甘美な夜に梅の花を…

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…その日は、前夜に藤太の夜泣きのせいで、絢音にセックスを寸止めされたせいか、朝からイライラムラムラしっぱなしで、悪いと思いつつ、被告人に八つ当たり紛いの尋問をしてもうて、自己嫌悪でどんよりとしながら、帰宅した。 時計見たら、深夜の1時。 どうせもう寝とるやろと思い、オートロックを自分で解除して部屋へ行き扉を開けると、玄関から覗くダイニングが明るいから、不思議に思って行ってみたら… 「あぁ…おかえりなさい。あなた。」 …なんや。 いつもやったら、とっくに藤太と寝とるはずやのに… 寒いのにこたつにも入らんと、ダイニングのテーブルに座ってウトウトしていた君が、俺を見るなり目を擦りながら笑うので、心がキュッと締め付けられる。 「なんね。眠いなら寝とけや。1時やぞ?」 嬉しいはずなのに、素直になれなくて、ぶっきらぼうにそう言い放った俺に、君は優しく笑いかけてくる。 「嫌よ。もう終わっちゃったけど、昨日何の日か…あなた忘れてるの?」 「昨日?」 誕生日か?…違う。俺は5/17、絢音は8/26、藤太は5/16。結婚記念日も、付き合い始めたんも4月。 今は、2月や。 ほな何やねんと首を傾げていたら、目の前に差し出されたんは、赤いリボンのついた茶色の箱。 「なんね?これ…」 その問いに、君は目を丸くする。 「嫌だわ。ホントに忘れてるの?バレンタイン。」 バレンタイン… あぁ… なるほど。 それで… テーブルを見やると、2人分の…質素でも豪華でもないが、俺の好物ばかりが並んでいて、ちゃんと…俺のことを考えてくれてるんやなと思うと、嬉しゅうて…鞄もコートも投げ捨てて、君を抱き締める。 「チョコなんていらん。今すぐ、お前が欲しい。どんな菓子よりも、お前が甘くて一番美味い…せやから、食べさせてくれ…全部…」 可愛くて、優しくて、愛しくて、なによりも魅力的な彼女が欲しくて欲しくて、そう懇願すると、君はクスリと笑って、リボンのついた箱を開ける。 ………えっ? …………カラ? 差し出された箱の中身は空っぽで、どういうことだろうと目を丸くしていると、君はにっこり笑って耳元で囁く。 「チョコは、ワタシ。…どう?不満?」 …なんや。 気持ちは、同じかい。 互いを求め合うことが、俺たちの、愛の確かめ合いやもんな。 小さな体を抱き上げて、首に腕を回して甘えてくる君を、優しく見つめる。 「お風呂、入りましょ?身体、流してあげる。」 「風呂は後や。我慢できん。すぐ、しよ?」 「またそうやって、我慢嫌い発揮して…少しはムード作ってよ。バカ…」 「バカで結構。今日は、待ったなしやで?藤太が泣こうが喚こうが、お前は、俺のもんや…」 「ホント…バカな上に、とんだお父さんね。…憎い人。…でも、」 そっと、口紅塗った絢音の唇が俺の首筋に触れて、赤い花が咲き、いよいよ情欲の導火線が燻り始める。 「あなたのそういう冷たいとこも、ワタシ…好きよ?」 …好き。 女神の顔した放火魔の点けた火が、導火線に引火して、いよいよ我慢できなって、飯も風呂も着替えも何もかも放棄して、リビングのソファの上で、俺たちは抱き合った… 身体中…どこもかしこも甘くて、柔らかくて… 特に、身体の奥から溢れてくる蜜は堪らなく甘くて、官能的で、一滴零すんも惜しいくらい舐めて吸って、濡れた唇を重ね身体を繋げる。 熱うて、柔らこうて、蜜でぐちゃぐちゃで、直ぐにイッてまいそうなん必死に堪えて、君の気持ちのエエとこを探すように、身体に指を這わす。 「藤次…と、うじ…すき……すき、よ…だから、もっと…」 「あぁ。俺も、好きや。好きで好きで堪らん。せやから言えや。もっと…どうして欲しい…?」 そう問いかけたら、君は真っ赤な顔で、俺に乞う。 「もっと…この甘さでおかしくなるくらい…めちゃくちゃにして…」  その言葉は、俺を狂わせるには十分で、時計が夜明けの刻を指しても、俺は君を抱き続けて、白い肌に、幾重にも赤い花を重ねた。 甘い…どんな菓子もチョコも霞む、甘美な営み。 明けて白んできた空を見つめながら、シャツと下着姿でベランダで紫煙を燻らせていると、どこからともなく鳥がやってきて、手摺に止まりよったかと思うと、口に咥えていた…一体どこで咲いてたのやろかと不思議に思う程綺麗に咲いた梅の花を一房残して、飛び立っていった。 「なんや、畜生の分際でバレンタインかい。粋な真似しよる。」 そうして笑って、小さな白梅の枝を摘み、花の匂いを嗅ぐ。 「春の匂いや。…尤も?アイツの匂いの前では、どんな芳しい香りも、霞むがな。」 そうして部屋の中に入ると、ソファで眠る君の髪にそれを差して抱き上げベッドに寝かせると、すっかり冷えた飯を温め直して腹に入れると、シャワーを浴びて、休日の始まりを告げる時計の音を聴きながら、白梅の香る君にキスをして、静かに眠りに落ちた…
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