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第十二話 彼と出かけよう
朱里の過去を知り、彼女がアリサの親戚であったことを蒼汰に話そうか迷ったが、結局言わないままにした。
何故そうしたのかは自分でも分からない。
だが、心のどこかでなんとなく伝えるとマズそうという意識が働いたのだ。
「なあ海でも行かないか?」
「海? 急にどうしたの?」
「いや、そういえばアリサとどこかに出かけたこと無かったなと思ってさ」
「理由は本当にそれ?」
「……アリサの水着姿が見たい!」
「変態」
いまは夏ど真ん中。
八月の上旬で、海水浴場ももうそろそろシーズンから外れそうなギリギリのタイミング。
クラゲが漂い始める前に海に行こうという考えだ。
「それに私、水着なんて買ってないよ?」
「それならすでにここにある!」
そう言って蒼汰は明らかに面積の少ない布の塊をポケットから取り出した。
デザインは良く見えないが、とりあえず露出が多いのは見てわかるし、そもそもなんで水着をポケットに入れてんの?
「変態度合いに磨きがかかってるわね」
「細かいことはいいじゃないか。せっかく夏なんだし、行こうよ」
水着の件は一旦あとで考えるとして、彼の誘いについて真剣に考える。
悪くない誘いだと思った。
最近は朱里にばかり構っていて、蒼汰と過ごす時間が短くなっていたと思う。
彼は彼で仕事のせいか、家にいる時間が短くなってきていた。
「……水着はともかく、行くのは賛成よ。いつ行くの?」
「え? 今からだけど?」
時計を見ると午前一〇時。
ここから海までどの程度かかるかは分からないけど、まあ良いか。
「それじゃあ行こうか!」
蒼汰はやや強引に私を車に引っ張りこみ、アクセルを吹かす。
カーナビに映った到着予定時刻は午前十一時。
一時間ほどで到着するらしい。
思ったより海に近いのね。
「それにしてもこの街、人の数が少なくない?」
私は彼に、初めて外に連れ出された日からずっと思っていた疑問を言葉にする。
この前の夏祭りの時もそうだったし、この街の道行く人の数もそうだ。
ビルや建物の数に対して、出歩く人間が少なすぎる。
違和感がある。
これだけのビル群なら、もっと人で溢れていてもいいはずなのに……。
「夏休みだからみんな田舎に帰っちゃったのと、暑いからじゃない?」
彼は私の疑問に即答した。
確かにそういう面もあるか。
ここはわりと発展しているほうだと思うし、こういう都市部では長期休暇になると、地方に帰るというのは聞いたことがある。
それに暑いのも本当だ。
温度計を見ると、三十五度を超えている。
みんなエアコンの効いた室内で過ごしていたいのだ。
「後は高速で真っすぐだな」
彼は軽くため息をこぼし、疲れた様子で目を擦る。
「なんか最近忙しそうだね。大丈夫なの?」
「大丈夫さ、大丈夫。もうじき目途がつくからさ」
「仕事って自殺防止プログラムのやつ?」
「そうだよ。ようやく自殺志願者の数が目標数値まで減ってきたところだ」
彼の言葉にホッとする。
元とはいえ、一応一〇年も携わっていた身としては、やはり自殺志願者の数は気になる。
電話自体が減ってくるのは良いことだ。
一番は自殺防止プログラムなんてものがなくなることだけど……。
「でも仕事って具体的に何をやっているの? 電話はAIが出るんでしょ?」
「そうだな~。実際の対応というよりは、政府から予算を引き出す会議とか、あとは自殺はやめようみたいな宣伝活動とかかな?」
「それって街中に貼ってあるポスターとか?」
「そうそう、あれも俺のところで制作を依頼したポスターだ」
街をぶらつくようになって気がついたことだ。
街にはポスターが多い。
中には何十年も変えてないであろうポスターもあるが、その中で発見したのが自殺はやめようと書かれたポスターだ。
ネットで有名なインフルエンサーを起用した大胆なポスター。
やっぱり蒼汰の仕業だったのか。
「ほら、もうすぐ海だ」
蒼汰の言葉通り、海が見えてきた。
なるほどこれが潮の香りというやつか。
これが海……。
もちろん存在は知っているが、実際に目にするのは初めてだ。
どこまでも続く青い海水に、それを映し鏡にしたような青い空。
この水の中に数えきれないほどの魚や海洋生物が生息していると思うと、生物の神秘を感じる。
「じゃあ水着だ!」
海水浴場の駐車場に到着した瞬間、蒼汰は大声を上げる。
「まさかあれを本当に着ろと?」
「ダメかな?」
運転席から上目づかいでお願いする様は、心底気持ち悪かった。
だけど不思議と嫌な気持ちは湧いてこず、せっかく用意してくれたし着ても良いかと思う自分がいた。
「……はぁ、しょうがないな。着るからとっとと寄こしなさい変態」
蒼汰は喜んだそぶりを見せると、ポケットから折りたたまれた水着を手渡してくる。
「着替えたら出てきてくれ。俺は車の前で待ってるから!」
蒼汰は私の返事も聞かずに早口で捲し立ててドアを閉めてしまった。
有無を言わさないあたり、本当に私に着て欲しかったらしい。
もしかしてこの水着、アリサが実際に着ていたものなのだろうか?
どっちにしろ気持ち悪いのは確かだが……。
とりあえず着替えるしかないと思い、水着を広げてみて愕然とする。
あまりに布面積が少なすぎる。
色は鮮やかな水色で素晴らしいが、この布面積の少なさはなんとかならないものか。
一応ぎりぎりビキニというカテゴリーに所属できる程度のきわどさ。
流石の私も、恥ずかしいという感情が顔を出す。
だけどもう後戻りはできないのだ。
「い、一応着てみたけど……」
私は車の中で着替えを済ませてドアを開ける。
「アリサ!! 綺麗だ……」
蒼汰は自分で水着を用意したくせに、水着姿の私を見て固まってしまった。
まあ、綺麗と言われる分には嫌な気持ちはしない。
「あんまり厭らしい目でジロジロ見ないでよ」
「いやいや、逆に見ないと失礼に当たる」
「何言ってんのよ変態……」
「変態でも構わない!」
力強く言い切った彼は、両腕で体を隠す私の手を引いて、ひとけの無い海水浴場に足を踏み入れた。
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