第十五話 線香花火

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第十五話 線香花火

 蒼汰と海に出かけてから一ヶ月が経過しようとしていた。  私は私で蒼汰に惚れてもらうなんて宣言したが、大した働きかけはしていない。  せいぜい前より親しくなったり、朱里からアリサのことを聞いてそれを実践したりする程度。  蒼汰も蒼汰で、心に誓った復讐は進展している様子はない。  それ自体は喜ばしいこと。  私は彼が復讐に手を染める前に、彼を篭絡しなければならないのだから。  蒼汰は恐らく復讐相手が見つかっていないのだろう。  見つけているならなりふり構わず殺しているだろうから、それをしていないということは、国の上層部の内、誰が実行犯か探し出せていないのだ。 「ちょっと涼しくなってきたな~」  窓から顔を出し、外気を浴びる。  灼熱の八月も終わりを迎え、九月に入ってすぐのこの時期。  まだまだ残暑が厳しいが、それでも真夏よりかは過ごしやすい。  ぼんやりと窓の外を眺めていると、ポッケの携帯が震えた。  確認すると朱里からメッセージが来ていた。  内容は遊びのお誘い。  彼女の家に招待してくれるらしい。  なんでも大量の線香花火がいまだに残っているらしく、一緒に消費する合宿をしたいとのことだ。   「泊まり……そういえばしたことない」  朱里とは何度も遊んではいたが、彼女の家に行ったこともなければ、外泊なんてしたこともない。  蒼汰に確認しないと。  そう思い時計を見る。  時刻は午後一時。  絶対仕事中。   「メッセージ送っとこうかな」  私は蒼汰に外泊するとメッセージを送り、朱里に快諾の返信を送る。  すぐに帰ってきた彼女からのメッセージを見て、私は急いで着替えだす。  着替えつつ、外泊の手荷物をまとめる。  外泊の荷物といっても、一日分の着替えだけでいい。   「早く行かなきゃ!」  私は白いフリルのついた花柄のワンピースを着て家を出る。  過ごしやすくなったといってもまだまだ暑い。    待ち合わせは私の家から電車で三駅先の改札。  そういえば電車に乗るのも初めてだ。  いつも蒼汰が車で送ってくれるか、近場でしか遊んだことがなかったから。   初めての改札を若干の緊張とともに抜け、電車に揺らされること数分。  目的の駅に辿り着いて改札を抜けると、朱里が大きく手を振って私を出迎えた。 「私の家に行く前にスーパーよっていい?」 「もちろん!」  私たちはとりあえずスーパーに向かって歩き出す。  朱里は今晩何を作ろうかと思案顔。  食べ物にそこまで興味のない私は、メニューの全てを彼女に委ねるつもりだが、ルイボスティーだけはおさえておきたい。 「そういえば最近ダイエット目的で早朝にランニングしてるんだよね」 「嘘!? 朱里ってストイック~」  そんな無駄話をしつつ、気がつけばスーパーに到着していた。 「何食べたい?」 「私はルイボスティーとパンケーキがあれば、後はなんでも」  スーパーでカゴを持ちながらそんな話をする。  何が食べたいと聞かれても本当に困ってしまう。 「流石に夕飯でパンケーキはしないからね」 「左様で」  そうは言いつつ、朱里はホットケーキミックスをカゴに放り込む。  なんだかんだ私に甘いのだ。  結局本日の夕飯は簡単な鍋となり、肉と野菜を購入してスーパーを後にする。   「朱里の家はここから近いの?」 「もう見えてくるよ」  スーパーのある通りを進み、公園が正面に見えてくるとそこを左に曲がる。  駅のあった通りとは違って、この辺は古い民家が立ち並ぶ。  マンションやアパートというよりは、本当に古い一軒家がぎっしりだ。 「あの一番奥の家よ」 「めっちゃ大きくない?」 「まあ、古いけど確かに大きいかも」  朱里はそう言って笑った。  だけどその笑顔は、どこか自然な笑顔では無い気がした。    お邪魔した朱里の家はまさに日本家屋といった様子で、木造の大きな一軒家。  玄関は横開きだし、縁側に小さな庭。和室がいくつもあり、とても一人で住むには大きすぎると思った。 「物凄く広いわね」  家の中を探索して出た言葉がこれだった。  どこかの名家だったのだろうか?  いくつもある和室の中には、高級そうな着物が何着も飾ってあり、鷲の剥製のようなものや見慣れない日本人形が何体も飾ってあった。 「ここはね、おじさんの遺言で私が相続した家なんだ。だから一人じゃ寂しくて」  朱里は力なく笑う。  まただ。今日の朱里は少しおかしい。  なんというか無理をしているような、そんな雰囲気。 「朱里……?」 「ああごめん。そんなことよりまだ明るいし、お菓子にパンケーキでも焼こうか!」 「うん! 焼こう!」  彼女は露骨に話題を変える。  私もなんて言ったら良いのか分からないので、彼女の思惑に乗っかることにした。  今日は何かちゃんと話がしたくて私を呼んだのだろう。  私は気の利いたことが言えるだろうか?  自殺を止める言葉はスラスラ出てくるのに、大事な人を元気づける言葉を私は知らなすぎる。  やはり私はプログラムの一部なのだ……。 「甘くて美味しい~」  三十分後、私は朱里が焼いてくれたパンケーキと、スーパーでこっそり買ったルイボスティーを堪能する。  エアコンをつける程の気温でもないので、扇風機の首を回す。  少し日が傾いてきた気がした。    いま私たちがいるのはこの家唯一の和室ではない部屋、キッチンとダイニングだ。  四人掛けのダイニングテーブルに二人、残暑の夕刻にパンケーキを頬張る。   「本当に美味しそうに食べるね~」  朱里は私を眺めながら呟く。  彼女は本当に嬉しそうで、やはりどこか思いつめたような表情を浮かべる。   「だって本当に美味しいんだもん!」  それにしても、ルイボスティーとパンケーキにハマりすぎだとは思う。  これもオイルボトルばかり摂取していた反動だろうか?  人間らしい食べ物の中で、一番最初に好きになったのがルイボスティーとパンケーキ。 「そろそろ線香花火をしようよ」  朱里がそう提案してきたころには、すっかり日が暮れてきていた。  時計を見ると午後七時。  夕飯の時間だと思うのだが、ついさっきまでパンケーキを頬張っていた私たちの胃袋に空きはない。 「良いよ。もともとその予定だったし」  そう言って私たちは庭に出る。  庭を照らすのはダイニングの電気の明かりと、うっすらと顔を出し始めた月明かりぐらいのもの。  私はバケツに水を汲んできた朱里と一緒に、縁側に腰を下ろす。   「じゃあ始めようか」  蝋燭に火を灯し、そこに線香花火を近づけて引火させる。   「小さくて可愛い」  朱里がつけた線香花火を見て、私は思わずはしゃぐ。  線香花火なんて初めて見た。  花火ってもっと派手で大きな音がするものだと思っていたから……。 「私もやってみる!」  そっと蝋燭の炎から火を譲り受けた線香花火だったが、私が普段通りに動くのでほんの数秒でその命を散らす。 「線香花火は慎重に扱わないと!」  朱里が笑いながら指摘する。  そうか、これは静かにやる花火なんだ。 「もう一回!」  私は今度こそ慎重に線香花火を動かす。  すると徐々に、朱里の線香花火のようにパチパチし始めた。 「できた」  息で散らさないように、私は静かにささやく。  こうして線香花火を見ていると、普段胸の奥底に押し込めている感情が表に出てきそうになる。 「ねえアリサ」 「うん?」 「もしも大切な人がいるのなら、ちゃんと気持ちを伝えるんだよ。じゃないと……」  朱里はそこで一度言葉を切る。   「じゃないと、人間って簡単に散っていくんだよ?」  線香花火に照らされた彼女の頬は、うっすら濡れていた……。
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