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公演が終わると私はスタッフを探して、手紙を見せた。すると、スタッフの一人が、「お話は伺っております」と丁重に控室へと案内してくれたのだった。
控室の扉の前で、僅かに上を向き深呼吸をした。スタッフの方がノックをして、「林田様が来られました」と言って扉を開けた。緊張はもう限界まで来ていた。
「藍ちゃん!よく来てくれたね」
最初に声を発したのは俊だった。
藍佳はすっごい良かった!かっこよかった!としきりに言った。もう、自分のことを卑下するような気持ちは自然となくなっていた。それだけ圧巻のステージだった。
マネージャーらしき人もスタッフもいつの間にかいなくなっていて、控室には二人しかいなかった。俊が徐に口を開いた。
「……藍ちゃん、俺、藍ちゃんに聞いてもらいたくて、それだけで今日まで頑張ってきたんだ」
「え…」
「俺のピアノ、ずっと、すごい!コンちゃんのピアノ好きって言ってくれただろ?だから、その言葉だけを頼りに今までやってきた」
真剣な眼差しが藍佳を真っ直ぐ見つめていた。
「あの頃からずっと…藍ちゃんのことが好きだった。だから、藍ちゃんが好きって言ってくれたピアノでやっていこうって決心したんだ。本当は離れたくなんかなかったけど、一人前になってから言いたくて」
「嘘……」
信じられない心地だった。一人前にならないとと思っていたのは私の方だったのに。
「嘘なんかじゃない。だから、無理言って拠点を日本に移させてもらった。どうしても日本でコンサートがやりたいって言って、やっと舞台を用意させてもらえたんだ。こんな気持ち、今更言われてもって思うよな。でも…」
「私も」
「え?」
俊が驚いた顔でこちらを見ていた。
「私も、あの頃からずっとコンちゃんが好きだったの。でも私はコンちゃんと違って凡人で…こんなに凄い人になっちゃったコンちゃんに好きだなんてもう言えないなって思ってたのに…」
そう思っていた。ずっと、コンプレックスを抱えていた。
「凡人なんかじゃないよ。こんなに綺麗になって。日本文学だっけ?頑張ってるって言ってたじゃん。親のためにバイトも詰め込んで。ちゃんと覚えてるよ、藍ちゃんが送ってくれた文字ぜんぶ。だからさ、もう一緒の土俵には立てないけど、隣で一緒に居ることはできると思うんだよね。…嫌?」
俊は笑顔で問いかけていた。もう答えなど分かっていると言いたげに。
「嫌じゃない。夢みたい!いいの?こんな私で」
「藍ちゃんじゃなきゃダメなんだ。藍ちゃんがいなかったら、俺はここまでこれなかった」
藍佳は堪えきれず涙を零した。もう我慢しなくていいんだ。劣等感に押し潰されなくていいんだ。好きで、いていいんだ。そんな想いをただただ込めて、俊に思いっきり抱きついたのだった。
「ありがとう、支えになってくれて。これからもよろしく」
俊の声が優しくて、涙は止めどなく流れた。
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