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「私でよければ、よろしくお願いします……雨風くん」
勇気を出して口にすると、
「今、名前!」
抱きつかれた。
「めっちゃ嬉しいんだけど!」
声が近すぎて、耳がぶわっとした。
心臓に悪いので、抱っこオバケは無理やり引きはがすことにする。
「……こういうのやめてくれる」
ぐいぐいと、彼の身体を押しながら、照れ隠しに言ってみれば、心底不思議そうにする雨風くん。
「なんで?」
「いや、店の中なんですけど……」
「外ならいいわけ?」
「そうは言ってません」
ぴしゃりと言うと、彼はあからさまにしょんぼりした。
あれ……なんか、可愛いかも。
白ワインを喉に流し込むと、私はちょっとだけ気が大きくなって、もう一度、彼の名前を呼んでみる。
「雨風くん」
「なになに!」
嬉しそうにこちらに身体を傾けてくる雨風くんは、実家で飼ってる大型犬に似ていた。やっぱり、可愛い。
なんだか、ちょっとしたいたずら心が湧いてきて、あえて冷たく言い直してみる。
「篠生さん」
「え……」
途端に落胆された。
「雨風くん」
「はいっ!」
「……篠生さん」
「…………」
雨風くんが、じとっとした目でこちらを見た。
「なんか俺、遊ばれてね?」
「気のせいよ」
否定しながら、吹き出してしまう。
我が社の王子・雨風くんは私にだけ、可愛いところを見せるのだ。それはなんだか特別で、あったかくて、胸の奥に橙色の灯を照らす。
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