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「――私でいいの?」
「なんで、そういうこと言うんだよ?」
「いたっ」
指で彼女の額を弾くと、恨めしげな瞳が向けられた。
「……で、どうなの?」
「そりゃ……」
彼女の唇から、小さな、けれどもはっきりとした声が零れる。
「私も一緒に住みたい」
「じゃあ決まり」
「――――うっ」
「えっ、なんで泣くんだよ、ゆきさん」
突如溢れた涙は、いつもクールな彼女らしくなくて、俺はおろおろしてしまう。ま、まさか泣くほど嫌なのか? 口に出して問えば、「違うの」と首を振られる。
「私の人生にはそういうの、永遠にないと思ってたから……」
続けて、やっと吹っ切れそうだと聞こえたけど、なんのことだろ。しゃくりあげる彼女をなぐさめるように、そっともう一つ口づけを落とす。
でも、今日のところは、この辺でストップだ。歯止めが利かなくなる前に。ブラックコーヒーを喉に流し込んでから、愛車のアクセルを踏み込む。
「はー。レペトワ聖地ツアー、最高だったー」
「うん……また来ましょ」
「今度はギター持ってきてよ」
「雨風くんが歌ってくれるならね」
「ゆきさんの歌のが好きだけどな」
「口が上手いんだから……」
「本音だし」
「ふふ」
――彼女が隣で笑う。
三時間後には月曜日が迫る。シビアな現実とブルーな気分を吹き飛ばすように、俺達はどこかやけになって歌いあう。レペゼントワイライトの新譜。
競いあうような、寄り添いあうようなふたつの音。小さな車内に広がる即興のハーモニー。
爆音を乗せた型落ちの軽自動車が農道を走る。窓からはぬるい風。夜が更けていく。
俺たちはどちらともなく顔を合わせ、声をあげて笑った。
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