絡みあう関係

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絡みあう関係

 リリカは何故だか暗いところにいた。  手は後ろで結束バンドで縛られていて、どこか傷ついているのか、少し痛い。  床に固定された机の前のパイプ椅子に座らされて、足は机の脚にこれまた結束バンドで縛られている。    机には皿に入れられた水が置いてある。  リリカはどれくらい此処にいるのかはわからないが、喉が渇いて仕方なかった。  手は使えないし、仕方なく、皿に顎を突っ込んで、動物のように水を飲んだ、その瞬間!吐き出した。顔を突っ込むまで臭いに気づかなかった。  水はとても塩辛かった。そして海の臭いがした。海水だった。    誰かの足音が聞こえ、部屋のドアが開く。  男が入ってきた。  リリカは自分の部屋から連れ出されたらしく、部屋着を着ていた。  家の中は暖かくして、薄着で過すのがリリカの好きな過ごし方だったので、薄い部屋着でいるリリカはさっきから少し寒いなとは思っていた。  どこかのビルの一室なのだろう。    リリカは男に向かって 「ちょっと、どういうことなの?なんで私縛られてるの?あんた・・誰?」  と、当然のように質問をした。  男は答えず、部屋の窓を開けた。外に通じる窓の様だ。  外は暗くて町のネオンが少しだけ見えた。  冷たい風が入ってくる。  リリカは寒さに震えた。 「ねぇ、なんでこんなことするの?」  男はリリカの方に振り返った。リリカはぎょっとした。  男は白い仮面をつけていて、年も表情も分からなかった。 「あなたがしたことです。」  男は、ヘリウムガスを吸っているようで妙な声でリリカに言った。 「私がした事?」    海水、手足の束縛、薄着の寒さ。  リリカは一週間前の事を思い出して戦慄した。 ***** 「ほらぁ、帰りに服濡れてたら困るでしょ?」  リリカは寒い砂浜で中学校の同級生のタケルの仲間の男子や、取り巻きの女子たちと一緒に一人の女子生徒を囲んでいた。  タケルとその仲間の男子はサーファー仲間でその日も冬だというのにサーフィンをしていたのでドライスーツを着て、その上にコートを羽織っていた。  リリカとその取り巻きは吹きさらしの寒い砂浜で暖かいコートや帽子や手袋を身に着けて、サラという少女をいじめていたのだ。  学校でいじめるのは最近、学校もうるさいのでしない。  そのかわり、先生たちの目が届かない所でいじめるのが最近のリリカのやり方だった。  服が濡れていたら困るだろうと言い、サラを押さえつけて、みんなでコートや来ている物を脱がせた。  年頃の男子達も面白がって、参戦した。  脱がせている途中から、もう、サラは寒さで震えが止まらずに体を縮こまらせていたが、かまわず、みんなで押さえつけ、ブラジャーや最後の下着の一枚まで剥ぎ取った。  サラは恥ずかしさと寒さで体を一層丸めた。 「ほら!」  リリカが声をかけると、タケルとサーファー仲間の男子達はサラを担いで海に出た。丸まっていてもお構いなしに、手足をバラバラに広げて持って、胸を後ろから掴みながら、へらへらと嗤って海に連れて行った。 「心臓麻痺は困るからなぁ。」  と、優しそうなことを言いながら、真っ裸のサラをみんなで抱えて、足から海につけていく。  冬の冷たい海に足からつけられて、サラはもう、全身に震えが走り、声も出ない。    仲間の一人のサーフボードに無理やり乗せられ、後ろから股間を覗かれて 『あ~、見えちゃった~』などとはやし立てられても、もう、恥かしいよりも寒さでサラは何も考えられなくなっていた。  そのまま沖に向かってボードをみんなで押していく間にサラはしこたま海の水を飲むことになった。  そして、沖からボードに押さえつけられたまま、波に乗って浜辺まで帰ってくる間にも塩辛い、冷たい海の水を嫌と言う程飲み、身体は感覚がないほど冷え切っていた。  浜辺にくると、ほとんど意識の無いサラだったが、海の水を飲み過ぎて、ゲェゲェと吐き始めた。 「うわ!きったね~な。」  浜辺で見ていたリリコたちはサラの服をサラの近くに投げて 「じゃ~、今日はこの辺で勘弁してあげるから。早く乾いてる服着なよ~。」  と、言って、そのまま全員で自宅に帰って行った。  サラは吐いている途中から意識がもうろうとしていた。  低体温症だった。おりしも冷たい冬の雨が降り始め、サラは下着を身に着けることもできずにそのまま意識を失った。  翌朝、雨が止んだ後、朝の散歩に来た人がサラを見つけて驚いて通報したが、すでにサラは亡くなっていた。   ******** 「少しは思い出したか?」 男はリリカに聞いた。 「はぁ?服は濡れていなかったし、ちゃんと返してやったじゃん。裸のまま死んだのは事故でしょ。事故。」  男は、リリカの部屋着を持っていたカッターで引き裂き始めた。 「なにすんのよ!」 「服が濡れていなければ着て帰ればいいんですよね。」  男は部屋着と下着を全て引き裂き、リリカは素っ裸で冷たいパイプ椅子に座ることになった。  開いている窓から冷たい風が入ってくる。  リリカは男の淡々とした恐ろしさと窓から入ってくる風の寒さで震えた。    男はリリカから離れた場所に行くとバケツに汲み置かれていた海水をリリカにかけた。  途端に体感温度が下がるのをリリカは感じた。身体はガタガタと震えが止まらなくなった。  男はそのまま今度は近づくと、皿に入っていた海水を無理やりリリカに飲ませた。  バケツはいくつもあって、そこからも皿に海水を入れると何度も何度もリリカに飲ませた。  細いリリカの腹が海水で膨れていくのが見える。  それを見て、男は涙を流した。 「くそ!サラもこんな腹になるまで海水を飲まされたのか。」  男の改まっていた口調が変わった。  ついにリリカの腹は限界を迎え、裸の腹と、机に固定されたままの足の上に自らの吐瀉物をまき散らした。 「汚ったねぇなぁ。でもそのままにされたんだよなサラはよ。」  リリカは海水と吐瀉物で濡れた身体がどんどん冷えて、全身の色が紫になってきた。 「た・・助けて。」 「サラは『助けて』すらいえなかったんだってな。お前の仲間のサーファーに聞いたぜ。」 「タ・・・タケルにもなんかしたの?」 「へぇ。自分以外の奴の心配もするんだ。やつはもう、寒くもないし苦しくもないよ。」 「ヒッ、私の事もまさか・・・」 「このままお前の服を近くに置いて俺が帰ったとにお前が死んでも事故なんだろ?」 「ご、ごめんなさい。助けて・・・せめて、手を自由に・・・」 「サラは何も言えない位凍えて死んだんだ。これ以上は何もする気はないよ。服も返してやる。誰かが見つけるまで生きていたら運が良かったと思って、この先は優しい人間になるんだな。」  男はつけていた仮面を外した。  顔がサラにそっくりだった。  そういえば、聞いたことがあった。サラには別の中学校に行っている双子の兄がいると。  そもそもリリカがサラをいじめ始めたのはこの双子の兄の事を聞いた時に、あまり教えてくれなかったからだった。  サラには答えられない事情があったので口ごもってしまった。  リリカは単純に異性の双子がいるってどういう感じなの?と聞きたかっただけなのだがここで教えてもらえなかった事でいじめの対象にしてしまったのだ。 ***************  リリカを寒い部屋に放置して、部屋を出たサランは思った。  誰も来ない廃ビルの一室だ。誰も来るまい。行方不明者になって、骨になるまでその部屋にいるがいいさ。  サランはサラの写真を見ながら泣いた。  サランとサラはいけないと思いながらもお互いの事が透きすぎて我慢できず、愛し合っていた。  サラが亡くなった後、司法解剖がされるとサラのお腹には赤ちゃんがいたことが解った。サランは両親とは違う意味でショックを受けた。  両親は、サラが亡くなったことにもショックを受けたが、中学生のサラが妊娠していた事にもショックを受けた。  相手はいったい誰なのか。でも、サラが亡くなった今、もう、それについては深く突き詰める事もなかった。  事実を知っているのは当事者であるサランだけだった。  サラ・・・俺たちの罪の為にお前が死んでしまったんだろうか。  サランの腹部からは血が流れていた。自分でカッターで刺したものだった。 「あぁ、サラ。俺も死のうと思ったけど、怖くなってきた。両親を悲しませるのも違う気もする。サラのお腹の赤ちゃんの事さえ、ばれなければ、俺は両親を大切に生きていってもいいだろうか。」  すると、空からは白い雪が落ちてきた。  白い雪の中から一緒に黒い影が降りてくる。 「あなたのしたことです。」  空から黒い翼の天使が降りてきて、サランの手を取って、廃ビルの出口から連れ去って行った。  サランはその存在も残さずにこの世から消えた。  両親は、サランはサラの事がショックで家出したのだと思おうとした。  サラのお腹の赤ちゃんがサランとの愛の結晶だったという事は、黒い天使がこれ以上双子の両親を悲しませないように、天に持って帰ったのだった。 【了】
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