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横たわった僕の顔に小さな冷たいものが触れて、僕は瞼を剥がすように目を開けた。深い森の木々が途切れ、ぽっかりと白んだ夜空が見える。白くてふわふわしたものが、天から舞い降りてくる。
…雪か
起き上がるどころか手を動かすことも、声を出すことも出来ない。
このまま雪に埋もれていくんだ。
死ぬ時は こんな感じなのか
寒いはずなのにちっとも感じない。
むしろ何かに包まれているように心地いい。
また睡魔がやってきた。
僕は目を閉じて深く眠りに落ちていった。
日の暮れかけた頃だった。自室で本を読んでいると、外の方が何やら騒がしい。不穏な空気を察した僕は手早く着替え、革の長靴を履いた。
少しきついな
最近になって背がぐんと伸びたので、新調しようと思っていたところだった。普段は冷静なロナンが慌ただしく部屋へ飛び込んできた。
『ナギ様、厩へお急ぎ下さい。テオ様は南へ参ります。我々は北へ!』
ロナンの指示に僕は頷き、事前に教えられた道へ馬を走らせた。背後にロナンがついてくるのを感じながら、僕は手綱を握りしめた。外套を目深に被り葦毛の馬を操れば、王子だとわかるはず。行き先を別にするのは敵の目を眩ませる意味もある。
『いたぞ! 逃がすな!』
『王子の首を刎ねろ。他の奴らは捨て置け』
男たちの怒号が響く。
北には草原が広がり、その先には国境の森がある。
背後で銃声が轟いた。
驚いた馬が嘶いて竿立ちになり、僕は振り落とされて地面に叩きつけられた。衝撃で一瞬、息が出来なくなる。とっさに受け身の姿勢は取ったが、したたかに打った背中が痛み、視界が回った。蹄の音が遠ざかっていく。
ロナン どこだ…
さっきまで感じていた温かな気配が消えた。
引き返したのか?
『もし、私とはぐれた時は』
頭の中で素早く状況を整理する。
『お一人でも逃げて下さい。必ずお迎えに参ります』
だだっ広い草原は、宵闇でも追われる身を隠してはくれない。早くあの森の中へ。
僕は立ち上がり、ひ弱な草食獣のように全力で駆け出した。
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