第七話 人権を認められた私は

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第七話 人権を認められた私は

「服を買いに行くぞ」  工場で私の後継機を視察してから三日が経過した日の朝、影井蒼汰は我慢の限界とでも言わんばかりに宣言した。   「急にどうしたの? 服なら着てるじゃない?」 「着てるけど、ずっと同じ服じゃないか!」  そう言って彼は私を指さす。  彼の指摘通り、確かに私は同じ服装だ。  あの閉ざされた部屋から連れ出されて、それからずっと同じ服ではある。  だがなにが問題なのだろう?  私はずっと裸で過ごしてきたし、今だって彼の要望通り服をちゃんと身に着けている。   「何が悪いの? この服だって、貴方が一〇年前に用意した服なんでしょ? 私に似合うと思って用意したんじゃないの?」 「それはそうなんだけど……人間は普通同じ服を着続けない!」  彼はそう力説する。  ロボットである私に普通の人間像を当て嵌めないで欲しいのだけど……まあ、それは言っても始まらない。  ここ数日間一緒に過ごしてよく分かった。  彼は私を普通の女性として扱おうと躍起になっている。  私が彼の前で服を脱ごうとすると目をそらして怒るし、オイルボトルで栄養補給するのを絶対に認めない。    昔に亡くなった影井蒼汰の彼女。  名前は恐らく私と同じ”アリサ”。  私の製作を決意したのも彼女の自殺が原因だし……。   「分かったわよ。買いに行きましょう」 「本当か? よし、すぐに準備する!」  私は渋々承諾する。  彼が私を製作するに至った経緯を知ったせいか、なんだか彼に対して甘くなったように感じる。  これが同情だろうか?  それとももっと別の?  考えてみても答えは出ない。  知識として知っているのと、実際に体感するのとでは天と地ほども違うということを、ここ数日で嫌というほど実感している。  だから考えるのはほどほどにしておこう。  目の前で嬉しそうに準備をする彼を見ていると、どんなことでも些細なことに思えてくる。  人間なら心臓があるであろう、左胸のあたりがほんのり温かく感じるのは気のせいだろうか? 「ここがショッピングモール?」 「そう。初めてだろう?」  彼の運転に揺らされること二〇分ほど。  見上げるほど大きなショッピングモールに到着した。  存在はもちろん知っているが、ここまで大きな建物の中にありとあらゆるものが売っていると考えると、本当に人間の欲望というのは果てしないものだと思えた。 「さあ行こうか!」  彼は私の手を引いて歩き出す。  別に子供じゃないと抗議しかけたが、逆に子供のようにはしゃぐ彼を見ているとそんな気も失せた。  このままでは全部彼の言いなりになってしまう。  そう危機感を募らせながらも、それでも構わないと考えてしまう自分がいる。  彼に続いてエスカレーターに乗って、二階にある婦人服売り場にやって来た。 「好きな服を選んでいいよ」 「好きな服?」  彼は簡単そうにそう言うが、私に趣味趣向なんてない。  それは彼だって知っているだろうに、酷な提案をするものだ。 「どうしよう……私の好きな服って言われても」  そうは思いつつも、彼のために選ばなければといろんな服を見て回るが、なかなか決まらない。 「アリサってこういうの好きじゃなかった?」  彼が唐突に私の名前を呼んで、一着のニットセーターを手に取る。  そのセーターは私が今着ているものとほとんど同じデザインだった。  まあ、洗濯している時の予備としては良いかもしれないけど……。  それにいまアリサって呼んだ? 「私は確かにアリサだけど、私に趣味趣向なんてないよ?」  私は彼の顔を覗き込んでそう言った。  その途端彼の表情は固まる。  表情だけではなく、全身が固まってしまったみたいだ。   「どうしたの?」  私は彼の体を揺らす。  すると彼はハッとした様子で頭を下げた。 「ごめんアリサ! 俺は最低だった」  彼は深々と頭を下げて謝罪の言葉を口にした。  なぜだろう?  私には彼の謝罪の意味が分からなかった。 「何を謝っているの? 貴方の彼女だったアリサがその服を好きだったってだけじゃないの?」 「いや、そうなんだけど、そうじゃないというか……。俺は確かに君を彼女に見立てて生み出した。だけどそれでも彼女本人じゃない。じゅうぶん分かっていたはずなのに……。たまに君と彼女を混同してしまう自分がいるんだ。本当に申し訳ない」  彼の話を聞いているうちに、どうして彼があんなにショックを受けて謝ってきたのかが理解できた。  要するに、私に対して失礼な言動だと思ったらしい。  もしも私が他の女性だったら、確かに失礼に当たるだろう。  他の女性と勘違いしているのだから。  だけど私は違う。 「謝らなくて良いよ。私はそもそもそのために作られたんじゃないの?」 「い、いや……そうなんだけど」  彼はそのまま黙り込んでしまう。  もしかして酷いことを言ってしまったのかな?   「蒼汰?」 「なんで急に名前を?」 「だって、元気が無かったから」  私が彼の名前を呼ぶと、彼はあからさまに戸惑った様子だった。  目尻にうっすらと涙が浮かんでいる。  もしかしなくても対応を間違えたかもしれない。  でも仕方がないとも思う。  私にできるのは、自殺志願者を止めることだけなのだから。 「ねえ蒼汰。蒼汰は私に対して変な遠慮なんかしなくて良いんだよ? 亡くなった彼女の代わりとして扱ってくれて構わない。仮に他の人間たちに理解されなくても、亡くなった彼女の代わりを創り出すためだけに、一〇年かけた蒼汰の意思の強さは本物だから。せっかく私を自由にできたんだし、失われた一〇年を一緒に過ごしていこうよ」  私は涙を浮かべて力なく立ち尽くす彼を抱きしめ、耳元で甘い言葉を繰り出した。  彼をなだめるためもあるし、本心からそう思っているというのもある。  というより私の言ったことが許されなければ、彼の一〇年間の努力が割に合わないと思ってしまったのだ。  それに……私は苦しんでいる彼より、笑っている彼が好きだ。
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