君の名は

1/2
3070人が本棚に入れています
本棚に追加
/172ページ

君の名は

「きょうこ」 副社長に呼ばれて、すぐさま近くに寄る。 一歩下がった所で立ち止まり、副社長と話をしていた令嬢とその父親にお辞儀をすると、副社長にグッと肩を抱き寄せられた。 「いずれ彼女と一緒になるつもりですので」 「そ、そうでしたか。分かりました。では失礼致します」 そう言って父親が促すと、令嬢はチラリと視線を上げてから去って行った。 一瞬目が合い、その瞳が悲しげに潤んでいて心が痛む。 (うっ、ごめんなさい) 副社長はその後も色々な人に声をかけられ、挨拶を交わしている。 隙のない洗練された身のこなし、180cmを超える長身に整った顔立ちで、会場内の女性全員の注目を集めていると言っても過言ではない。 (確かに見目麗しいものね。うっとり見とれちゃう気持ちも分かるわ。でもねえ、この人は遠くから眺めるのが一番いいのよ。ソーシャルディスタンスは保ったほうが…) 壁際に控えてそんなことを考えていると、ふと副社長が振り返った。 「ともこ」 「はい」 返事をして近くに歩み寄りながら、ん?と首をひねる。 (あれ?さっきは、きょうこじゃなかったっけ?) そう考えつつ、副社長と向き合っている綺麗なロングヘアの女性の前に行くと、微笑んで一礼する。 副社長が、またもや肩を抱き寄せてきた。 「悪いが、俺はこいつを手放すつもりはない。諦めてくれ」 すると女性は訝しそうに眉根を寄せた。 「あら?文哉(ふみや)さん。先月は別の女性を連れていらっしゃいましたよね?」 「それが何か?」 「いえ、その…。先月の方はどうなさったのかと…」 「別れました。今はこの、きょうこと…うっ!」 思い切り足を踏まれた副社長は、整った顔を歪めて睨んでくる。 「ともこと申します。初めまして」 しれっと嘘をつきながら、とにかくにこやかに笑顔を崩さず、どこかの令嬢らしき女性に頭を下げた。
/172ページ

最初のコメントを投稿しよう!