世界が狭くなった瞬間と、世界が広がった瞬間

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「難聴の再発が怖くて……映画館は難しそうだなって」  喜んでいたのも束の間。  急におとなしくなってしまう。  それでも、加治木(かじき)くんに落ち込んでいる姿ばかりを見せたくない俺は明るく振る舞えるように心がける。 「配信待ちになるから、加治木くんと感想を話し合うのは先の話になりそうかな」  気にしないフリをして、お弁当を食べ進める。  なんだか急に味がしなくなって、気にしないフリを続けるのも難しそうだった。 「大音量の環境下は、耳に悪いですか?」 「ううん、一応は完治しているから大丈夫。でも……」 「再発の可能性が高い病気、ですよね」 「……うん。病気になる前と同じ生活に戻ることもできるんだけど」  耳鼻科医院の帰り道。  交差点に立って、周囲を見渡した日のことを今でも覚えている。 『陽咲?』  信号が赤でもないのに、立ち止まった俺を気にかけてくれた母親。 (音が聞こえづらい世界を生きるのは)  思考が現実へと戻ってくる。  視線を加治木くんではなく、お弁当や本が置いてある机に向ける。 「怖くて……」  加治木くんの言葉が聴覚に届くと同時に、視線を戻す。
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