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マンションの玄関で私を迎えた篠生さんはなんだか小さく見えた。
「マジで来てくれるとは思わなかった」
「……ありがとう」と零す彼は明らかにしょげていて、目は真っ赤に腫れている。気のせいか、ますます痩せたようにも見えた。
「ごめん、平日に。椿井さん、仕事は……」
「遅刻の連絡を入れてるから、大丈夫。それより」
用意されたスリッパに両足を通しながら、彼の顔を伺う。
「ちゃんとご飯食べてる?」
「……まあ一応」
篠生さんの視線を追い、リビングのテーブルを見ると、カップ麺の空き容器が積み上がっている。
「ちょっと、酷い食生活じゃない」
「作る気力が全然湧かなくて……」
篠生さんが申し訳なさそうにした。見るからに参っている彼の姿に、胸が痛くなる。
「なら、私が作る。この前のお礼だから拒否権はありません」
反論される前に、一息で言い切る。
「お腹が空いたままだと、好転するものも好転しないわ」
「ん……はい」
「なにか食べたいものはある?」
「……うどん」
「わかった。台所借りるね。あんまり期待しないで待ってて」
「――という経緯から、製造部に出向となって、モチベーションが費えました」
うどんを完食して、少しばかり元気を取り戻した篠生さんが、月曜日からの経緯を慎重に語った。
食後のインスタントコーヒーを前に、ふたり並んでソファーに腰掛けている。篠生さんの視線はミルクコーヒーの渦に落ちていた。
「じゃあ、桜庭さんとは……」
私が口を挟むと、彼はあっさりと頷いた。
「別れた」
――菊池さんの言っていたことは本当だったんだ。
「えっと、ひとつ確認していい?」
「はい」
手を挙げると、篠生さんが素直に頷いた。
ずばり、疑問に思ったことがある。遠慮しつつも、訊ねる。
「桜庭さんのこと、好きじゃなかったのに、常務にお願いされたから付き合ったってこと?」
「……うぐう」
篠生さんが苦しそうに呻いた。図星のようだ。
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