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弥生の過去と心の傷痕
茉弘side
「はぁ……どうしたものか。」
家を出た彼はそう零した。茉弘は彼女が献身過ぎて逆に心配になっていた。あれはなんとかして欲しいような嬉しいようなそんな思いが駆け巡る。だけど、どうしても彼女のあの表情を見ると歯止めが効かなくなるし自身の欲に呑まれてしまう。大切で可愛いそれでいて優しい自慢の彼女。
(優しい…だけど自分は後回しにしがち。)
良くも悪くも優し過ぎなのだ。彼女の行動は何処か自分に気を使っているみたいに感じる。あの時だってそうだよく思い返してみれば何故別れ話の話題になるのかと思った。表情も恐怖に怯えた人の顔をしたソレだった。彼女が何に対して恐れ恐怖しているのかきっと怖いのだ自身にいつか捨てられる事に恐怖してあんな取り乱しているのだと1つの仮説を立てる。彼女がどんな人間か彼には分かっていた。あれは一種のトラウマに近い何かだ。
(だとすれば、付き合っていた彼氏に捨てられた……?)
「何があったのか調べる必要があるな………。」
そう考えて思った。もし仮にその捨てた元彼氏が彼女に酷い或いはそれ以上の振り方をされたのならば納得がいく。
だけどこれは仮説に過ぎなくて真実ではない。その真実を自身で探ろうと考えていた。
「とりあえず、仕事……頑張るか…。」
考えを今は振り払い、スマホのロック画面を見ながら彼は言い放つ。画面の壁紙は彼女の愛らしい姿の写真が写し出されていた。これを糧に彼は仕事を頑張れていると言っても過言ではない。スマホをポケットに仕舞い、歩き出し仕事場に向かった。
「よっ、茉弘相変わらず早いな」
「あぁ、何だお前か……零夜。」
声をかけて来たのは同期の神宮寺零夜だった。こんな性格だが仕事になると別人になりオフの時は陽キャで場を和ませるのが上手い奴だ。ある意味凄いと思う。他にも同期がいるが自分含め個性が出ていると思っている。
「酷いな親友に向かって!」
「で?今日の任務は何するんだ?」
泣き真似をする零夜を無視し今回の仕事内容を聞き出す。
さっきとはうってかわり真剣な顔になる。
「今日のターゲットはこの男だとさ。」
「ふぅん…見るからに性格悪そうだな。」
そいつ、金持らしいと付け加えるのを聴きながしながら、
任務の依頼の紙を見せられそれに目を通す。如何にも性格の悪さが滲み出ている面をしていた。言うなれば金で物を言わせてそうな酷い顔で恨みを買われてるのも納得する程醜悪な見た目だった。
「そっ、でなコイツ女の子絡みで恨まれてるんだ」
「例えば?」
女子絡みで恨まれていると話す彼は嫌悪感丸出しだった。それもそのはず零夜はこう言った輩が大嫌いで女の子は大事にすべきと両親から口癖のように言われ彼自身も大切にしたいと考えているから尚許せないのだろう。
「そうだな…暴力を振るったり暴言を吐いたりとか」
「後、精神的に弱らせて逃げられないようにしたり」
忌々しげな表情をしながら詳細を話し始めた。聞くとどうやらそれ以上に酷い事をしているらしい。確かに精神的にも肉体的にもそれをやられたら疲弊して離れようとしても離れられない体力と気力を奪われば誰でもそうなる。
その最低な事をしているんだ恨まれるのも当然だ。
「ほんっと胸糞悪い…。」
話終えた零夜は苦虫を噛み潰したような険しい顔になる。段々と苛立っている様子。自分ですら不快だもし弥生がこんな目に遭ってると想像したらそいつをなぶり殺すしなんなら生きてることを後悔するくらい生き地獄を味合わせて
精神崩壊するまで拷問すると思う。それくらいやらないと気がすまない。
「じゃあ、僕はコレを終わらせて来る。」
「おぅ!頼んだぞ?親友!」
零夜に紙を見せながらもう行くと告げターゲットがいる場所に向かった。親友と言っていた零夜の言葉を無視して。
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「……っと…アイツだな。」
(さっさと終わらせて弥生の過去を調べないとな)
路地裏の所まで来て身を潜み当たりを警戒しながら近付くと人影が見えた。今回のターゲットであり恨みを持たれたクズの人間だ。この任務を終えて彼女の過去がどんなのか調べないといけない。だから早い事終わらせたかった。
「うわっ!な、何だ!?コレ!」
「逃げ……うっ………ぐはっ……」
ターゲットに向かって煙玉を投げる。コツンとその音に反応した奴は動き出すが暗闇で何も見えずましてや茉弘を見つけることは無く逃げ出そうとする男を隠し持っていたナイフを取り出し男に向かって投げ、急所に当てた。
(死んだな………。)
「これで任務完了……帰る前に調べないとな……。」
ターゲットに近寄りしゃがみ込み死んだ事を確認する。どうやら絶命したようだ。呆気なく任務が終わり路地裏から外へと踵を返す。後残るのは彼女の事だけ。一応零夜には任務が終わったと連絡を入れたから何とかなるだろう。
(……あった……これだな……っこれは!!)
パソコンを取り出しありとあらゆる所にある監視カメラをハッキングし、当時の映像をパソコンに映し出される。そこに映っているのは弥生が男に可愛くないとか料理も出来ないクズと罵られている映像だった。見ていて不快だったが彼女のあの行動が脳裏に過ぎりグッと堪えた。彼女を苦しめる数々の暴言、そして言うことを聞かないなら捨てると脅され、悲痛な顔で別れたくないと懇願する彼女を振り払い髪を捕み捨てられたくないなら言う事を聞けと醜い顔の男が言う。
(弥生はコイツのせいであんな………)
それを見終わったと同時に嫌悪感が襲う。こんな奴のせいで弥生の自信を奪われたのかと思うと腸が煮えくり返る思いだった。あんな扱いをされても捨てられたくないと泣きそうな目をした彼女を虐げた男を許す事は出来ない。彼女は可愛いのにも関わらず映像に映る男は弥生の容姿を貶した。
「弥生は辛い思いをしたからあんな……」
あの時自分は本心で可愛いと思っていただけど彼女にとってはただのお世辞にしか聞こえなかったのだろう。不安でいつ別れを切り出されるのかを怯えて過ごしている。だけどそれでは意味が無い。僕は弥生を幸せにしたいそれにはまず彼女が心の底から幸せだと感じる必要がある。
(僕だけ幸せなんて駄目だ……弥生も幸せでないと。)
それが生きがいと言っていい程彼女が愛おしい。それ故に手放したくないし手放すつもりも無い。
(言われた通り玄関で待ってる……。)
スマホを見ると弥生は言われた事を忠実に守り玄関前で待っていた。映像を見た後にその姿を見ると酷く胸が痛んだ。彼女のこの行動は捨てられたくないからしているに過ぎないのかもしれない。
「帰ったら弥生と話さないと………。」
早く帰って彼女の不安と恐怖を拭いたい。そして優しく包み込み安心させたい。あんな男の言葉よりも自分の言葉だけを聞いて信じて欲しいそんな思いを胸に留め茉弘は弥生の待つ家の帰路へと向かった。
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「お帰りなさいご主人様!」
「ただいま……弥生。」
玄関前で待っていた弥生は茉弘の胸に抱きついた。余程嬉しいのかグリグリと顔を埋める。そんな様子の私を見た彼の表情は影っているように感じた。無表情だから余り分からないがきっと仕事で何かあったのだろうかと考えるも余計な事を言わないように口を噤んだ。
「言われた通りに此処で待ってたよ」
彼の言われた通り服は全部脱ぎ頭には犬耳のカチューシャを着けておしりにはしっぽを付けていた。今からどんな行動をするのかドキドキしていた。
「偉いな弥生は。」
「えへへ!」
茉弘は弥生の頭を優しい手つきで撫でる。気持ち良いようなくすぐったい様な感覚になる。褒められて嬉しいしもっと彼に自分を必要として欲しい、もっと愛されたいとも思ったがこれ以上我儘を言ったら罰が当たるかもしれないとグッと我慢した。
「…弥生。」
「なんですかご主人様?」
彼が撫でる手を止め神妙な面持ちで話し掛けてきた。何故そんな表情をしているのか分からず疑問だったが彼の瞳を見て真剣そのものだと直感で感じた。感化されて自分までもが緊張して体が強ばるのが分かる。
「少し話したい事があるんだ。」
(話って、何だろう……)
優しい声色と表情で話す彼にさっきまで固まっていた体が溶けるように和らいだ。彼の表情を見るに悪い話では無いとホッと一安心した。やはり仕事で嫌な事があったのだろうかそれとも弁当が気に入らなかったのかなと不安が過ぎる。
「話もそうだけど聞きたい事があるんだ。」
「弥生は僕にいつ別れを切り出されるか怖いんだよな?」
「っ!!何で……」
彼から発せられたその言葉に息を呑んだ。何故彼がそんな事を言い出すのか分からなかった。だってそれは図星だから。いつもいい彼女いい恋人として彼の隣にいたいと思い家事とか家の事を完璧とまではいかなくてもこなして来ただけど捨てられるのでは無いかと常々考えて毎日を過ごしていた。
「弥生は元彼にDVを受けていた違うか?」
「うん…でもそれは私が悪いの……」
どうして茉弘がその事を知ってるのか分からない。元彼について話した事も無かったしそんな素振りも見せないようにしてたはずなのに。彼が知っているならもう隠さず話した方がいいのでは無いかと思った。
「私が、あの人に不快な思いをさせたから」
「グズで役に立たない私のせい」
付き合っていた時毎日言われてきた言葉。全て本当の事で自分は何も出来ないし役に立たない、そんな私が茉弘の役に立っているのかは分からない。それしか自分自身の存在価値を示せないから。だから捨てられて当然の事、なのに悲しくて怖くて堪らない。茉弘にもそんな事を言われたら凄く苦しいし、彼の口からは聞きたくない。それ程までに茉弘の事が好きだと再認識をさせられ思い知らされる。
「そんな事ない!」
「っ!?」
茉弘が叫んだ後驚いた。何故ならいつも冷静で無表情な彼からは想像が付かない程、その顔は悲しそうだった。
「弥生は可愛いし何でも出来る完璧な恋人だ。」
「誰がなんと言おうと自慢の彼女だ。」
彼が私を目を真っ直ぐ見る。その瞳は真剣そのもので、私の事を人格を肯定する。自慢な彼女、可愛いと言ってくれる茉弘に、優しいなと何処か他人事に感じる自分がいた。
「茉弘……でも私は……」
褒められている認められている。だが弥生の心は元恋人の言葉に今も私を苦しめられていた。心が傷付いている、それも深い傷跡が。茉弘と付き合っても尚弥生はその傷は癒える事はなく呪縛から解放されずもがき苦しんでいる。自分は出来損ない、居てもいなくてもいい存在、殴られても罵られても仕方がないと思い込んでいる。最早今の弥生に自尊心は無いに等しい。
「ソイツの言葉より恋人である僕の言葉を信じて。」
「!」
その事を言われハッとする。確かに付き合っていた元彼と彼は違うと思いながらもそう思われてるのでは無いか、いつか言われるのでは無いかと恐怖に怯えていた。だけど彼はそんな素振りを見せず自分を大切にしてくれた。なのに自分はそんな彼の事言葉に怯え、顔色を伺っていた事に申し訳ない気持ちになった。
「そんな言葉に囚われる必要なんかない。」
「弥生は僕の大事な人だからそう思われたくない。」
「っ!……ごめんなさい茉弘……わ、私……」
それに自分を大切にしてほしいと茉弘は続けて言い放つ。
優しい笑をこぼす彼の表情は寂しげな顔をしていた。そして我に返る私はいつの間にか彼を傷付けてしまっていたのかもしれないと思ったら謝らずにはいられなかった。
「泣かないで。弥生は笑った方が可愛いよ。」
「……えへへ……ありがとう。」
また優しい眼差しで頬を撫でられながらそんな事を言われ、嬉しいと感じざるおえなかった。自分は無意識に彼の機嫌を損なわないように伺って接してしまっていたのかもしれない。だけどどうしても怖くてたまらない。それ程までに自分は傷付いていたのだと実感する。もしも過去に戻れたらあんな人とは付き合わず茉弘と付き合って幸せだったのだろうかと思わない日は無かった。それ程までに元恋人と彼とで自分に対する扱いに差があった。
「もう大丈夫僕がいるから何があっても守るよ」
「……だから怯えなくて良いんだ…弥生」
その気持ちを察してか彼は弥生を自身の胸に抱き寄せる。それを聞いただけでまた泣きそうになる。顔は見えないが彼の優しい声色と背中を撫でる手が温かいと感じた。それだけで心がじんわりと満たされる。今まで感じた事の無い温かさと温もり。茉弘にはあって元彼には無いものそれは恋人を想う心なんだと今なら理解出来る。
(茉弘は私が欲しい言葉をくれるんだね………)
「うん……。ありがとう……茉弘大好き」
「……!僕も大好きさ……世界で1番。」
欲しいものは我慢しなくていいのかな、欲張っても良いのかな。そんな考えが過ぎるだけど少し欲張ってもいいのかもしれないそう思ったら心が軽くなった。初めて彼に軽くではあるが自分からキスをした。茉弘は驚いた表情を見せると目を細め微笑みながら返事を返してくれた。
「寒いだろ…これ着てから部屋に行こうか。」
「………ふぇ?部屋?」
着ていた上着を被せてくれた後ひょいっとさりげなくお姫様抱っこをされ困惑する。確かにずっと彼の帰りを待っていて体が震える程寒さを感じ体が冷たかった。上着を被せてくれたおかげか少し震えは収まった。
「今日は一緒に寝ようか。」
「ご飯は……?」
「ん〜弥生が寝たら食べる。」
抱っこされたまま、彼の部屋で寝ようと言われたが先に夕食を食べないといけないのではと思いご飯は食べないのか聞くと自分が寝たら食べると言い出して何故なんだれうと疑問に思った。時々彼が何を考えてるのか分からない時がある。今はその状態で何を考えて思っているのか分からない。
「と言うことでベッドに行こう。」
(もしかしてそこでするのかな)
彼の部屋でアレをするのかと内心ドキドキしていた。次はベッドで何をするのかとわくわくしながら彼の方を見た。茉弘は弥生を自室の前まで運び、器用に扉のドアノブを持ち開ける。
(全然違った……普通に寝るだけだった。)
「えっと………今日は……しないの?」
ベッドに寝かせられ体の上には彼ではなく分厚い布団が見えた。隣には彼の姿があり普通に寝る体勢になっていた。思っていたのと違い軽くショックを受け茉弘の顔見ながら夜の誘いは無いのかと聞いた。
「……しない。」
「な、何で?」
夜の誘いは無いと断言され更にショックを受ける。もしかして嫌われたのとか体に欲情する事が無い程飽きられてしまったのではないかと思考を巡らせるも全て悪い方向へと考えてしまい頭の中が整理出来ないでいた。
「暫くは控えようと思う。」
「え……?どうして……」
彼の言葉に顔を青ざめガーンとまたショックを受ける。暫く誘いが無いと言われて落ち込んだ。弥生自身はしたいのに茉弘は違うのかとしょんぼりとする。今日は帰ってからしてくれると思い込んでいた弥生にはこれが待てと言われているように聞こえた。
「弥生の事が大切だから」
「今日は寝よう。」
頬を優しく撫でながらそう言われるも納得出来なかった。彼に大切だと言われ嬉しい反面少々複雑な思いだった。大切と言う事は優しくしたいと考えているそんな気がした。弥生にとってあの行為は茉弘とのスキンシップと考えていて彼が自分を求めてくれてるのだとだからそれが暫く無くなると言われ寂しいと感じた。
「で、……でも……。」
「これは恋人としてのお願いだ」
抗議をしようと彼を見ると真剣な眼差しをしていた。それでいて悲しそうに微笑んだ。彼にこんな顔をさせてしまう自分に嫌気がさすも茉弘は自分を責める事を望んでない。だからこれは罪悪感なのだと言い聞かせる。
「うぅ……分かった寝るよ」
(したかったなぁ…暫くってどれくらいなんだろう……)
彼にじっと見つめられ、折れるしか無かった。ただでさえかっこいいのに黙って見つめられると余計に凄みがあるから有無を言わせないと言わんばかりに見てきた。少し残念ではあるものの隣に彼がいるからか温かい。
「おやすみ……弥生。」
「うん……おやすみ茉弘」
モゾモゾと定位置を決めようと動き納得がいく寝方で寝転び彼におやすみと言った後眠りについた。
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「弥生は寝たか……」
すやすやと規則正しい寝息が聞こえる。ベッドから降りてこれ以上体を冷やさないように彼女に布団を深く被せる。寝顔が可愛くてついつい見入ってしまうがグッと我慢する。
(焦らしプレイもいいかもな……)
彼女の寝顔を眺めながら心の中で呟く。先程のあの切ない表情を思い出した。自分自身も彼女としたいが欲を我慢し眺めるだけに留めている。本当は帰ったら可愛がるつもりだったがこれを機にお預けしようと思い至った。限界まで我慢した顔の彼女を見たいが為に暫くは行為を我慢することにした。
「さて……いつまで持つかな。」
今回は自分からいかず彼女から来て欲しい。欲に負ける弥生の姿を想像しただけで今から楽しみで仕方がない。だから極力触れる事はしないように気を付けて我慢出来なくなったら優しく触れる事にしようと決めていた。
(あぁ…どんな顔でねだるのか楽しみだ。)
ニヤリと無表情ながらも口角を上げ楽しそうな顔をしていた。焦らして更に焦らすそんな行動をするに連れ彼女がどんな反応するのかそしてどんな事を言うのかを想像する。もしそうなったらいじめて更にいじめ抜かないといけないし何より自分自身も実質禁欲しなければならない。言わばどちらかが先に負けるかの勝負だ。とはいえ負けるつもりはサラサラないし弥生が我慢出来ずねだって来るであろうと行動を予測する。
「さて、そろそろご飯食べて寝ようか。」
弥生の様子を見てからベッドから立ち上がりキッチンへと向かい夜ご飯を食べてから寝るのだった。
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