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「雫月!」
懐かしい声で名前を呼ばれ反射的に振り返った雫月は、視界に入った自分の名前を呼んだ人の顔を見て思わず動きがとまった。
目の前にいたのは松岡貴史だった。
「貴史…?なんで…」
顔を見て、あの時の自分の言葉も信じずに背を向けた、あの光景が雫月の脳裏によみがえった。
「雫月…元気そうでよかった。……雫月と、話がしたいんだ」
「…今更、何の話があるっているの?私にはないわ」
「待ってくれ!」
雨が降り始めたことにも気付かず、会場を立ち去ろうと走り出した雫月を追いかけた貴史は、手を伸ばし雫月の腕を掴んで引き留めた。
そして雫月の肩を掴み真正面から見つめて言葉を続けたが、その顔は今にも泣きそうなほど苦しそうだ。
「電話も解約してるし、マンションも引っ越して会社も辞めて、俺がどれだけ心配したと思ってるんだ!」
「心配??何の心配?貴史は私じゃなくて美幸を信じたじゃない!私の事なんてどうでもよかったんでしょ?」
「違う!」
「何が違うのよ!」
雫月は気が付かないうちに涙がとめどなく流れて、それは雨なのか涙なのかわからない程に髪からも雨が流れ落ちた。
「雫月、俺はお前のことが……」
「雫月!」
「…拓真…さん」
拓真がようやく雫月を見つけると、知らない男に肩を掴まれている姿を目にして、すぐにその間に割って入った。
雫月は明らかに泣いていて、その表情はとてもつらそうに歪んでいる。
「俺の彼女に何か?」
「彼女…?雫月が…」
その一瞬で、拓真はこの男が誰だか理解した。そういえば、以前、雫月のスマホの待ち受けで見たことがある顔だと。
「あなた、松岡さんですよね?今更、雫月に何の用があるんですか?」
自分の名前が呼ばれるとは思いもせず、貴史は眉間にシワを寄せ拓真に視線を向けた。
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