side:ゆき 雪がとけたら

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※ 「ゆきさん、今日は急にごめんね」 「……本当にね」  皮肉を籠めて返してみると、篠生さんは片頬を上げた。 「厳しいなぁ。まだ怒ってる?」 「いいえ」  蒸し返しても仕方がないので、肩を竦めるにとどめる。文句を言ったところで、折角のお酒が不味くなるだけだ。「乾杯」とグラスを重ねる。白ワイン。辛い系で、わりと好きな味だ。篠生さんはスプリッツァー。スペインバルのカウンター型の半個室で、私たちは隣同士で座っている。 「それで、話って?」 「ああ、実は」  グラスを置いて、彼が視線を向けてきた。間接照明のムーディな灯りに照らされた篠生さんは、特別格好良く見えて、どぎまぎしてしまう。 「ようやく転職先が決まったんだ」 「あ……」 「どうしても、最初にゆきさんに報告したくて」 「よかったね……おめでとう」  三か月前、彼が精神状態を崩して以来、度々転職の相談に乗っていた私は、自分のことのようにほっとして、嬉しくなってしまう。以前はどこか、張り詰めたような空気をまとっていた篠生さんだけれど、隣で笑う彼には、重荷から解き放たれた柔らかさがある。 「どういう仕事なの? どんな業種に就きたいのかわからないって、ずっと言っていたけど……」 「それがさ、アゲハミュージックの販売」  アゲハミュージック。楽器・楽譜の販売や音楽教室で有名な大手メーカーだ。  ――というか…… 「販売? 思い切ったわね」 「うん」  スプリッツァーを一気に仰ぐ。 「品管で仕事するうち、考えるようになったんだよね。ユーザーの生の声を聞いてモノを販売するのが、結構合ってるのかもなって」 「すごいね、篠生さんは」  素直に感心してしまう。 「逆境にあっても、しっかり前を向いてる。やっぱり篠生さんには、皆の憧れを集めるだけの理由があるわ」 「…………」  褒めたつもりだったのに、何故か睨まれてしまった。
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