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side:雨風 晴れ、時々甘々
「信号、赤だよ」
「わかってる」
彼女の視線は前方に集中している。背中はシートの背もたれから浮いていて、完全に前のめりだ。ハンドルを握る両手には力が籠められ、緊張しているのが伝わってくる。
「やっぱ運転、変わろうか」
「駄目よ」
こちらをちらりとも見ず、ゆきさんは否定した。
「雨風くんは研修で疲れてるんだから」
移動中くらいゆっくり休んで、と付け加えられる。
「ゆきさんの気持ちは嬉しいけど」
苦笑がこぼれる。
ペーパードライバーの運転ほど、神経がすり減るものはない。
「次のコンビニで変わるよ」
「……へたっぴで悪かったわね」
彼女が口をへの字にする。
――あ、拗ねた。
クールな彼女は、基本的にいつも無表情なのだが、付き合うようになって一か月、だんだんと色んな表情を見せてくれるようになってきた。子どもっぽい表情に思わず「ふっ」と笑ってしまえば、ゆきさんが「もう、何?」と横目で睨んでくる。ごめんなさい。
転職して早一か月。新しい職場環境にもだいぶ慣れてきたので、今日はゆきさんと初めてのドライブデートである。
ウインドウを隔てた向こう側は真夏で、少しでも開ければ蝉の大合唱が入り込む。左右を農地に挟まれた県道。
「あ、信号のすぐ先、コンビニ」
「了解」
全国チェーンのコンビニエンスストアを見つけ、広々とした駐車場に車を収める。
「コーヒー、買ってくる」
ゆきさんが運転席のドアを開けた。
「俺も行く」
「いいから、休んでてよ」
ゆきさんは頑なだが、こっちも譲れない。
コンクリートに片足を降ろした彼女の腕を引く。
「ちょっとでも、離れたくないじゃん」
久しぶりなんだからさ、とじっと目を見つめる。
「……わかったわよ」
ぶっきらぼうな言葉に反して、彼女の顔は真っ赤だ。
こんなふうに思いっきり甘えて、わざと彼女を困らせてみるのが、最近のお気に入りだ。
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