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――言ってしまった。
私の顔、今絶対に真っ赤になっている。
無言に耐えられなくなって、おそるおそる隣を伺うと、篠生さんは目をいっぱいに見開き、なにやら愕然としているように見える。
「ゆきさん……」
――あ、やっぱり篠生さん、私をからかってただけなんだ。
モテる人は、冗談でキスくらいしそうだし、うん納得。なのに、こっちがその気になってしまったものだから、さぞかし篠生さんは引いてるに違いない。
「あの……」
なんて声をかけたらいいのかわからない。
彼が、こちらに向き直った。
視線が交わりあう。
たれ目の瞳に映りこんだ間接照明が揺れる。
「ゆきさん」
「は――はい」
「改めて、言わせてほしいんだけど」
真摯な声だった。
店内に流れるラテンミュージックが、すうっと遠ざかる。
「……俺と付き合ってくれない?」
顔が赤く見えたのは、アルコールのせいだろうか。
そこには、私をからかってやろうとか、騙してやろうとか、そんな気配は微塵もないのだった。そう、私はとっくに知っているはずだった。篠生さんが、とても誠実で、信頼できる人だって。
――また、騙されるかもよ。
過去の私が囁く。
――ううん、大丈夫よ。
私は確信している。
地下通路で歌っていたあの時の私に、手を差し伸べたこの人ならば、きっと。
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