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蒼雲・百物語 第1期-1話より20話まで
*予めの事にて。
本作の内容は、私が聴いた話を元にしていますが。 その話は、仕事の合間だったり。 ちょっとした雑談の中で聴いたお話も多く。 肉付けと云うよりも、語って頂いた相手の様子を見た私の感じたニュアンスからの想定や印象も含まれます。 ですから、敢えてこの際、表現として現す事に難儀した時は、私をストーリテラーとして書いております。
その処は、予めご了承の上で、気軽に読んで頂けたら幸いです。
では、始めます。
この内容は、正に百物語を題材に致します。 ですから、冒頭は百物語のお話から始めましょうか。
第1話:〚百物語の怪〛
百物語の怪談となるそのお話は、まだ私が若い頃に。 怪談好きで、百物語をした事も在ると言う館山(仮名)の方から聴いたのですが…。
「ね、蒼雲さん」
「はい?」
「百物語って、知ってます?」
それは、愚問と言えた。 小学生の頃から怪談番組とか見ていた私で。 『あなたの知らない世界』とか、稲川さんなどの番組もよく見ていた。
「蝋燭を立てて、99話の怪談を話すヤツですよね?」
イキって前のめりも恥ずかしいと、それぐらいのテンションで返せば。
「あぁ、知ってらっしゃる」
「まぁ、まだ10代の頃かな。 心霊スポットに行った先輩が、百物語をやったって自慢したりしたのを聴いた事もありますしね」
「へぇ」
「で、百物語が何か?」
「蒼雲さんは、やった事は有りますか?」
「無いっすね。 アレ、長いでしょ? 1つ2つ、怪談を語るならイイですが。 99話って言ったら、半日とか平気で掛かるでしょ。 体力って云うか、雰囲気が有りきの怪談なのに、疲れると次第に怖く無くなる」
『適当に挟む筆者の独り言…』
この内容を書いている今、私は百物語を経験している。 1人で遣るとなれば、半日は覚悟は当たり前だ。 解り易い例えで表すならば、1話を5分として。 1時間で、12話だ。 この計算でゆけば、8時間から9時間で語れるだろうが、配信サイトで怪談を1話語るにしても。 5分で終わる内容は、どれほどか…。
詰まり、もっと掛かって当たり前・・と言っても良い。 語り手が多ければ、まぁ休憩も合間に取れよう。 然し、1人で遣ると、とてもしんどい。 体力も、喉も、休憩も必要ならば、水分を補給したりするのも必要だ。
まぁ、本当に好きでも無いならば、1人で百物語など遣らない方が良い。
そして・・・、最後に話し終えた後。 もし、何か起こったら…。
いや、それは無いと思いたい。
『では、続きを…』
すると、館山さんは。
「それは、やって無いけど、知ってる人の意見だよ」
「へぇ」
「やってみると解る。 確かに疲れるよ。 でも、99話に近付くにつれてさ、何て云うかなぁ。 そうっ、使命感に近い気持ちも湧くんだ」
「はァ。 では、館山さんはやった事が有る」
「はい」
「でも、お1人で?」
こう話していると、館山さんから。
「いや、複数人だよ」
こう言った館山さんは、続けて話し始めました。
館山さんが、仲間を集めて或る秋に百物語を敢行したそうです。 女性が3人、男性が館山さんを含めて5人。 蝋燭は火事に成るし、片付けが面倒と云う事からペンライトで代用したとか。 場所は、空き家を1日だけ借りたと言います。
昼過ぎに集まり、家に入ると古めかしい木造家屋でしたが、掃除はそれなりにキチンとされていて。 8畳くらいの板の間となる、トイレ前の部屋に入って始めたそうです。 窓は締め切り、カーテンを閉めて。 扇風機で部屋を換気をしながら、少し窮屈となりながら始めました。 電気を付けないままで、薄暗くして…。
その第1話目。 女性の若い方が話し始めました。 大学生で、彼氏とデートした時に、夜の上野公園付近で女性の霊を視たと。
話し終えたその女性がペンライトを消して、薄暗い中を待つ。
次に、館山さんが話す。 内容は、首吊りを見た人が家にまで霊を連れて帰る話。
99話に向けて、話して行くウチに。 8人が次第に意地に成る様な感覚か、他人の怖い話を聴くと自分の方が………。 何となく、語らずも誰が1番怖かったか、それを競っている様に成る。
30話を超えると、何となく皆がノッて来て。 50、60話を超えると疲れて来たとか。 だけど、館山さんも、他の皆も、話を疎かにして怖く無いと印象は持たれたくない。 20話ぐらいずつで休憩も挟んで、夜中に向けて暗くしたまま話を続けたとか。
廊下の奥、居間の一部屋だけ蛍光灯を付けていて。 その射し込む灯りと部屋の闇が、雰囲気を押し上げていたらしい。
そして、真夜中の1時過ぎ。 最後の話を女子大生の彼女が終えてペンライトを消した。
シーンとした狭い部屋の中で、何も起こらなかった。
「はぁぁぁ、何にも起こらないかぁ」
相当に疲れてか、館山さんの知り合いが落胆の声を出して。 誰がが立って常夜灯のグローランプから切り替えて、蛍光灯を付けた。
この時、皆で感想を言い合うのだろうと、誰もが寛ぎ掛けたが。 話始めて直ぐに違和感を覚えたそうな。
“あれ、参加してた女子大生は?”
最初に怪談を始めたのは、彼女で在り。 明らかに、99話までの間に彼女は10話以上も語っていた。 また、最後の1話を話したのも彼女だし。 その彼女がした話の記憶は、皆にも残って居るのに。 何故か、本人がいない。
“消えた”
7人が周りを見て固まった。 最初に話した女子大生の姿が見えない。
「なぁ、〇〇さんは?」
「いやぁ、解んない」
「外に出たか?」
家の中を7人が捜したとか。 でも、1人、彼女だけこつ然と消えていた。
仲の良い社会人の同年代となる女性が、当時では少し新し目となる折り畳み式のガラケーを出して電話を掛ける。
すると。
「もしもしぃ? 今、何時だと思ってるのぉ?」
「え? ○○さん、今アパート?」
「当たり前じゃん! 今日、会う約束なんかしたっけぇ?」
「違う違うっ。 今日、百物語をやるって言ったよね?」
「えっ? 〇〇さん、百物語をしてるのっ? ど、何処っ、行く!!」
この間、百物語に参加していたのは、電話先の彼女だと思っていた館山さん達だったが。 良く思い出して見ると、もう1人はどんな顔か良く覚えて無いとか。
後日に確かめても、女子大生の〇〇さんは現場に来て無かった。 連絡を取り合った女性の社会人の方は、不通のメール先と連絡を取り合って居たとか。
この事を語った館山さんが、私に言いました。
「あの百物語に参加していたのは、誰だったのか未だに解らない」
だそうな………。
--------------- 〜完〜 ---------------
第2話:〚ラブホテルの前の通りに在る廃屋は…〛
この話は、三藤(仮名:サトウ)さんと云う方の体験談です。
三藤さんは、見た目はその時で50歳を越えたばかり。 少し髪は薄いのですが。 顔の造りが濃いめで、苦みばしる大人な雰囲気の溢れる男性でした。
この三藤さんは、スナックやキャバクラや熟女バー等へ行くのが日課に近く。 気に入った女の子が居ると、口説いて一時ばかり付き合うと云う事を10代から経験して来た方で。 ちゃんと働いて無ければ、
“俺はジゴロに成ってたな。 だが、定年までは最低でも女の世話で生きたかない”
と、何となくですが男らしい分別は有る方だった。
さて、三藤さんが久しぶりに或るスナックに行くと、二十代後半から三十歳ぐらいの地味目な女性が新たにスタッフとして働いていたとか。 それまでは、少し上の年齢層に興味が向いて居たそうですが。 この女性でも落とせるか頑張ってみようと思ったそうです。
「どうも、最近入ったマユミです」
肩を超えるぐらいの少し茶色の髪をしたマユミさんは、話すとどうも口下手な女性でしたが。 〘美人! 可愛い!〙 ハッキリ言い切れる様な容姿では無いのですが、何となく世話焼きな感じのする悪くない女性と思えたのです。
それから、何度か三藤さんがスナックに通ってマユミさんと話すウチに、どうもこのマユミさんは生活力の無い年下の男性と破局し。 その失恋を引き摺っていると聴いたので。 これまで数々の女性と付き合って来た経験からして、意外と簡単に落とせそうと感じました。
それから2ヶ月ほどすると、大人の対応で彼女の心情を懐柔させた三藤さんに、マユミさんも惚れてしまったらしく。 店に行くと妙にそっと甘えて来る様に成ったとか。
ですが、三藤さんは焦る事はぜず。 ママさんの手前でも彼女がハメを外し過ぎない様にケアしながら居たそうです。
そして、三月ほど経った時、マユミさんからホテルに行きませんかと誘われた。 この時、もうマユミさんは三藤さんにゾッコンと成っていたとか。
スナック務めのマユミさんが上がる時間を待って居ると、マユミさんが店から出て来たので。 マユミさんの住まいとなる最寄り駅まで行く事に。 マユミさんの住まいは、過去に三藤さんが別の女性と半ば同棲していた所で。 ラブホの場所も大体は把握していたとか。
終電で最寄り駅に向かうと、彼女が駅前近くのラブホを案内してくれる。 処が、1件目は、何やら物騒な事件が在って内装工事中。 2軒目は、潰れてました。
此処で、三藤さんは、旧〇〇街道沿いのラブホを口にすると。
「あっ、彼処が在った!」
マユミさんは喜んだそうです。
そして、少し歩いた街道沿いのラブホに来ると、マユミさんが入って部屋を取る事に。
(彼女、ノってるな。 これは、嫌がられる事は無いぞ)
久しぶりにこのラブホに来て、彼女に任せて部屋へ。 お風呂へ入った後、彼女は裸でもう自由だったとか。
さて、行為が始まり、最初の盛り上がりの後。 息の荒いマユミさんは、自らベットから抜け出ると窓辺に手を掛けて後ろに腰を突き出しては。
「お、お願いします。 激しくして・・構いませんから、後ろから…」
此方へ全てを差し出す様な仕草に、三藤さんも男の野性を駆り立てられたとか。 惚れた相手へは、何でも許してしまう性格らしく。 愛し合えるならば、従順に成るタイプの彼女らしい。
が、求めるマユミさんの後ろから繋がった時、窓辺の外を見た三藤さんは………。
(あ、此処は・・そう言えば!)
窓の外を観た三藤さんは、このラブホには幾つか怖い話が囁かれている事を思い出してしまった。 そして、その最たる恐怖体験の出処は、このラブホの斜め向かい。 嘗ての昔は“街道”と言われた、今は道路を挟んだ道際に立てられた古い雑貨屋の廃墟でした。
然し、マユミさんはそれを知らないのか。 行為に夢中となり、三藤さんへ更に激しい動きを求めて来るのです。 この最高潮に向かうムードの中で、この話はとても出来ないと男のプライドも働きました。
(あんな話は、大抵が作り物だ!)
気合いを込めて腰を動かしながら、行為に耽ろうとした三藤さんでしたが。 どうしても気になってしまい。 チラッと窓の外を見た時、斜め右下の向こうに三角屋根の木造の建物が見えたのです。
(古いだけ、古いだけだ)
“廃屋など見ていても怖くない”
そう思い込もうとした三藤さん。
然し、この日の夜は満月に近く、月明かりがとても綺麗で。 何故か、どうしてか、道路を挟んだ向かいの廃屋がしっかりと、ハッキリと見えたのでした。
そして、三藤さんが怖く無いと言い聞かせるほどに、心がどうしてか廃屋へ眼を向けさせるのです。
(何で、良くみ・・あ"っ!!)
三藤さんは、眼をギョッとさせて見開いてしまいました。
実は、この廃屋に関する恐怖体験の話は、ラブホの窓から廃屋を見ていると。 廃屋の3階に相当する屋根裏の正面に有る換気の為の木戸となる窓が独りでに開き。 其処から髪の長い、男女の区別も付かない人らしき者が姿を現し。 此方を視る人を見返して来ると云うもの。
そう、釘付けと成った三藤さんの眼の中で、誰も居ないハズの。 もう廃屋と成ったハズの建物の正面に有る木の戸が、ススッ・・ススッ…と。 向かって左側だけが開き始めていた。
(ま、まさかっ?!)
この時、マユミさんは絶頂を迎えて窓辺へ深く逃げる様に身を預けたのですが。
(不味いっ、此処に居たら…)
恐怖の度合いが増す三藤さん。
ですが、此方に向き直るマユミさんは、片足を上げて窓辺に掛けると。
「もっと・・下から・・三藤さん」
と、悩ましげな格好で誘って来るのです。
(くっ、どうするっ)
怖いので、半ば貪る様に彼女へ抱き着き、立ち合いながら交わる三藤さんでしたが。 眼が、心が、廃屋にどうしても向かってしまうのです。
その行為に集中し切れない三藤さんは、遂に噂は本当だったと解るのです。 ぽっかり闇の口を開けた様な木戸の開いた空間に、ゆっくりと何かが現れるのが見える。
(バカっ、出るなっ! 視えるな"ぁ!!)
心の声で誰かに怒鳴った時でした。 どうしてハッキリ視えるのか、それは解りません。 然し、ガサガサした乱れた長い髪をした何者かが、開いた木戸の向こうから顔を現したのです。
その顔を視た時、三藤さんは朧気に解りました。
(た、男女の区別が…。 あんな、乾涸びた皮みたいな皮膚じゃ、どっちか・・解る訳がねぇ)
視えた時に、三藤さんはそう感じたそうです。 髪の毛がガサガサのそれ以上に、まるで乾涸びた皮膚が朽ちて頭蓋骨にへばりついて居る様な。 そんな顔をした何者かが視えたのですから…。
このままでは、下半身が恐怖で萎えると解った三藤さんは、マユミさんの腰に手を回し。 上げた彼女の片足を片手で抱えると、ベットに強引と戻して。
「朝まで終わらないぞ」
と、自分を奮い立たせて、彼女の唇を奪ったそうです。 無論、向かいの建物に視えた何かを忘れる為が、その大方の動機でした。
その後、精魂が尽き果てるまで交わった後。 何とかヨロヨロとシャワーを浴びた彼女で。 甘い雰囲気に包まれていたので、三藤さんは視えたモノの事は何も言わず。 朝にラブホから出たそうですが………。
実は、短い間の期間でしたが、私と一緒に働いてからの仕事の帰り。 駅までの間にチョット怖い事を体験した私と三藤さんで。 私が、その経験を幽霊の体験談に置き換えて添わせた話をした後。 この話をしてくれた三藤さん。
その時、私が三藤さんへ。
「三藤さん。 マユミさんの最寄り駅に行くと成ったら、そのホテルは定宿になりそうですね」
かなり満足したマユミさんだったそうなので、思い出深いそのラブホは毎回に選ばれそうと思ったのです。
然し、珍しく頭を激しく振った三藤さんで。
「冗談を言うな。 アレから二度と行って無い」
「はぁ? でも、以前にお付き合いをしていた方の頃から対処として、例の変な人が視える部屋に行かなかったンでしょ? ならば、マユミさんともそうすれば宜しいのでは?」
然し、三藤さんは本心から嫌そうにして。
「マユミとは、1年ぐらい前に別れたし。 マユミと寝る時は、何時もスナックから近いホテルにしていた。 その方が、俺がイイと言ってよ」
「でも、何で・・ですか?」
こう尋ねると、三藤さんはとても嫌な顔をして。
「いや、視られたと思うからよ」
「あ・・誰に?」
「幽霊に、だ」
聴いた私でしたが、チョット頭が回らず。
「それは・・ラブホで?」
「ん。 あの時の幽霊の眼は、とてつもなく冷たかった。 人殺しって言うか、感情の滲む何かすら何も無かった様に感じたんだ。 これは、俺の勝手な感じ方だが。 次は・・無い様な気がしてよ」
普段から、とても大人で現実的な性格の三藤さんがこんな事をクソ真面目に語り、首を擦ると。
「んじゃ。 俺は、飲みに行くよ」
と、自分とは逆の方面の乗り場に消えました。
--------------- ~完~ ---------------
第3話:〚元霊媒師のスタッフ・その1〛
このお話は、30過ぎまで関西の方に居た、仕事で1時知り合いとなった怪談好きとなる方から聴いた話です。
その方、名前を田島(仮)さんとしまして。 この田島さんは、若い頃から飲食店にお勤めとか云うのですが…。
ある日、新人として中年の痩せた男性がスタッフ見習いとして入って来て。 田島さんと一緒に仕事をする様になりました。 このスタッフさんは、御園(仮)と云う方で。 物覚えは良いのですが、動きが少し鈍いと感じる方でした。
さて、見習い期間と云う過程の2週間程の間に、田島さんと御園さんは休憩も交代で。 しかも、御園さんは新人さんと云う事も在り。 最後まで残るシフトには入って居なかったのですが。 そろそろと云う事で、戸締りなんかの事を覚えて貰おうと遅めのシフトに入って貰った、最初の日の事。
普段よりも接客スタッフが1人多いので、2回目の休憩で田島さんと御園さんが一緒に休憩へ。
田島さんは、何の気なしに。
「御園さんは、前職は何? 飲食店じゃ無さそうだけど」
「あ、はい。 少し前まで霊媒師をしていまして…」
“霊媒師”とは。 田島さんは取り出したタバコを落としてしまい。
「あ・・幽霊が視えるんだ」
すると、御園さんは頷きまして、田島さんがタバコを拾う間に。
「でも、霊媒師の所に来る幽霊の話なんて、8・9割が幽霊じゃ無いですよ」
「はぁ? んじゃ、どうするの?」
タバコを触れながら、田島さんがこう返すと。
「お話を伺って、お宅に上がると大体の悩みの原因は解りますから。 除霊をするフリをして、その問題点を改善して貰える様に言います」
「何だか、幽霊を傘にした“何でも相談屋”って感じだね」
こう感想を言った田島さんは、此処でタバコに火を付けたのです。
すると、御園さんは長椅子の端で項垂れると。
「確かに、そんな感じですかね。 ・・でも、稀に幽霊の話も有るんですよ。 そうした時は、マジで大変ですね」
「それって、映画のエクソシストみたいな?」
「あぁ…。 あんな所まで取り憑かれるなんて、本当に砂場の砂粒の何個か・・ですよ」
「え? そうなの?」
「普通。 幽霊に取り憑かれるって言っても、大抵は幽霊の存在を敏感に感じてるとか。 視えるって事を幽霊側に感じられて、付き纏われいるだけなので。 幽霊側も、単に存在を知らせようとしているのが大方なんですよ。 呪うとか、憑き殺すとか。 そんな怖い案件は、稀の中の稀ですね」
「じゃ、世間で言う怪談の大方って、勘違いかな」
「大方と言って良いか解りませんが。 怪談の1部は、心霊スポットに行ったりとか言うでしょ? 自分達からそう言う現場に行くんですから、付き纏われても仕方ないと思いますよ」
「あぁ・・なるほどな。 不良の溜まり場に、興味本位で行くのと変わらないってか」
「はい」
休憩を切り上げる時間となり、この日はこれ以上の怪談や霊媒師の会話は有りませんでした。
処が、それから半月ほどした或る日。
女の子の居る飲み屋でも無いのですが。 月並みかも知れないのですが、商店街なんかに在る喫茶店みたいなお店で。 色々な人が客として来る中、やはり女性店員にセクハラをする常連のお客さんが居て。 夜の10時を回る頃に、そのお客さんが店を出る所で。
「テメェっ! 客に何してやがるっ!!」
こんな怒声が聞こえて来て、驚いた田島さんが出入口に向かうと。 セクハラをするかなり困ったお客さんが、どうしてか御園さんの胸ぐらを掴んでました。
「どうしましたっ?」
店の前に飛び出した田島さんが聴くと。
「この野郎っ、俺の肩に白い何かを掛けやがってっ! 見ろっ! 周りもそれで汚れてらァ!!」
怒鳴るお客さんに、田島さんも咄嗟の思い付きから。
「〇〇さんっ。 そろそろ警察の方が見回りに来る頃なんで。 今日の処は、その辺で…」
最近、ひったくりだの、引き逃げがお店の近くで在って。 本当に、夜中は警察官が見回りに来るのでした。
「チッ。 ふざけやがって!」
御園さんを乱暴に押し飛ばしたそのお客さんは、肩をイカらせて街中に向かって行きました。
「おいっ、御園さん。 何やってるんだよ」
田島さんが怒ると、突き飛ばされてから立ち上がる御園さんは。
「すいません。 あのお客さん、とんでもないモノを連れて来てたので…」
この時、この人が霊媒師だった事を思い出した田島さんで。
「はぁぁぁ。 だ、だからってさぁ…。 あのお客さん、かなり怖い人とも関係在るみたいだ。 時々に来るから。 次は、おそらく大変だぞ」
ですが、既に箒と塵取りまで用意していた御園さん。 散らかった白い何かを掃き集めて。
「数日、来なければ、もう大丈夫だと思いますよ」
「はぁ?」
「あのお客さん、何だかヤバい仕事をしてるみたいですね。 生霊から死霊まで、何十人って人の怨恨に呪われてる。 中には、小学生かどうかの子供まで居ましたよ」
田島さんは、御園さんの話に驚いたのですが。
そこへ、店内から。
「田島さん、大丈夫ですか?」
女性スタッフが来て。
「あ、あ〜、悪い悪い」
1人に任せた事を思い出して、店内に戻った田島さんでしたが…。
閉店後、戸締りをする時に御園さんへ。
「あのお客さん、以前から悪い事も平気でしてそうだった。 呪われたとしたって、気にしてないから生きて来れたんじゃないかな? これからも、長生きしそうだけど?」
すると、椅子を奥に片付けた御園さんが。
「いや、今回はムリだと思いますよ。 首へ、あんなに怨みの思念となる手が回った人、初めて見ました。 余りにも恨みや憎しみが強いから、周りにまで害を及ぼしそうだったので。 霊を外へ出したく無いから塩を掛けたんですよ」
「あ、さっきの白いのは、塩?」
「はい。 清めの塩で。 普段から持ち歩いてます」
「でも、塩なんか掛けたら、霊が去らないかな」
「あの、本当に魂から呪われたら、そんな事じゃ消えないですよ。 それに、外に居て、あの人をこっそりと見張ってた人。 さっきのお客さんを尾行してたんしゃないですかね」
「あ、はぁ? 誰か居たの?」
「はい。 小柄な男性みたいな感じでしたが」
「………」
何だかごちゃごちゃした情報に、田島さんは何も言えなくなりましたが。
処が、それから2日後。
午後から出勤した田島さんは、先に出勤していた御園さんと顔を合わせた時。
「おはよう。 ご苦労さん」
休憩していた御園さんは、軽く頭を下げた後で。
「田島さん」
「ん?」
「あの一昨日に来たお客さん、どうやら死にましたよ。 車にでも轢かれたみたいですね。 顔にタイヤの痕が着いてます」
驚く田島さんで、慌てて店内を見ては。
「居るっ、の?」
「さっき、店に来てましたよ。 俺は睨まれましたが、目的はどうも違う様な…」
驚く田島さんで。 仕事をする中で時々に携帯でテレビをチェックしていましたが。 そのニュースは、流れていないと。
御園さんが夕方で上がり。 夜に成ってから、サラリーマン風となる常連さんが来た時に。
「なぁ、田島ちゃん」
「あ、いらっしゃいませ。 今夜もありがとうございます」
「な。 あの、時々にくる男でさ、肩幅の広い柄物のスーツを着て来る、セクハラとかしてたガラの悪い客居たろ? あの客、今朝に殺されたってサ。 ホテルから出て来た所を、車でドンだってよ。 怖いねぇ」
周りのお客さんに気を付けて、田島さんが顔を近付けて。
「殺されたんですか?」
「だって、轢いた奴は何往復もして念入りに轢いたってよ。 警察は、何て言ってるか知らないけどさ」
この時、田島さんは背筋がとても寒く成ったと言います。 そもそも、御園さんと言う方は、何で霊媒師を辞めたのか。 その理由が何故か、考えると怖くなりました。
--------------- ~完~ ---------------
第4話:〚夜中に鳴ったインターフォン〛
この話は、別種の仕事をしていた香野(仮名:コウノ)さんから話を聴いた友人より私が聴いたものです。
この話は、友人曰くとても長いもので。 今回は、その最後の所だけを書き起こしたいと思います。
北関東のとある街に移住したミサキ(仮名)さんは、父親、年の離れた弟と3人で荷物の荷解き等をして数日が過ぎました。 大学を卒業したミサキさんは、父親の生まれた地元で中小企業の経理としての就職となり。 父親は、自分の兄弟がする酪農を手伝うとなり。 弟のリョウ君は、都会から移住と云う変化に馴染もうとする最中でした。
移住して、5日目の昼過ぎ。
「よし。 お母さんにお花買ってきた」
一戸建ての居間に、少し大きめとなる仏壇を据えて。 母親の遺影と位牌を置いたミサキさんは、家族のお弁当と一緒に買って来た花を仏壇に備えました。
午前中に、家畜の世話をしてきた父親がシャワーを浴びて来て。
「母さん、喜んでるかな」
こう言いながら仏壇の前に来ます。
線香を焚いて手を合わせる父親を見て、ミサキさんは今回の移住は正解かも知れないと思いました。
去年、ミサキさんが大学4年に成った頃。 母親が急に倒れて、かなり進行した癌と解ったのです。 それから半年して、母親は亡くなりました。
それからは、ミサキさんも大変な一時を送る事になったそうです。 1番の問題は、父親が絶望して自暴自棄に成った事。 仕事を辞めて、毎日泣いて呑むだけの生活に堕ちたのです。
また、焦るミサキさんは、就職に焦って面接を何回も落ちたとか。 そのストレスから父親と喧嘩が絶えなくなり。 その影響が次第に、物静かで何事も抱え込む性格となる小学生の弟さんにまで…。
ですが、ミサキさんが大学を卒業し、アルバイトしながら就職先を探して居た時。 或る事から母親の霊に諭された様な経験を覚え、父親に親戚の居る田舎に引っ越そうと相談しました。
母親の霊を視たと云うミサキさんの説得から、父親も何か想う処が有ったらしく。 思い立って親戚に相談した所、住む所を探すと言って貰え。 秋の10月、田舎街の外れの戸建てへ移住をしたのです。
都会から離れた事で、弟さんが学校に行き始めてから様子が変わり始めている事からも。 この移住は、新たな切っ掛けに成るとミサキさんは感じたのです。
さて、このミサキさんは、この家に移住するとなって唯一の不安は、この家が事故物件と云うもの。 それだけでした。 築20年程の家でしたが。 過去に、持ち主が孤独死をしている事。 その後に借りた人が2人程、直ぐに出て行ったと云う事です。 その経緯から、安く、早く入居となれたのですが…。
その事だけが、ミサキさんの心に引っ掛かる不安要素と成ったのです。 弟さんが、亡くなった母親似で、何となくその方に感の鋭い処が在った事が不安材料だったとか。
そして、その答えは、住んで6日目の夜に解りました。
その日は冷たい風が強く吹き、家のガラス戸をカタカタと鳴らすほどだったとか。 夜に成っても風は強く、午後の家畜の世話から戻った父親が風呂を熱めに沸かしたのです。
夜、家族で食卓を囲う中、話すミサキさんや父親の間で、弟さんは何か心配事が有るのか。 箸が進まない様子で。
その真夜中でした。
「ん…」
目を覚ましたミサキさん。 何となく嫌な感じと云うか、身体が妙に重く。 背筋がゾクゾクするのです。
(やばっ、風邪を引くのかな。 冗談は辞めてよ。 来週から働くのに…)
トイレに行ってから風邪薬を飲んでおこうと2階から1階へ降り様とすると。
- カンカンカン -
こんな音がしたのです。
「風?」
強い風で家が揺れているのかと思ったミサキさんでしたが。 1階の台所に降りた時。
- ピンポーン -
今度は、チャイムの音がして。 それは、正面向こうの玄関から聞こえたのです。
「え? こんな時にお客さん?」
チャイムが鳴らされて、時計を見れば夜中の1時を回った頃。
(誰?)
向かおうとするミサキさんでしたが、その腕を誰かに捕まれました。
「はっ?」
何の気なしに向かおうとしたミサキさんでしたが。 自分の腕を掴んたのは、普段から居間に寝ていた父親で。
「ミサキ、行くな」
小さい声で言って来るのです。
「あ、だって…」
玄関を指さすミサキさんに対して、父親は腕から手を離して半身となれば。
「見ろ」
と、母の仏壇が在る部屋の奥を指さしたのです。
この間も、玄関の戸を叩く音はするのです。 カンカンと音がするのですが。 私は、父親の示す方を見れば。
「何? ・・あ」
居間は、襖で8畳間に隣と隔てられる様に成ってますが。 開かれた襖の横に母が立ち。 頻りに首を左右へ動かして居るのです。
「か、母さん…」
驚いた私へ、父親も。
「ミサキ、思い出せ。 玄関のチャイムは、壊れて使えないハズだぞ」
この時、ミサキさんの両目は限界にまで見開かれる程に驚いたとか。 実は、引越しをした初日に、弟さんが玄関の内側に居たので、荷物を運んで来たミサキさんは。
「ね、チャイムが壊れてるって聴いたけど、押してみてイイ?」
「ミサ姉、押してみて」
私は、荷物を置いてチャイムを押しましたが、ウンともスンとも言いません。
「ミサ姉、ダメだよ」
「はぁ、直さなきゃダメかぁ」
小学生の弟さんは、ミサキさんが玄関の中に入ると。 自分が外に回って何度もチャイムを押したけど鳴らないので。
「ピンポンダッシュは、ムリだよね」
こう笑って居ました。
これを思い出したミサキさんで。
- ピンポーン -
また、チャイムが鳴ると。
「な、何で鳴るのよ」
驚くミサキさんが膝を震えさすと、父親が台所に出て来て。 そのまま、玄関に向かい。
「すいませんが。 私達は、アナタが誰が存じ上げないし。 また、家には妻が居ます。 邪魔をしないで頂けませんか?」
こう言って頭を下げると戻って来て。
「ミサキ」
「あ、ん?」
「もう寝ろ。 死んだ者に関わっても、何が出来る訳じゃ無い」
乾いた声で父親が言ったとか。
「う、うん」
怖がったミサキさんは、トイレも忘れて2階の部屋に戻ったとか。 布団を被り、眼を瞑って朝まで過ごしたらしいのです。
次の日。
朝の食事の時です。
弟さんが。
「お父さん」
「ん?」
「昨日も、怖い人が来てた?」
この問い掛けに1番驚いたのは、知らなかったミサキさんで。
「リョウ、何で知ってるの?」
「だって、此処に来てから毎夜、玄関を叩いたり、チャイムを鳴らしてたもん」
すると、父親が。
「俺も、2日目に聴いたが・・毎夜だったのか」
ミサキさんは、毎夜あんな幽霊が来ているのかと驚きましたが。
父親が、周りの人に話を聴いて。 どうやら家の敷地に入る手前に、道端に在る道祖神が関係していると聴きました。 親戚の方と相談し、その道祖神をどうにかしようと考えましたが。 あれからチャイムは鳴る事も無く、時々に小さく玄関が叩かれるだけに。
結局、道祖神はそのままにしたそうです。
そのうちに音もしなくなり。 弟さんも、夜中に起きる程の怪異は無いと元気になりましたとか。
ただ、ご近所さんから親戚に聴いても、何の霊なのか、解らないと言う事でした。
--------------- ~完~ ---------------
第5話:〚呪い、と云うもの〛
怖い話を聴きたいとして会ったその日、知人の口から仮の名前で愛弓(あゆみ)さんなる人物の話が出た。 知人は、不思議なものを見た・・と話を切り出された愛弓さんの話を私にした。
………………………。
或る年の11月下旬。 季節外れの大型台風が去って、1日後。 家から出た所で澄みわたる青空を見上げた愛弓さんは。
(はぁ、今日は暑いわ。 11月でも台風一過の後は暑いのね)
この年に入ってから夫婦で新居に移り住んだ彼女。 都心より離れた郊外だが、夫婦揃って自営業だから構わなかった。
ゴミを出しに、朝の7時頃に外へ出た愛弓さんだったが。 指定されたゴミ出し場へ向かおうとすると。
「うらめしや・・うらめしや・・お前は・いずこにおるのだろう」
その声は恐ろしい響きを持って、愛弓さんの耳に入って来たとか。
「あ、は?」
何事かと、ゴミの入った袋を手にして庭から道路へ。 一戸建ての家が並ぶこの界隈にて、道路に早足で出て左右を見ようとすれば。
「うわあっ!」
「ひゃ!」
左から来た自転車と愛弓さんは接触しそうに成った。
開いた柵の扉の辺りにドンと腰を落とした愛弓さんで。
大きく左に避けた自転車に乗る若い男性は、
「気を付けろよ!」
と、そのまま駅の方に走って行ったそうです。
心臓の鼓動が早く、本当にビックリした愛弓さんで。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
腰を落とした状態から這い這いと道路の右、左をもう一度見ると。 右側の、家一つ越えた先辺りに人が居た。
(え゙っ!?)
確かに、人が居るのです。 ですが、その人物の出で立ちに驚いた愛弓さんは、その眼を限界まで見開いた。 その人物は、白い草履、白い袴と上着を着ていて。 頭には白い鉢巻きが回り、火の揺らめく蝋燭が2本、まるで角の様に刺さっていたとか。 潤いなど微塵も無いガサガサの髪を振り乱した人物は、まるでお面の“般若”をそのまま顔にした様な老婆の姿で在り。
(だ・れ、あれはっ、誰!)
今時に、こんな格好の人物が居るのか。 心底から驚いて愛弓さんは腰を抜かしたまま、その老婆が消えるまで見ていた。
それから愛弓さんの周りでは、何故か嫌な事が立て続けに起こり始めたそうで。
例えば、朝に御近所さんと会うや。
“ねぇ、奥さん。 奥さんの家の窓に、何だかおっかないおばあちゃんが見えたんだけど”
“奥さんの家の前を通ると、子供が怖がるのよ”
こんな事を言われたり。
「そんな人、ウチには居ないですよ」
こう説明しても、夜に帰宅した御近所さんの旦那さんが見たと教えられる。
また、愛弓さんは、ちょっとした庭作業で怪我をしたり。 取引先の人が家に来る時に事故に遭ったりと。 そして、あの不気味な老婆を見てからは、愛弓さんの夫婦生活も粗末に成って行くのです。
そして、夫婦間での会話が減って、夫の事が解らなく成って来た1月終わり。
唐突に、夫の善行(よしゆき)が、朝の食事の時に。
「なぁ、愛弓」
「はい?」
「一度、何処かにお祓いへ行かないか」
その一言は、愛弓さんにして心底から驚きだったとか。 信心深さなど微塵も無く、オカルトだの、宗教だのを全く信じない夫からの一言だったからだそうで。
流石に困り、何事かと椅子に座った愛弓さんは、
「アナタ、何が在ったの?」
と、問うと。
「実は…」
夫の善行は、告白をして来たのです。
それは、数日前か。 夜中に2階で仕事をしていた夫は、デジタル漫画や広告のイラストレーターをしていて。 その作業中に、ふと一階から声を聴いたとか。
(ん? 愛弓が起きたのか?)
奇妙な呻き声の様で、下に降りて様子を見ようとしたが、夫婦の寝室は2階に在る。
(愛弓が起きてるか?)
部屋から出て寝室を覗けば、愛弓さんはベットで眠っていた。
(寝てる?)
善行さんは、いよいよ一階から聴こえた何かが知りたくなった。 一階に降りて、電気を点けた。
が、キッチンと玄関の灯りは付いたが。 何故か、リビングの灯りが点かない。
(故障かよ)
“新築なのに困った”、と思った善行さんでしたが。 ふと見ればリビングに灯りが見える。
“何か変だ”
ダイニングキッチンから廊下に出て、一部の壁がスケルトンに成る壁で。 其処に灯りが見える。
廊下からリビングを覗いた善行さんは、何故かテレビが点いているのを見た。
(消し忘れ・・いや。 リビングから愛弓より後に出たのは、私だ。 あの時に私は、確かにテレビを消してから部屋の灯りを消した筈だ)
“テレビも故障か”、と部屋に入る善行さんで。 ドアを押し開いて中に入ると…。
「うわぁっ!」
テレビの灯りが照す不確かな光の中に、白装束を着た老婆が居た。
“怨めしいぃぃ、怨めしい。 この家の者が、誰も、誰もが怨めしいぃぃぃぃぃぃ……”
ブツブツとした物言いで、老婆は呟いていた。
ビックリした善行さんは、奥さんを呼ぼうとしましたが。 腰を抜かしてしまい、廊下に出てからリビングをフッと見返した時。 もうそこに老婆は居なかったのです。
“き、消えた?”
何とか腰を立たせて部屋の灯りを点けると、今度はすんなり点いた。 勝手に点いたテレビを消して、家の周りを見たが。 不審な者は居なかったのです。
処が、次は昨夜の事。
仕事をしていると、また何か物音がする。 廊下に出たりして音の出所を探ると、外からしている様に聴こえて。
(不審者か?)
2階の仕事部屋からベランダに出て、庭を見下ろすと…。
「うわっ」
無数の人が、庭をウロウロと。 問題なのは、そのウロウロする者の姿だ。 白装束の者ばかりで、こんな住宅街に居る者ではなかった。
(また、この前の化け物がっ!)
慌てて一階に降りて、リビングやらダイニングの灯りを全て点けて。 庭に出れる縁側の大窓に掛かるカーテンを開いた瞬間だ。
「はぁぁぁっ」
善行さんは、目の前の光景に息を呑んだそうな。
窓に一面、憎しみに歪む顔の人、人、人が張り付いていた。
其処に、夫婦が飼う白猫がすり寄ってきた。
「わっ」
善行は驚いてしまい、また慌てて窓を見ると・・何も無かった。
こう語って、箸も止まったまま塞ぎ混む善行さん。
「愛弓、非常に悪いんだが…」
夫の弱った姿に、近寄った愛弓は彼の頭を抱いた。
「私も、何か変なものを見たの。 それにね、ご近所さんも、変なものを見てるみたい。 だから私も、お祓いに行くのは賛成よ」
そのまま夫婦で調べ、旧い由緒ある神社を選び。 連絡をして予約なりを確かめようとした。
すると、女性の神主が電話先に出ると。
「失礼ですが。 貴女は、何か悪い事をしましたか?」
いきなりこう問われたのだ。
「あ、あの」
愛弓さんが問い返せば。
「そちらから、奇妙な呪いの声が聴こえます。 神社や心霊スポット等に行き、不躾な事を成されたましたか?」
こう云われた愛弓さんは堰を切ったように、これまでの事を女性神主へ話し始めた。
「………」
相手の方は無言で、愛弓さんが一通りの話をし終えると。
電話先の女性神主は、こう言ったとか。
“先ず、外の庭を良く探して下さい。 そして、人の形をした紙などを探しなさい。 もし、そう言ったものが無いならば、次は何か呪文めいた文字が家の外に無いか探して下さい。 それも無いならば、庭を隈無く見て回り。 何処か地面に掘り返された場所が無いか探して下さい。 明日、お祓いの準備をしてお待ちします。 何かを見付けても、見付けなくとも、必ず来て下さい”
予約を貰ったと、夫の善行さんに愛弓さんは全てを話した。
冷め冷めしい曇天の下で、夫婦二人で寒い外に出て言われた通りに庭を探すと。 “レッドロビン”と言う赤い葉の生える木の垣根の一角に、大きめの瓶が密閉されて埋まっていた。
「アナタ。 なに・・これ」
「ガラス瓶だ。 然も、中に虫の死骸が在る」
それを確り、何重にも風呂敷で包み。 次の日に神社へと向かった夫婦だったのですが。 行く途中に、何度か事故に遭いそうに成ったとか。 それも、相手の信号無視、赤信号で歩行者用が歩く、無数の鳥が信号の切り替わりで前を低く飛ぶなど。
普段では有り得ない事の連続で、瓶を抱える愛弓さんは震え上がり。
夫の善行さんも異常を感じたが。
“ゆっくり行こう。 焦らずに行こう”
コンビニの駐車場に入って休憩し。 始めに話し合って居たから良かった。
それからも、無理矢理に車線を変更して割り込もうとする車。 交差点で信号が赤に変わる直前に走って渡ろうとする通行人。 信号を無視した自転車の横断。 普通に走っていたら、何処かで事故に成っていたかも知れない事が次々と…。
さて、何とか予約した神社に着いたとか。 然し、予定よりも2時間は遅れたのです。 旧いが、佇まいは立派な神社にて。 二人が境内を歩いて行くと、立派な羽織袴を着た中年の女性が来て。
「昨日に電話を下さった、〇〇さんでいらっしゃいますか?」
愛弓さんが、瓶を持ち。
「はい。 あの、言われた通りに探しました処、庭に虫の死骸が入った瓶が在りました」
瓶の包まれた風呂敷を見た女性神主は、“やはり”とばかりに頷く。
「それは、“コドク”と云う呪いの一つです」
「えっ、“呪い”」
神社に案内されて、お祓いやらなんやらが終わり。 また女性神主と顔を合わせると。
「この呪いは、旦那さんに掛けられたものですね。 何か、身に覚えが在りますか?」
愛弓さんは、全く身に覚えが無い。
が、沈む姿のままの夫の善行さんは、何故か深く頷き。
「在るとすれば、一つだけです」
女性神主が、愛弓さんも見て。
「それは、もしかしてこの奥さまと関連が在りますか?」
と、問う。
頷く善行さんは、まだ出版社に居た時の話をした。
二人が、出版社の編集者と作家だった関係の時。 絵本・子供向けの小説を書く作家の愛弓さんと、その担当編集者として働く善行さんだった。 然し、愛弓さんがその出版社と契約をした最初は、別の男性が愛弓さんの担当だったとか。 だが、或る時にその担当をしていた男性が病気で入院した。 臨時で担当と成った善行さんと愛弓さんは、まるで運命に導かれるように、御互いに惹かれ合った。
だが、入院したその男性も、愛弓さんへ激しい恋をしていたらしい。 その入院した男性は、見た目からしてモテそうな男性だった。 一方の善行さんは、ちょっとヲタクっぽく。 背は高いが、うだつの上がらない感じだ。 向こうも、たった一月ほどで二人が急接近するとは思わなかったらしい。
だが、復帰するとその男性は、編集長から別の作家の担当を命じられた。 若くて美人の女性作家と、新進気鋭と見込まれた若い男性作家の担当。 傍目には、悪い変更では無かった。
処が、実は…。 これは愛弓さんが編集長に頼んだ変更が受けられたからだった。 善行さんの編集の仕方が気に入り、
“デジタルノベルにもしたい”
と、愛弓さんが要望を言ったからだ。
この愛弓なる女性は、見た目が凄く美人と云う訳では無いが。 少し個性的な美人で、体つきは女性として魅力的。 また、性格が非常に穏やかで、キツい尖りが全く無い人物。 男性からの見方として、結婚相手にしたいと感じる雰囲気を多大に持っていた。
無論、最初に担当していた男性編集者も、愛弓さんに交際を仄めかしたが。 彼の独占的でやや高慢な自信家の物言いが嫌で、愛弓さんからは断られていたと。
さて、愛弓さんと善行さんが結婚する前に、善行さんが勤める出版社は潰れた。 買収されて、別の新しい会社に吸収合併された。
この時に、その手先に成っていたのが、最初の担当者となった男性だ。
一方、別の大手から誘われていた愛弓さんは、無職と成った善行さんに。
“あの、私と結婚して、独立して貰えませんか? 大手の出版社さんが、契約を結びたいと打診されてまず
善行さんにしてみれば、ビックリした申し出だった。
だが、前の担当の男性から善行さんは脅された。
“゙愛弓さんを奪うなんて許さないぞ。 身勝手に作家と付き合い、挙げ句には独立だと? お前、吸収先に帰属しないってならば、メチャメチャにしてやる゙
だが善行さんは、愛弓さんを諦め切れなかった。 だから結婚し、都心から離れた場所に新居を構えたのだ。
話を聞いて驚く愛弓さんは、神主へ。
「あの、この呪いはどうなるんですか?」
虫の死骸の入ったガラス瓶を眺める女性の神主さんは、少しばかり間を空けてから。
「さぁ、呪いは成就したとしても、失敗したとしても」
“゙人を呪わば、穴は二つ。 一つは相手、もう一つは自分”
「古来よりこう申しまして。 相手を呪うのは、ご自分の命と引き換えを意味します。 また、呪いは破られれれば、“逆凪”(さかなぎ)と云うしっぺ返しを受けます。 次に呪うなどする前に、呪った御本人に良くない事が起こると思います」
愛弓さんと善行さんは、少し落ち着いてから車に乗る。 帰りに何処か店へ寄って夕食をし、安心しようと言い合った。
それから一年ほどして、愛弓さんと善行さんは普段の生活を取り戻していた。 夫婦仲も戻り、良く会話をする。 愛弓さんは、妊娠もしていた。
そんな或る朝に、愛弓さんが洗い物をしていると。
「あ、あっ、愛弓。 ちょっとテレビを観てくれっ」
夫の驚いた声を聞いた。
「はい?」
リビングに行ってテレビを見ると。 善行さんがチャンネルを変えて、或るチャンネルにすると。
「これっ」
其処には、或る事故が取り上げられていた。 車が事故を起こしてトラックに跳ね飛ばされ。 対向車線に出た所で別のワゴン車に衝突したとか。
だが、問題はその被害者の名前。
「あっ!」
愛弓さんの最初の担当をした男性の名前が其処に…。
この時に二人は、あの女性神主の言葉を思い出したとか。
“人を呪わば、穴二つ。 一つは、相手。 もう一つは、自分”
--------------- ~完~ ---------------
第6話:〚あのお姐ちゃんは誰だった?〛
この話は、峯山(仮)さんと云う方の体験談だそうです。
峯山さんは、都内に住む男性です。 私の友人と色々な話に花が咲いて。
“なぁ、怖い話とか知らないか?”
友人が聴くも。
“全く覚えも無い”
何も考えず峯山さん言った。
が、後日に。
まだ小学生に上がる前に一度だけ、一度だけ変わった事に遭遇した事を峯山さんは思い出しました。 友人にその事を言い、夕飯を奢るとの約束で話しました。
居酒屋にて、友人の男性を前にし峯山さんは思い出を話し始めた…。
それは、峯山さんがまだ5歳の時。 その頃は、まだ年号が昭和でした。 その頃の田舎ともなれば、近所の年齢が近い者と集まり、鬼ごっこや缶蹴りと遊ぶのも日常。 そんな時は怖い噂から近寄らない場所なんて何処にでも一杯在ったとか。
峯山さんの居た田舎にも、ボロボロで、もう朽ちた屋敷が在りました。 まぁ、一言で“屋敷”と言っても、豪邸の様な凄いものでは無いんです。 二階建ての、大人と成った今の感覚で例えると8LDKぐらいか。 都内で持てれば立派な屋敷ですが、昔の農家では土地が在るとコレぐらいの家はざらに在りました。
さて、その屋敷には怪談話が在って、子供はなかなか近寄らないんです。 ですが、人数が集まると恐怖とは薄れるものです。
“なぁ、今度さ。 あのボロ屋敷に行って探険しようぜ”
“畔の近くの?”
“いいよ。 うちの兄貴、前に行ったらしいし”
その時は、近所の5人程となる男の子だけで話が決まりました。
その話に出たボロ屋敷は、峯山さん達の住む地区から少し離れた所に在り。 藪の先の竹林に囲まれていたとか。 その放置されたボロ屋敷に行くには、正面の藪に囲まれた野道を行くか。 裏の河川敷に近い田圃の畔から藪を抜けるかのどっちか。
処が、表の藪から入るには、或る面倒が付き纏うと云うのです。 それは、何時も口煩いジイさんの居る家の前を行かないといけないとの事。 何時も庭先の畑に居て、子供が藪に入ろうとすると叱って来る。 声が大きく、逃げても一定の距離は追い掛けて来たとか。
だから、子供達も次第に知恵を付け。 ボロ屋敷の裏側の藪から入るとセオリーが出来上がり。 もう何年も、先輩から後輩へと口伝の様に伝わっていました。 だから、今回も小学生のお兄ちゃんの提案で、遠回りして行く事に成りました。
“土曜の半日で学校が終わった後に、あのボロ屋敷へ探険に行こう。 駄菓子屋に集合な。 抜け駆けは、みんなからシッペ100回だぞ”
ま、子供でも計画性が在りますし。 年上が偉そうに決めるものです。
そして、来たる土曜日。
峯山さんと会うのが初めての顔も含めた男女8人もの子供が、約束した駄菓子屋の近くに集まりました。 峯山さんは、虫取りを理由に遠くまで行くと親に言い訳し、使わないのに虫取網を持ち出して出て来たとか。
さて、川沿いの砂利道を少し行けば、田んぼの向こうに藪が見える。 畔を抜けて藪に入り、竹林を抜ける。 あの頃の夏でも日陰に入れば涼しいもので。 然も、今程に蚊もいない。 トンボだの蛙が、ボウフラだの蚊を減らす環境が整っていましたよ。 と、懐かしそうに語る峯山さん。
竹林を抜けた先には、もうボロボロの屋敷が見えました。 板の勝手口が壊れていて、開いた裏口が暗闇の世界へと誘う様で…。
「よし、行くぞ」
「探険だ」
子供達だけで中に入ると、埃臭い空気が広がっていたとか。 勝手口の先は、昔の竈なんかが在る土間で。 峯山さんは同い年の女の子、結羽ちゃんと二人でお風呂場を見に行ったそうです。
昔の五右衛門風呂なんて、今のどれだけの世代に解るのか。 釜の風呂がボロボロに錆びてて、石の枠が埃と蜘蛛の糸でとても汚い。
結羽ちゃんを背に、峯山さんは風呂場を見て回れば。
「何も居ないね」
結羽ちゃんが云う。
「う・」
“うん”と返事を返そうとした峯山さんは、ふと見た汚い鏡に違和感を覚えたのです。
「・・・」
窓に木製の木窓が閉まり、風呂場の中は暗い。 みんな黄色い柄をした懐中電灯を持っていた。 光を壁側に向ければ、誰でも見て解る通りに四角い鏡が在ってね。
(今、何か居た様な…)
峯山さんは、鏡の中に黒っぽい影を見た気がした。 でも、良く良く覗けば、汚い鏡に自分以外の何も無かった。
(何にもない…)
確かめてから、結羽ちゃんと居間に戻ったそうです。
それから峯山さんは、結羽ちゃんや他の女の子と一緒に一階の全部を見て回ったとか。 子供じゃなかったら、重さで踏み抜くだろう腐った畳。 バリバリに割られた縁側の窓ガラス。 表の庭に面した窓には、大雑把となる薄く長いベニヤ板が封鎖する様に貼られていても。 もう何をされたか、穴も空けば、一部が壊れて外の陽を見せていたし。 床の間には、ボロボロの掛け軸なんか有ったりして、もう雰囲気は怖くて最高だったそうな。
さて、一階を見回った次は、当然に2階となる。
“この階段は、大丈夫かなぁ~”
“みんなで乗ったら、ぶっ壊れそうだよ”
その階段は、もう腐って抜けた段も在る。 持ち込んだロープを使い、小学生のお兄さんが2階に上がった。 峯山さんも行こうとしたが、結羽ちゃんを含む女の子に止められた。
“男の子がぜんぶ行くの、ダメっ”
ほったらかしはダメと、酷く怒られたらしい。 だから結局、峯山さんは2階に行けなかった。
その事を彼へ言った友人だったが。
“女の子に甘いって? いや、ぶっちゃけ行きたかったよ。 2階では、上がった四人の男の子が騒いでいたし。 取り残された感を覚えて、『この先、この話に乗れない』、とね。 でも、当時から結羽ちゃんが好きで、嫌われたらと思うと行くに行けなかった・・たそうな。
“それからもう一回、一階の隅々を見回ろうって女の子が言った。 仕方無い、私も何かを発見して遣ろうと、一階を見回った”
ですが…。 一階のアチコチを見ていた峯山さんは突然、背後に寒気を覚えたんだそうな。
(ナニ?)
結羽ちゃんや他の女の子の前で、いきなり後ろに振り返る。 女の子は、峯山さんに驚きましたが。 振り返った峯山さんは、何か黒い影が2階へスルスルっと上がるのを見た。
「あっ」
峯山さんが黒い影に向けて指を向けると。
「うわぁっ」
「きゃあっ!」
結羽ちゃん達女の子にも見えた様で。 黒い影に怯えて、みんなが外に飛び出して行く。
また、2階から。
「どうしたぁ?」
「何か在ったか?」
男の子達の声がする。
「もう結羽ちゃんとか、もうダメだよぉっ」
1人、1階に残された峯山さんが言って、年上の男の子も探険を諦めた。 次々にロープを使って下に降りながら。
「何だよぉ、面白かったのにっ」
「やっぱり、女の子に探検はダメだ。 次は、男だけで来ようゼ」
「はぁ、半分ぐらい見回ったのにさ」
「もう少しで、ぜんぶ見回れたのに」
二階に上がったみんなが降りて来て、屋敷の裏口に来た。 女の子達と男の子に別れ、文句の言い合いとなり始めた時に。
「コラぁっ! 何をしている!!」
いきなりだった。 あの口煩いジイさんが、我々の言い合う声を聞き付けてやって来たと解った。
「うわぁっ」
「じじいが来たっ」
「逃げろっ」
年上の男の子が庭へ逃げて、先に女の子達を裏の道から逃がした。 結局、誰も捕まらずに裏の竹藪へ逃げ込んで、あの屋敷から逃げ出したとか。
この時、峯山さんは結羽ちゃんの手を握って走ったとか。 好きな女の子だったから、今にして思もっても嬉しかったらしい。
畔を走って河川敷を上がって走り、橋の袂まで来て振り返ると。 後ろに、あのジイさんは来て無かったので。
「怖かったね」
「クソっ、途中だったのにぃ…」
各々に誰かと話しながら橋を渡り、また駄菓子屋に向かった峯山さん達。 夏休みも近い夏の盛りで、アイスやジュースが美味しかった記憶が鮮明と残ったそうです。
さて、ガチャガチャの走り、“キン消し”を買う子も居た。 峯山さんの友人は、“ビックリマンチョコ”を幾つも買っていたとか。
だが、結羽ちゃんが周りを見ながら。
「ねぇ、ねぇ、もう一人のお姉ちゃんは?」
と、峯山さんに聴いて来た。
また、別の女の子も。
「あ、赤いスカートのお姉ちゃんが居なぁ~い」
今回の肝試しを考えた男の子にとって、話を聴いて付いてきた女の子は3人だけ。 みんな峯山さんと同じ年頃の女の子だった。 だから“お姉ちゃん”は居ない筈なんだそうな。
「居ないぞ、お姉ちゃんなんて」
「女の子は、結羽ちゃん達3人だけだよぉ」
「お姉ちゃんなんて、何処で会ったっけ」
男の子が次々に言う。 みんなに見られた峯山さんも知らなかった。
「お姉ちゃんなんて居なかったよ」
一緒にいた峯山さんも否定したら、女の子達は不満を表してた。
そして、
“畦道からあの屋敷に近付いた時からお姉ちゃんは居た”
と、繰り返し言った。
そんな中で、2番目に歳上の御兄ちゃんだけが。
「あれ、2階の探険の時に、お姉ちゃん居なかったっけ? 僕の前に、赤いスカートみたいなの見えたよ」
それから“お姉ちゃん”を見た、見ないで真っ二つに意見は別れた。
そして、夕方ぐらいかな。 年上の男の子となる二人が言い合いをして別れる。 この時、女の子達が一緒に先に帰る。 峯山さんも家が近い為に、結羽ちゃんに手を引かれて帰ったとか。
だけど、1番家が近い男の子で、“鍵っ子”だった2番目に歳上の御兄ちゃんだけが、駄菓子屋の前に残った。
峯山さんは、結羽ちゃんに手を引かれながら振り返ると。
(あっ)
残った御兄ちゃんの後ろに、少し背の高い人の姿が在った。 夕陽に染まる影みたいな二人で、峯山さんは胸騒ぎが止まらなかったとか。
それから一ヶ月ぐらいして、夏休みの真っ只中だった。
また5人ぐらいで空き地に集まったんだそうな。 前の事が在ったから、声を掛けたけど女の子は一人も居なくて、全員が男の子。 だけど・・あの2番目に歳上となる御兄ちゃんは居なかったとか。
かくれんぼとか、虫取りとかして遊んでいた中で、1番上の御兄ちゃんが。
「なぁ、この間に来てた“T”はどうしたんだ?」
一年生の別の御兄ちゃんが。
「Tは、もう居ないよ。 なんか病気みたいでさ、引っ越した」
この話で、峯山さんはあの夕方の時の様子を思い出してしまったそうで。
(もしかして、あのお姉ちゃんと会った?)
こう思った峯山さんは、それからはあの廃屋には絶対に近付かなかった。 それからも何回か、あの廃屋に行った人が何故か、何かの影響から可笑しく成ったとか噂を聴いた。
峯山さんは、この話を、怪談話を聴いて来た男性に話す。 大学の同期で、峯山さん紹介で結羽と結婚した人物だった。 彼は怪談収集家として活動する作家に成ろうとした人物で、徹底した現地調査をする事にしたらしい。
峯山さんは、其処までの事を知らず、後に結羽さんから訊ねられるのだ。
“ねぇ、ウチの人が何処に行ったか知らない?”
この連絡を受けた時に、脳裏に過ったのは…。
(まさか、あの場所に行ったのか?)
後日、峯山さんは結羽さんから聴かされた。 彼が、ボロボロの屋敷の中で梁に電器のコードを掛けて首を吊っていたと。 そして、警察の話で、不審な点が一つだけ在ったとか。
それが…。
“これが、自殺に関係在るかどうか判らないんですがね。 旦那さんの首に、小学生ぐらいの手をした者の指紋が在りました。 この指紋、数年前に自殺した女性にも在ったんですが……。 何か、心当たりがありますか?”
--------------- ~完~ ---------------
第7話:〚壁に伝わる“ドンドン”音〛
事故物件に纏わる話です。
Hさんは不動産屋の息子さんで、大学生でした。 父親が不動産業を生業にするので、優良物件のマンションにタダで住める利点が在りました。
また、彼も跡を継ぐ身で在ると同時に。 学生で在る為か、同期やら先輩後輩から物件について頼られる事も在ったそうで。 時には、近隣に迷惑を掛ける顧客の調査も手伝う事が在った。
さて、ある日の事。 父親が良いマンションの物件が沢山入ったと、Hさんに情報を回して来ました。 地下鉄の通る利便性が良い方の立地となる物件が多くて。
(へぇ、これは知り合いにも喜ばれそうだな)
情報を自分なりに整理し、ランク付けしたりしました。
ですが、一つだけ疑問に思った物件が。
(この物件、何でウチなんかの個人不動産屋に回って来たんだ? 中央線の人気駅から徒歩12分? こんな物件、大手なんかから零れないだろう。 まさかオヤジ、上手く言いくるめられたか?)
次の日。
昼間にHさんは、父親へ電話をしました。
「もしもし、オヤジ」
「おう、何か仕事の話か」
「なぁ、この前に送って貰った新しい物件の事だけどさ。 あの中央線の物件、最近で噂になり始めた・・アレ、事故物件って奴じゃないのか?」
「あ、お前でも解ったか」
「やっぱりか」
「だが、立地が良くて、あの値段だ。 まぁ、頼まれて引き受けた」
「ってかさ。 多分、何人か利用させて、事故物件の事をうやむやにしたいだけだろう? まさか、大手から袖の下とか出たのか」
「ん~~、まぁチョットな」
お金で釣られたと解ったHさんは、こうなったら誰かに貸せる様にするしか無いと。
「解った。 じゃ、俺が三ヵ月だけ借りた様にしてさ。 チョット誰かに住んで貰うよ」
「本当か? それならな、頼むよ」
父親のこうゆう所に呆れるHさんは、電話を終えた後。
(だっけどなぁ、そうなると人選は必要だよな)
事故物件に一時だけ住まわすとなれば、いい加減な人物を回してトラブルに成っても困る。
チョット物件を見たくなったHさんは、夕方にその場所へ行ってみた。
(うわぁ、井の頭公園がまぁまぁハッキリに見えるじゃんか)
夕方のシルエットとして、井の頭公園の木々が見える場所。 バス停も近く、これを月5万前後とは破格に安い。
さて、目的のマンションに着いて、問題の部屋となるのはその4階。 エレベーターで上がる時に、20代後半から30歳ぐらいの女性と一緒になる。
「あの、チョットお話を宜しいですか?」
若いHさんが話し掛け、パブリックな感じのスカートに上着の女性は、驚いた顔をした後に。
「はぁ、ナンパ?」
流石にそれは不味いと苦笑いして首を振ったHさん。
「あの、4階の403号室って、前に何か在りましたか? 借りようと思って来たんですが。 こんな立地の良い場所にして広い間取りの割りには、家賃が安すぎる気がしまして」
「あらっ、若い割に鋭いね」
Hさんの話に、女性はまたビックリした。 4階に着いて、3つしか無い部屋の前にて。
「この階で、今住んでるのは私達だけね」
「ご夫妻で?」
「違うわ。 シングルマザー」
「あ、あぁ」
Hさんが軽く謝る様に会釈し、女性は少し警戒を解いた表情をして。
「一年・・半、いや、もうチョット前かな。 403号室に初めて入った人が、自殺した女性だった」
「やっぱり、事故物件ですか」
「彼女、男性に対して甘いって云うか、弱かったみたい」
「あ~~、なるほど。 今時でも男性で自殺するなんて、ただ単にフラれたとかじゃ無さそうですね」
「あら、ホント鋭い。 貴方、いま何歳?」
「二ヶ月ほどすると、21歳になります」
「若いっ。 ふぅん。 貴方、仕事が出来そうな新人に成れるわよ」
だが、Hさんにはその後が知りたい。
「あの、あの部屋って自殺が起こってから、やはり借り手が居なかったんですか?」
すると、女性は首を振る。 外廊下で夕闇の中、点いた街灯に照らされて。
「何人も借りたみたい。 だって、私の払ってる家賃も、今は30%カット。 値下げしてでも借りていて欲しいみたい」
「じゃ、まだ402号室にも借り手が無いのは…」
Hさんがそれとなく臭わせる様に聴けば。
「噂では、そうみたい」
「そうですか…」
頭を掻いたHさん。 どうしたものか、頭を抱えたい。 こんな人物が同階に居る以上は、やはり迷惑を掛ける様な人選は不味いと思った。
「ご帰宅時に話し掛けてスミマセン。 やっぱり、もう少し考えてみますよ」
Hさんの返しに、女性は薄く笑う。
「貴方みたいな礼儀正しい人なら、歓迎だけど」
「いやぁ、事故物件はチョット…」
困って見せたHさんだが、内心に本当に困った。
そして、それから2日して。
父親より。
“マンションにお前を入居させたぞ。 一年ぐらいは猶予を見ようか”
俺がマンションで聴いた話をメールでしたら、オヤジも考えたらしい。
(さて、どうしたものか)
帰りにオヤジの所に寄り、鍵から契約書類等を受けとり。 軽く社員で事務の人と事故物件について話す。
それから10日して。
(まごまごしてても仕方無い。 とにかく、2日ぐらい住んでみるか)
知り合いの口が固い仲間を二人誘い連れて、その部屋に行った。
オートロック式のドアを開けば、直ぐ左側に広いダイニングキッチンが在り。 廊下の右側には、ユニットバスとトイレが。 だが、トイレとユニットバスが、ガラスみたいなドアと壁にて仕切られている。 バスは赤いタイル。 トイレは白いタイルと明るい雰囲気。
「H、この部屋が本当に事故物件なのか?」
「信じられないな」
部屋の立派な様子に驚いた友人の二人。 Hさんも、最初はこんなに立派とは知らなかったと想いつつ。
「ネット環境は揃ってる。 もう俺の名義で使える筈だ」
Wi-Fi環境も整っていた。 スマホやらタブレット端末を登録すれば、直ぐに使えてネットで動画等を見始める仲間。
部屋は、和室が一つとフローリングの洋間が二つ。 六畳の和室と八畳の洋間の一間は、障子とドアで各々が仕切られいる。 リビング的な洋間は広く、通常ならば安くても15万以上の家賃は取るだろう。
さて、ゲーム仲間の彼等だ。 どうせ2日はあまり出ない事になるだろうとHさんは思い。
「先に、目の前のスーパーに行かないか。 もう昼間だしさ」
「行こう行こう」
「スーパーが向かいの斜め前って最高だな。 然も、夜12時までって有り難い」
外に出てスーパーに行き。 20歳の若者らしく、お菓子だのアイスだのから出来合いもののお惣菜を買って帰る。
「さて、先にレポートでも仕上げるか」
大学生だから、それなりに勉強も遣る必要が在る。 だが、駄話をしていると気が反れて、次第にネットの動画に気が行き。 夜にはゲーム大会となる。
その後、真夜中には眠った3人。 薄い上掛けの布団は先に運んでおいた。 エアコンが利くからか、リビングのガラーンとしたフローリングの床でも寝れるものは寝れる。 若い内は、こんな事も在る訳だ。
だが、異変は朝方の5時頃に起こったのだ。
“ドン、ドン、ドン、ドン”
不規則で激しめの音が聞こえて来た。 Hさんの仲間で、普段はカラコンを入れている背の低い男性のNさんが眼を覚ます。
「ん~?」
眠っていたから、頭はボンヤリしていた。
だが、
“ドン、ドン”
と、云う音がまた聞こえた。
「何だぁ」
立ち上がる彼の動きに、背の高い眼鏡の友人Wさんが眼を覚ます。
「ど~~したぁ、腹でも減ったかぁ」
身を起こした眼鏡の彼に、Nさんが。
「なぁ、“ドンドン”って聴こえないか?」
トレーナー姿の眼鏡のWさんは、朝の薄曇りの中。 うっすらと白む窓からの明かりで黒いシルエットながら。
「全然、聞こえないよぉ。 トイレ」
カジュアルシャツのNさんは、まだドンドンと音がするから。
「H、Hっ」
バックを枕にソファーで寝ていたHさんは、揺すられて起きる。
「ん・・ん"ん、どうしたぁよ」
他人に起こされるのは辛い。 眼をショボショボにして、身を起こしたHさん。
Hさんに顔を寄せるNさんは、
「聞け。 ドンドンって音がする」
と、訴えた。
「音ぉ?」
通り掛かる車の音がして、聞き違いだろうと思ったHさんだが。
“ドン、ドンドンドン、ドンドン!”
確かに、小さい音だが、壁を叩く様な音がする。
(あ)
眼を覚ましたHさんと、友人のNさんが向き合う。
「聞こえたか、H」
「嗚呼、聞こえた」
Nさんは、ドアの先の洋間を指差し。
「音は、向こうみたいだ」
小さい音が聞こえただけのHさんに対し、この友人のNさんはハッキリと聞こえているらしい。
「お前、場所まで解るのか?」
頷くNさんで。
「なんか、寒気がしてる。 昨日、本当にに少しだったから、大丈夫って思ったけど。 確かに、この部屋はヤバいかも」
其処へ、トイレに行ったトレーナーの友人Wさんが戻り。
「なぁ、シャワーを使わせてな」
彼の様子が普通と見えたHさんは。
「そっちは、音が聞こえないのか?」
耳を澄ますトレーナー姿のWさんだが。
「まぁ~~ったく」
と、タオルやら下着をバックから探る。
明かりを着けたHさんは、Nさんに。
「一緒に、見に行ってくれるか?」
「仕方無い。 バイトの内容だからな」
トレーナー姿のWさんが不思議がる前で、二人はゆっくりと洋間のドアの方へ。 ダイニングキッチンと洋間のドアまでの間には、四畳半ほどの間が、リビングみたいな場所と繋がって在る。
急に背中を震わせるNさんで。
「H、この部屋なんじゃないか。 その女性が自殺した部屋って…」
「そ、そうか」
言いながら近付き、Hさんがドアノブに手を掛けて。 ゆっくり捻っては、スゥ~~と開いた。 其処は、八畳のフローリングの間、個室と成る訳だが。 薄曇りの外から入る仄かな仄かな陽射しで、薄暗いが何も無い部屋の中はだいたい解る。
二人して部屋を覗いていると。 Nさんが、Hさんの肩に手を置いて。
「H、あれを見ろ」
と、右側の壁を指差す。
“ドン! ドンドン、ドン、ドンドンドン”
壁を叩く様な音は続く。
彼に言われ、指差す方を見たHさんは、
「ああっ」
ビックリして仰け反った。
薄暗い部屋の右側には、四角い枠の影が在り。 その枠から伸びる紐のシルエットが見える。 その紐の様なシルエットには、更に人形(ひとがた)のシルエットも在り。 それが激しく揺れて壁に当たると。
“ドン、ドンドン、ドン!”
音がするのだ。
「か、影が首吊りを…」
Hさんには、かなりボンヤリした人形にしか見えないシルエット。
だが、汗を額に浮かべたNさんは。
「Hには、影にしか見えないのか? 俺には、女性の長い髪の靡くシルエットまで見える」
「はぁ…。 こ、これは、入居者が逃げる訳だ…」
冷や汗を覚えるHさんは、無意識に顔を手で撫でる。
その影が暴れる様子は、朝が進むにつれて急速に薄まり音も消えた。
「なぁ、何が見えるんだよ」
トレーナー姿のWさんは、HさんとNさんに聞いて。 背が高いから2人越しで部屋を覗く。
覗く彼が全く音も、影も解らないので。 脂汗を掻いた額をまた撫でるHさんは、リビングに戻りながら。
「視えない、音を聞こえない客ならば、大丈夫って事か」
一緒にリビングへ戻る視えたNさんは、どっかり座って項垂れるまま。
「噂には、こうゆう話も聴いたけど。 こんなハッキリと視えて解るのは、ビックリだ。 一人だったら、もう逃げるつもりで帰る所だよ」
毎夜、この様子が繰り返されるのか。 それを確かめる為に、この部屋へもう一泊したHさん達。 次の日も、やはり音と影がうっすら見えた。
視えるNさんの心象として。 何か鉄棒みたいな器具で首吊りをした女性が、苦しくなって暴れて壁を激しく蹴るも。 その後、絶命してから揺れる身体が壁にぶつかった…。 その様子や音が繰り返されて居るんじゃないか・・と云う事だった。
その後、父親と相談してお祓いをし。 シェアルームとして借り手を探せば、男性3人が入ってくれた。 一人、何もなく生活すれば、次からの借り手に報告の義務は無いのだが。 Hさんは敢えて話し、月極は9万8千円で貸し始めた。 確かに、入った3人の内、1人は音が聞こえたらしいが。 他の2人は聞こえないので、3人で話し合い長く借りてくれる事に成る。
処が、だ。
402号室。 霊現象の起こる部屋の隣の部屋の借り手は、中々に現れなかったとか。
後に、Hさんは知った。 403号室の女性が自殺する事に成ったのは、402号室に居た男性の所為だと。 かなり激しい恋愛関係をしたのに、何が原因か。 破局となった。 彼女が首吊りしたのは、トレーニング器具を置いていた部屋。 そして、壁の向こうは、その男性が寝ていた部屋らしい。
数年後、事務所の1つを任されるまでになったHさん。 402号室のその部屋では、今でも音が聞こえるのだろうか。 Hさんは、地方の事務所へと移った父親の跡を継いで、この403号室に来る度に、そう思うと言っていたと聴いた。
彼は、401号室のシングルマザーと付き合って居て、借り手が来ても直ぐに逃げ出すと聴いた。 どうしてか、何故か。 その部屋を借りるのは、若い男性ばかりだとか………。
--------------- ~完~ ---------------
第8話:〚自殺した同僚〛
これは、介護職をするMさんから聴いた話です。
関東の海側が在る県にて、デイサービスと特養介護施設が一緒になる施設の職員をしていたMさん。 日昼は“特養”〘特別養護老人ホーム〙の動ける利用者と、デイサービスで来る利用者が一緒になる。 なるべく人と人のふれあいを大切にすると云う方針だが。 実態は、別々の場所が確保する事が出来なかったらしい。
その特養施設の職員として勤める、還暦が見えた頃のMさんは、常勤として勤め。 ケアマネージャー以外の様々な資格を持つので、サブリーダーの立場に在る人物だったとか。
さて、Mさんの勤める職場には、一人変わった同僚が居た。 Pさんと云うその男性は、Mさんより10歳近く年下。 資格も色々と合わせ持ち、来年にはケアマネージャーの資格を受けるとか。 大学卒の男性で、利用者に対する人当たりも非常に良く。 数年したら、Mさんの代わりか。 施設を運営する責任者になりそうな人物と思われた。
だが、このPさんには、どうにも困った癖が二つ在った。
その一つは、酒癖だ。 酔っぱらって仕事に来る事も在る。 飲酒で警察の検問に引っ掛かり、夜勤に間に合わなかった事も在った。 最近、その頻度は激減したが。 それでも、40歳を過ぎた今でも、たまに酒臭いまま仕事に来る。
癖の二つ目は、一つ目に付随するのだが。 酔うと特に寂しがり屋となり。 ギターを手にフォークソングを歌いたがる。 利用者の為に、季節感に合わせた行事をするのだが。 彼が行事担当を遣ると、直ぐに何でもコンサートみたくなる。 自分の憂いを晴らす事が第一だから、どうにもこうにも忠告を聞き入れ無い。 新年会、忘年会、新人さんの歓迎会に、辞める人の御別れ会と。 とにかく飲んでは歌いたがり、その果ては酔っぱらって仕事でも無い休日に施設へ来て、夜中に唄う事も在った。
このPさんの悪い癖と云うモノは、原因が解っているのだとか。 それは、奥さんだとMさんは同僚から聴いた。 実は、このPさん、奥さんに対して今も好きで好きで仕方無いらしいのだが。 奥さんは、Pさんの歌好き、酒癖に愛想が尽きていて。 今で云う“塩対応”と云うか、夫婦としての話も殆どしなければ、寝る時も一緒の部屋に居ない。 若い時の恋愛感情を今に変わらず持つPさんに対して、奥さんは完全に感情が冷えきって居ると云うのだ。 この寂しさを紛らせる為、Pさんは常にギターを持って移動する始末だった。
処が、年末も迫った11月の終わり。
夜勤で仕事をしていたMさんが、やっと色々な仕事を終えて一息を吐いた。 若手の夜勤者に雑用を頼み、お茶を片手に、朝方の日誌に書く仕事中の出来事を思い出してメモしていると。
突然、外部からの通話で電話が鳴った。
「もしもし、介護施設〇〇園ですが」
Mさんが電話に出ると、掛けて来たのは施設長からだ。
「あ~Mさん、ちょうど良かった。 実は、Pさんが亡くなった」
本当に、青天の霹靂と云うぐらいの衝撃を受けたMさんで。
「あっ、まさか飲酒で事故ですか?」
咄嗟に浮かんだのは、やはり彼の悪癖で在る。
だが、施設長は少し言い難く。
「それが、どうやら自殺だと」
「・・・自殺?」
本日は、夜勤明けだったPさんだったが。 奥さんが働きに出ていて帰っても一人だからか、昼まで仕事場に居たらしい。 夕方に来たMさんは、日勤の職員からその様子を聴いて呆れてしまったのだ。
「では、あぁ・・施設長。 朝の引き継ぎで、その話をしますね」
「頼むよ。 あ゙~困った。 こんなの不謹慎だけど、また人手が足りなくなる」
亡くなったPさんには悪いだろうが。 介護職は人の入れ替わりが、正規の職員でも激しい。 仕事は辛いのに、賃金は中々に上がらないからだ。 理由は何で有れ、辞めてから自殺でも何でもして欲しいと思ってしまった2人だ。
電話を切ったMさんは、頭に疑問が沸々と沸いた。 普段のPさんの様子からして、自殺する様には見えなかった。
(何で自殺なんか…。 まさか、借金とか? でも、共働きで子供も一人。 持ち家で、Pさんの同居するお母さんは、結構な年金を貰ってるって…)
仕事をしたいが、頭に疑問が巡って手に付かない。
雑用を終えた若手職員が戻り、事を伝えるや驚きで固まった。 本当に、短い間を呆けてしまった程に。
だが、次の日。
出勤してきた職員の一人で、Pさんの家が間近となる女性が居て。 その職員が出勤するなり、着替えもしないでMさんに言った。
「Mさんっ、聴きましたよねっ?」
「知ってるわよ。 昨日から、部長や施設長からの電話対応でウンザリだわ」
「理由、知ってます?」
「私は昨日、夜勤っ。 解る訳無いじゃないっ」
「あ、ごめんなさい。 んで、原因は奥さんだって」
主婦でも在るMさんだ。
「はぁ? まさか、奥さんが遂に離婚でも切り出したの?」
「じゃないんですけどね。 Pさん、夕方に奥さんと大喧嘩したみたい。 で、Pさんが」
“そんなに私の事が嫌いなら別れようっ!”
「って。 でも、子供が未成年の内の離婚は大変だから、奥さんが」
“外に別の女性でも作ったら? 離婚はしないけど、不倫なら構わないわよ”
「って言っちゃったらしいの。 そうゆうの、Pさんは嫌いでしょ? だから、“死んでやる”、“死ねば?”のやり取りに成ったらしいの」
その下らない話に驚いたのは、Mさんだ。
「はぁ? そんな事で自殺したの?」
「みたいですよ。 売り言葉に買い言葉。 カァーとなって自殺したみたい。 言い争いがバカらしくなったから、奥さんが自室に引っ込んだ一時間ぐらいの間に首を…」
経緯を聴いたMさんは、ぶっちゃけて腹が立ったそうです。 このMさんは、若い頃は身体に障害を持つ方々の世話をする職員だったらしく。
“体の自由も利かないで、自分で働く事も出来ない人にだって尊厳を考える気持ちが在って。 中には、自殺したくても出来ない人も居た。 簡単な理由で死を撰んじゃダメよ”
と、思っていた。
Mさんは、通夜に行く同僚に包んだお金を渡し、Pさんの通夜には行かなかった。
さて、それからこの施設では、
“Pさんの幽霊を見る”
と、噂が出た。
(何を言ってるのかしら)
と、Mさんは思っていました。
ですが、年末が目前となる夜勤の夜中でした。 職員の事務室に入って、四角いテーブルに就いていたMさん。 若い女性職員を夜の昼休憩に出したMさんは、明日の日誌に書く出来事をメモに書き出していると。
「ん?」
廊下を誰かが通った気がした。
(あら、誰か徘徊してる?)
開きっぱなしのドアに向かって廊下に顔を出し、廊下を窺い見たが。 常夜灯のみの廊下には誰も居なかった。
然し、其処にギターの音色が聴こえて来た。 それは、Pさんの十八番となる有名なフォークソング。
その時だ、Mさんは思った。
(寂しくて、此方に来た訳? 生きていれば、もっといっぱい人に聞かせられたでしょうにっ! 自殺するなら、出て来るな!!)
怖いと云うより、心底から呆れたMさん。
その後、真夜中に40名以上のトイレ介助が始まると。
「ひぇっ!」
Mさんと一緒に介助をする若い女性が、Mさんの後を着いて歩くPさんを視た。
だが、驚きもしないMさんは、廊下に立ち尽くす若い女性職員に。
「気にしないで、仕事するの。 化けて出て来たってね、祟る人じゃないわよ」
「えっ、視えてますけど…」
「気にしなくていい」
Mさんは、益々に腹が立ったそうです。 嫌々でも、共に働き愚痴を聴いてくれた同僚の職員が何人も居たのに。 自殺するぐらいならば、仕事場に泣き付いてくれば誰かが話を聴いた。 それなのに、勝手に自殺して、職員から入居者さんにまで迷惑も…。
ギターの音色は、か細く聴こえて。 眼を覚ました利用者の中には、
“あら、Pさんが居る?”
と、Mさんに聴いた。
真夜中の2時過ぎには、いつの間にか音は聴こえなく成ったとか。
次の日、職員の間では大騒ぎでしたが。 Mさんは線香を炊いて玄関の外に添えると、その日もサッサと帰ったそうです。
今は、施設にギターの音色は聴こえませんが。 本当に聴いて欲しい人には、まだ聴こえていると噂が出たとか。
--------------- ~完~ ---------------
第9話:〚廊下を行く足音と脚〛
これは、知り合いの方から聴いた話です。
警備員として務める片山(仮名)さんは、3年目にして都内の駅構内でのシフトに組み込まれる事になりました。 来年にサミットが有るとか、某国より多くの来賓が来るとか。 そんな事を踏まえて、警備業界にもプチバブルが来ていて。 大手では無い片山さんの所属する会社でも多数の仕事が舞い込んだとか。
業務の大半は、都内周辺の私鉄や地方線の電車が乗り入れる駅を走る電車、地下鉄に乗車し。 ランダムに駅で降りてホームを歩いて警備をしながら不審物や不審者を警戒する業務だったとか。
ただ、業務の1部には夜に特定の駅に入り、夜の深夜帯に起こるラッシュ時の警戒・警備と利用客の払い出し。 そのまま駅に泊まり込み、次の日の朝のラッシュ時までの満員電車の対応業務を駅員さんと手伝う事が在ったとか。
片山さんは、基本的に池袋から埼玉県に向かう駅と。 東京から千葉県に向かう駅の地方駅にてその業務を行って居たとか。 所が、他のベテランの隊員さんが休みで抜ける時、応援として大きな駅の業務シフトに入る事が在ったそうで。
或る日、冬の入りにまた応援で或る駅の夜勤業務に入ったのです。 東京の五大駅の1つとなるその駅は、やはり他の駅とは少し様子が違う様で。 人の数も多ければ、起こる面倒も桁が違うと思ったそうです。
さて、その日は年輩の冨田(仮名)さんと組んで居て、深夜の終電までの警備。 その後の駅構内からの客の払い出し業務を終えて。 午前2時前に駅員さんへ報告をして朝方までの休憩に入りました。
関係者通用口から外に出て、上のコンビニにて軽く食事を買い込んだ。 後は、施設の奥に在る警備員に宛てがわれた部屋にて、寝るのみとなるのですが。
駅員さんの詰める部屋、駅員さんの休憩室などが有る長い廊下を行き、押し開きのドアを超えた奥の通路に在る部屋に向かう事に。
その50メートルぐらい長く感じる廊下に入った時です。
冨田さんが。
「片山よ」
「はい?」
「お前、こっちの業務に入らないか? 今日、休んだ沙田は、どうも休み癖が在ってイケねぇ。 大きな駅は、勤怠から駅員さんに見られる。 アイツより、お前が来てくれた方が有難い」
「でも、沙田さんて、人事部長の親戚なんでしょ? 割のイイ業務に回されてるって噂ですよ? 俺が入れ替わってイジメられたら、俺が辞めたくなりますよ」
「はぁぁ、アイツが1番にうぜェンだよな」
冨田さんがこう肩を落とした時でした。
(あら? 足音が…)
長い通路を歩く片山さんと冨田さんの革靴の音に混じり、もう1つの足音が混じるのに片山さんが気付きました。
(誰か後ろから………)
振り向いた片山さんは、誰も居ない事を確かめて足を止めてしまったのです。 何故なら、自分達が歩く先には、誰も居なかったからです。
そんな片山さんの様子に気付いた冨田さんも立ち止まり。
「片山、どうした?」
問われた方さんは、不思議な事に理解が行かなくなって。
「とっ、冨田さん。 足音が…」
片山さんの言葉で、警備員としての顔に変わった冨田さん。 パッと通路の前後を確かめて人が居ない事を理解。 それでも、足音がする事で更に確認すると。
「かた・やま、前だ」
と、冨田さんは通路の先を指さしたのです。
(はぁ?)
片山さんが冨田さんの指差す方を見た時に、誰も歩いて無い筈の通路にボンヤリとした脚が…。 駅員さんの穿く制服に近い色のズボンとなる脚と革靴が視えたのです。
(あ"っ!!!!)
膝より上の姿は無いその脚は、靴音を立てて前の先に消えて行きました。
「・・・マジかよ」
片山さんが呟くと、冨田さんが。
「チッ。 久々にまた視ちまったよ」
片山さんは、その言葉に驚いて冨田さんを見ると。
「ひ、久々っ?」
「あ、………」
冨田さんは、バツの悪そうな様子で先に歩いて行くのです。 後から歩き出した片山さんは、その途中で本日の夜勤をする駅員さんの年輩者とドア前でバッタリ。
「あ、警備員さんか。 お疲れさん」
挨拶をされた片山さんは、頭を下げてから。
「あの、チョット聴いていいですか」
「はい。 何でも」
「この駅って・・幽霊とか出るんですか?」
「え?」
「いま、足音がしていて。 自分と先輩以外に誰も居ないって思ったら…」
「脚でも視えた?」
「え? 知って・ら、らっしる?」
すると、年輩の駅員さんは、軽く笑って。
「どの駅でも、何人も亡くなってるからね。 人身事故とか、体調不良から搬送された先で・・とか。 我々、駅員もさ。 時々に、とても態度の悪いお客さんとかに責められて、辞めた後にノイローゼ……ね」
「あ、あぁ」
この時、同年代の警察官だった友人が、箱詰めの派出所に務めて5年で辞めた事を思い出した片山さん。 客対応の業務は、クレーマーみたいな人にメンタルを殺られると聴いた。 確かに、天候不順からダイヤが乱れると、怒鳴られる駅員さんを何度も見た片山さんで。 どうしようも出来ない事を駅員さんに責め立てても何もならない事を何度も考えた。
人は、人生を行くと色々な面倒が襲って来る。 あの脚だけの方は、どうして駅に居るのか。 休憩に入った片山さんは考えたとか。
その最中に、簡易ベッドに横になる冨田さんが。
「お前、霊感が無くて良かったな。 俺みたいに霊感が在ると、巡回の時とか大変だ。 ある意味、それは才能だぞ。 鈍感も、また才能だ。 無い方がイイ場合も多いぞ。 ・・・俺は、歩く男が見えた。 頭の砕けた男が、な」
こう聴いた片山さんは、思い出した。
(そう言や、冨田さん《この人》の前職は住職さんとか聴いたな。 お坊さんだったのに、何で辞めたんだ? まさか………)
--------------- ~完~ ---------------
第10話:〚箱の中に収められたボロボロの封筒の中の白い粉・箱に纏わるお話の1〛
古来より、“箱”とは身近ながらに不思議な物です。 閉じると、現実から隔絶される箱の中。 仕舞う、隠す、見捨てる、忌み嫌いて閉ざす。 仕舞うにしても様々な意味合いがあり。 箪笥、綴、箱、閉じる箱形の物は沢山この世に在るでしょう。
そんな箱に纏わる話の1つです。
都内に住む、相沢(仮名)さんは、家族5人で暮らしていました。 仕事は研究者、専門は生物だとか。
10月。 秋の半ば。
海外へ研究の為の作業に行っていた同僚や講師達が戻り。 少し暇が出来た相沢さんは、故郷となる信州に帰郷する事にした。
予定は、もう決まっていたとか。 初日は、自分が前のりして、戸締りをしてある実家を開き。 相沢さんが1日を片付けをして。 三日目に後から来た家族が来て合流。 片付けを終えて五日目に家族が東京へ戻り。 六日目には、家の事を友人に託して自分が一人で帰る。
何故、こんな予定に成ったか。 事の発端は、数年前に相沢さんの父親が亡くなった事だ。 財産は唯一の子供となる相沢さんが相続していたが。 実家は、2年に1度は家族で帰って夏を過ごす位にしか使って無かった。 だが、同郷の友人から話が来て、来年には古民家として貸し出す予定なのだ。
相沢さんの奥さんは、運転が好きな介護職のパート。 仕事場も、家から少し遠くに設定したのも、運転をしたいからだ。 相沢さん自身も運転は苦に成らない方だから、二人して別々の車で向かう事に。 また、子供の長男長女は、大学生で免許を持つ。 少し歳の離れた末娘は、まだ中学へ上がったばかり。 何れ、上の二人が大学を卒業すれば、東京の家を離れるかも知れないからか。 家族旅行の気分も在った。
さて、水曜日の午前中に講義を終えてから家に帰り。 午後1時ぐらいには家を出て行く。 相沢さんのご実家は、信州は北部の山村に成る場所。 車でかなり掛かる。 8月に2回ほど来て、空気を入れ換えたりし。 少しずつ家具等を整理していた。
高速に乗るまでは早かったものの、交通事故に因る渋滞や何かの交通規制も在り。 高速に入ってからは休憩を挟み挟みで向かった。 山間の中に在る実家で、高速を降りてからも更に掛かった。
暗い中で道に少し迷ってか、夜の11時過ぎに実家へ着いて。 懐中電灯を手に、木の戸枠をずらして玄関を開ける。
その時だ。
“トっ、トっ、トっ……”
真っ暗な家の中で、小さい足音がした気がする。
それまで、程好く疲れて眠気が来ていたのに。 足音を聴いたと思うと、危機に備える気持ちが沸き上がる。
(誰か居るか?)
旧い家だが、20年ほど前にしたリフォームで、電気は各部屋までちゃんと引けている。 玄関の電気を点けて、石の床となる玄関から旧い木造の廊下に上がる。 二段の小さい段差を上がって廊下へ。
(何の音もしないな)
廊下を行き、先ずは右側の障子戸を開けて灯りを点ける。 此処は、嘗て父親が寝起きしていた六畳間。
次に、廊下の向かいの部屋に障子戸を引いて入る。 囲炉裏も在るこの部屋は、床の間で右側を襖で仕切られて居るが。 襖を取ると、畳にして十八畳一間と成る。 この床の間の側面には、縁側に沿う廊下が在り。
「誰も居ないか」
だが、この家は、これだけでは無い。 奥に便所、土間の台所、檜の湯殿、奥の間、二階に上がる階段が在り。 二階にも、大きな8畳と10畳の二間が在った。 更に、裏の勝手口から出れば、納屋と蔵が在った。
それから台所や二階も見て回ったが、誰も居ない。 先程の足音もしなかった。
玄関以外の戸締まりだけしっかり確認すると、相沢さんは車から荷物を運んで入れる。 今日は寝るだけだから、押し入れから布団を出して父親の部屋に寝る事にした。
(ふぅ、疲れたな。 父さんも、この部屋でずっと一人寝てたのか)
無口だが、ダメとか何とか細かい事は言わず。 子供が遣りたいとすると遣らせてくれた父親。 母親が早めに亡くなった。 相沢さんがまだ10歳を過ぎたばかりの頃で在る。
さて、自分達家族と親戚との付き合いが極端に細く感じていた相沢さんは、母親の死を切欠にして、母親と云う女性の過去を知る。 今で云うネグレクトな家庭に育った母親は、中学を卒業もさせて貰えずに、若い頃から飲み屋のホステスみたいな事を親から強要されていた。 昭和の中頃だが、やはり世捨て人に近いものが在ったらしい。 その後、学も無く流れる様に娼婦となった母親と知り合った父親は、体の弱い母親と結婚したのには何が在ったのか。 また、そんな母親だから、命に関わるのに自分を産んだ。 父は、母親の身体を第1にして、出産は望まなかったらしい。 だが、結婚から5年、周りから跡継ぎも出来ないと陰口を叩かれ。 相沢さんの祖父となる義父からは、離婚を迫られて居たらしい。 恐らく、当時の女性としての意地だったのだろう。 相沢さんのお父さんとこの家の為ならば、命を賭けられると云う意思表示だったと後に親しい親戚が教えてくれた。。
(父さんは、本気で母さんを愛してたんだな)
素直にそう思える。 母親が死んだ日、父の姿は魂の抜け殻だった。 それから父は、母親以外の女性を家に迎えなかった。 土地の在る家だったから、再婚の話は色々と在ったらしいが。 何時だか、自分と歳の近い親戚の小母が、もし見合い結婚していたら自分が継母だったと残念そうに言っていた。
蛍光灯ではなく、常夜灯の代わりにグローランプだけ点けて。 布団に入った眼を閉じた相沢さんは、直ぐにウトウトして目が重く成った。
真夜中を過ぎて寝る。 起きるのは、明日の朝の遅くても良かった。
処が、どのくらい経った頃か。
(ん、ん…)
意識がボンヤリと覚める。 何が原因かと云うと、幽かな勢いの空気が額に響くからだ。 微風より弱く、一定のリズムが有る。
(これは、呼吸かっ?)
相沢さんは、誰かが自分の寝顔を覗き込んでいるのではないか、そう思った。 全身に、緊張と恐怖が走った。 だからこそ、頭を巡るのは寝る前にした用心だ。
(何で音がしなかった? 全部の窓から戸は、しっかり戸締まりしたし。 勝手口と玄関には、心張り棒をつっかえたのに…)
今、眼を覚ますべきか。 それとも、様子を見るべきか。 相沢さんは、急な事に迷った。
だが、何故か。 その幽かな息の様な振動に似た動きには、それ以上に何かしようとする蠢きが感じられない。 自分を窺うにしても、居眠りとは云えもうそれは解っている筈だ。 こんな50の半ばに差し掛かろうと云う男の顔を覗く意味が解らない。
(………まさか、さっきの足音の?)
誰か侵入していて、やはり何処かに隠れていたのか。 そう思ってみたり。
(生まれてこの方、幽霊なんか視えた事は無い。 然も、吐息の様なものを感じるんだ、幽霊の訳がない…)
そう思うと、やはり薄目でも開いて様子を確かめようと思った。
(チョッとだ。 チョッとだけ…)
少し老眼は入っているが、まだ視力は良い。 そっと、薄目を開けた相沢さん。 目の前に居る何かを確認しようと、布団の中で手を握りながら細い視界の中を探る。
すると。
(あ゙っ!!)
また新たに驚いた時、体が凍り付きそうに成った。 自分の顔を覗き込むのは、まだ年端も行かない男児だ。 坊主頭の髪がやや伸びた頭髪をした、3歳か・・4歳ほどの男児だった。 眼は黒い穴の様に見えるが、顔は少し白い。
(なっ、何で男の子があっ。 だっ、だ・だれだ?)
そう考えていると、やはり研究者の身ゆえか。 観察をしてしまうのは、もはや性となる。
先ず、何よりも思う疑問は、見たことの無い子供だ。 自分の記憶を根底から引っ掻き回す様にして思い出しをしてみても、この男児のうっすら見える顔は知らない相手なのだ。
次に、その衣服が問題だ。 黒か、紺色のドテラみたいな和服の姿をしている様だ。 少ししか見えない襟首からして、そんな感じがする。
(何で、一昔前の様な格好の男の子が、この家に居るんだ?)
父親が無口で、この家の過去は良く知らされて無い。 幼い頃に近所で聴く話からしても、この家はどちらかと云うと女系の家で。 父親が生まれた後は、自分と同じく母親が早くに亡くなったらしい。 祖父と云う者は、それから外で女性と遊んで居たと子供の自分に酔っては言っていた。
過去の記憶を手繰り、思い返してみてもこの男児に纏わる情報は無かった。
然も、相沢さんが脂汗を浮かべて見ていると、いきなり男児は立ち上がる。 薄明かりのグローランプが灯る中でも、やはり男児は帯1枚で着る古めかしい着物姿。
そして、また。
“トっ、トっ、トっ…”
廊下に向かう障子戸の方に走って行った。
いきなりの事に、相沢さんは思わず身を起こした。
「あっ、君!」
だが、走る足音は障子の戸をすり抜けて廊下を奥に行ってしまう。 慌てて立ち上がり障子の戸を開けた時にその事に気付いた。 男児を追って廊下に出れば、もう男児は居なかった。
短い短い一時、廊下に立ち尽くした相沢さん。 振り返れば玄関の曇りガラス戸の向こうが白んで見えた。
「あ、朝か」
3時間ほど寝たらしいが、不思議な体験に緊張が解れず。 朝方の寒さに、囲炉裏に火を入れる。 小さい頃から遣っていた事は、染み付いて離れない。 手惑う事も少なく、火を付けて茶釜を掛けた。
パチパチと燃える木の炎は、慣れ親しんだ者には安心する存在だ。 囲炉裏の前に寝そべる相沢さんは、ウトウトしてまた眠った。
それから朝も遅くに起きて。 家族の分も含めて布団をズラズラと干してから、竈で飯を炊いて。 昼過ぎに、戸締まりだけして離れた場所の個人商店に。 知った顔の人が居るから、簡単な食料品を買う中でも話をした。
午後2時近くして、家に帰って囲炉裏の焼けた炭を掘り出して。 また新たに木をくべると、台所の竈で野菜炒めを作って腹を満たした。
一休みしてから。 夕方に納屋の掃除をして鉈と斧を持ち出し、夏に切った木を割る。
(あの子供は、一体誰だ? 何故、この家に?)
旧い伝承では、“座敷わらし”なんて幽霊と云うか、妖怪が居ると聴いたが。 座敷わらしを見ると良くないと聴いた。 だが、それにしては、何と云うかそれっぽく無い。
薪を作って、家に入る。 もう夜が近く、サバ缶、焼き鳥缶、漬け物の盛り合わせみたいなパックの惣菜を囲炉裏の前に並べると。 障子戸を凡て取っ払い。 唯一、父親の部屋に有るテレビを付けた。 インターネット環境なんか無い家だ。
テレビの音を聴くだけして、コンセントを差しっぱなしにしてスマホを使う。 家族とメールをし、今日は早く寝ようと軽く酒を飲み、食事を軽く済ませ。 最後に風呂へ入って寝る。 但し、今日は居間の灯りを点けっ放しにし。 掛け布団1枚で囲炉裏の在る部屋に寝る。
そして、今度はぐっすり寝た。
そして、どれほど寝た頃が。 また。
(ん? また、息遣いみたいな感じがする)
今度は、しっかり眼を覚ました。
(あ、またか)
目の前に男児が居て、此方の寝顔を覗いていた。
流石に2日目となれば、相沢さんも慣れて来る。
「あ・・君。 君は、誰だい?」
問い掛けてみた相沢さんに、男児は見詰めて来るだけだ。
「君は、この家に居るのか?」
こう尋ねると、男児は頷いた。
“意思の疎通が出来た”
相沢さんは驚く。
そんな彼の目の前で、男児は立ち上がった。 そして、男児は動き出して。
“トっ、トっ、トっ”
床に足音を立てて廊下に出ると、竈の方へ指を差した。
「向こうに、なにか・・在るのかい?」
男児に導かれる様に、誘われた相沢さん。 自然と立ち上がって、考える事も無く廊下に出た。
相沢さんが廊下を歩いて行くと、男児はどんどん奥に行く。 便所の前を過ぎて、湯殿の前を曲がり、男児を見たのは土間の台所。 彼は、勝手口に指を向けた。
「外か」
サンダルを履いて土間に降りた相沢さんは、心張り棒を外して戸を開いた。 心張り棒は、昔では戸に内側から引っ掛けて使う戸締りの棒だ。 売ってなどいない。 本当に、棒切れだ。
外は、東側の空が微かに白み始めている。 また、裏庭を走る男児は、蔵の方へ向かった。
その後を行く相沢さん。
そして、男児は蔵の前に立って蔵の扉を指差すと。 また、その顔を相沢さんに向けた。
“この男児の存在を示すものがこの蔵の中に在る”
そう感じた相沢さん。
「今日、明日、この中を調べてみよう。 君が居るならば、探さないとな」
男児を視て言った相沢さんは、蔵の中に消える男児を視た。
消えた男児の居た場所と蔵を続けて見た相沢さんは、まだ冬眠していない蚊に刺されて我に返る。 家の中に戻った相沢さんは、早起きした奥さんとメールをする。
“すまん。 此方に来たら、チョッと大切な話が在る。”
予定では、今日の午後2時過ぎに家族が来る予定だった。
朝陽が上がると相沢さんは仏壇に手を合わせ。 昨夜の残り物で軽く食事を片付けると。 また、別の器に線香を炊いて蔵の横に置いた。 電球の灯りを付けて、一人で蔵の中を片付ける。蔵の中を片付ける相沢さんは、父親の存在を感じ。 また、昔の事を昨日の様に思い出せた。
実は、相沢さんの父親は、奇妙な癖が在った。 その癖とは、何でも取っておく事。 もう一つは、箱に入れる事。 とにかく、昔のブリキ缶やお菓子の金属の缶に物を入れて仕舞う。 これが蔵の中に何十個と積んであるのだ。
「父さんらしいな。 ま、私がなんやらかんやらと集めてしまうのも、遺伝かもな」
手始めに開いたせんべいの缶に、大量のギュウギュウに押し込められた手紙や郵便物が在った。 自分の出した手紙を含めて、税金の書類や年金の通知書なども。 そんな缶が大小合わせて8つも在った。
田舎のこの辺りだ、燃やせるものは燃やす。 夏に刈った雑草の塊や落ち葉の山も在る。 夏の時に知り合いへ頼んで穴を掘って貰った。 其処に枯れ草や木の枝を置いて火を付けて、庭掃除すると幾らでも出る枯れ葉を燃やす。 その中に、もう要らない紙などをくべる。
また、蔵に戻って別の缶を開くと、家族の写真が入れて在った。 久し振りに見る母親の姿も在った。 それは保存しようと別にする。
分別と焼却をしていると、また分別に困ったものが出てくる。 父親が、古銭や切手を集めていたなど知らなかった。 古臭いアルバムみたいな中に、沢山の種類が在る。
(これは、取っておくか…)
末娘がこうしたモノに興味を持つ。 欲しいならば、彼女へあげようと思った。
蔵の入り口に壁となっていた缶を退かして先に行くと、一斗缶みたいな縦長の缶も出てきた。 その蓋を開けば、酷く古い手紙などを見付ける。 また、他の缶を開ければ、自分が小さい頃のものまで見つかった。 母親と結婚する前のやり取りから、自分が小学生の頃に貰った体育祭の案内まで…。
(土地と畑を守る代わりに、親類筋が遠退いた家だ。 父さんにとって、家族の思い出は大切なものだったのか…)
他に、もう角が朽ちて来た箪笥も在り。 中には母親の衣服が残っていた。 下着やらも残っていて、父親の母親への気持ちが見える。 他の女性から見たら、恐らくは気味悪いと思うだろうか。 だが、愛し合った男女の気持ちが冷めてないならば、思い続ける気持ちと云うものは固執に似た偏執的部分も持つ。 人間の気持ちを凡て清らかに出来るなど、先ずは無理だろう。
特に、多かったのは下着だ。 着物より、上着やスカートより、下着が多かった。 思えば、母親は仕方なくも、今でいう風俗の仕事をしていた訳だ。 何でか、父親もこんなものを残したのか。
さて、そういった衣服も古着屋に出してしまおうと思った。
相沢さんが整理に夢中となり。 休み休み、燃やしながらも手紙を読んだり。 懐かしい玩具を遣ってみたりしながら整理をしていると。
「ん? 車か」
思わず空を見上げると、雲の多い空模様で。 真上に来た太陽が見えなかった。 手を払って横の縁側の所を行くと、赤い車が見えた。 奥さんが、家族を連れて来たらしい。
「やぁ、早かったね」
同い年の奥さんは、ショートの髪型ながら若く見えた。 不思議な話だが、この奥さんとの知り合う切欠も幽霊だった。
ま、その話は些細な事だ。
子供達と一緒に降りた奥さんは、少し表情が引き締まっていて。
「アナタが、意味深な事をメールで寄越すからでしょ。 胸騒ぎがして、子供達を急かしたの」
汗を掻いた相沢さんは、長男と長女に。
「竜也、紗希。 悪いが、荷物を置いたら買い物を頼めるか? 農道に出て上に少し行くと、大型スーパーが一軒だけ在る」
頷く長男は、190センチを超える体格ながら父親よりのんびり屋で。
「知ってる、夏に母さんと行ったから」
自分の車の鍵を預ける相沢さんは、片付けていて思い出したものを頼む。
長女は、下の妹となる“羽澄”と話しながら、何を買うか決めていた。
さて、子供達が車で買い物に行くと。 相沢さんは奥さんを連れて蔵の前に。 要らない紙をまた燃やしながら。
「君に、こんな事を云うのは笑われそうなんだが。 実は、この家で幽霊を視てしまってね」
切り株に座る相沢さん。 太い幹の輪切りを椅子の代わりにした奥さん。
引き締まった表情を崩す奥さんで。
「あ、あぁ・・あははは、私ったら…。 悪い話かと思った。 はぁ…」
相沢さんは、なんの事かと。
「悪い事? 何の事だい?」
心配を口にした奥さんに、相沢さんは苦笑いした。
実は、相沢さんと奥さんの出逢いの切欠は幽霊だが。 もっと深い事を綴れば、若い頃の相沢さんには、結婚を前提に付き合う女性が居た。 相沢さんと一緒に、この地元から上京した女性だった。 “略奪”、と云うと語弊が出そうな感じだが。 大学生の頃に相沢さんと知り合って一目惚れした今の奥さんが、後に直にその女性と会って話し、その女性を諦めさせた。 その女性は、今はこの地元に居るらしく。 あのメールの内容でソチラとの関係者を思ったらしい。
「幽霊の話、信じてくれるかい?」
「アナタから幽霊の話を持ち出すんだもの。 嘘は無いって思う」
相沢さんは、この2日に体験した話しをする。
そして、奥さんと二人して蔵に入った。 この奥さんは、所謂の霊感が在り。
「アナタ。 多分、アナタが探してるものって、もう少し奥よ」
「一気に、出せるものを出してしまおう」
箪笥を出して、ブリキ缶や一斗缶を幾つも出す。 一時間ほどして、子供達が帰る。 5人も居ると、運び出す作業は加速する。 そして、蔵の奥に在った埃を被った仏壇を外へと。 運び出しながら、子供達にも男の子の幽霊の話をする。
その時だ。 奥さんが、古びて壊れた仏壇の下の引き出しより、袱紗に包まれた何かを取り出しては。
「アナタ、多分だけれど。 男の子を視る原因って、これだと思うの」
すると、末娘の羽澄も仏壇の脇を指さす。
「お父さん。 其処に、うっすらと男の子が視えるんだけど…」
家族して羽澄の言葉に驚いたが。 この末娘は時々に変わった体験をする。 母親よりも霊感は強いらしい。 その話は、また別の機会にするとして。 外に出てその袱紗の縛りを解けば、黒い漆塗りの剥げた書簡等を収める細長い木の箱が在り。 その蓋を開くとボロボロの御札を張り付けた古めかしい封筒が。
「これは…」
もうヨレヨレで、下手に開けば破けそうな程に古い封筒だ。 土間の台所で、廊下より降りる足掛けの場所に新聞紙を開き。 その上で封筒の中身を出すと、白い粉や割れたチョークの様な白い塊が片手に乗るほど出る。 それに加えて、誰かに宛てた筆書きの感謝の礼状も同封されていた。
「アナタ。 これは・・何?」
白い塊を観察する相沢さんは、何となくだが男児の正体を探り当てた気がした。
「これは、恐らく骨だ。 それも、人の骨じゃないか」
その瞬間、家族の皆がビックリした。
「幼い子供の、腕の骨じゃ無いかと思う。 年齢は、4・5歳くらいか」
生物学者の相沢さんは、奥さんに。
「まだ3時半だ。 この御札の神社はあまり遠くない。 私は、これを持って行って話をしてくるよ。 みんなは、長旅で疲れただろうから、今日はここまでにしよう」
一人で大丈夫か、心配する家族を安心するように云う相沢さんに。
「私も行く」
末娘の羽澄が言う。
「お父さん。 男の子、ほら、傍に居るよ」
こう言われては仕方ないと、相沢さんは娘を連れて神社に向かった。
奥さんは心配したが、相沢さんと娘は夕方の5時過ぎには戻ってきた。 向こうの神主さんが、白い粉と塊を一時預かりたいと言って来たとか。 末娘の羽澄の話では、男の子は神社に骨と共に残ったらしい。
なんだかザワザワした今日。 子供が買ってきた弁当を相手に、テレビ一つの暮らしをした相沢さん。 久しく無かった家族の団欒の中で、両親の事に想いを偲ばせる。 普段、余り過去を語らない相沢さんで、子供達の方が興味を持って色々と聴いて来た。 それに答えて居るウチに、あっという間に夜中となった。
そして、この日の夜にあの男児は現れなかった。
そして、明けた次の日。 家族総出での片付けの2日目。 蔵の掃除も粗方終わり、東京近郊の或る場所に借りたコンテナ倉庫に荷物を送った。
次の日、日曜日の午後。 奥さんと子供達が先に、車で東京に戻る。
その日の午後4時過ぎに。
まだ線を残した黒い固定電話に連絡が来た。
- ジリリリリン! -
この響きが、聴いた相沢さんは懐かしさを感じながら電話に出る。
「もしもし、相沢ですが」
「もしもし、相沢さん。 ○○神社の宮司の御手洗です」
「あ、どうも」
その宮司さんから話しを聴いた相沢さんは、一昔前の不確かな民間医療みたいなものを聴いた。
(そうか、それで男児の骨が…)
宮司さんからの話を聴いた相沢さんは、最後の始末をする。 枯れ葉を燃やしながら紙など燃やし、その火を眺めた。
さて、電話での話とは。 その昔から在る風習に纏わるものだった。 そして、その出来事の根本となる原因は、父や自分の存在が関わると思われた。
先ず、日本の古い風習の1つに、“骨はみ”なるものが在る。 亡くなった方を親戚や家族で別れを偲ぶとし、骨を食べるフリをするなど、そのやり方は幾つも在るらしいが。 その他に民間療法の様なものとして、病弱な子供へ、幼くして亡くなった子供の焼いた骨を食べさせると云う、影ながらの風習が在ったとか。 実は、相沢さんの父親は、幼少期にとても病弱で。 母親が血縁の残る神社の昔の宮司に頼み、その民間療法を試すべく亡くなった男児の骨を分けて貰ったらしい。
また、その骨を分けてもらった男児の家族の一人で、101歳になる女性が存命して居らっしゃり。 封筒の裏に掠れた文字で残る名前を頼りに尋ねた処、その事実が判明した。 向こうの意向が在り、骨は返却する運びと成った。
(父も、私も、幼い頃はとても病弱だったとか。 あの亡くなった男児に感謝する手紙の文字は、父のものだ。 多分、私も骨を少しばかり飲まされたのかも知れないな)
夕方、晩秋の空は早く暮れて行く。 ずっと忘れていたのか、先に貰った父親も幼い頃で。 然も、骨と知らされて無かったとしたら、何のものか解らなかっただろう。 また、解っていて仕舞っていたのか。
物思いに更けた相沢さんは、燃えてから小さくなる火の勢いを夜まで見ていた。
この日も実家に泊まった相沢さんだったが、もう男児を視る事は無かった。 それは、末娘の羽澄も同じだったと言う。
--------------- ~完~ ---------------
第11話:〚白い手〛
筆者となる私が小さい頃。 地元の村と比較して、ですが。 大きな街の駅前に在るデパートでは、夏になると“肝試し”のブースが上の階に出来ていて。 数百円を払って暗いブースの中に入っては、人の扮した幽霊で怖がったものです。 そして、俗に言うと『白い手』などと云う話は、お化けの定番の様なものでした。
が、20・30年以上を経て、本当に白い手に纏わる話を聴くとは思わなかった。 そんな、白い手に纏わる話の1つです。
とある知的・身体傷害の方々が住まう施設で働いていた頃のMさんから聴いた御話です。
これは、まだMさんが20代前半。 昭和の中頃の体験談だそうです。
施設に勤め始めたMさんは、男女を含めた様々な障害を知る事になりました。 交通事故に因る脊髄損傷に始まり、“筋萎縮性”と名前の付く身体障害の方々まで。
その、施設の建設当時、最初に建てられた施設と云うのは、男性棟と女性棟と云う施設で。 木造部分が大半の、50人ほどが入所するL時型の二棟だったとか。 昭和40年代の話で、当時はまだ戦前から続く偏見の影響か、身体に障害を持った子供を産んだだけで、周りから偏見を持たれ。 従って、秘かに家の“離れ”だの、“蔵”に押し込められていた方々が居て。 その時代で、手元から放せて身の回りの世話が付いた施設に入れられる方は、厄介払いの様な形も少なからずだったと言います。
そんな、障害を持った方への偏見がまだまだ強かった頃。 施設職員と成ったMさんは、自分達の存在に悩みながらも、この施設で生きる入所者の方々は普通の人だと思い。 分け隔ても無ければ、変に優しくする事もせずに接していたそうです。
その頃に、幾つか面白い失敗談も在ったと言いまして…。
例えば、西日本で育ったMさんは、納豆に馴染みが有りませんでした。 関東の施設に来て、初めてパック詰めされた納豆を見るや、
「コレはダメだわ。 全部、腐ってる。 何を考えているのよっ! 入居者を殺す気かしら」
と、大切な御菜(おかず)の一つとなる納豆を廃棄してしまったそうで。 後から、職員から入居者の方々より大笑いされたとか。 “納豆廃棄事件”は、何年も語りぐさだったとか。
また、ある日のMさんは夜勤で、夕方の3時から翌朝の9時まで勤務でした。 然し、このMさんが務める施設に入所されている方々は、まだ自分の事を自分で出来る人が多く。 手間の掛かる方は少なかった為。 夜の9時頃に消灯すると暇に成ったそうです。
さて、Mさんが勤務する生活棟は、事務室や職員室に在るテレビが小さく古いので。 テレビを観たい場合、広い食堂に在る大型ブラウン管の新しいテレビをこっそり使っていたそうです。 只、もう消灯時間は過ぎて居る為、カーテンを引いて食堂の明かりは点けず。 窓に背を向けた壁側のテレビで好きな番組を見ていたそうです。
処が、この夜勤の夜も、一人でテレビを観ていると。
(あれ、視線が…)
背後に視線を感じて、フッと振り返りました。
(・・・居ないか)
だだっ広い食堂には、横長のテーブルと椅子が並んでいて。 この大食堂は、個別棟の入所者の方も来る為、80人以上は人が中に入って食事が可能ほど。 ホールとしても四季のイベントもする場所ですから、天井も高くて孤独感を受ける場所でも在りました。
また、テレビに顔を向けたMさんでしたが、5分ほどすると。
(また、視線がする)
怖く成って来たMさんは、意を決してパッと振り返ると。 背後に真っ直ぐ伸びる空いた通行スペースの先に、左右に引いて開く扉の所で。 廊下から此方を覗く女性の顔が見えたのです。 長い黒髪を垂らし、ダランと手を前に出した姿。
「うぎあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
心底から驚いたMさんでしたが……。
「ひぎあぁぁぁぁっ!!」
此方を覗く女性も驚きました。
「へぇっ?」
“幽霊なのに、何で驚くのよ”
こう思ったMさんが良く見れば、それは入所者の下半身の一部が不随となった車椅子の女性でした。
2人の悲鳴に、他の男性入所者も車椅子で来て……。
普段は髪を縛っていた女性の入所者の方でしたが。 御風呂は自由に入れた当時。 片腕は利かなく成って居ましたが。 まだ30代前半で、一人でも自力入浴が出来るので、この時間に入浴したとの事。 然し、部屋に帰ろうとしたら食堂のテレビが点いていて。 “どうしたのか”、と覗いたら観たい番組だったとか。 出入口から離れたテレビでしたが、司会者や出演者の声で楽しく眺めてしまった。
話に呆れながらも怖かったMさん。
「声ぐらい掛けてよぉ~」
「だぁって、直ぐに部屋へ帰るつもりだったんだよ」
何事かと来た男性入所者は、そんな2人に笑いが止まらなかったとか。
………ですが。
このMさんが、この広い幾つもの施設の中でも、“2度と通らない”と決めて。 どうしても通らないといけない時以外に、絶対に回り道してでも通らない場所が在りました。 それは、男性と女性が別々となる古い木造の施設の一つだそうで。 Mさんがこの障害を持った方々の住まう施設に勤めて3年目ぐらいの頃。 まだ25歳になるか、ならないかの歳だった時です。 一般の共生施設より、少し精神的に面倒の多い女性専用となる棟の職員に移動となり。 その現場で、職員として働き始めたMさんでしたが。 3ヶ月ほどして初めての夜勤をした時の事です。 木造の施設は、歩くと床が軋みます。
(夜勤は、見回りが在るのがちょっとイヤかな)
こう思いながらも真夜中の見回りをし、異常がないか各部屋を見回った後。
(異常が無いか調べるなら、他の部屋も見回ろう)
と、普段は行かない奥も見たそうな。
この旧い二階建てとなる女性専用の施設は、形が《9の字》をしていて。 丸型の部分に、入居者さんの住まう各部屋が有り。 伸ばす棒の所には、共用の食堂から話し合いの会議室、給湯室や調理室などが集まって居たと言います。
そして、施設の敷地に在る林に隠れる9の字の丸型と棒の連結部分の建屋となる長い廊下の辺りに向かった。 其処には、Aさんもまだ知らない部屋が在った。 磨りガラスとなる横の引き戸を開くと、何故か破れてそのままの障子戸が閉まっている。 何の為の部屋なのか解らない、そんな部屋の前に来た時です。
「え?」
どうしてか、半開きとなっていた磨りガラスの戸の向こう、破れた障子の隙間から廊下に向かって何かが伸び始める。
(何だろう)
懐中電灯を向けて見ていると、それは半透明な白い手だったと云います。
(はぁっ、出たぁっ!!)
ビックリしたMさんは、見回りを最後までせずに寮母室と呼ばれた職員室に走り帰った。 そして、その日は朝方の見回りをしないで過ごしたとか。
それから、2ヶ月ほど。 見回りの時に、その部屋の前は通らなかったと言います。
処が、問題は、その部屋の事をそれとなく誰か、彼かに聴くのですが…。 話を調弄(はぐらか)されたりして、答えが解らなかったそうです。
そして、ある日の夜。
(よし、今日の夜勤の見回りは、あの部屋の前にも行こう)
と、決めたのでした。
理由は、誰かが投げたのか。 硬いものが夜中に投げ込まれて、窓ガラスにヒビが入って居た事が近々に在ったからです。
そして、夜中1時の見回りの時、白い手は見えませんでした。
然し、3時過ぎとなる見回りの時。 最初、何も無かったと、通り過ぎたのですが。 食堂の方まで見回りをしてから気になって、もう一度見て見ると…。
(あっ!)
曲がり角からそっと視ると、そこには髪を乱した女性らしき霊が、すぅ〜〜っと閉じたままの磨りガラスの戸と破れた障子の戸をすり抜けて行くのが見えたと言います。
(や、やっぱり居た!)
ですが、何で居るのか。 どうして現れるのか、それが知りたく成ったMさんで。 朝の9時半を回って、日勤の職員へバトンタッチした後です。 夜勤を終えて帰る前にMさんは、あの障子の戸となる部屋に向かったとか。 間近の別部屋には入所者の方も居て、もう怖さも薄れてか、磨りガラスの戸と障子を横に引いた。
(うわ、何か埃っぽい)
其処は、理由は解りませんが、完全なる別部屋の仕様となり。 “玄関の間”が備わる六畳程の和室でした。 然し、長く使われた形跡も無く、部屋の隅には座布団が積まれるだけ。 テーブルは壁際に畳まれて縦に立て掛けられていて。 部屋の左側の一段高い、座ると大人が腕を置ける様な場所には、お茶を用意する一式に布巾が掛かって置いてあった。 また、外は木々に囲まれて、窓も小さく。 部屋の大半は薄暗いままで…。
(陽が入らないから、尚更…)
朝からこの暗さは怖いと思いましたが。 部屋の右側の壁に、押し入れみたいな木の引き戸が見えました。 そっとその引き戸を開けば、其処には薄暗い廊下が。
(え? 他に・・部屋が有るの?)
怖い反面、興味も惹かれた訳で。 その廊下を一間ほど入った先には、二畳半程の小部屋が在りました。
(此処は、何の部屋なんだろう)
小部屋にMさんが入ると、やはり小窓のみの薄暗い部屋でしたが。 今度は、入った左側に襖の戸が。
(何で、こんな場所に襖の戸が…)
其処をゆっくり開いたMさんは、押し入れを見付けました。 その押し入れには、二段の布団を入れる場所の他に、上に横長い戸棚みたいなスペースが在り。 何もない押し入れなのに、上の棚にだけは何かが在ると見えました。
(何、あれ)
押し入れの上の段に上がり、其処から上段の横に長い棚の中のものを取り出して見ると…。
(あ゙っ、これは骨壺…)
この時、Mさんは何かを察したそうです。
この施設には、この時ですら150人以上の入所者がいらっしゃいましたが。 家族が面会に来たりしてくれる方は多かれども。 盆・暮れや正月・連休の際に、実家へと帰れる方は少なく、一部だったとか。 中には、全く誰も面会に来ない方も…。
そうなれば、当然ですが。 亡くなっても引き取り手が無いままの方が居ても不自然では無い。 無縁の方の遺骨と、袱紗に包まれた遺影と位牌を確認したMさん。
その部屋を出たMさんは、2度と自分からは近寄らなかったそうですが……。
(あの白い手は、死んでも家族にすら逢えなかった方の想いなんだわ……)
こう思ったそうです。
--------------- ~完~ ---------------
第12話:〚旧Iトンネルでの出来事〛
この話は、井端(仮名)さんと云う方が、少し年上となる先輩から聴いた話だそうです。
九州の鉄鋼業会社に就職した井端さんは、会社の業績の大半は関東の支店と云うことで。 東京の副本社となる方へ転勤して直ぐに移動となりました。 人事から事務系を全て扱う総務部にて、大学卒業の彼は或る意味でキャリアと言えた人材だと思います。
さて、3ヶ月ほど過ぎた7月の終わり。 大学の同期から“夏の休みに戻って来るか”とメールで聴かれたそうな。 もし、戻って来れるならば、遊びに行くついでに心霊スポットへ行こうと誘われていました。 女の子も何人か誘って連れて来ると云う話でしたが、それはまだ7月の下旬。 忙しい井端さんからすると、お盆休みもどれほど取れるか解らない中でした。
その中、ある日。 夜勤で来る職員さんに連絡と勤怠についての話をする為、井端さんへその業務が丸投げと云う形にて残業をするとなり。 上司より、事務所に泊まって構わないと鍵を預けられたのです。
(チキショウ。 下っ端に任せやがって…)
大きな工場内の或る現場に、会社の出向支社が在り。 その中の2階は、会議室兼休憩室に成って居て。 車で来ている社員以外は、残業が遅いと泊まる事もあったとか。 詰まり、夜勤して泊まって行け、と云う事だった。
で、夜の9時頃に、広大な工場施設を巡って走る構内バスにて来た作業員の社員を捕まえて、話し合いから逃げていた年上の彼と井端さんは話し合いをしたとか。
《勤怠が悪い。 他社、自社の社員さんへの態度が悪い。 作業時の事で、工場を運営する別会社の上役からも文句が来ている…云々》
九州から移動した方なので、簡単にクビとはしたくないが。 余りに改めないならば、そうした措置も辞さない事を告げた。 最初、井端さんが若く、下っ端なので。 向こうも態度が横柄だったが、工場運営の管理部側から注意が来ていると解ると。 渋々に承諾した。
その後、遅番勤務の社員さんと井端さんが、夜の10時半を回ってから昼食を取る頃。
「よぉ、井端。 今日は残業か?」
虎刈り頭の中年から初老となる作業員男性が声を掛けてきた。
「新木(仮名)さん。 夜勤の山田(仮名)さんと話し合いですよ」
「山田と? 何の?」
「最近、夜勤に成ると時々に山田さんが休むでしょ? 作業工程が遅れてるって、上から叱られたンですよ。 それに、他の派遣会社の新入りへ汚い言葉を使ったり。 また、気分が悪いと、資材を雑に扱ったりするとか。 〇〇社さんの上役は、辞めさせても構わないって…」
「あぁ、山田か。 アイツ、作業の腕はイイが、気分屋だからな。 時々、休み癖が出るし。 目と目が合ったり、作業工程がミスから遅れると、すぐやる気を無くして不貞腐れるからな。 はァ、チョット、それはヤバいな」
「チョット、処じゃ無いですよ。 山田さんがメンチ切っただのって因縁を付けたのは、〇〇社の専務の息子ですよ?」
そこで、箸を止めた新木さん。
「〇〇社の専務って、あの暴力団とも顔見知りの、だろ?」
「はい。 “スジを付けろ”って、脅して来ましたよ」
1食500円前後の仕出し弁当を取る井端さんは、小学校の随分と上となる先輩となる新木さんと向かい合って食べ始めました。
すると、雑談を重ねた新木さんが。
「処で、話は変わるが。 お前、夏の休みは、今年が初めてだろ?」
井端さんは、今年に入社ばかりなので。
「はい。 田舎に帰るか、考えてます」
「こっちに出て来てるのに、わざわざまた田舎に帰るのか?」
「あ〜〜墓参りは、日帰りでもイイんですが。 地元の友達が、女の子とか一緒に肝試しへ行かないかって。 どうせ、I《犬鳴》トンネルとかですよ。 もう少ししたら、完全に通行止めにされるとか言ってたから…」
すると、生姜焼きの肉を食っていた新木さんが、味噌汁で早急に口を空けるなり。
「悪ぃ事は・・言わねぇ。 遊びであの辺に行くのは、止めろ。 へ・・下手したら死ぬぞ」
口を空ける事を優先して、言葉が少し聞き取り難いものとなりましたが。 井端さんは、ハッキリとそう聞こえました。
実は、井端さんのお兄さんが、この新木さんと小中学校と同期で。 高校の頃は、暴走族に入っていた先輩の新木さん。 井端さんは、その事は地元のそこそこ上の先輩として知っていたものですから。
「あ、それって、良く聴く話って奴ですか?」
すると、珍しく少し感情的となったのか、弁当を前にして下から眺めて来る新木さんで。
「冗談でも、嘘でもネぇ。 実際に、俺の先輩は死んだぞ」
「はぁ?」
すると、その後の食べる間。 また、その後の休憩の時間も合わせて、新木さんはこんな話をされた。
新木さんが高校を卒業した頃。 新木さんの2つ上の先輩に、かなり荒くれた黒木なる先輩が居た。
この黒木なる人物の事は、井端さんでも知っていたとか。 子供の頃に、兄がボコボコと成って夜中に帰り。 事情を聴いて怒った父親が、警察に通報するとか何とか怒鳴っていて。 その時に、この黒木なる人物の名前が何度も出て来たとか。 後に、消えた化け物的な人物として、中学の先輩から存在は聞いていた。
さて、新木さんの話す黒木なる人物は、余程にヤバい奴だったの事。 或る時に、新木さんを含む年下の仲間を集めては、夜中の公園にて。
「此処に、10ナン万か有る」
と、札の束を輪ゴムで括っただけのモノを砂場に放り投げては。
「いいか。 タイマンの喧嘩で勝ち抜き戦をする。 最後まで残ったヤツに、ここ金は全部プレゼントだ。 さ、だから喧嘩しろ」
と、年下の仲間をワザとトーナメント戦の喧嘩させたり。
また、別の或る夜は、何をどうしたか。 泣きじゃくる若い女性を引っぱたいては、命令で男達の前で裸にさせ。
「ほれ、踊れ。 ちゃんと足を開いて、大事なトコロを野郎に見せろよ」
と、女性の足を開かせては、その下からライトで照らす。
この後、ガリ勉の後輩を脅して悪戯までさせて。 逃げ出そうとした女性の髪の毛を鷲掴みにして、殴る蹴るして帰さなかった。 その時は、呼び出れた男達も女性への暴行を断るや殴られ蹴られ、無理やりに女性と交わる事を強要したとか。
また、雨の日の昼間だ。 昼間に街中を歩く最中、
“あ、そうだ。 通りを歩く小学生を思いっ切り蹴っ飛ばして、泣かせてから笑って消える遊びを思い付いた”
こう言って、新木さんでは無いが、新木さんと知り合いの若者を3人ほど呼び出しては、本当に自分が見本を見せるとやって交通事故寸前になり。 また、流石にそれは出来ないと言った新木さんの友人をボコボコにしたと言うのだ。
こんな横暴な事を平気でするヤバい人だったのが、黒木なる人物だったとか。
その黒木さんが、或る日の夜に新井さんを呼び出すと。 そこには、計3台の車と、20人ぐらいの高校生から大学生や無職、定職に就く知り合いを集めて居て。
「よぉし、これから“I《犬鳴》トンネル”に行くぞ。 1番遅い車の奴から、トンネルの奥に行かすからな〜」
福岡県でも1番に有名な恐怖スポットと言われる旧Iトンネルへ向かう道は、途中までスイスイらしいのですが。 途中から狭い道となり。 トンネルに向かう坂道は、それほどに広くないとか。
さて、新木さんの乗った車は、最後尾でトンネルに到着。 封鎖されたばかりの旧トンネルは、入口にブロック塀が積んで塞がれただけ。 入り込もうと思えば、若者ならば難しくない状況だったらしいのです。
そのトンネル内に、暴力にて脅しては男達をねじ込む様に入れた黒木さんは、
「3人1組、ライト無し。 向こうまで行って、帰って来る。 声を出した組は、帰りは歩きなぁ」
と、勝手に決めてしまう。
暴力団とも関係が在るらしい黒木さんで、誰も逆らえない状況だったとか。 新木さんは、何でか最後の組に押し込められて。 そして、肝試しが始まったとか。
最初の組が歩き始めると、黒木さんはワザと明かりを消して。
「早くしろよ。 遅せぇと思ったら、追加で罰ゲームだからな」
ですが、最初の組から悲鳴が上がったり、泣き出す者も出ては、異様な雰囲気で肝試しは始まり。 向こうまで行ったと思った最初の組の1人が、急に大声を上げて戻って来た。
「オイっ、テメェよぉ!」
黒木さんが怒るも、その叫んだ高校生は気が狂った様に成ってブロック塀に飛び付いた。
「逃げんなっ」
掴みかかる黒木さんでしたが。 その狂ったみたいに逃げようとする若者は、黒木さんの手を足蹴にしてでも振り解いて外に飛び出したとか。
「チッ。 あの野郎、後で覚えとけよ」
手を蹴られてイライラが限界に来ていそうな黒木さんは、常に持つ木刀を振り回して。
「次から逃げる奴は、殴り殺すからな」
本気で、人でも、老人や女性や子供でも木刀で殴れる黒木さんなので。 誰も、それがウソとは思わなかったとか。
そして、半分ぐらいの組が向こうまで行って帰って来ると。 黒木さんは、何故かニヤニヤして。
「お前ら、時間の掛けすぎだ。 もういい、残り全員で奥まで行ってこい。 但し、声を出した奴は閉じ込めるぞ」
新木さんを含む10人以上の若者が真っ暗に近い中でトンネルの奥へ。 途中で声を上げる者、何か声が聴こえるとか、姿が視えると怯える者も出た。 新木さんは、何も視たり聴いたりはしませんでしたが…。
トンネルの入口に戻れば、そこに黒木さんや他の若者は居ませんでした。
「あ"っ、置いてかれたんじゃないか?」
新木さんと顔見知りと云うか、小学校・中学校の同学年となる河野さんが言いました。
(ヤベェ。 あの人なら遣りかねない)
慌ててブロック塀を登って外に出れば、車は何処にも有りませんでした。 また、残された若者の1人は、何と車の持ち主で。
「ふざけんなよっ!! 俺の親の車だぞ!」
黒木さんに脅されたので、本当に仕方なく父親の車を持ち出したとか。 明日までに返さないと、怒られるでは済まないと頭を抱えたそうです。
黒木さんが笑いながら帰る姿が想像できた新木さんで。
(あの人と、何時まで一緒に成るンだろう。 いっそ、大阪か、東京に出ようか……)
新木さんは、本気でこう思ったとか。
Iトンネルに伸びる道路を下って行くと、途中に公衆電話が在ったとか。 その公衆電話に10人を超える若者が集まり。 皆、どうしようも無いと云う顔で家や友達に電話を掛けたとか。
ですが、相手があの黒木さんなので、家族の中には関わり合いに成りたくないと、迎えを拒否する家庭も在ったとか。
新木さんは、お父さんが電話先に出て。 事情を話せば、迎えに来てくれると言ってくれたそうです。
30分ほどすると、1人の家族が迎えに来て。 2人ほど乗っては、嫌な顔のまま親御さんに怒られて去って行く。 また、それに続く様に二台ほど車が来ては、誰彼が乗って人が去って行く。 遂に、新木さんの親御さんが迎えに来て、新木さんと車を持ち逃げされた若者が乗って帰ったとか。
帰ると、親から叱られた新木さん。 長男で、父親は農家も兼業する公務員。 なるべく早く、働き口を見つけると言って、何とか許して貰えたとか。
それから、2日ほどして。
朝方の5時に、突然の電話が鳴った。 丁度、トイレに起きていた新木さんで、電話前の近くに居て。
- はい、もしもし -
電話に出るや、
- おい、お前ってさ。 2日前に、ウチの弟に呼び出された奴だろ?-
いきなり上からの物言いで、またそれなりに大人となる女性の声だった。
- は? あの、誰ですか -
- あっ? アタシは、黒木○○の姉だっ! おい、弟は何処だ? -
この時、新木さんも相手が誰か解ったそうです。 黒木さんには、少し年上となる姉が居て。 この方、飲み屋をする一方で、暴力団となる夫が居たらしい。 以前に黒木さんが傷害やら強盗で捕まった時に、ヤバい方面の方々が現れては、被害者を脅しただのと聴いた事も思い出した。
- すいませんが、僕らは黒木先輩に捨てられてIトンネルの中に残されたンスよ。 帰るのも、親に連絡してやっとだったし。 黒木先輩が何処に行ったか、それすら解んないです。 黒木先輩と一緒に車で行った○○とか、○○とかに聴いて下さいよ -
すると、
- そっちに聴いても解かんねぇからっ、テメェに聴いてンだよ! この野郎っ、殺されてぇか! -
怒声で、とんでもない声が帰って来た。
流石に、背筋に寒気を覚えた新木さんでしたが。
- 悪いっスけど、俺は昨日もバイトだったし。 その他は何処にも行って無いし。 黒木先輩からは、連絡無いッスよ -
- 嘘は言ってないよなっ? -
その後、1つ2つ、怒鳴られて尋ねられては、一方的に電話を切られた。
この後、数日してから、あの車を持って行かれた知り合いの河野さんと新木さんが会った時に。 夜の公園で、ビールを片手にタバコを吹かして話をすると。
「なぁ、車は?」
「戻った〜。 でも、警察から戻されて、俺はオヤジからボッコボコにされた。 車も、外側のアチコチが凹んでたし」
「マジで?」
問う横で、宵闇の中にしても顔の色が妙に黒い友人だ。
「はぁぁ、最悪だぁ。 今回は、珍しく母親からも説教だよ。 まぁ、仕方ねぇよ、会社に乗って行く車が、一時でも消えたんだからな」
此処で、慰めを言った新木さんは、続けて。
「なぁ、黒木さんの姉さんから、電話とか来たか?」
すると、何度も相手が頷いて。
「来たも、来たよ。 二、三日は、何度も来た」
「ってか、黒木さんは何処に行ったンだろうな」
新木さんが、話が解るだろうとこう言った。
すると、ビールを飲みかけた相手より。
「え? あ、お前、知らねぇの?」
「何が」
タバコをブロックコンクリートの花壇枠に押し付けて消す新木さんだが。
「黒木先輩、死んだンだよ」
その一言で、新木さんは混乱した。
「し、死んだ? マジか?」
「あ、もしかして、お姉さんからその事に関しての電話が来てない?」
「あの後の2日後、朝方に1回だけだよ」
「そっか。 じゃあ、新木は知らなそうだったからだな」
「え?」
「詳しい話は良く解らないが。 黒木さんが死んだのは、俺たちをあのトンネルに置いていってから1時間とか、それぐらいの時だったらしいゼ。 俺は、車を取られたから、それで黒木の姉さんから疑われた」
思わず新木さんは、
「警察には、疑われて無いのか?」
と、聴くと。
「一度、事情は聴かれたよ。 でも、それからは来ないな」
「知らなかった、ニュースに出たか?」
「若い男性の遺体ってしか出てないな」
「そ、そっか…」
すると、ビールを一気に煽った相手がこう言ったとか。
「でも、一緒に車で去った奴ら、大変だったらしいな。 トンネルの前で、俺たちを置いていくのかと黒木さんに言ったら、木刀で殴られたり蹴られたりしたらしいしさ。 黒木さんが死んで、戻らないからって探しに行っても居ないって。 誰が残る、とか、逃げたら殺されそう、とか。 朝まで待ちながら、俺たちよりとんでもなく大変だったらしいよ」
あの時、親の迎えを待つ間は、黒木さんと去った知り合いに怨みの1つも言いたかったが。 こう言われると、その気持ちも落ち着いたとか。
その後、新木さんは中途採用の募集から鉄鋼会社に就職して、数年前から関東の系列の支社に移動と成ったとか。
そして、井端さんを見た新木さんは、珍しく凄む表情となり。
「お前、あんな場所に遊びで行くなんて、頭のおかしい奴だぞ」
と、言って来たので。
「新木さん、その・・黒木さんを殺した人って掴まったンですかね」
「さぁ、その後、何ヶ月かで別の街に在る社員寮に移動したから、俺は知らない。 大体、あの黒木さんも何で山林に入って行ったのか。 トイレは、近くにコンビニが在ったし。 公園も在ったからな。 向こうに行く理由が、誰にも解らなかった。 何より、殺されたのは車を降りて直ぐなのに。 山林の奥で遺体が見つかったのは、ずっと、半日近くも後とか聴いた。 意味が解らねぇよ」
この後に井端さんは、仲間にメールしたとか。
“悪い、帰省はするけど。 肝試しまでは付き合う暇が取れなかった”
本心から、怖かったからだそうな。
--------------- ~完~ ---------------
第13話:〚壊れた老婆〛
このお話は、私が結構な怪談を聴かせて頂いたMさんから聴いたお話です。 Mさんは、数々の体験が有りましたが。 御本人、曰く。
「人の生き死にに関わる仕事だから、霊感が有るとか、無いとかじゃ無いの。 大体、私が視るのは、関わり合いの有る方ばっかりだからね」
だそうな。
処が、時々にMさんも顔を出す、熟女だけのオネーサマ会が有り。 一時、その飲んで食べて喋っての場にMさんが誘われる様になり、二ヵ月に一度くらいは参加している中で。
“多分、この人は霊感が有るんだわ”
こう感じた方がいらっしゃった。 それが、Sさんです。
このSさんと云う方のお話は、時々にとても怖い話をされていたとの事で。 このお話は、その中の1つとなります。
Sさんこと、篠田(しのだ・仮名)さんは、介護士として働く中でとても印象深く。 そして、怖い経験をしたと云う。
その時、篠田さんの居る施設には、とても口の悪い真田(さなだ・仮名)さんと云う70半ばのお婆さんが居たそうです。 アルツハイマー症で、もう痴呆が進み、言った事など数秒後には殆ど忘れているのですが。 その物言いのキツさで、同じく施設に入った入居者さんを追い出したり、派遣で来る職員を何人も辞めさせたとか。
では、その辞めさせられた職員が悪いか、と云うと。 全くそうでもないのです。 どうやら優しくでも、人として気に入らないと云うだけで、感覚的な問題で気に入らないと敵意を向けるのです。 Sさんは、偶々にその真田さんの嫌がる琴線には引っ掛からなかっただけで。 他の職員も、新しく来た人の良い職員だったり、派遣で来たご年輩のスタッフにも、敵意を見せる事が在ったとか。
そして、篠田さんが1年ほど務めた頃でしょうか。 新しいスタッフで、30代のTさんと云う方が入って来ました。 20代の頃、結婚した旦那さんのお母さんがアルツハイマーに罹り。 その介護をする上で、幾つか資格を取ったとの事でしたが。 そのお義母さんが亡くなったのを機に、仕事をしたいと入って来た方で。 小柄な割に、少し太めながら体力の有りそうな女性と篠田さんは思いました。 Tさんは、明るく裏表の無い方なので、職員から現場には直ぐに馴れたのです。 何でも話せる半面、素直な為に少し直情な処が面白くも、心配に成る方だったそうな。
ですが、あの真田さんの悪い琴線に触れたらしく、常に真田さんからは毛嫌いされ、暴言を貰う様に成ったのです。 周りの利用者さんから好かれるのも、また気に入らない様でした。
そして、それから3ヶ月ぐらいした時でした。 そこに90歳も半ばを過ぎた梅沢(うめさわ・仮名)さんと云うお婆さんが新たに入所して来たとか。 この梅沢なる老婆は、元は巫女として働いていたとかで。 婿入りにて、神主をされていた同年の旦那さんと合わせてもとても礼儀正しく。 若い職員を相手にしても下に見てくる事も無く、職員へ大切に接してくれたとか。
然し、この梅沢さんに対しても、真田さんは癇に障るのか。 痴呆ながら何か折を見ては、暴言を繰り返すのです。 痴呆とはいえ度々に暴言を繰り返すと、それは或る意味で認知していると変わらないと見える訳で。 職員は、なるべく2人を離して食事をさせたり、レクレーションも近付かせない様に気を配っていましたが…。
何故か。 最悪の組み合わせは、あのTさんが出勤している日。 Tさんは、初めての担当と云う事で、梅沢さんの担当をする事に。 でも、Tさんもお義母さんの介護をしていたので、素人では無いし。 また、梅沢さんも、親身に世話をするTさんには、本当に感謝をする。 その様子が真田さんには癪に触ったのか。 2人が行く処に、突然と暴言を吐いたりするのです。 時には、わざわざにテーブルの上を乗り越えようとして暴れる様に…。
確かに、真田さんと云う方は、御家族には市議会だの、町会議員とか、自営業者が居て。 ご本人も、地元では名前の通った和菓子屋に嫁いだとか。 その生活の中で培った性格的なモノが、今にして暴れている処も見られた。
然し、やはりその内容が悪い。 時に、職員より注意を受けた真田さんの近親や家族が見に来て、言うほど暴言は悪いのか・・と思った目の前で暴言をして。 家族が慌て、娘さんが真田さんを怒鳴って叱る事も出てしまったとか。
篠田さんを始めに職員の皆も、アルツハイマー型の痴呆だから、も少し進行すると分からなくなるだろうと解っていても。 やはり、その全く配慮のない暴言は見過ごせないモノだったのです。 担当する職員も次々と交代して、篠田さんが1人多く担当する事に…。
そして、遂に或る事が起きました。
冬に入る、ある日の事。 その日は、起きてから真田さんがとても気を立てていて。 珍しく誰彼と職員でも、入居者さん相手でも、暴言を繰り返していました。 朝からテレビの話にも反応する様子から、痴呆で興奮していると解ったとか。 そして、その興奮状態は夜まで続き、軽めの眠剤を服用させてもどうしても寝ないのです。
夜、Tさんと篠田さんが夜勤で。 篠田さんが真田さんを寝かそうとしていたのに、廊下をトイレ介助に行くTさんの声を聴いただけで起き上がり。 篠田さんが別の人の介助へ行くと、Tさんと廊下でやり取りするそこへ起きて来た真田さんは、とんでもない暴言を吼えて、Tさんへ掴み掛かりそうに成ったのです。
流石に、何とか真田さんを宥めて施設付きの看護師さんへ相談し、他の入居者さんへ迷惑を掛けない為に、今夜は少し強い薬で落ち着かせようか、と悩んだ最中。
介助に動いていたTさんは、最後に梅沢さんの部屋にて、少しずつ加老にて弱り始めていた梅沢さんを気に掛けて居たとか。 そこへ、何を思ったのか。 ベッドより抜け出した真田さんは、わざわざに廊下の端から端まで歩いて来て。 梅沢さんの部屋にまで勝手に入り、酷い暴言を繰り返してしまったのです。 然も、そこに居たのがTさんで、その激しさは激情型の躁病患者の様だったと。
この大声に篠田さんが気付いて、大慌てとなり駆け付けたそうです。 真田さんを梅沢さんの部屋から出そうとしたそうですが。 興奮から言う事を聞かない真田さんの力は、普段の彼女では無かったとか。
そこへ、看護師さんが来て、漸く真田さんを廊下まで出した、その時でした。 もう生活の多くは車椅子と成っていた筈の梅沢さんが、ヨロヨロと壁伝いながらも部屋のドア前まで出てくると。 喚く真田さんに、その初めて見せる恐ろしい程に怒った顔を近づけて。
“お前は、一体、何様か”
と、とても低い声ながら、ハッキリした口調で言ったとか。
看護師も、篠田さんも、Tさんまでも、普段は優しく穏やかで、品の有る梅沢さんの豹変した言葉に。 この時は、初めて刃の様な威圧感を感じて黙ってしまった。
すると暴れていた真田さんも、梅沢さんに睨まれては、動けなくなるほどに震え始めたとか。
Tさんが、梅沢さんへ声を掛けるも、梅沢さんは真田さんを睨みながら。
“お前と云う人間は、人様に対して何て事を云う。 お前など、魂から呪われて狂え。 これ以上は、他人へ迷惑を掛けるなど許さない”
夜中の施設の廊下で、これまでに梅沢さんが見せた事のない怖い顔をした。 その顔に、真田さんは呼吸でも止まったかの様に怯えて動かなったそうです。 口をパクパク、ワナワナさせて、冬の冷えが染み込む廊下なのにタラタラと脂汗を顔に溢れさせる。
Tさんが梅沢さんを宥め、何とか部屋に戻す。
看護師さんと篠田さんが、真田さんを部屋に戻したそうですが。 その後、真田さんは何かに怯えて部屋を徘徊し、泣いて喚く。
結局、真田さんは、薬で落ち着かせたのですが…。
関係が激変したのは、次の日の朝からだったそうです。
それから梅沢さんは、日に日に衰弱して行く様に見えて。 とても紳士的な同年の旦那さんとTさんに見守られ、入所から3年目の秋に亡くなったのですが。
処が、問題は真田さんでした。 この時の夜の一件より、梅沢さんを怖がって近寄らなくなり。 Tさんを相手すると、とても怖がって介護される事を嫌がる。 何よりも、まだアルツハイマーを発症して2年目ほどだった筈なのに、梅沢さんが弱る事に同調する速度で、真田さんの痴呆が進行して行くのです。 その進行は、普通では無い、若年型のアルツハイマーの様で。 医師も、施設の看護師さんも、70の半ばに近い彼女にしては、信じられないと言っていたとか。
梅沢さんが車椅子無しでは、食堂へ来る事も難しく成った時。 真田さんは、暴言よりも奇言や幻覚でも見ているかの様なおかしな行動が増え、時に関係先となる病院へ入院する事態まで。 そして、梅沢さんが亡くなってから3ヶ月もしないウチに、発狂した様に興奮を繰り返して病院への入退院を繰り返し。 その後、突然に心臓の発作が来て亡くなったのです。
さて、ここまで来ると、“何が奇妙な事?”と思われる様ですが。 問題なのは、この2人が亡くなるまでの間です。 篠田さんが、Mさんに語った事ですが。
「だけどさ、Mさん。 梅沢さんが弱り始めての頃から、施設ではね。 時々、おかしな目撃が後を絶たなかったのよ」
「Sさん、何の事?」
「それがさ、ある日の朝に、日勤で出た時よ」
職員が集まり、給湯室で食事の配膳を準備している時だった。 運ばれた食材を湯煎している夜勤者が、早番の職員に言っていた。
“ね、時々なんだけどさ。 真田さんの部屋に、夜中の時だけ梅沢さんが居なかった?”
(はぁ?)
篠田さんは、それは不味いと思ったのですが…。
“あ、私も見たかも。 夜の見回りでそっとお部屋を覗いた時に、幻覚を見たかも。 真田さんの部屋のベットの袂に梅沢さんが立っている様に見えて…。 でも、その前に梅沢さんを見たんだけど、梅沢さんは寝てたのよ。 慌てて梅沢さんの部屋に行ったら、梅沢さんはちゃんと寝てたのよね”
“あっ、やっぱり? 私もね、部屋に入ったら、梅沢さんが消えてるものだから。 こっそり慌てて梅沢さんの部屋に行ったら、ちゃんと寝てた”
職員同士の不思議な話を篠田さんは知ったのです。 そして、それは篠田さんも似た体験をしました。 それも、一度や二度じゃ無い。
そして、真田さんが時々に興奮状態から入院する事も出て来たときに。 真田さんが病院から戻って来た時。 また、最後に亡くなった後も。 提携する病院から付き添いとして来る男性の看護師が、篠田さんへ…。
“あの真田さんって、誰か親しい知り合いとか居ましたかね? 夜な夜な、かなり高齢なお婆さんがベットに立ってるって…。 見た人が、何人も居たんですよ”
ですが、後から語ったSは、こうMさんに言ったとか。
「多分、あの真田さんは、梅沢さんに呪われたのね。 毎夜毎夜、枕元に立っていたとしたら、それはもう呪いしかないわ」
確かに、Mさんもそれは理解したとか。
--------------- ~完~ ---------------
*第14話:〚猫の見上げる所〛
これは、高橋(仮)さんと云う方の体験を又聞きの形で聴いたお話です。
営業部の社員として働いていた高橋さんは、違う業務課の方の女性社員と知り合って、ご結婚されたとか。
さて、この結婚にて、1つだけ面倒が在ったとか。 それは、三兄妹となる家族構成の奥様で、末の一人娘となる奥様をなるべく遠くへ連れ去らないで欲しいと、ご両親から高橋さんへ泣きつかれた事。 仮住まい暮らしの高橋さん御夫婦でしたが、高橋さんが家を購入しようと云う事に成った時に。 奥様のご両親が費用を半分出す、と云う事なので。 結局、奥様主導で家選びをする事に成ってしまったそうなのです。
さて、高橋さん知り合いの不動産屋にこの話をして、幾つかの物件を紹介して貰う事になりました。 そう、例の条件に合う場所を、です。
休日にて、遂に内見へ。 その最初の物件は、立地のとても良い場所だったとか。 先ず、高橋さんの会社とさ程に遠く無い。 また、要望通りに、向こうの御両親の家からも、地方ながら電車で1駅か2駅。 車でも、30分ほど。 そして、周りの環境がとても宜しい。 幼稚園や保育園とも近く。 小学校も、子供の徒歩圏内に2つ。 まさに、最高の物件と高橋さんは感じたのです。 6LDKで、小さくとも庭付き。 お値段も、お手頃価格よりもう少し安く見えた。
(素晴らし過ぎる。 こりゃ、此処で決まりだな)
こう思ったそうなのですが…。
処が、内見をすること少し。 先に高橋さんが側面の庭を縁側となる窓ガラスより眺めて、次にキッチンへ動いた後。 横の裏庭に出る縁側の窓の方を見ていた奥様が、違う物件への案内を不動産屋に言いました。
(え"っ、何でっ?)
奥様の言葉を聴いて、高橋さんは耳を疑ったそうです。 そして、思わず。
「ね、この物件以上の理想は、他に無いよ」
と、奥様へ言ったのですが。
「いいから、他にも有るんだから。 見せて貰いましょうよ」
奥様は、此方へ言い聞かせる様に言って来た。 不動産屋のスタッフも、さり気なく色々と推した。 それなのに奥様は、他の物件の内見を強く催促したのです。
その日、他に4軒ほど内見を済ませてから家に帰った高橋さん。 5件の物件の内容となる情報の紙を並べて夫婦会議と成りました。
この時、こんな無意味は面倒臭いと思った高橋さんで、
「僕の仕事、君の仕事、御両親のお願い、子供が出来た事を考えたら、最初の物件は全ての理想を叶えた物件じゃない? どうして、彼処じゃダメなのさ」
と、高橋さんが聴けば。
奥様は、その物件の情報の書かれた紙を最初っから横に外していて。
「あの家だけは、ダメ。 絶対にっ、ダメ」
此方は、普段のおっとりした気性となる奥様とは思えない程にハッキリ、キッパリと断って来た。
「な、何で?」
「だって、誰も居ない方を見て、野良猫が毛を逆立てるもの。 ああいうのは、絶対にダメな現象よ」
「は、はぁ? 猫で、ダメなの?」
「違うわ。 猫がダメなんじゃ無いの。 猫が、他の猫を相手でも、誰か別の人を見てるとかじゃ無い方を睨んで、あんなに怒るのがダメなの。 てか、アナタ」
「はい?」
「もし、あの家が元は忌み地だったり。 何か悪い事故が在ったりした物件だったら、どーするのよ」
「忌み地? 悪い事故?」
「私っ、お婆ちゃんの血を受け継いでるのか、霊感が有るのよ。 あの家、絶対に普通じゃ無いわよ。 玄関が開いた後から、鳥肌が収まらなかったし…」
こう言われた高橋さんは、その意味が解らない。 色々と説明された結果、あの家は今で言う“事故物件”で。 奥様は、それが怖いとか。
(何だ、そりゃ…)
オカルトなど全く興味も無かった高橋さんで、こんな事であの優良物件が狙いより外されるとは思っても見なかったそうです。
(あ〜ぁ、向こうの御両親から半額出るから、仕方ないなぁ。 もういいや、妻に任せよう)
奥様が絶対にイヤだと言っては、どうしようも成らず。 あの気に入った物件は諦めるしかありませんでした。
処が、それから2ヶ月後。 あの物件よりも少し離れた、別の場所に有る物件で決まり掛けていた時でした。 奥様が決めたのに、ご両親が少し遠いと文句を言ってゴネられている時でした。
取引先の年輩者の方へ商品の案内で伺い。 相手先から喜ばれては、昼を馳走して貰った時です。
お店に入って、座敷に座って直ぐに。 自分の上司より、ヘンな紹介のされ方で。
「いやいや、この高橋君も結婚しましてね」
相手方の社員さんも。
「お、これはおめでたい」
上司は、個人情報なのに此方の事をペラペラと話し合う。
「今、2人の愛の巣を探している最中とか。 休みは、時々に物件を内見してるンだろ?」
内心に、“黙れジジィ”と苦虫を噛んだ高橋さん。
処が、その話の流れにて。 どうやら上司も引っ越そうと云う話が有り、物件を探しているとか。
で、その流れに乗せて、高橋さんがあの優良物件と思った所の話をするや。
「高橋さんっ、その物件は、あ、まさか・・選んで無いよねっ?」
突然、相手先の年配の方から問われた。
高橋さんは、コレを勘繰って捉え。
「あ、もしかして、目を付けてました? いやぁ、あの物件は、最高ですよね」
すると、相手先の年配の方は、先付けで出された鉢物を食べる事も忘れる程の剣幕で。
「違うよっ! あの家は、呪われてるンだ」
てんで方向違いの話が帰って来て、座敷前を通り掛かった店員が足を止めたほど。
「の、のろわ・・てる、ですか?」
驚く高橋さんで、奥様の話がとんでもない角度からブーメランの様に頭へ飛んで来た様な錯覚へ陥りました。
また、店員へ挨拶して動かす上司は、その話に乗り気となり。
「どうゆう事ですかっ?」
と、尋ねた。
この年配の方の話では、あの物件は不動産屋を兼業する反社系の方の息子さんが住んで居たとか。 1年か2年で、一緒に住む女性の顔が変わると言われていたが。 ある時、中々に綺麗な女性が住み始めたとか。 猫が好きらしく、良く庭先にて猫の鳴き声が聞こえたと。
だが、やはり息子は、この綺麗な女性にも飽きたらしい。 別の女性を住まわせるからと、この綺麗な女性を追い出しに掛かった。 その手始めに何と、女性の飼っていた猫を何匹か殺したとか。 元々から生き物を飼うなどする人物ではなかったと云う。
処が、この別れ話が拗れたらしい。 こつ然と、女性は行方不明となり。 それまで毎日毎日と続いていた喧嘩は、ピタリと止んだとか。 然し、その後にこの息子は、新しい派手目の姿となる女性と同棲を始めるも。 夜中に悲鳴を上げたり、誰も居ない方を見てはすっ転ぶ程に驚いたりと奇行が目立つ様になり。 遂には、気をおかしくして入院となり。 あの物件が売りに出されたとか。
怖い話と、高橋さんは困り。
「あ、ウチの妻が、猫の見ている方がおかしいから、あの家はダメって辞めさせられたンですけど…」
すると、取引先の年配の方は手を叩いて、高橋さんに指を指す。
「高橋さん、君。 その奥様は、大切にしなきゃダメだよ。 そう云う事を防いでくれる人は、君にしても絶対に得だ!」
結婚に、損得を持ち込むのはどうか、と高橋さんは困ったが。
上司と年配の方の話は続いて。
「あの、その消えた綺麗な女性は、見つかったんですか?」
「いや、警察も調べに入ったそうですが。 見つからなかったとか、まさか・・下に埋められてるとは思えないけどね」
2人の話を聴いて、背筋が震えた高橋さん。
(マジか…)
全く予期しない、他人から事情を聴いて、その物件が事故物件だと云う事を知ったとか。 いや、まだ事件にも成って無い。 殺されたのは、猫だけなのだが…。
高橋さんは夜に家に帰って、奥様へその話をすると。
「あのね、アナタ。 猫だって、何も見えないで、何処にでも苛立つなんて普通はしないのよ。 って言うか、アナタ。 内見の時に猫、見えてた?」
こう問われた時に、思い出して高橋さんはまた背筋が震えたそうです。 確かに、フーフーと怒る猫の声は聴こえていたのに、奥さんが窓の外にいると言ったから居ると思っただけで。 先に窓から裏庭を見た時に、猫なんて見ていなかったのです。
--------------- ~完~ ---------------
第15話:〚霊感の在るSさん〛
このお話は、或る仕事で短い間を一緒したSさん。 ショウ(仮名)さんのお話です。 霊感が有る方で。 本人はそう言わなかったのですが、半年ほど一緒に仕事をしていて。
“あぁ、この人はそうゆう人なんだな”
と、感じたのです。
金属加工の工場にて、私は資材搬入から清掃や補助作業員として働き始めました。 このショウさんは、その当時で50代半ばとなる痩せた方でした。 多くは語らない方で、此方から聴いた方が色々と教えて貰える性格なので、まぁ工場には良く居る方と感じました。
さて、ある日の事。 私が務め始めてからひと月半ほどしたある秋の始めでした。 工場の最年長となる作業員で、カンさんなる男性が仕事に来なかったのです。 普段ならば、作業員の中でも1番か、遅くても2番に来て休憩所となる外付けのプレハブハウスの定位置に座って居たカンさんでした。
自分が少し早めに来て、着替えて休憩所に入ると、既にショウさんが来ていました。
その時から、
“カンさん、来てないか”
と、ショウさんに問われたり。
朝、仕事の始業時間が迫ると、ソワソワするショウさんで。 他の方が出勤して、どうしたのかとショウさんへ話し掛けると。
「カンさんが来てないな」
と、繰り返す。
もう10分前になるや、まだカンさんは来てません。 ショウさんは、その頃に休憩所を出て行きました。
ギリギリの時間に来る社員さんは、ショウさんが居ない事を心配し。 先に来ていた私や他の社員さんから、ショウさんが事務室に行った事を知る。 そして、同時にカンさんが来てないと知るのです。
そして、仕事始めと成る時、ミーティングには専務となる社長の息子さんがショウさんと来て。 本日の午前中の工場業務の仕切りを、現場主任となる方に任せると言いました。
「あ〜〜みんな、聴いてくれ。 今朝、カンさんが倒れたみたいだ。 カンさんは、身寄りの居ない人だから、俺とショウが様子を見に行く。 悪いが、午前中はみんなで頼むな」
その日は、何となく時間の流れが緩慢に感じられ。 昼過ぎに戻ったショウさんの話では、心筋梗塞か、脳梗塞か、詳しい事は解りませんが。 カンさんは亡くなったとの事でした。
ですが、この時に私は、少しおかしいと思ったのです。 ショウさんは、どうも朝に出勤して来た時に、何となくその事に気付いて居た様な気がしたのです。 朝から話すと、カンさんが来ていない事を頻りに気にして。 また、体調不良で休むとも考えられるのに、その安否確認をとても気にされて居た。 カンさんが救急車で運ばれた経緯に、ショウさんが関わる事は無い。 どうもおかしい、と思ったのです。
何故、自分がこう思ったか。 実は、私の父親も霊感が在る方で。 現実主義的な思考の人間のクセに、怪奇現象や心霊現象のテレビは、論理的では無く感情的に毛嫌いし。 過去に務めていた施設の利用者の方が亡くなった時には、何度も、窓の外だの、玄関にその人が来た事を言って。 夜中か、次の日には、その方の訃報が届いたりする。 時々だろう、なんですが。 霊が見えたり、感じたりしているらしい様子が見えたのです。
何せ、普段から霊の話は嫌ってしない父でしたが。 ある時、酔っ払っては、突然に沁々とした様子となり。
“何でか解らねぇが、不思議なんだよな。 アイツ等、別に何をする訳じゃ無い。 恨まれたりしないならば、そんなに悪いモノじゃ無いんだよ”
夜に刑事モノとなる2時間ドラマを観ていた時に、急に父親がこんな事を云うので。
“オヤジ、何の話をしてる?”
すると酔っ払っている父親は、まるで当然と云う雰囲気で。
“決まってるだろ、幽霊だよ”
普段から本当に幽霊に関わるモノを毛嫌いする上に、心霊写真の出てくるテレビを自分が観ていると。
“フン、嘘っぱちだ”
と、チャンネルを変える様に言って来て。 中でも、何かの写真に成った時。
“いいから変えろ!”
と、珍しくリモコンを取って勝手に変えたり。
または、酔っ払っては、
“お前達は、見えねぇのか”
と、ブツクサ言って余所見したり、他の事をする。
そして、とても金縛りに遭う事が多く。 酷く酔っ払って気が緩むと自身の霊体験をポツポツと語る処も有り。 近くに居る息子として、霊感を1番に否定するのに、それを理解もしているのが父親と感じていました。
さて、その父と似た様な事をしたショウさんで、慌て方がどうもおかしいと思ったのです。 なので、ある日の夕方です。 ショウさんと2人して駐車場に向かう時に、自分がその事をそれとなく問うと。
“蒼雲よ、お前な。 鋭いのは良いとしても、誰にでも口にするなよ”
と、窘められた後で。
“あの木、解るだろ?”
ショウさんが指さしたのは、駐車場の端に有る杠(ユズリハ)の木です。
“あ、はい。 カンさんが、ユズリハの木って言ってましたね”
で、実はこのユズリハの木は、駐輪場の外れとなり。 駐車場の中でも駐輪場の近くに、カンさんは何時もスクーターを停めていたのです。
ショウさんは、茜色と夕闇の中で立ち止まるまま。
“あの日、あのユズリハの所にカンさんが居たんだ。 朝に出勤して来た時に、何であの木の所にカンさんが居るのか解らなかった。 だけど、お前や他の人が出勤して来ても、誰もカンさんを見てない。 もしかしたら、カンさんは死んだんじゃないかってな。 始業の頃までは、生霊の気配だったが。 俺と専務がカンさんの所に行こうとした時、杠の下に居たカンさんの顔色が違ってた”
答えを聴いて、“嗚呼、なるほどな”と、自分には腑に落ちたのです。
また、この事を、私個人の意見として裏付ける様な、納得のいく事もありました。
それは、仕事納めとなる年末の事。 この工場では、周囲の工場の敷地の外の縁となる道路沿いの清掃をするのです。 寒い中で、用水路と道路沿いに挟まれた幅の少し広い畔の様な所を掃除して行く。
この時、普段から仕事などは他人任せにしないショウさんでしたが。 何故か、途中まで一緒に清掃をしていたのに、急に作業の手を止めると。
“蒼雲、○○、田中さん、みんなでこのまま角まで頼むな。 俺は、向こうの道の手伝いに行くよ”
1番、ゴミの多いであろう道沿いだったので、若い社員はショウさんの背中を見て。
“何で? 向こうは、事務方とか、他の人がいっぱい行ってるじゃん”
と、不満を出した。
で、ショウさんと入れ替わりで、女性の事務方が2人ほど応援に来ました。
ですが、もう少し先に行った所で、自分にはそのショウさんの行動が理解する事が出来ました。 道の先、横道とぶつかる所で、花束が添えられているのを見たのです。
“あれ、花束が有る”
ワザと自分が云うと、女性の事務方の方が。
“あ〜、今年の始めに、轢き逃げが在ったのよ。 女子高生だが、中学生が亡くなってるのよ。”
この時、脳裏に浮かんだのは。
(そっか、ショウさんには視えたな)
清掃を終えて戻ると、誰よりも動いていたらしき汗だくのショウさんが居ました。
“蒼雲、悪いな”
“いえ、嫌なモノは仕方ないっスよ”
応えた時、ショウさんは意味深に頷きました。
--------------- ~完~ ---------------
第16話:〚駆除された動物達の咆哮〛
この話、実は似たようなモノとして、複数のお話が在ります。 1人は、私の父から聴いたお話。 また、私の経験。 他、その他のご年配の方からのお話。 様々な年代の様々なお話などが入り交じるモノです。 ですが今回は、Sさんのお話を元にします。
昭和中頃。 高度経済成長や東京オリンピックが終わった後の頃。 ハセガワ(仮名)さんは、若くして北陸のとある街で工場作業員として働いていたそうです。
その時、作業員として古株となる、復員兵だった福永(仮名)さん。 韓国人の血を引くチョウ(仮名)さんと、同年代となる高山(仮名)さんに新入りのハセガワさんの4人で、衣料を扱う現場にてアイロンやら、ハンガーに掛かる大量の衣服を大手の衣料店に卸す仕事をしていたとか。 暑い現場の工場では、大汗を流すのが当たり前で。 若い人が入って来ても、半分はひと月以内に辞めることも在ったそうです。
さて、ハセガワさんは、中途採用にて夏から入り。 まだクーラーなど無い頃で、扇風機と換気扇で工場内を換気するぐらいの中、冷蔵庫で冷やしたトマトやキュウリに味噌を付けて食べたり。 夏は、スイカやウリに塩を掛けて食べたりして、梅干しも併せて水分補給をしていた様な時代だったとか。
何とか夏の過酷な時期が過ぎて、涼しい秋が来た頃。 仕事に慣れて来たハセガワさんは、高山さんや福永さんから誘われて、時に飲みに出る様に成って居ました。
また、時々に。 当時の大型トラックで、商品となるシャツだのスカートを運んで来る気難しい爺様が。
“ハセガワぁ、あの2人から呑みに誘われたら、絶対に断るなよ。 あの2人に気に入られりゃ、この現場じゃ虐められる事もねぇ”
この意見は、正にホンモノでした。
幾つか、工程の別れていた工場内でしたが。 倉庫から別の商品やら預かり品を保管作業をする日雇いの人達は、荒くれた性格の男性達が多く。 初めてその方に手伝いへ行ったハセガワさんは、いきなり胸ぐらを掴まれて凄まれたとか。
すると、そこへ。
“止めろ。 人手が足りなくなる。 おめぇらの荒っぽい仕事のやり方じゃ、品物が傷んで困るンだ”
福永さんが言ってくれて、その場は収まりましたが。
数年間、喧嘩でこの連中が捕まるまでの間、ハセガワさんは倉庫の手伝いはしたくなかったと言います。
さて、人員の大幅な入れ替えと、倉庫の業務が完全に子会社化だかされて、本社は衣料の卸し等に専念となる頃。 ハセガワさんが入社してから、4年が経過した時。 裁縫作業の匠となる年輩の男性3人中でも、殆ど話した事の無いチョウさんから。
「ハセガワよぉ」
休憩の時に、外のトイレに行った時に声を掛けられました。 技師として、シミ抜きから手直しまで、何でも出来るチョウさんでしたが。 やはり、過去の歴史として、朝鮮半島が旧日本軍の支配を受けた時に、日本に祖父が連れて来られて。 飲んだくれだった父親が早逝し、チョウさんが大家族の兄弟を支えて今日まで生きて来たらしいとのこと。 寡黙で、人との付き合いを殆どしない人でしたが、ハセガワさんが真面目に働いて来た結果なのか。
「チョウさん、何か有りましたか?」
「いやぁ、お前は何でも食べられる方か」
突然の質問で、少し面食らいましたが。
「あ、あ〜、別に嫌いなモノは無いですけど…」
すると、隣の畑を眺めるチョウさんより。
「肉類は、好きか?」
「あ、大好きですね」
「そうか。 お前がいいなら、焼肉とか食べるか? 近々、沢山入るからよ。 今、俺は嫁と娘しか居ないから、多くは食べきれないンだ」
「え、伺ってイイんですか?」
「韓国風の焼肉で、ニンニクとか、ニラとか、ネギとか、臭いけどな」
「大丈夫です」
肉好きのハセガワさんは、田舎の頃を思い出したとか。 農家ばかりがご近所で、朝に捌いたニワトリだの、捌いた豚肉を貰ったりしていたとか。
その日、夕方にチョウさんに連れられて工場からもほど近い山野の中に。 周りを薮や林に囲まれた中に、木造の頑丈そうな平屋が有った。 真新しい家ではなかったが、当時は古い木造家屋など何処にでも在ったから、大して変とも思わなかったとか。
「入ってくれ。 先に、風呂にでも入ってくれ」
汗だくとなる仕事ですから、いきなり風呂とは有難い。 共同のトイレや食堂となる四畳半のアパート暮らしだったハセガワさんでしたから、風呂は近所の銭湯に行かなければ入れないのです。 成は少し狭いものの、檜の湯殿みたいな風呂。 とても綺麗な娘さんが、下着の替えまで出してくれて。 当時は、洗って在れば他人のモノどうこうを気にしている時代では無かった。
身体を洗って出ると、炭火となる火の上に鉄板を置ける机型のテーブルが在り。 風呂に入るチョウさんを待つまで、中年の奥さんや娘さんの世話を受けて、ハセガワさんはビールを飲んだりしていました。
「おし、おし、なら食べるか」
チョウさんが風呂より上がって来ると、韓国風の辛みダレを纏った肉が焼かれる。 とんでもなくいい匂いがして、食欲を誘ったとか。
次の日が休みなので、ハセガワさんはたらふく食べたそうです。 洗った服を使い古したビニール袋に入れて貰い、家に帰ることにしたハセガワさん。 酔いも有り、とても気持ちが良かったのですが…。
家から出て、綺麗な娘さんが道まで案内をしてくれる。 まだ10代の娘さんらしいのですが、身体は成人した様なモノでとても綺麗と思えたらしい。
敷地内の野道みたいな所を歩く時、林の奥から何か聴こえて来る気がしたとか。 娘さんと話をするハセガワさんは、犬やら猫の声が聴こえて。
(もしかして、多頭飼いをしているのかな?)
こう思ったとか。
実は、ハセガワさんのご近所には、犬を沢山のケージで飼育する販売業者が居たりしたのです。
次第に、それは何故かハッキリ聴こえて来た。 犬、猫、ニワトリ、豚や牛の声も。
(あら、林の向こうは、農家か)
ハセガワさんの家でも、猫や犬は居ましたし。 隣だ、向かいから牛だの豚の鳴き声はする。 自分の家にも、周りも、ニワトリは居ましたし。 当然、農家が在ると思ったのですが…。
道路に出た所で、娘さんと別れの挨拶をする。 20代半ばに成るハセガワさんは、1人で歩いてアパートの在る街の方へ向かい始めました。
チョウさんの家の在る林や星空を見上げて、まだ春となる頃の肌寒さを感じていて。
(家に帰ったら、上着とズボンを洗わなきゃな…)
そう思った時です。
“ヴぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!”
冷たい風が吹いて、風の音に獣の声が聴こえました。
「わっ」
遠くから聴こえて来た割に、それは心を揺さぶる何かが籠り。 冷たい風に吹かれて、ハセガワさんは背筋がブルっと震えたとか。 タダの寒さではない、恐怖に近い感覚だったと云います。
通りをトラックが走っても、そのトラックの存在が感じられない程に驚いたハセガワさんで。
「・・・あれ」
林の向こうには、星明かりにて何となく建屋が在ると解れども。 農家らしい家は見えなかったのです。
(あの影に成ってる建物は、何だろう)
疑問が湧いて、一瞬だけ其方に行こうとしましたが。
(バカか。 畑の中を歩いて、向こうの林に? ・・何で、そんなことをしなきゃ成らないンだ?)
それこそ本当に、“我へ返る”をそのままにして。 街へと歩き出しました。
それから珍しく連休明け、工場へと出勤をしたハセガワさん。 この日は、各週休でチョウさんが休みでした。 土日も、急ぎの仕事に出る事があるチョウさんなので、普段通りに休みと思ったハセガワさん。
さて、朝から汗だくとなる仕事の中で、午前中の休憩中です。 事務所から来た社長の奥さんが、林檎を切って持って来てくれた時に。
福永さんと高山さんが。
高山「ハセガワ。 お前、先週の仕事終わりにチョウさんから誘われたって?」
福永「もしかして、焼肉か?」
2人から言われて、ハセガワさんは頷く。
「はい。 韓国風の唐辛子が効いたタレのヤツでした。 美味かったですね」
すると、福永さんがタバコに火を付けて。
「ハセガワ。 お前、何の肉を食ってたのか、解らないのか?」
「いいえ、豚肉か、兎に近かったですかね」
すると、高山さんもタバコを取り出して。
「違うぞ。 多分は、犬や猫だ」
林檎を一齧りした後、更に食べようとしたハセガワさんの手が止まる。
去年より入って来た20歳ぐらいの若者の従業員から。
「うぇっ、犬や猫ぉっ?」
頷く福永さんで。
「チョウさんは、朝鮮の血が混じるからな。 犬は食べる筈だ」
高山さんも、少し遠い目をして。
「戦時中の食糧難の時は、日本人でも犬は食べてた。 俺らの親父や爺さんも、茶色、黒、白の順に美味いとか言ってたよ」
若い従業員は、尚に驚いて。
「茶色とか黒って、毛色ですか?」
2人して頷き。
高山さんは、更に。
「戦時中から戦後の、本当に何も食べるモノが無い時。 犬だけじゃなくて、猫とかも食っている人は居たらしからな」
タバコを吹かした福永さんからも。
「だって、俺の従兄弟は親子して、猟師免許も持ってるからよ。 雀だの、タヌキだの、鴨やガチョウなんかも食べてるよ。 大体、ザリガニだって、ウシガエルだって、明治だかの頃にその為に持ち込まれたからな」
歴史の事に、若者はカルチャーショックを受けていましたが。 ハセガワさんは、何となく納得したそうです。
それと云うのも、ハセガワさんの父方の叔父さんは、飼っていた犬を盗みに来た若者と取っ組み合いとなり。 倒された時に頭を打っては、脳内出血で亡くなったとか。 戦後の混乱期、物を盗む人もそれなりに居て。 また、様々なモノを食べる習慣は、ハセガワさんでも目の当たりにしたとか。
また、小学生の頃には、少し離れた野っ原のボロボロの家に住む老人が、ハセガワさんの近所を尋ねて周り。
「ネコでも、犬でも、何でもイイ。 もう歳で死にそうなヤツは居ないかい?」
と、聴いてきた事が有った。
(そう云えば、あの建物は…)
ハセガワさんは、再燃した疑問を尋ねる事に。
すると、その疑問を聴いては高山さんから。
「あぁ、あの家はよ。 10年ぐらい前までは、屠殺場を持った家だった。 今は、別の人に渡って、犬や猫を飼ってるって聴いた。 それも、保健所の駆除の対象で捕まった犬猫とか」
福永さんからも。
「周りの家は、少し困ってるってよ。 夜に時々、犬や猫が凄く寂しそうに鳴き声を出すとか。 一匹や二匹じゃ無いから、煩くて怖いとよ」
その時、ハセガワさんの頭には、1つの仮想とした答えが湧き上がった。
(チョウさん、近い親戚って言ってた様な。 もしかすると、親戚が住んでいて。 そうか、そっか…)
然し、次の日にチョウさんと会っても、ハセガワさんは何も言わなかったそうです。 何故ならば。
“牛や豚やニワトリと、犬や猫やその他は違わない。 駆除で殺されるのも、食べる為に殺すのも変わらない。 大体、肉類を食べる事と、野菜を食べる事に大きな違いも無い。 植物なら良くて、動物は悪いなど最低の差別だ。 そうしたことを目的に飼い始めた人で、そうしたことを目的に栽培してる。 生命に重さが有って、それが大切ならば。 林檎1つも、植物にすれば赤子と同じだ。 無駄はしちゃならないし、イルカや鯨を食べる文化、犬や猫や他の動物を食べる文化、虫やその他の自然を食べる文化に、差は無い”
こう思っていたからです。
ある時、この会話の時に居合わせた若い従業員が、後に影でチョウさん達の文化を悪く言った時に。
“なら、聴く。 食べられる様に煮込んだり、焼いたりして魚や動物の骨やら軟骨を食べるってのは、植物にしたらその繊維を齧るに近くないか? 肉汁は、野菜を齧って味わう野菜の味と同じだろ? 動物も、野菜も、育ててるのは、食べるためだ。 それに、飼ってる犬や猫を平気で捨ててる人が居るのに、その処分を誰かに任せて。 それが意向に沿わないと文句って云うのは、ちょっと違わないか? それが嫌で、文句を云うならば、お前はそうした動物を引き取れよ”
普段、ハセガワさんは人に文句など言わなかったそうですが。 時々、こんな話で口論をする事は有ったとか。 高山さんも、福永さんも、チョウさんも、そうした話はしない様にしていたそうです。 同じく生きる人と人だから、配慮していたのかも知れない。
そして、チョウさんの娘さんとハセガワさんは、駆け落ちでは無いですが。 街に移り住んだとか。 チョウさんは反対しませんでしたが、お母さんの方が反対で。 どうやら、近くの親戚と娘さんは、結婚する様なことを確認していたとか。
まぁ、好きになった者同士が1番とすると、それはそれで良かったと。
ですが、後にハセガワさんは聴いたそうです。 駆除の対象となった犬や猫を引き取って、食べていたその親戚の家では。 時に、犬でもない、猫でもない獣の咆哮が聴こえる事が在ると。 とても悲しくて、娘さんは怖くて、それが親戚と結婚すのが嫌な理由の一つだったと…。
--------------- ~完~ ---------------
第17話:〚夕方の闇に立つ親子〛
秦野(仮名:ハタノ)さんと云う方の体験談です。
この秦野さんは、長女、長男の2人を連れて離婚をしたそうです。 まぁ、理由は、昔から良くある話で。 酒癖が悪く、暴力を振るうし。 定職に就かず、働いても長続きしないから。
見合い結婚だったらしいのですが、向こうの家族が相手のそうゆう風な所を見せなかったし。 また、結婚まで付き合う期間が短かったとか、理由は色々と。
それでも、別れた秦野さんは、心機一転と借家を借りて仕事を始めました。 子連れながら、もう2人は小学生6年と、2年。 小中学生が程々に近く、送り迎えの必要が無い所を探して、子供達も協力的だったとか。
3ヶ月ほど過ぎて、秦野さんが夕方に帰って来て。 駅前のスーパーでお惣菜だけを買って帰った夜に。 何時も通りに手伝ってくれる下の長男から。
「ね、お母さん。 この家を借りる時、変な話を聴かなかったの?」
「はぁ? 何の事?」
すると、長女からも。
「この家、呪われてるって」
この当時、この手の心霊だの、恐怖体験だの、テレビでは良くやっていた事で。 秦野さんは、下らない、呆れたと。
「そんな事、ある訳が無いでしょ。 大体、昔から人なんて大勢が亡くなってるわよ。 ここだけ、そんなにいっぱい死んでるって訳じゃ無いでしょ?」
正論を云うも。
長男から。
「でも、知らないお母さんとベビーカーの赤ちゃんを見たって」
長女からも。
「黒いスカートの髪の長いお母さんが、赤ちゃんを抱いて歩いてるって」
2人の話からして、秦野さんは察し。
「同級生の話を鵜呑みにしないの。 そんなの、アナタ達が視てから言ってよ」
子供達の下らない話を黙らせて、学校での会話に切り替えさせた。
ですが、本心としての秦野さんは、子供達の話を全く無視とでもして無かったのです。
(怖いの、止めて欲しいわ。 夜中、縁側の廊下を人が歩く音が時々するのに…)
この家を借りる時に、説明は受けたのです。 この家を建てた家族は、祖母と息子と孫だけ。 奥さんが蒸発して、息子は荒れて。 お孫さんの面倒は、祖母が見ていたとか。 然し、他に女性を作った息子さんは、次第に家へ帰らなくなり。 ある日、何が原因か、お婆さんが首を括っていたとか。 また、後からこの家を借りた一家は、若いお母さんが息子を抱えて散歩していた時に。 乱暴な運転で突っ込んだ自転車の所為でか息子さんが亡くなり。 おかしくなったお母さんも、理由は解らないものの亡くなったとか。
この2つの出来事が招いた事なのか、家の中では人の歩く足音や赤子の泣く声が聞こえたり。 また、外では、黒い姿の女性が子供を抱いている霊が見えると噂が絶えないとか。
現に、この家を挟む様にして玄関側、裏の勝手口側には、ブロック塀に沿って車1台が通れる程の道が在るのですが。 バス停に近いのも、利用に便利なのも表側の道なのに。 朝の通勤、帰りの帰宅時と、通っている人が多いのは裏道なのです。 程なく近い工場の社宅となるアパートが在るのも、新しい住宅の集まりが在るのも、表の道の方が絶対に近いのに…。
安い価格で借りれる訳を教えて貰ったのですが。 生活を立て直す為には、家賃でも抑えたいと借りたのです。
(はァァ、引っ越す資金は、まだ出来て無いのに…)
その夜、秦野さんは遠くと思える所から、子供の泣く声を聴いて布団を被りました。 気の所為なのか、近くに赤ん坊が居る家が在るのか、そう言い聞かせて…。
ですが、次の日。
起きてきた娘とおはようの挨拶を交わすや。
「お母さん」
「ん?」
「昨日の夜に、赤ちゃんの鳴き声が聴こえたけど?」
「えっ?」
自分も聞こえていたので、驚くだけ。
すると、秦野さんのお父様とは、元弁護士とかで。 とても察しの鋭い方だったらしいのですが。 この娘さんも似ているのか。
「あ、お母さんも聞こえてたんだ」
「え? な、何で?」
「“何処”とか、“何か見たの”って、普通の時のお母さんなら聴くじゃん」
「………」
私が黙ると、冷蔵庫を開ける娘が。
「はぁ、何で赤ちゃん何だろう。 可哀想な事は、ヤダなぁ」
そこへ、息子も起きて来て。
「ねぇ、赤ちゃんって、この辺に居る?」
娘がジュースを取り出しなから。
「あっ、ヤッパリ聞こえてたんだ」
「お姉ちゃんも?」
ジュースを分け合って話し合う子供達に、秦野さんは引っ越そうかと悩みました。
その時、息子さんから。
「ね、お母さん」
「あ、ん?」
「もしさ、僕がお父さんに殴られたり、蹴られたりして死んだら、お母さんはどうしたの?」
この息子からの質問で、秦野さんは急に我へと返りました。
「冗談じゃ無いわよっ。 そんな事、させるものですかっ!」
思わず、感情的と成ったとか。 実は、夫から息子や娘への酔っ払っての暴力は、本当に有ったことなのです。
息子さんは、声をゆっくりにして。
「悲しい?」
「当たり前でしょ! そ、そんな事っ、それが嫌だから別れたのよ!」
娘さんが、
「そんに怒鳴らくてもいいじゃん」
と、言うと。
「じゃあ、赤ちゃんが死んだお母さんは、とってもとっても悲しいよね。 無念って云うモノがいっぱい有ると、死んだ人ってジョウブツが出来なくて幽霊に成るんでしょ? 幽霊になったお母さん、可哀想だよね」
「・・・そう、ね」
月並みと云えば、そうなのかも知れませんが。 秦野さんは、息子さんの意見がすんなり理解が出来ました。 自分がもし、夫に子供を奪われたらと思うと、化けて出てでも仕返しをしたいと思ったからだそうです。
さて、それから3ヶ月ほど過ぎて、年末年始と成った時。 自分の母親からの電話で、唯一と言って構わない。 息子や娘を可愛がってくれた、元夫の父親が亡くなっていた事を知りました。 それでも、まだ元夫が自分達を探して居る様子も在ると云うので。
夜に、娘と息子を呼んで。
「あのね、向こうのお爺ちゃん、亡くなったんだって。 玄関でお線香を炊くから、一緒に手を合わせてくれる?」
娘も、息子も、涙を浮かべた。 暴力的な父親を叱っていたのは、向こう側ではこの祖父だけで。 働く秦野さんの、身近な助けだった。 寒空の下で、線香を炊いて手を合わせる。
この時、息子は庭先の、道路に出る押し引きする門の前に行っても手を合わせた。
どうやら娘の話だと、ご近所のお友達から事故や自殺の事は教えられているとか。 人の関わり合いだから、戸を立てても無駄と云うことを秦野さんも感じたそうです。
さて、また半年ほどして、もう娘さんは中学生へ。 息子さんも、小学3年生に。
夏が間近となる梅雨の時に、夕方にバス停から歩くと。
「あら、奥さん。 表から帰るの?」
ご近所のパート帰りの奥様一緒になり。 裏の道から歩くとき。
「あの家もね、幽霊が見えないとね。 私の弟夫婦が、欲しがってたのよ」
「欲しがっていて、止めたんですか」
「だって、私が2回も視ちゃったんだもの」
「あ、あぁ」
ですが、実際に秦野さんも、1度は夕方に黒い服の女性を見ていたのです。 ただ、まだ引っ越す資金もないので。
(こっちだって生きてるのよっ! 怖がってたって、他に行く所なんか無いんだから!)
自棄っパチの様に、怒って通り過ぎたのです。
それから、その女性の姿は見てないのですが。 娘は、自転車通学となり、表の門から自転車と共に帰るので。 2度ほど、夕方の闇の中に女性を視たと。 問題は、娘のお友達で、ご近所の女の子も視たとかで。 その子は大慌てで引き返して、裏道から帰ったそうなんです。
困った秦野さんでしたが、目立って害も無いので。 家の中を歩く足音とか、勝手口の脇に在る納屋から時々、赤子の声がする他は何も無いので、我慢が出来ていたのです。
処が、夏休みに入って。
8月の初旬でした。 ゴミを捨てに出た秦野さんは、ご近所の奥様達と会うと。
「ね、秦野さん。 お子さんとか、大丈夫?」
「ウチの息子ね。 お宅の息子さんが大丈夫だからって、前の通りを通ったら、お婆さんを家の縁側に見たって」
「あら、ウチの夫ったら、酔って表側の道を帰ったら、女の人と赤ん坊を見たって」
やはり、2・3の変な話が…。 苦笑いしか出せなかった秦野さんで、困って家へ帰るや。 息子さんと娘さんが、昼間から怖いテレビ放送を見ていて…。
「ちょっと、何で昼間からそんな怖いのを観るのよぉ」
すると、娘さんが。
「だって、何だか他人事じゃ無いし〜」
息子さんは、食い入る様に観て居ました。
その夜、バス停で1つ先の通りへ行くと、去年に出来たファミレスが在るので。 今夜は、そのお店に子供達を連れて行った秦野さん。
その時、手を拭く秦野さんは、ご近所さんのお話を思い出して。
「はぁぁ、ヤダヤダ。 幽霊なんて、不確かなモノなんか何で見るのかしら」
すると、先付けで頼んだジュースを吸った息子さんより。
「でも、あの女の人って、悪い人・・じゃないか。 悪い霊じゃ無いと思うよ」
何の話か、娘さんより。
「何で、そう思うの? 祟ってたりしたら、怖いでしょ」
昼間の心霊番組では、そう言った内容の再現も在り。 娘は、そう言ったと思うのですが。
息子さんは、頼んだハンバーグが来ないか厨房の方を見ながら。
「だって、梅雨の時に見えたから、“こんばんわ”って挨拶したら、頭を下げてくれたよ」
この話には、娘も、秦野さんも、心底から驚いてしまった。
それでも息子さんは、他のお客さんの流れを見ながら。
「腕に抱いてるのに、見えないのかな、赤ちゃん。 お母さんなのに、赤ちゃんが見えないって可哀想だよね」
こんな情が、幽霊に通用するのか解らない秦野さんでしたが。 息子が迷惑とも思って無い様子からして、取り立ててどうこう考えるのも馬鹿らしいと思ったとか。
それから、幽霊の事はあまり気にしない様にした秦野さんは、5年もその借家に住んだそうです。
ただ、私もこの手の話にありがちな事と感じたのは、この話の最後で。
娘さんが高校を卒業する頃、2つの事が秦野さんを困らせていた。
1つは、秦野さんが余りに長く住むので、大家から大幅な値上げを打診された事。
もう1つは、実母も亡くなり、元夫が頼る誰も居なくなったからと。 最近では遂に誰の目を憚ろうともせずに、秦野さん親子を探して居るとの事。
この事は、娘さんには話して在り。 娘さんは、都市部の大学を希望して受かっていた。
家族の会議で、息子さんから都市部に行こうと言われて。 秦野さんも、一念発起と移住を決意したそうです。
処が、移住して、都会の生活にも慣れた半年後。 突然、電話が掛かって来て。 相手は、あの幽霊屋敷の大家さん。 秦野さんの知り合いらしい男性が、あの家に不法侵入をしたらしく。 どうしてか、錯乱して飛び出した先で、車に轢かれて亡くなったとか。
だが、そんな知り合いは居ないと、秦野さんは突っ撥ねましたが…。
後日、親戚に頼んで調べて貰うと、やはり死んだのは元夫でした。 修羅場は無くなったと、大いに安堵した秦野さんでしたが。 夜中に忍び込んだ元夫が錯乱する原因は、例のアレ以外には考えられないと思ったとか。
事を話した娘は、この情の深い娘にて不満となり。
「来なければ良かったのよっ! 馬鹿っ」
と、部屋に消えました。
娘には、事実だけ伝えて、想定された霊の事は言ってませんが。 やっぱり、原因はそれ以外に考えられないと…。
〘霊が見えない、見えるって在りますけど。 祟られるのも、祟られないのも、本人の何かが影響するんでしょうかね〙
私の知人に語った、秦野さんの言葉だそうです。
--------------- ~完~ ---------------
第18話:〚何故か視える光景〛
この話は、メグ(仮名)さんと云う方が言っていたのを、又聞きと云う形で聴いたのです。 何せ、私がこの話を聴いた時は、そのメグさんは亡くなっていたとか。
この手の話は、怪談にありがちと思われます。 俗に言って、『臨死体験』ってヤツですね。
ですが、この手の話も中々に多く。 人の脳の様々な能力を合わせると、嘘と云うのは他人だから出来る事と思ってしまいます。
例えば、私の父。 幼い頃から、そうしたモノが何となく視えていた様ですがね。 父が高校生の時、1500メートル程の山に、友人達と登ったそうです。
山小屋にて、酒だ、タバコだと若さに任せてやっていましたが。 その下山の最後から体調不良となり。 家に帰ると、39℃を超す熱を出して。 医者に診て貰っても、原因不明で。 時に、42℃近くまで行ったとか。
冷静に見れば、恐らくは酒だのタバコをやり過ぎて抵抗力が下がり、高山病に罹ったと息子ながら個人的な診断はしてますが。 医者でも無い私の勝手な判断は、まぁどうでも良いか。
然し、父は高熱が何日も続いて、お医者さんも困ったのでしょう。 抗生物質のペニシリンを打ってみる。 少し、熱は下がれども、改善は無くまた上がる。 その上位となる別の抗生物質を打つも、効果は短い一過性。 仕方なし、最後の手と知り合いの大きな病院から都合して貰ったとか云う、ストレプトマイシンを打って、漸く熱が下がったとか。
父曰く、高校1年生にして、死に掛かったと。
『あの時、3ヶ月はまともに動けなかった。 楽しみは、東京オリンピックだったな』
だ、そうな。
この瀕死、臨死体験にも関わらず。 医者より、“50歳ぐらいまでしか生きられないかも知れない”と言われても、父は酒とタバコを馬鹿の様に続けました。 自棄なのか、その恐怖を麻痺させる為なのか、無謀な生活を続けた父も、61歳で他界しましたが。
時に、酔わないと嫌なのか、何処かを見ては酒を求める父で。 息子とした私の目や記憶からして、時々の夜中に金縛りをして時に、白目を見せて脂汗塗れで至り。 また、人の生き死にに関わる予知みたいなことをする。 予知と言っても、幽霊の存在を示唆するだけですが。 それが、まだ来ない訃報と何度も絡む所を見せられれては、疑うより、信じてしまう訳なんですよ。
また、何の脈絡も無いのに、酔っ払ってポツリと幽霊の事を分析したりする。 なのに、普段は本当にそう言った映像や写真や話を嫌がる。 あの突然に嫌がる様は、視えているのに、それを許容していない心情の現れの様な気がしました。
さて、こんな処も在った父の事が心に在る息子ですから、こんな怖い話や不思議な話が好きなのかも知れませんがね。 この、メグさんのお話は、とても変わって居ると思ったのです。
メグさんは、幼い頃に何らか事件か、事故に巻き込まれて病院へ搬送され。 一時、危篤状態へ堕ちていたそうです。
その時、不思議な夢を見ていたとか。 暗い、星も無い夜空の真下で。 葦か、丈の長い草に囲まれた大きな池か、沼が在る。 その沼をメグさんが見ていると、波紋が現れ。 髪を水に浸した筈の女性が上がって来る。 ジワリ、ジワリ、ジワリと、沼より上がって来る。
なのに、メグさんは不思議な事だらけと、後から回想して口にしたとか。 何より、沼より上がって来たのに、髪の毛は濡れていない。 普通ならば、水をジャバジャバと落として当たり前なのに、黒い服すら濡れて居らず。 水草も、泥も着けて居ない、何となくシースルーの様な黒いドレス調みたいな姿のその女性は、一人称視点のメグさんへ近付くんだそうな。 メグさんは、この時に漸く走って逃げるらしい。 でも、その追いかけっこは、草むらの中を延々と続けて、最後は大きな穴に堕ちて目が覚める。
そう、初めての怖い夢は、こうして終わり。 メグさんは、3日も眠り続けていたとか。
その後、回復したメグさんは、普通に生活をしましたが。 大きな変化は、1つだけ。 時々、幽霊を視る様に成ったとか。
例えば。
祖母の葬式の時に、何人か白装束となる人が来ていて。 親戚のご年配にそっと話をして、その人の特徴を云うや。
“メグちゃん、何でそんな嘘を云うの。 その人は、何年も前に亡くなった人だよ”
と、怒られる。
ですが、その夜。 メグさんが親戚の従兄弟や子供と寝ていると、隣の部屋から話し声がしていて。 何だと思って聞き耳を立てるや。
「なぁ、メグちゃんは、もう1回さ。 頭の病院へ連れて行った方が良くないか」
御両親が、何でか尋ねると。
「あの子、今日の参列者に白装束の者を何人か視たって。 その誰も、メグちゃんが赤ちゃんか、その前に死んだ親戚で。 あの子、顔も知らない筈だ。 夕前に聴いて、一応は叱ったが。 嘘にしちゃ、寧ろ出来すぎだよ」
すると、遠縁ながら、時に良く逢うおばさんが。
「ほら、メグちゃんって、何年か前に死にかけただろ? 亡くなった父さんが言ってたけど、死に損なう体験って、時にそうした事が起こるって言ってた。 もしかするとメグちゃんには、幽霊が視えるのかもね」
こんな話を、朝方までヒソヒソと続けていた家族や親戚。
でも、次の日。
親戚のお兄ちゃんから、メグさんは言われた。
「メグちゃん。 死んだ人を視ても、言わない方が良いよ。 こっちが視えていると解られると、時々だけど着いてくるからね」
どうやら高校生となるこの親戚のお兄ちゃんも、あの参列者に死んだ人を視たそうな。
そして、年に何回か。 あの暗い沼の、知らない女性に追い回される夢を見る。 飛び起きる時、全身が夏でも、冬でも汗だくで。 とんでもなく怖い、必死と成った事だけが疲労から解るのです。
その夢、大人に成るまで見ていたそうです。 そして、幽霊も時に視えていた。
処が、大学3年生の冬。
友人のAさんから、メグさんは飲み会に誘われた。 殆ど、バイトか、勉強だった生活なので。 久しぶりに、飲み会へ出たメグさんでしたが。
Aさんは、知り合いの女性で占い師をするBさんをメグさんへ紹介しました。
夢占いをするBさんは、メグさんの夢の話を聴くと。
「その夢は、とても怖い夢ですよ。 もし、どうしても、もう見たくないならば、その女性の存在と相対してみてはどうでしょうか」
メグさんは、何を言われているのか。
「あの、夢って、どうにか出来るモノですか?」
Bさんは、意識の変え方だと。
「今のメグさんは、夢を見ているだけと、そうお思いでしょうが。 夢の中でも、意識さえ持てれば、行動は変えられる事も在ります。 普段から意識をすること、向かって行く事を意識してみて下さい」
こう言われたメグさんは、何とも困って。
「あのぉ、私って。 悪夢だけ、じゃなくて。 予知夢と云うか、親族が亡くなる夢とかもたまに見て。 それは、かなりの確率で現実と成るんですが。 そうした夢も、変えられる?」
するとBさんは、否定を見せて。
「他の方の人生に関わる夢とは、その人の変えられない何かに関わるから見えているのです。 身体を気遣って、早めに病が見つかるとか。 気に掛ける事で、事故を未然に防ぐなどならば出来ましょうが。 夢の中で、その何かを変える事は無理です。 ですが、貴女の見ている悪夢は、その臨死体験の時に貴女へ近付いた霊的な何かと、貴女の魂が近い位置に在る。 その距離感が変わらない為、延々と見えている様な気が致します」
「じゃ、その距離感を変える事で、見えなくなるかも・・ですか」
「はい」
そこに、傍で聴いていたAさんから。
「Bさん。 その距離感を縮めて、悪い作用って無いの? 夢の中で、逃げ切れてるから何にも起こって無いけど。 追い付かれたら、何か怖い事になりそうな気がするけどなぁ」
メグさんの言いたい本音をAさんが言った。
だが、Bさんの診断からして。
「夢にも色々と在りますが。 その流れの夢の場合、メグさんはとても強い守護霊をお持ちと見えます。 寧ろ、追い付かれて対峙するよりも、ご自分の意識で向かい合う方が宜しいと思います」
こう言われたメグさんは、他に呼ばれている男性の先輩と話す事も出来なかったとか。 で、帰りに駅までAさんと歩く時。
「メグ、ごめんなさい。 あの人、友達の同じ学科の娘でさ。 アマの占い師でも当たるって聴いてたんだ。 でもさ。 何で、怖い夢で、もっと危ない事をしなきゃいけないンだろ」
「ホントだね」
こうして、この日は2人して帰った。 友人のアパートに止まったメグさんで。 久しぶりに、楽しく夜更かしをした。
さて、それから数日した、とても疲れた日の夜だ。 また、あの沼の夢を見た。 この時の夢では、何故か薄らと女性の表情が見えた。 “気がする”、の程度なのだが、時にそんな感じに見える。 薄笑いを浮かべて居た様に見えたメグさん。
早朝の薄暗い中で、寝汗塗れで起きると。
「わ、笑ってた?」
覚えていて、口にした。
腹が立つとか、そんな感覚はなかった。 寧ろ、どうして感情が見えたのか、それが不思議だった。
それから、半月ほどした頃。
「あの、メグさん」
大学の廊下で声を掛けられ、それは知った、前にも聴いた声だなぁ〜と振り返ると。 ソコには、あのBさんが居た。
話掛けられた手前、逃げる訳にも行かないと話せば、学食にて話したいと言われた。 少し遠回しに断っても、更に少し強引に奢られて。 話せば、やはり内容は夢の事。
(何だろ、何で夢の事を頻りに気にするのかな? 他人の夢なのに…)
とても気になって来たメグさんでしたが。 やはり、夢で向かい合うのは怖いので、適当に話を合わせてしまいました。
処が、それから年末まで、Bさんに会う事も無く。 また、バイトに、勉強にと忙しい日々を送っていました。
処が、年末のクリスマス前。 バイトとして務めている工場でミーティングの際に、機械の総点検と入れ替えで年始まで大型連休となる旨が。
“やったぁっ! ゆっくり休めるよ。 久しぶりに、少し長く帰省しようっかな〜”
こう思ったメグさんでした。
処が、休みとなる27日。 午前中に、田舎へ帰る支度をしていると。
(あれ、メール?)
携帯を見れば、相手はAさんから。
(電話して、話しちゃお)
相手に連絡をすれば、折しも直ぐに出たAさん。
さて、長話となった電話から、メグさんは奇妙な話を聞く事になる。
それは、先ず、あのBさんが亡くなったとか。 理由は解らないが、発見者となるBさんの彼氏さん曰く。
“自殺じゃない、アレは自殺じゃない”
どうやらベットの上に、縦ではなく横に寝ていて。 その首に電気のコードが巻き付いていたらしい。 然し、他人が侵入した形跡も、他殺を疑わせる何かもなく。 自殺らしい、との事。
だが、Aさんの言いたかった事は、コレでは無くて。
“ね、あのBさんって、さ。 メグと似た、変な悪夢を見てたって。 然も、沼じゃ無かったみたいだけど、喪服みたいな服装の女性が出てたのは一緒みたい。 もしかして、Bさんってさ。 メグちゃんに、実験させようとしてたンじゃない? あの、飲み会での話って、そうなんじゃないかって思う”
すっかりBさんの事を忘れていたのに、まさかこんな形で存在を感じるとは…。
(まさか、まさか…)
それからメグさんは、この事を忘れる様にしたとか。 そして、夢の話をしなくなったと云います。
ただ、この話を自分が聴いた時に。 Aさんから話を聴いたと云うその人は、言いました。
「でも、メグさんって人、30代で亡くなったみたいよ」
病気か何かと思った私で。
「病ですかね」
「ううん、よく分からないんだけど」
こう言った後、その方は続けて…。
「でも、原因の1つは夢かもね。 だって、現れる女性が、2人に成ったって云うから…」
だ、そうな…。
もう1人って、誰だったんでしょうかね。
--------------- ~完~ ---------------
第19話:〚フィギュアや目を好きな男が大嫌いになった橋本さん〛
橋本(仮名)さんと云う女性のお話です。
橋本さんが若い頃、工場で製造業を主とする中小企業に就職して3年目ぐらいだった頃の話だそうです。 ある日、午後になって休憩となった時。 同じ仕事の先輩から声を掛けられて。
“今夜、呑みに出るけど、一緒に行くか。 10人くらいは、来るらしいぞ”
此処最近は、仕事が少し忙しかったり。 少し前に会社の重役が立て続けに亡くなったとかで、こうした事も無かった数ヶ月だった所為か。
「行きますっ」
久しぶりに楽しもうと、同僚で呑む事に成ったとか。
夕方に職場の先輩達と行けば、忘年会などを開く飲食店の2階が抑えられて居て。 何と、製造現場、営業より合わせて20人は超す社員さん達が来ていた。 1次会となったその場で、普段は顔も合わさない同性、異性と話せた橋本さんで。 かなり、楽しめたそうです。
ですが、1次会の飲み会に出た後で、今度はもっと楽しもうと2次会へ。 半分程は帰りましたが。 同じ職場の仲間内でゲーセンに行く事に成ったそうです。 カラオケやボーリングも出来る場所で、飲みながら皆で楽しくする事に。
すると、製造現場の女性社員で、橋本さんと仲良くなった石田(仮名)さんが、2次会へ行く為に通りを歩く面子を見て。
“うわ、園部さんも来る”
並ぶ橋本さんが振り返ると、そこには眼鏡にやや卑屈そうな笑みを持つ30代と思しい男性が居た。
「あの人の事?」
「園部(仮名:そのべ)って云うの」
「え? もしかして、ヤナ人?」
「ん〜〜、って云うかぁ。 人の事を悪く云うって、良く無いんだろうけどさ。 2年ぐらい前に、東京の方から来たンだって。 私達、現場の同僚の中でも口数が少なくて、あまり誰とも喋らないの。 それのクセして、普段のチョットした会話をコッチがしてるさ。 さも下らない話をするみたいな感じで、話してる人の輪を何処か蔑む様な、嘲笑うかの様に黙って見ている素振りをするのよ。 働いてる時は、あの顔なのに感情なんか無い醒めた様子で、バッタリ会うと悲鳴を上げちゃう」
「へぇ〜〜、仕事ぶりは?」
「まぁまぁ、かな。 2年目を過ぎて、現場の仕事のノルマはこなせてるみたい。 でもさ、あまり残業をしたがらないから、ウチの現場では少し嫌われてる方ね」
集まりの最後方から来る園部なる人物は、橋本さんの目からしても髪が少し長い30歳どうかの男性だった。
但し、その園部さんと橋本さんが眼を合わせてしまった時だ。
(うわっ! やだぁ、気持ち悪いっ!)
何と、園部なる男性が、とても嬉しそうに眼を見開いてニタついた。
隣の女性社員も見ていて。
「ヤダャダヤダっ、変なモノ見ちゃったぁっ!」
2人して背筋を寒くした。
さて、近くに在るアミューズメント施設に向かうと。
“ボーリングやカラオケをして飲む前に、少しゲーセンでも行くか”
と、今回の幹事をする人事部の人が云う。
そして、ゲームコーナーに行くと園部さんが急に行動的となり。 可愛い女の子のフィギュアのクレーンゲームに向かう。
橋本さんは、仲良くなった女性や若い製造現場の男性などと人気のアニメのクレーンゲームに向かう。
そして、20分もした頃に。
“おいおい、園部さん。 アンタ、プロかよ”
と、声がした。
同じクレーンゲームで、2000円以上も費やす同僚も居たが。 橋本さんは何となくその声の方へ。 人となりを知らない園部さんの所に、他の同僚と向かうと。 確かに、オタクっぽい細身のちょいブサ面となる彼だが。 クレーンゲームがかなり上手かった。 見ていると30分ぐらいで、幾つもの商品を取ってしまう。 クレーンゲーム1つに費やすのは、2・300円くらいで人形を取ってしまう。 また、自前の大きなバックも持っていて。 取った景品のフィギュアをバックに入れる。 1時間ほど、熱も入った同僚もいて、何千円とプレイしていたが。 園部さんだけ、バックいっぱいに近くまで人形を取っていた。
そして、カラオケやボーリングをしようと成る前に。
“せっかくだし、ソコの撮影コーナーで記念写真でも取るか”
すると、園部さんが前に出て。
「あ、取らせて下さい。 新しいガラケーも買ったので」
「あ、お願いできるか? デジカメも在るから、両方で頼む」
「はい」
人気アニメのブース、地元のゆるキャラのブースにて、キャラをバックにして、写真を撮りました。
然し、何故か園部さんが1回目の撮影を撮ると、失敗したと2回目の撮影を。 ガラケーの時も、デジカメの時も、2回撮りました。
いざ、飲み会となり、ボーリングをしたり、カラオケをしたり。 で、そのカラオケの最中に、若い社員さんが園部さんへ写真を求めた。 園部さんは、ガラケーの方の2回目の写真を通信機能で彼へ渡した。 デジカメの方も合わせて、みんなで見て、笑った後。 若い彼は、何方の失敗した最初の写真を求めたが…。
“悪い、失敗したから消しちゃったよ”
と、言って来た。
失敗の方も見て、笑いたかったのに阻止されたと。 酔いも有ってか、橋本さんはとても楽しかったとか。
処が、それから数ヶ月が経ったある日。 残暑が厳しい9月の半ばだ。 朝、まだミーティングが始まる前の、始業時間と成った時。 人事の課長が部下の女性を2人ほど連れて、庶務や経理や広報を担う橋本さんの居る部屋に来た。 話をする課長が、
「あ〜〜と、じゃ橋本さん」
声を掛けられたので、
「はい?」
橋本さんが其方へ向くと。
「今日は、業務は他に任せて。 人事のお手伝いを頼むよ。 何だか、急な事らしいからさ」
「あ、はぁ…」
人事の課長が、ダンボールの束を脇に抱えて居て。
「橋本君、悪いね。 急ぎで、荷物を纏めないといけないんだ。 手を貸してくれ」
人事の課長に着いて行く時に、飲み会の後から偶に会って飲む様になった同僚の若い女性と並んで外に出る時。
「ね、前の飲み会の時に、写真を取った園部さんって覚えてる?」
「あ、あーあー、あのチョットオタクっぽい人でしょ? 確か、製造現場の作業員の…」
「そうそう。 その人が失踪しちゃって、部屋の荷物を御家族に送るンだって」
「え? これから荷造り?」
「そう。 部屋の中も解らないから、今から行ってダンボールに荷物を入れるみたい」
「はァァ、何で、このクソ暑い日なのよ。 せめて、冬にしてよ」
さて、アパートに向かうのに、何故か2トン車と乗用車の2台。 少し年上の女性社員は、若くして免許を取ったとかで。 その時の規格では、普通免許で4トン車まで乗れるとか何とか。 車にて社員寮へ向かう最中、人事の課長から今回の仕事に成った説明が聴けた。
失踪した園部さんは、お盆の夏休みに有給を合わせて、長期休暇を取ったらしい。 同じ現場で働く同僚の話では、“旅に出て風景を撮る”と言っていたとか。
処が、先月の20日過ぎに成っても帰って来ず。 無断欠勤が1週間ほど経過した為、本人にも何度と連絡しても電話に出ず、住まいの社宅となる部屋に行っても返事が無い。 部屋には誰も居なく、失踪届けを出す事に成った。
一緒に車に乗った女性社員の1人が。
「課長、園部さんは・・クビですよね」
「当たり前だろうよ。 無断欠勤が今日までで3週間だぞ。 事故だの、危ない目に成ったとかで入院とかなら、まぁ情状酌量の余地は無いことも無いが…」
課長と若い女性社員の2人がする話からして、園部さんは会社の都合で退社となり。 総務課の橋本さんは、先輩社員の2人と若い女性社員を手伝い、園部さんの部屋の片付けをする事に成った。
また、2人の話から聴くとして。 園部さんの荷物をどうするか、人事側は確認するのに大変だったらしい。 何で園部さんが消えたのか、その理由が解らなかったし。 電話にて連絡を繰り返すと、園部さんのご両親とは、園部さんが幼い頃に離婚して両親とも失踪したとかで。 親戚の家を何度か移りながら、彼は成長したことが解った。
で、何とかその育ての親となる方の1人の元に、荷物を送ることで話が着いた。 人事の課長は、とにかく向こうの気持ちが変わらないウチに荷物を送りたいと云う。
工場からさほどに離れていない場所に、5階建てのアパートが有り。 その一室へ向かった橋本さん。 処が、園部さんの部屋を前にして、課長が橋本さんともう1人の若い女性社員へ。
「先に言わせて貰う。 2人とも、入る前に覚悟しろよ。 園部の部屋は、ちょっと怖いぞ」
別の、もう1人となる少し年上の女性社員さんは、その意味を知っているらしい。 俯くと、何処か本当に怯えて居た。
何事かと、身構えた橋本さんだが。 課長さんがガチャっと開けた瞬間、一緒に来た若い女性社員が悲鳴を上げた。 部屋の入口が見えた橋本さんも、ギョッとして絶句した。
(ヒィ!)
開けた瞬間だ、その目に飛び込んで来たのは、無数の人の目の列だ。 人事課の若い女性社員は、腰を抜かして尻餅を突く。 橋本さんも、ドアに寄りかかってしまうが。
先に来て、コレを知っていたのか。 もう1人の少し年上となる女性社員は、見ないで眼を瞑っていた。
「安心しろ、とは言えないが。 これは、人の目玉じゃない。 写真か、何かから目だけを切り抜いて、球簾(たますだれ)の球に貼り付けてあるだけだ」
課長が説明すると、漸くその実態が解って来た橋本さん。 良く見れば、緑色の球簾の球に、写真から切り取った目が貼られている。
「な、何よっ、これ!」
怒りが込み上げた橋本さんが、感情を声に出した。
すると、ダンボールを1つ組み立てていた課長が、
「いや、もっと驚くのは、奥の部屋の中だ。 このとんでもないモノは、手始めになる」
と、その球簾を目の着いたままに外してダンボールへ。
だが、課長の言わんとする事は、その直後から橋本さんと女性社員の目に入って来た。 玄関のマットは、誰かの目の写真を引き伸ばした拡大写真を貼り付けた物。 また、ピンク色のスリッパには、これまた誰かの目を拡大した物が切り抜かれて外側を覆う様に貼り付けられている。
「う、嘘でしょ?」
驚く橋本さんへ、課長がその玄関マットからスリッパをダンボールに入れながら。
「部屋の中は、フィギュアみたいな人形から、マスコットキャラクターのぬいぐるみだらけだ。 然も、全てが此方を向いている。 あらゆる角度から見られているみたいなレイアウトをしてるよ」
「え、えっ?」
橋本さんと、知らなかった若い女性社員は驚いた。 そして、廊下に入ってみれば、勝手に赤い壁紙を壁に貼り付け。 その帯の様に貼り付けた壁紙の1部は接着剤を貼らずにして。 人形をズラズラと挿しては並べて在る。 足元となる廊下との接地面から、天井まで何列もの人形やヌイグルミが所狭しと並べて在り。 また、天井などをどうやったのか、下向きに固定された人形で埋め尽くされていた。
玄関からなんやかんや詰めた2箱ばかりを持つ課長が、
「脚立も持って来るから、3人は手の届く範囲で構わないから人形を取ってダンボールに押し込んでくれ。 とにかく今日中に、出来れば撤去したいんだ」
と、近くまで横付けされた2トン車の方へ持って行く。
どうして・・と思いながらスリッパ、靴、マットやらをダンボールに入れる橋本さんは、持って来たダンボールでは足らないと思った。 ですが、それ以上に困った事は、吐き気との戦いだったと言います。 美少女フィギュア、ぬいぐるみ、ポスターに始まり、人の目だけを切り抜いて貼って在る小物。 また、ポスターも、目だけを拡大したり、顔の目以外をマジックか、修正液らしきモノで塗り潰して目だけを残し。 その塗り潰した所に他の目を貼り付けて有る。 四方八方から目に見られている感覚は、それはそれは恐ろしくて吐きそうだったと。
女性3人で、廊下の様々なモノを撤去するも。 若い女性社員は、既に泣き始めていた。
脚立を課長が持ち込んで、天井のぬいぐるみやらフィギュアやらポスターを剥がし始め。 橋本さんと女性社員2人は、それを畳んだり、仕舞ったりしては、直ぐに次のダンボールを組み立てる。 4人して、タオルを首に掛けての大汗塗れに成る作業だったそうです。
何より、まだ残暑の続く9月。 閉めてクーラーを効かせたかったのですが、閉めるとその目に襲われそうで。 閉めようとする課長の提案を人事の女性社員2人と一緒に拒否った橋本さんは、あの時は無意識そう言ったとか。
さて、この部屋は、園部さんに因って、【目玉だらけの、視線の国】と変貌していた。 廊下だけでは無く、それはトイレも同様で。 何と、便座の裏にまで目の集合体が貼って有り。 バスタブには、昔から在るビニールやプラスチックに包まれたフィギュアや人形の目が取られて貼って在る。 汗だくの若い女性社員は、もうおんおんと泣き出していて。 橋本さんも、何も言わずながらに零れる汗へ合わさる様に頬を伝う涙が、恐怖からのモノと感じて居ました。 少し年上となる女性社員は、気持ち悪いと連呼する。 3人して、どうしてこんな事を・・と文句を言いながら。 課長も、時折に悪態を吐いて、撤去作業をやって居ました。
そして、汗だくのまま、昼の休みに。 1階には、コミュニティルームなるエントランスと続きで休憩場が有り。 課長が近くのコンビニから弁当なり何なりを買って来たのですが。 その休憩場で休む橋本さんや女性社員2人は、食事をする処の気分で無く。 甘い飲料を少しずつ飲みながら、メンタルを取り戻す為の休憩をして潰れて居ました。
午後、最後の難関ともなるリビングへ。 明かりを付けて、リビングに向かうのですが。 開かれっ放しとなるドア前にも、球簾と目の列。 課長がそれを取り外して、橋本さんと若い女性社員が恐る恐る中へ入ろうとして。
「ぎやぁ!」
「わっ!」
後から来た若い女性社員が、滾る様な声を放ち。 橋本さんも、驚いて声を出す。
問題となるリビングは、更に恐ろしい空間と成って居ました。 ドアの内側、リビングに入ろうとすると。 足元には、人1人が何とか通れる目の拡大されたら通りが作られ。 その脇となるフローリングの床から壁に人形がギッシリと。 部屋の壁側面には、壁掛けの布の収納家具が壁を隠すほどに備え付けられ。 その収納場所には、ぎゅうぎゅうとぬいぐるみ等の人形が押し込められながら、顔だけが入口に向いている。
「な・に、コレ…」
腰を抜かし掛けて、壁に寄り添う橋本さん。
倒れた女性社員を避けて前に来た課長が、顔を顰めて。
「自分も、最初にこの部屋を見て驚いた。 ぶっちゃけて、慌てて逃げ出したよ。 あの園部は、何でこんなに目へ拘るのか。 あ、気を付けろよ。 部屋の中は、もっと酷いからな」
とにかく、リビングの入口より撤去を進める橋本さん。 女性社員2人は、泣いて泣いてダンボールを組み立てたり。 パンパンと成ったダンボールの口をガムテープで止めたり。 また、運ぶ作業をする。 自棄に成って来た橋本さんは、壁のぬいぐるみや人形を片っ端からダンボールに詰める。
もう、正常な精神状態から、少し壊れ始めたと思います。
そして、足の踏み場も無い程に寝かせられたぬいぐるみを一部片付けて、奥の部屋に踏み込めば。 一緒に来た若い女性社員が、悲鳴を上げて泣きながら廊下にまた逃げ出した。 橋本さんも、この時は流石に脚がガクガク、ブルブルと震えたとか。
8畳を超えるリビングには、美少女系のフィギュアを中心に、壁が見えない程の数となる人形が部屋を囲み。 ガラスケースの展示ケースには、達磨さんやコケシ、古いフランス人形が入っていて。 天井にも人形が並び。 所々には、人形が部屋の空間に垂れ下がる。
コレだけでも、気が狂いそうに成るのに。 もっと怖いのは、テレビやパソコンだ。 側面や上やらのフレーム部分には、写真から切り抜いた目がベタベタと貼って有り。 また、パソコンの中身を調べると、データの大半は写真だ。 何処そこへ旅行に行き、見掛けた人の姿を取っては、拡大して目を吟味していた。
中でも橋本さんを戦慄させたのは、社員の名前と画像の編集したモノ。 好みの瞳のランクが付けて有り、最高ランクとなる3人の中に、橋本さんが含まれていた事。 拡大された橋本さんの目に、園部さんはかなりの好意を持っていたらしく。
“この鋭さと、澄んだ瞳は宝物。 美しい、とても美味しそうだ。 手にして、口に入れて、飴玉みたいに舐めて、舌で転がしたい。 嗚呼、どんな味がするんだろうか…”
最高ランクの中でも、橋本さんの目を1番と評して。 また、瞳に対する愛着を詩や感想にして綴って在る。 余程、橋本さんの目を気に入ったと見えて、性的な好意をして。 橋本さんに色んな痴態を見せたいだのど………。
興味も無かった男性から、こんな危険な事を思われていたとは…。
作業に戻る橋本さんから、感情が消えてしまい。 課長さんがとても心配した程だったとか。
また、若い女性社員が中身の解らない記憶媒体を調べると、その中には会社よりアパートへ帰る橋本さんの隠し撮り画像が大量に入って居た。 会社より帰宅する様子、ベランダに出ては洗濯物を取り込む様子。
何よりも橋本さんを戦慄とさせたのは、下着の事で。
“嗚呼、最高の眼を持った彼女の下着を手にしなけれ成らない。 先ずは、取り替える為のモノからの入手だな”
単に、下着を取られるのも恥ずかしいし、気持ち悪いのに。 何と、同じ銘柄の、同じサイズのモノを手に入れて入れ替えていた。
“は、橋本さん、気づかなかったの?”
問われても、全く解らなかった橋本さんだった。
この片付けを行うにも、休憩を何度もしながらの作業に成った。 だが、橋本さんも、若い女性社員や年上となる女性社員も、この園部さんの部屋の毒気にあてられた。
そして、やはり1日では無理と判断され。 2日を掛けて粗方の荷物をダンボールに詰めた。 50箱を超える荷物に、正直な処で橋本さんも苛立ちを覚えたらしい。
また、プラスチックの半透明な衣装ケースには、無数の木彫りのお面だったり。 御札の貼られた怖い手作り人形も有った。 これは、そのまま引越し業者に引き渡すと成ったが…。
失踪人扱いとなり、警察も来て事情を聴かれた橋本さん。
そして、園部さんとちょっと仲の良かった若い社員さんの話で、園部さんの事が少し解ったとか。 この園部さんは、人の目が好きらしく。 写真で人の目を良く撮っては、集めて居たとか。 その話で、橋本さんは不気味だった事に納得がいった。 何故ならば、あの園部さんの部屋に有ったコケシだ、お面だ、達磨だ、一部の人形には、人の目をカラーコピーした物が接着剤でベッタリ貼って有ったのたから…。
また、性的な意味に使われる、艶かしい女性の裸体となるフィギュアも有って。 その人形の眼に上から貼られていたのは、どうやら橋本さんの眼だったらしい。 そして、履かされていた下着は、橋本さんのモノを盗んで居た。
そして、この園部さんは、隠していたが妄想癖が強いらしく。 何と、誰に宛てたメールか解らないが、橋本さんを抱いたと仄めかしてもいた。 橋本さんは、連絡先を交換した覚えも無いし、あの飲み会以後に園部さんと会った事も無い。 なのに、園部さんは、橋本さんを抱いてその目をずっと見続けたとか。 快楽で変化する瞳がとても可愛かっただのと、文章の中で言っていたらしい。
現実主義の方となる橋本さんは、ゲームだの、アイドルだの、漫画だのは好きでは無い。 とても、とても園部さんなど範疇には無い。 警察から、2度も話を聴かれて、本当に嫌気が差した。
処が、やはり最近の園部さんは、どうも可笑しくなり始めて居たらしい。 フィギュアやぬいぐるみでは飽き足らず、“呪物”と呼ばれる人形を集め始めたとか。 自殺した家族の家に有った人形とか、殺人事件の現場で血液が付着したモノとかまで集めていたらしい。
何故か。 何でも園部さんと云う人物は、目に見られる事で興奮すると云うらしい。 また、メイド喫茶だの、キャバクラに行くと女性の写真を撮り。 その目を使って興奮をしていたらしい。 この1件が有り、橋本さんはフィギュアだの、人形が好きな男は大嫌いと言ったとか。
ですが、園部さんなる人物は、何処に行ったのか。 また、どうして此処までに、人の目が好きに成ったのか。
その理由は、未だに解らないまま・・らしいですよ。
--------------- ~完~ ---------------
第20話:〚妖怪と遊んで居たコウゾウさん〛
これは、仕事で一緒に働いていた、年輩の方が酔った時に。 変わった話をしていた中で、ポロッと話しいた事で。 私以外となる他の人は、絶対に嘘と思って居た事です。
とある田舎の農村部に、幸三(仮名)さんと云う三男坊がいたそうです。 この幸三さん、お爺さんが霊感を持っていたとか。 お婆さんは、お寺の娘さんと云う。 また、父親は、実家の農家を継いだのですが。 その弟となる叔父さんが、お婆さん方へ養子に行き、お寺を継いだとか。
農家で、寺社とも繋がりが深い幸三さんのお宅には、小さい石の社が在ったそうな。 昔から続く家では在り、その昔は神仏も同じとされたそうで。 その頃から在る石の社と聞かされていたらしいのですが…。
幸三さんが、まだ幼少期。 戦前の時と言いますから、明治か、大正か、昭和初期か。
ある日、母親は親戚が結婚するとかで、実家に手伝いへと戻って居て。 祖父母も居なかった為か、父親の手伝いにて納屋で軽い作業をした後、井戸で水を飲んだとか。 すると、視線に気付いて振り返るや。
(誰?)
白っぽい肌の赤い着物姿となる少女が居たんだそうな。 髪は、おかっぱより少し長く。 5歳だか、4歳の幸三さんと似た年頃の女の子。 でも、近所に居る女の子では無い。 知らない女の子だったとか。
父親が次の作業へ向かう中、幸三さんはこっそりと少女の居る林の方へ。 石の社の影から顔を見せる少女に近づくと。
「アンタ、誰? ウチに、用?」
すると、唇だけ薄い少女は、
「へぇ、ワタシの事が視えるんだね。 名前は?」
「幸三だよ」
「コウゾウね。 アタシ、サチ」
「サッちゃんだね」
ここで、父親から。
「幸三っ、何処にいる?」
呼ばれて、慌てた幸三さん。
「あ、いけない」
振り返って言った幸三さんは、前を見て。
「あ、居ない」
サチなる少女は、もう居なかったとか。
処が、この日を境にして、サチなる少女は時々に現れる様に成ったそうな。 そして、サチはある時、友達と居る幸三さんの横に現れて。
「コウゾウ。 お友達は、アタシの事が見えないね」
驚く幸三さんは、友達にサッちゃんの存在を言ったのに、誰も知らないと。
(幽霊か、妖怪だ!)
祖父母や他より怪談などを聴いていた幸三さんは、驚いたそうですが…。
それでも、怖く無いので。 サッちゃんとは、時に話す事も多かったと言います。 それに、サッちゃんは不思議で。
“コウゾウ。 今日は、畑に行くなら気を付けな。 鎌を持つ両親から、少し離れなきゃダメよ”
と、云う。
すると、ツタを切る母親が難儀して、勢い余って横の畔に在った木にぶつかった。 父親が見ていて、
“危ねぇぞ。 子供を傍に置くなぁ”
本当に、お母さんの傍らには良く幸三さんが居たので、居たら大変なことに成っていた。
また、近隣の友人達と学校に上がって。 ある日、近くの川で釣をしていると。 いきなり、サッちゃんが現れて。
“コウゾウ。 夕方に、酷い夕立が来る。 危ないから、早めに釣は止めな”
と、言われた。
午後まで釣をしていると、雷が成った。
「みんな、大雨に成ったら、川が水嵩を増す。 父ちゃんが危ないっていったから、早く帰って虫籠の見せ合いをしよ」
すると、2つ年上の、他所のお兄ちゃんも。
「夕立雲だ。 大雨だと、水鉄砲が来る」
と、やはり注意した。
珍しく成果が上々だったので、みんなが仕方なく止める。 帰って行く途中で、ポツリポツリと来る中。
「幸三ーーーっ!」
「三郎っ、吾郎!」
向こうから、友達や自分の両親が走って来ていた。 合流する畑の横で、少しずつ強くなる雨。
「よぐ、早めに切り上げた」
「危ない、大雨じゃ」
「帰ろ、濡れてまうぞ」
昔から、夏の時々に来る大雨の増水で、釣り人やら川遊びをする子供が飲み込まれる。 親も心配していたのに、子供達が機転を利かせたので、褒められた。
その2日後。 蒸したお饅頭を貰った幸三さんは、石の社にこっそり向かい。
「サッちゃん、サッちゃん。 お饅頭、食わないか」
すると、出会った頃と余り背丈の変わらないサッちゃんが現れて。
「あら、アタシにくれるの?」
「うん。 サッちゃんは、命の恩人だもの。 1個、多く貰って来た」
人では無いと解っていても、幸三さんはサッちゃんを友達として見ていたとか。
貰って石の社に消えるサッちゃんでしたが。
「ありがと」
と、声が聞こえたとか。
また、サッちゃんと時々に会うこと4年ほどして。 幸三さんが、ある日の秋に納屋の2階で藁を束ねて居ると。
「コウゾウ、コウゾウ。 下に来て、大変なことになるよ」
この時、まだ小学生の3年か、4学年と同じ年代の幸三さんで、普段より少し酷く納屋の梁が音を立てるとは思っていたのですが。
「サッちゃん、どうしたの?」
古い梯子を降りて、サッちゃんの居る外に向かえば。
- バリバリバリっ!!!!!!!!!!!!!! -
凄い音を立てて、四角く纏めた藁を敷き詰めた納屋の2階が崩落した。
「わぁっ!」
驚いた幸三さん。
そこへ、家の方から。
「だから言っただろうがぁ!!!!! 梁や板を直さねぇでっ、物を上げるなって!!!!! 幸三っ、幸三!!」
爺さんが怒声を上げて、庭へ飛び出して来た。
後から悲鳴を上げる母親と、幸三さんの名前を叫ぶ父親が続き。 最後に、この作業を頼んだ1番上の兄貴が転げ出る様に飛び出してくる。
「あっ、幸三!」
「良かったっ、良かったぁ!」
本当ならば、祖父が頼んだ木材が来次第に、大工となる親戚と力を合わせて納屋の2階を改装する手筈だった。 処が、天候が余り良くない中、牛に食わせる藁をダメにしたくないと兄貴が言って。 幸三さんが手伝った次第なのだが…。
夜、小雨が降る。
土間となる裏の出入口で、外をサッちゃんと見た幸三さんで。
「ありがとう、サッちゃん。 注意してくれなかったら、死んでた」
少女のままのサッちゃんで、
「可愛いコウゾウだからね」
と、笑ってくれたとか。
この時、幸三さんはサッちゃんが大好きだったらしいが。
その後、今の中学生に当たる学校へ進学した幸三さん。 やはり、家は兄貴が継ぐので、都会に出て働くことを考えたらしい。
この最初の年に、サッちゃんと神社で上がる花火を見た幸三さんで。
「サッちゃんさ、何か欲しいモノとか無いのか? 俺、サッちゃんに何かお礼がしたいよ」
何度も助けられたり、好きだったり、寂しい時の話し相手だったりしたから、本気で何かしたいと思ったそうだ。
すると、サッちゃんが不気味に微笑んで。
「なら、コウゾウの命でもくれる? アタシが、人間じゃないのは、コウゾウも解ってるよね?」
驚いた幸三さんでしたが。
「サッちゃんには、子供の頃から何度も助けられてるものな。 あの川で釣をしてた時とか。 軍人さんの車に轢かれそうに成った時とか。 壊れた納屋の2階とか。 サッちゃんが注意してくれなかったら、死んでた。 俺、サッちゃんが大好きだから、死んでたと思うと、いいよ」
幸三さんには、2人の兄貴が居て。 下の兄貴と云う人は、精神が弱かった。 家から飛び出せる者じゃ無いし、1人で生きてゆける様な人じゃ無かった。 もし、居なくなるとしたら、自分しかないと思っても居た。 裕福な家じゃ無いからだ。
それなのに、畔に座って花火を見ていた時、サッちゃんは立ち上がり。
「バカ。 助かった命を、粗末にするな。 死んで欲しかったら、助けないよ」
と、消えたらしい。
引き止めたかったのに、消えてしまった。 幸三さんは、とても悲しかったとか。
それからも時々、サッちゃんは現れた。 サッちゃんの佇む仏壇の前に、珍しく水羊羹が有って。
「婆ちゃん、水羊羹は貰っていいのかな」
「いいよぉ。 腐らせたら、お仏壇が汚れる。 幸三、お前が食べな」
そして、サッちゃんへ。
「持って行っていいよ。 貰い物だけど、叔父さんが持ってくる水羊羹は、とっても美味しいんだ」
「ふふふ、コウゾウは可愛いね」
サッちゃんは、竹の器に入った水羊羹を持って消えたとか。
さて、幸三さんが学校を卒業して、大きな街の工場へ働き口を見つけた。 住む所も決めて、村を去ろうと云う日。 水引の模様をした陶器の器を買った幸三さんは、何でも石の社に水を入れたそれを備えたらしい。
「サッちゃん、じゃね。 遠くで、頑張ってくる」
こう言ってから、1番上のお兄さんの扱ぐ自転車の後ろに乗って駅に向かったとか。 汽車に乗って、地元を去る時。 駅のホームの柱にサッちゃんは居たと言います。
(サッちゃん、大好きだった)
手を振る幸三さんに、微笑むサッちゃんがとても綺麗に見えたとか。
さて、それから時が過ぎて、戦後だそうな。 幸三さんと一緒に戦地から引き上げた、このお話をしていたお爺さんのAさん。 戦後、10年ほどは幸三さんと手紙のやり取りをしていたと、惚けているのか、本気か解らない中で話したとか。
で、田舎に帰った幸三さんは、家を継ぐ事に成ったらしい。 1番上の兄貴も、2番目の兄貴も戦争で死んでしまい。 また、上の兄貴のお嫁さんは、病気で死亡。 2番目の兄貴のお嫁さんは、祖父母から両親の好まない女性だったらしく。 2番の兄貴の戦地での訃報を聴くと、子供も居なかったから別の男と消えたらしい。 また、流行病で、産後の肥立ちが悪く、幸三さんの奥さんも亡くなっていて。 幸三さんの幼い娘さんに、1番上の兄貴のお子さん2人が、まだ1桁の年齢だったとか。
そして、親戚の未亡人と成っていた若い女性と幸三さんが見合い結婚をして、継ぎ接ぎだらけの家族が出来たと云うのだ。
その後、幸三さんからの手紙で、一つの出来事が綴られていた。
- 不思議は、やはり重なるモノだな、Aさん。 俺が戦地で、アンタと死にかけた時にさ。 たまたま、助かった事が在っただろ? あの時に、日本だと夜中だったのにさ。 俺が備えたサッちゃんへの器、木っ端微塵に砕けたとさ。 俺は、サッちゃんに助けられたのかもな -
処が、10年ほどして、このAさんの元に訃報が届いたそうです。 何と、幸三さんが亡くなったと云うのです。 何でもお子さんを庇って酷く転げた後、脳内で出血していて。 1週間もしてから倒れたとか。
それをAさんから聴いた、Aさんのお孫さんは、
“何だ、サッちゃんは助けてくれなかったのかよ”
と、言ったそうですが。
Aさんは、沁沁とこう言ったとか。
“もしかしたら、それでも庇ったのかも知れん。 真っ当な親は、例え継子であっても子供の死ぬ処なんか見たかない。 幸三さんは、優しい人だったからな。 子供を、見殺しになんか出来なかったのかもな”
お孫さんは、この話が良く解らなかったそうです。
ですが、この話をほぼ信じて居なかったお孫さんらしいのですが。 笑い話として、お孫さんよりから聴いた方で。 酔っ払って居ながらに、私へ話してくれた方は、こう言いました。
「多分な。 もし、サッちゃんが居たとしたら、幸三さんを助けようとしたかもな。 でも、幸三さんは、子供を助けられるなら、と身代わりに成ったのかもな。 もしかしたら、あの世でサッちゃんと一緒になってたりして、な」
憶測でしか無い話でしたが、これについては私も同感でした。
--------------- ~完~ ---------------
*続きは、出来次第にこのページへ続いて掲載致します。 その時は、ページが下書きに戻り、1時読めなくなりますこと。 ご了承ください。
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