side:ゆき ビターソング

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 ……あっ。  私は心の中で声をあげた。  それは、ほんのいっとき、人通りの波が引いた時のこと。地下通路の先から、その人はいつもどおり、通勤鞄とスマートフォンを手に歩いてくる。  今日も目が合った。  しかも、その人は、きょろきょろと周囲へ視線を送り、誰にも見られていないことを確認してから、近づいてくるではないか。  それは会社員風の若い男性。癖のあるふわふわした黒髪。スーツの長い脚。やさしげなすっきりした目元にすうっと高い鼻、シャープなフェイスライン。  改めて向かい合って気が付いたけれど、甘いフェイスの美形だ。ただし、その目元にはくっきりクマが浮かんでいる。  半径一メートルの距離に、私は妙にどぎまぎしてしまう。  ギターを鳴らしているはずなのに、男性の声は明瞭に耳に届いた。 「――あのさあ」  それは無遠慮な第一声。  私はマイクにかじりついたまま、目をぱちぱちさせた。 「きみ多分とっくに死んでるよ」  あまりに荒唐無稽な台詞に、私はロックミュージックを中断した。 「――は?」  余韻を残し、弦は鳴りやむ。  訝しげに見上げると、彼はこともなげに言った。 「俺霊感体質でさ、視えるんだよそういうの」 「……なんの話よ?」  この頃になると、胸中ではすっかり警戒心が幅を利かせ始めていた。 「だから、俺以外にきみが視えてるやついないだろ」  前方から親子連れが歩いてくるのを見つけた途端、 「やべ、人来た。……じゃ」  男性はそそくさと、逃げるように去っていった。 「…………」  なんだ、ただのやばいやつだったわ。  私はため息を吐くと、演奏を再開した。
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