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土曜日は二人そろってピアノ教室に行くというのが習慣になった。家が近所なので待ち合わせはいつも藍佳の家で、俊が迎えに行くという形になっていた。
「コンちゃん、いつも来るの早いね」
「藍ちゃんはいつものんびり屋さんなんだね」
二人でクスクス笑いながら、なんでもかんでもあけすけに話しては教室を行き来する関係になった。不思議と馬が合ったのだ。
俊の成長は目覚ましいものだった。何度も学校で聞いていたアラベスクを、先生の基礎の手ほどきが終わるとすぐに弾けるようになった。絶対音感というのがこの世にあるというのを、藍佳はこの時初めて知った。
「すごいすごい!コンちゃんすごいよ!私この曲やるまでに二年かかったのに!」
藍佳はひたすら俊を褒めまくった。俊の音は本当に生きている、そう思えたのだ。
学年が一つ上がる頃には、先生が「私なんかじゃ教えきれないわ。もっと良い先生のところに行った方がいい」と言い出した。なぜだか分からないけれど、俊は頑なにそれを嫌がった。
けれど、先生が俊の両親と何度も話し合って、俊が中学に上がるときに遠くのもっと良い教室に通うことが決まったのだった。
小学生のうちは、登下校も藍佳と俊は一緒にすることが多く、周りからは付き合ってるのかよー、なんて揶揄われて、ちっげーよと俊が返すのが定番になっていた。あの頃から、藍佳にとっての俊は憧れに近い存在になっていた。
俊が中学に上がると、休日にお互いの家を行き来するようになった。まだ子供で、愛だの恋だのは分からなかったけれど、今思えばもうあの頃から恋は始まっていたのだろう。
藍佳が中学生に上がったとき、俊の引っ越しが決まった。なんでも、本当にピアノに専念するためにちゃんとした先生のいるところに引っ越すのだという話だった。彼は本当に天才だったのだ。親の決めたことで、俊にはもうどうしようもないことだった。
二人は文通をするようになった。月に一、二度、お互いの近況を報告するような簡素なものだったけれど。
その頃になると藍佳は恋というものを理解し始めていて、俊が好きなのだとはっきり自覚していた。けれど、彼は遠すぎた。家も遠ければ才能も遠かった。だから、こうしてやり取りできるだけでも喜ばないとと自分に言い聞かせては、ポストをのぞき込むたびに一喜一憂していた。
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