思い出すの?」
「怒らない?」
「それは聞いてみないと分からない」
「ちょっと!」
「冗談冗談、いいから話してみてよ」
私は話を進める。
ちょっと気になるのだ。
彼女が自分のことをしっかり話そうとしてくれたことなんて無かったから……。
「あのね、アリサさんを見てると、親戚のお姉さんを思い出すの」
「私と似てるの?」
「うん。というか似てるってもんじゃないよ! 瓜二つだし、名前も同じ”アリサ”だからアリサさんをうちの店で見かけた時、内心めちゃくちゃ緊張してた。憧れのアリサお姉ちゃんにそっくりだったから」
朱里の話を聞いて、私は変な汗が出てきた。
私にそっくりで名前も同じ親戚のお姉さん?
こんな怖い話があるだろうか?
「その……私に似てるっていう親戚のアリサお姉さんはいまどうしてるの?」
「えっとね……気を悪くしないでほしいんだけど、一〇年ぐらい前かな? 自殺しちゃったんだ。私が中学生くらいで、アリサお姉ちゃんは大学生だったんだけど、理由も分からなくてさ。だからアリサさんを見てると、たまにお姉ちゃんのこと思い出すんだよね」
そう言って彼女は気まずそうに笑う。
私は彼女の言葉を消化するのに精一杯だった。
彼女の話が本当なら、彼女は死んだアリサの親戚ということになる。
そんな偶然あるのだろうか?
変だとは思った。
私も彼女をすんなり受け入れられたし、彼女は彼女で最初から私を見て終始ハイテンションだった。
ちゃんと理由があったのだ。
私の中の潜在意識か、それとも昔のアリサの記憶が宿ったのか、朱里と一緒にいたいと強く思っている。
この気持ちをずっと私の感情だと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない……。
私というAIがどうやって作られたのか分からないけど、どの程度彼女の要素を詰め込まれているのだろう?
てっきり見た目だけ似せているのかと思っていたけれど……もしかして、他にも似せている要素があるのだろうか?
「つらい?」
私はただ一言そう尋ねた。
「う〜んなんとも言えないんだよね。時々思い出すこともあるけど、それよりも私はいまの時間が大切」
「いや、そうじゃなくて……私と一緒にいてつらくならないのかなって」
私は勇気を振り絞って尋ねた。
だって大好きだった故人のそっくりさんが一緒にいたら、疲れないのかな? つらくないのかな? 悲しくならないのかな? 私は一緒にいる資格があるのかな? そんな考えがグルグルまわる。
私はたぶん、朱里の親戚であったアリサをモデルとして作られた存在。
言ってみれば死んでしまった彼女に対する冒涜だ。
蒼汰はそこまで深く考えずに私を作ったのだろうけれど、アリサの親族となると話が変わってくる。
だって私は、彼女に嘘をついて接していることになるのだから。
実は人間ではないという嘘と、自殺してしまったアリサを勝手にモデルとして使用していること。
どっちも彼女には明かせない話だ。
「……何言ってるの? つらくないよ! たまに面影を見て思い出すことはあるけど、アリサさんはアリサさんだよ? アリサお姉ちゃんじゃない。さっきも言ったでしょ? 私は過去よりも今のほうが大事なの! だからアリサさんが遠慮する必要なんてないんだから」
朱里は強い口調でそう宣言する。
まるで私を叱るように、そんなふうに聞こえた。
「ちょっとどうしたの?」
「え?」
朱里は私の目元にハンカチをあてる。
彼女に拭かれて気がついた。
私は泣いていたのだ。
目尻にたまった涙が拭われ、私は堰を切ったように大粒の涙を流しはじめた。
「ごめんね……ありがとう」
「うんうん! 気にしないで!」
そう言って笑う彼女の笑顔が、私のメモリーに強く焼きついた。
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