亡国の影

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外は銀世界だった。 急峻な斜面に沿って細い山道が伸びており、洞窟はその途中にひっそりと口を開けていた。 雪は止んで、陽射しが一面の白を包んでいた。昨夜の逃走が嘘のように、全ての音が吸い込まれて静まり返っている。 入口に(たたず)み、僕はその風景をぼんやり眺めていた。 ロナンの笑顔が思い浮かんだ。 いちばん大切な人がいなくなり、生きる価値のない僕が残っている。 足跡は雪が隠してくれた。 いっそこのまま、全てを消してくれないだろうか。 城を奇襲したのは敵国の小隊だった。しかし、それは単なる先触れに過ぎなかった。 元より比べるまでもなく、この国は弱く小さい。テオを敵国の養子にとの申し出を断るのは、リスクが大きすぎたのだ。 それからもう何年も争いが続いている。 王家には長らく子が出来なかった。 僕の父は紛れもなく国王陛下だが、母は平民の出の側室だった。皮肉なことに僕が生まれた時、既に王妃はテオを身籠っていた。僕の誕生は城下に知らされることはなく、半年後に生まれたテオだけが跡継ぎとして盛大に祝福された。 僕の存在は母と共に表舞台から消え失せた。 危うく城を追い出されるところを、王家の転覆を(はか)る輩に落胤(らくいん)を取り込まれても厄介だと、ロナンが押し留めたそうだ。 曲がりなりにも王子なら、相応の知識と振る舞いが要求される。それを与えられる代わりに有事の際は弟を守るよう、僕は王妃から直々に伝えられた。 『陛下もそれを望んでおられるのです。命を()して(のぞ)む務めがあることを、有り難く思いなさい』 父がどう思っているかはわからない。 ただ、自分の腹を痛めて生んだ男児を溺愛する王妃に、口は出せないようだった。 敵は王子の首を狙っていた。 それなら僕が犠牲になれば済むことだった。 ロナンがいなければ 誰からも望まれず 幻のように生きているだけなのだから
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