第九話 初めての友人

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第九話 初めての友人

「お客さんならなんだって似合いそうで、探すのは簡単でも選ぶのが難しいです!」  店員さんはそんなことを呟きながら、両手いっぱいに服を抱えて戻ってきた。  一体どれだけ買わせるつもりなんだろう?  彼女は一点一点を試着室の横のハンガーラックに並べ始めた。  恐れ入った。一〇着以上あるよ?  端から鮮やかな黄色いワンピースや、足を惜しげもなく露出するような短パンに、シンプルながらフリルのついたブラウス等々、その種類は多岐にわたる。  本当に彼女の言う通り、選ぶのが難しいせいか、信じられない量を試着させようとしている。 「これ全部試着するんですか?」  私は若干震え声で尋ねる。 「ああ、すみません! ご都合も考えず……この中から気に入ったもので大丈夫ですよ」  店員は慌てて取り繕うように答える。  絶対全部着せるつもりだったと思う。  しかし気に入ったものと言われても困る。  私には趣味趣向というものがないのだから……。 「いえ、せっかくなので全部着てみます。その中から、貴女に決めてもらいたいんですけどいいですか?」  私は結局、自分で選ぶのを避けて彼女に選んでもらうことにした。   「私は構いませんけど、お時間とかご予算とかは大丈夫ですか?」 「はい! 全部あります!」  言ってから後悔する。  たぶん普通の人はこんな答え方はしない。  時間もお金もあります! なんて、嫌味っぽい言い方になってしまった。 「そうですか! それじゃあ張り切って選んじゃいますね!」  店員さんはちょこっと笑った後、空気を変えるように早速一着目を手渡してきた。  良かった。  引かれるかと思ったから。 「それじゃあ着替えます」  私は彼女から一着目を受け取り、更衣室に姿を消す。  しかしこれが地獄の始まりだった。  いくら着替えても終わりが見えない。  気づけば私が着替えている最中に、新たな服がハンガーラックに増えている気がする。  商魂逞しいとでも言うべきか、私も彼女のような積極性が欲しい。 「もうそろそろ良くないですか?」 「そ、そうですよね。すみません私ったら、お客さんがあまりにも理想的なプロポーションをしていたものですから興奮してしまって」  いま興奮って言った?  もしかしてそういう趣味の方なのかな?  まあAIがこうして人間のふりをしてあるいているぐらいだし、多様性の時代よね? 「アリサ!」  そんな時、店の入り口から私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。  え? なんでここにいるの? 「蒼汰? どうしてここが?」  蒼汰は私の声を確認すると、店の中にズカズカ入ってきた。  服の森の中をかき分けながら、私たちのところにやって来ると嬉しそうに微笑んだ。 「似合うじゃないか!」  ちょうど着替え終わった私の姿を見て、彼は興奮気味に讃える。  私が着ていたのは、丈の短い黒いハーフパンツにフリルのついた白いブラウス。  褒められたのは嬉しいのだが、私の質問に答えていないのはいただけない。 「それはいいけど、どうして私の居場所が分かったの?」 「何を言ってるんだい? 大事な君にGPSをつけないとでも?」 「……変態」  別にGPSをつけるのはいい。  むしろ彼の私への執着を考えれば、ついてないほうがおかしいまである。  だけどせめて言ってほしい。  無断でつけるから、過保護な彼氏から変態へと評価が変化するのだ。 「変態……それとも彼氏さん?」  店員さんが混乱気味に私たちを見比べる。  ある意味どっちも正解だし、どっちも間違いともいえる。  蒼汰が変態なのは確定だが、私が彼の彼女かどうかは微妙なところだ。  私は本来、アリサの代替品。  もしも私が壊れたら、彼はどうするのだろうか?  一切感情の起伏を見せることもなく、次の私を作り出すのだろうか?   「変態よ」 「彼氏だ」  私と蒼汰の言葉が重なる。  しかし面白い。  同じ状況なのに、立場によってこうも呼び方が変わるのか。   「え……どっちですか? 変態さんで彼氏さんなんですか?」  変態にさんをつける人を初めて見た。   「はぁ……分かりました認めます。彼は変態であり、私の彼氏です。これで満足?」  私は深いため息の後、しぶしぶ肯定する。  そもそも私、告白すらされていないんだけど。  というより作られた時から、相手が決められている状況って、人権を認められた身としてはいかがなものと思うんだけどな……。   「そ、そうなんですね……。じゃあせっかく彼氏さんが褒めていましたし、そちらのお洋服を購入でよろしいですか?」  お店にかかっている時計を見て驚く。  気づけば随分と長い時間ここにいたらしい。  外は日が傾き始めていた。  どうりで蒼汰が迎えに来るはずだ。  私は初めて夢中になっていたのだろうか?  自殺防止プログラムとして電話を受けていた時には、こんな風に時間の経過に驚くことなんて無かったのに。 「そうね。それでお願いします。じゃあ着替えますから……」 「いえ、せっかくなんで着ていきませんか? タグだけお取りしますから」  店員さんはそう言って私の着替えを拒み、試着したままの状態でタグを切っていく。  蒼汰は蒼汰で私をジッと見つめてくる。  熱い視線。  なんとなく体温が上がっている気がした。 「店員さん、ちょっといいかな?」  お支払いを終えた私たちが店を出る直前で、蒼汰が店員さんに声をかける。  一体どうしたのだろう? 「もしよかったら彼女の友人になってくれないか? 最近こっちに来たばかりで、知り合いがいないんだ」  蒼汰はもっともらしい嘘を吐く。  まあ、最近ようやく人権をゲットしたんですなんて言ったら、どう考えたってヤバい奴に思われる。 「え!? 逆に良いんですか?」  店員さんは目を輝かせて私を見つめる。  蛇に睨まれた蛙。  そんな気分。  だけど嫌ではない。  彼女は蛇でもなければ、私だって蛙ではない。  蒼汰はきっと夢中になっていた私を見抜いていたのだ。  だからこんな話を……。 「ええ! 是非!」  私は思わず彼女の手を握っていた。   「私はアリサ、よろしくね」 「こちらこそです! 私は獅子堂朱里といいます! またいらして下さい!」  私と獅子堂さんは固い握手を交わし、店を出る。 「どうだい? ぶらぶらしてみるのもいいだろう?」 「確かにいい出会いだった……。でもGPSつけてるなら最初から言いなさいよ変態」  私の指摘に苦笑いを浮かべた彼は、店の前に停めてある車のドアを開けた。 「じゃあ帰ろうか」 「ええ」  私たちは車に乗り込み、日が沈んだ夜の街を走りだした。
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