落花生鬼神にピーナッツバターサンド

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落花生鬼神にピーナッツバターサンド

落花生鬼神の社には、人間でも居住できるように台所もあり、食材も揃っていた。 八雲が……揃えてくれたのだろうか。それはそれでありがたいのだけど。 「はぁ……はぁ……っ」 3歳児の玻璃(はり)を膝に乗っけながら、はぁはぁするのは……いいのだろうか。 ――――絵面的に。 「あの……やっぱり別のメニューに……」 した方がいいのでは?だって……。 「いや、ピーナッツバターサンドがいい!壱花(いちか)の作ったピーナッツバターサンドがいいのだ!!」 ――――とは言っても。 「あの、八雲は落花生鬼神なのに……ピーナッツを食べることは……いいの?」 「むしろ……食べて欲しい」 そう言えば……お母さんの落花生の精は、人間に豆を食べて欲しかったのよね。 「そしてピーナッツが壱花(いちか)の中に取り込まれることで……はぁはぁ、肉体すら壱花(いちか)の一部になる……!すごく……震えるほど、感じる……っ!」 しまいには何を言ってるのかよく分からなくなってきた。 「それに、身体の中にピーナッツがあれば、同時に俺の守護にもなるからな!」 八雲の……守護。 「もちろん普段からも、壱花(いちか)玻璃(はり)に守りの加護は与えているが……落花生鬼神にピーナッツバターサンドと言う」 何だろうか、その格言じみたものは……?鬼に金棒的なものだろうか……? 「そうともいう!さぁ、壱花(いちか)と……はぁはぁ、ひとつになりたい……っ」 それは子どもの前でしていい会話なのだろうか……?いや、ピーナッツバターサンドを食べるだけなのだが。 とにもかくにも。 「できたよ」 ピーナッツバターサンドをテーブルの上にあげる。 玻璃(はり)には小さな子どもでも食べられるような、粒のないペーストタイプのピーナッツバターを、小さく食べやすいようにくるくるサンドにしてみた。 八雲いわく、玻璃(はり)はピーナッツアレルギーなどはないらしく、食べられるそうだ。落花生鬼神だからこそ分かるらしい。 いろいろと……チートらしい。落花生や、豆に関しては。 「こっちが、玻璃(はり)の分だよ」 「うむ」 玻璃(はり)の分は八雲が自然と手にとって食べさせてくれる。 本当に……優しい。こんな風に夫婦で子育て……なんて想像もつかなかったことだから。 「花嫁には優しくするものだろう?」 鬼にはなかった感性……いや、白玻(しろは)弥那花(ミナカ)には優しくするのだろうか。 でも私は八雲のように優しい鬼は知らなかった。 「壱花(いちか)に優しくする夫は俺だけでいい」 「……」 白玻(しろは)のことを思い出してしまったから……八雲なりに励ましてくれているのだろうか。 「さぁ、壱花(いちか)も食すがよい」 「……うん」 ピーナッツバターサンドなんて……久々に食べる。 「……おいしい」 「そうそう、病み付きになるほどであろう?」 「うん」 久々の……おいしくて穏やかな食事だ。こんなにも穏やかに食事をできたことなんて、今までになかった。そして誰かと一緒に、楽しく食事をするなんてこと。 「あ……八雲も、食べて?」 玻璃(はり)に食べさせてあげている八雲の口に、ピーナッツバターサンドをつまんで近付け……。 「あ、ごめんなさい、食べれない……よね……?」 だって、八雲自身がピーナッツの殻を背負ってるのだ。共食いに……なっちゃう……? 「この身にピーナッツを取り込むことは、ピーナッツたちのパワーをもらい俺もパワーアップする。ピーナッツを食すこと自体は問題ない」 それはちょっとホッとした。 「俺は神だから普段は食事をしなくてもよいのだ」 そっか……神さまだから。 無理に食べさせたら、きっと迷惑だよね。 「そんな顔をするな。壱花(いちか)があーんしてくれるのなら、喜んで食そう」 「あ、あーんっ!?」 するの!? 「新妻からのあーん」 そんな訴えるような目を向けられたら……っ。 「あ、あーん……」 ドキドキしながらピーナッツバターサンドを八雲の口に再び近付ける。 「はむっ。ん……うまい。壱花(いちか)に料理してもらったピーナッツたちが……喜んでいる……っ」 そんなことまで分かるのか。 そして八雲にあーんしつつ、玻璃(はり)がもぐもぐと食べる姿を見つめながら、私もピーナッツバターサンドを口に運ぶ。 「あら、もう食事にしてたの?」 その時唐突に女性の声が響いて顔をあげる。 深緑のロングヘアーに銀色の瞳の……美しい女性の、鬼。それを示すように彼女の頭からは緑の2本の角が伸びている。 頭領の家では女鬼はほとんど見なかったから、新鮮だ。そして女鬼はとても少ない。それゆえに鬼は人間から花嫁を娶り、繁殖の道具とするのだ。 「うむ、我が花嫁にピーナッツバターサンドを作ってもらっていたのだ。やはり自らピーナッツを調理してくれる嫁は尊すぎるとは思わぬか?そして俺にあーんをしてくれるのだ。これはまさに……ゾクゾクする……!」 ぞ……ゾク……? 「はいはい、あなたが花嫁ちゃんを気に入ってることは充分に分かったから。でもそれだけじゃ栄養が片寄るわ。今、何か作るわね」 「あ……じゃぁ私も……っ」 慌てて立ち上がろうとすれば、女性が首を振る。 「いいのよ。花嫁ちゃんはゆっくりしていて?その方も八雲が喜ぶ……と言うか大人しくしてるから」 稀に見る女鬼は、人間の花嫁であることをことさらに憎んで来た。キツく当たってきた。道具であることをいいことに、蹴られ叩かれ、遊ばれたこともある。だけど……。 「私は那砂(なずな)。よろしくね。それに、夜霧もいるから大丈夫よ」 那砂さんが示せば、続いて夜霧さんも入ってくる。 「八雲ったらひとも鬼も選ぶから、なかなか社の手伝いを任せられる鬼もいなかったのだけど。八雲が自らひとでを確保してきてくれるのは助かるわ」 「その……追放された身ですから。ここに置いていただけるのでしたら、できることをさせていただきます」 夜霧さんもぺこりと頭を下げる。 むしろ今までは私が一番、底辺だったのに……調子が狂う。 「壱花(いちか)は我が花嫁なのだ。大切にされる権利があるのだ」 権、利……? 白玻(しろは)のもとでは全て取り上げられていた。自分の意思で生きることすら。 「あら、壱花(いちか)ちゃんっていうのね。かわいいじゃない」 「おい、こら、那砂。勝手に呼ぶな」 「私は構わないけど……」 今までの人生でも、呼ばれることなんて、ほとんどなかった。名字は弥那花(ミナカ)と被るから、『あれ』『それ』と呼ばれるだけましだった。 鬼の嫁になってからは……名前自体を取り上げられたから。八雲が呼んでくれるのも、那砂さんが呼んでくれるのも……嬉しいのだ。 「ほら、壱花(いちか)ちゃんもそう言ってるじゃない。独占なんてずるいわ?女には女にしか分からないこともあるんだから」 「むぅ……それはそうだが」 八雲は渋々ながら……認めてくれた……? 「それじゃ、壱花(いちか)ちゃん。女同士、何かあったら何でも頼ってね」 「は……はいっ」 那砂さんは……優しい。同じ女性からも卑下されることが多かった。普通だと。弥那花(ミナカ)に比べれば価値もないと。こんなに素敵な女性に……そう言ってもらえるのは……とても嬉しくて……。那砂さんなら……頼れる気がするのだ。 「価値などどうでもよい。壱花(いちか)だから良いのだ」 私だから……。 「それに那砂は面倒見がいい。あまり那砂に懐かれるのは嫉妬するが……だが、何かあれば頼るといい。那砂は喜ぶ」 嫉妬……しちゃうの……?ちょっとかわいらしい……と思えば八雲とじっと目が合う。その印象が意外だったのだろうか。でも、すぐにいつもの屈託のない笑みを浮かべてくれる。 「さぁ、壱花(いちか)」 座るように促され、ぽすんと席に腰をおろす。 そして暫くすれば、那砂さんと夜霧さんが、追加のおかずを運んできてくれた。
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